第88話 命懸けの鬼ごっこ!
「そんなことができるのか? あんな仕掛けで」
「私も以前同じことを聞いたよ、シルヴェール陛下」
黒肌の美しい女性が肩を軽くすくめ、それを見たシルヴェールは王に対してもまったく遠慮のない態度をとるハーフのダークエルフ、エレーヌへ苦笑すると聖テイレシア王国の騎士団長であるベルナールへ視線を移した。
「陛下、魔族は自らの力を拠り所にする者たちが多く、また強大な力を持つゆえに我々のような力なき人間を下に見る傾向があることはご存知ですな?」
「一応の所はな」
「確かに王都で見た奴らはまさしくそのような横柄な態度をとっていたな……な、なんだ団長。人の顔をまじまじと見て」
「……むべなるかな」
「訳の分からないことを言って誤魔化さないでくれ! それに人の顔を見た後に溜息までつくとはどういうつもりだ!? 私も一応は女なのだぞ!?」
ベルナールは軽く首を振ってエレーヌの苦情を黙殺する。
エレーヌに向かって、あえてその通りだなとは言わず、古風な言い回しを使ったところにベルナールの配下に対する細やかな心遣いがうかがえた。
なぜなら妙なタイミングで女性らしさを発揮するエレーヌを、ここで落ち込ませるわけにはいかなかったのだ。
「つまり奴らは自分たちを傷つける可能性のある伏兵や罠の存在には気をつけるでしょう。ですが無害である街並みの風景には気を使いませぬ」
「そこに付け込むか」
「さようでございます陛下。リュファスたちが魔族を引き連れて来たのは、逆に好都合かと」
そう言うとベルナールはテーブルに開かれたフォルセール城の見取り図を棒で軽く叩き、その場に揃った者たちの意識を覚醒、集中させた。
「味方の戦力の集中、敵の戦力の拡散。これをたやすく成し遂げるには城内に敵をおびき寄せるのが一番ですからな」
「それはそうだがな……」
城内に敵を引き込みそれを討つ。
一歩間違えば兵どころか、民や市街に取り返しのつかぬ被害が出るとんでもない策を、澄ました顔のまま説明するベルナールを見てシルヴェールは苦笑する。
当のベルナールと言えば、主君の苦笑いを気付かない体を装って見過ごし、次々と執務室に集まった面々に指示を出していくのだった。
「実を避けて虚を討つ。いかにして敵に游兵を作らせ、味方に作らせないかが戦術の根幹。エステル殿、敵と味方の位置把握は頼みましたぞ」
「はい~自警団の人たちは~魔術具を持ってすでに配置についておりますのでご安心を~」
間延びした返事の後、軽く頷いたエステルの腰まで伸ばした黒髪がさらりと流れ、また元の位置に戻った時にはベルナールは別の指示を出すために二人の天使へと顔を向けていた。
「カマエル殿とイオフィエル殿は第二城壁の内に避難した民の保護を。流れ弾が当たると言うことはまず考えられませぬが、追い詰められた魔族が暴発して無理に城壁を超えようとする可能性は十分に考えられます」
「ほいほい、せいぜい動かぬ予備兵力として奴らの注意を引いておくとしよう」
「こちらから救援を頼んでおきながら控え役とは申し訳ないが、貴方たちが前線に出ると、ジョーカーの奴めに早めに見切りをつけられるかもしれませんからな」
「申し訳ないって、そんないやらしい笑みを浮かべながら言っても全然説得力がないけどねー。まぁ戦わなくていいってんならあたしはそれでもいいよ。ダーリンと一緒にいられるならね」
その相手は、好々爺といった印象を周囲に与えながらも、あっけらかんとした笑みを浮かべる天使カマエルと、さばさばした女性といった印象のあっさりした笑みを浮かべる天使イオフィエル。
「では始めるといたしますかな。命懸けの鬼ごっこを」
いずれ劣らぬ力の持ち主たちにベルナールはそう宣言すると、肩まで伸びた白髪をなびかせながら第一城壁へと足を向けた。
[敵の本拠地とはいえ、指揮系統が乱れていたとはいえ、我々がこうもあっさりと分断されてしまうとはな]
ジョーカーは呆れた声で呟き、先ほどまでアンドラスと一緒にいたはずの家屋の中で首を振る。
部屋の中を見渡しても先ほど以上に争った形跡はなく、これを見る限りではどうやらアンドラスも別の敵を見つけ、追っていったようであった。
(だが一考せねばなるまい。これを仕掛けてきたのはベルナールだ)
下手に動いて罠にかかることを畏れたジョーカーはまず黙考し、周囲の状況からこれからの行動を判断するのではなく、ベルナールが周囲の状況を作り出した目的は何なのかを推測する。
(間違いなくベルナールの目的は我々の分断だ。姿を隠すことで我々に周囲の散策をさせる。我々は捜索の効率を良くするため、必然的に人数を細かく分けることとなる……だが)
ジョーカーは焼け焦げた部分を見おろし、かなりの精霊力の残滓を認めると視線を上げる。
(それでも我々にただの人間が太刀打ちできるはずもない。例え十の力を二に分けても、その半分の一の力ではどうにもならぬのだからな)
そのままジョーカーは部屋の様子をくまなく探り、彼が入ってきた玄関の反対側にある裏口に続く足跡を見つけると、用心深くそこから外に出た。
(アンドラスがいなくなった後、ここは無人となった。私が離れていた時間は数分もないだろうが、争った形跡の見た目を魔術で消すくらいは……いや、それなら精霊力の残滓が残ってしまうか。では物理的に修繕するという可能性は?)
周囲に仲間の気配はおろか、人間たちが隠れている気配も感じられず、ジョーカーはとりあえず通路に沿って歩き出す。
(それには時間が足りぬか。今まさに私が陥っている状況のようにな)
検証しようにも周囲の状況がそれを許さぬ。
刹那、その考えの正しさを証明するかのように再び激しい爆発が起き、ジョーカーは考えをそこで一旦打ち切って爆発が起きた方向へ向かった。
(人間どもがいかに手先の器用さに優れているとはいっても、数分で修復できるはずが無い。では何なのだ、この不可解で不愉快な状況は)
他の仲間との連絡手段が無い以上、戦いが起きている場所に急行して直接接触するしか連絡を取る手段はない。
そう考えて走り出したジョーカーは、自分がベルナールの悪ふざけにもてあそばれているような感じがし、思わず両手を固く握りしめるのだった。
そう、彼は遊ばれていた。
子供の遊びである鬼ごっこを模した機略戦に。
≪アルファよりオメガへ。スティグマはG-6よりG-8へ。上位一体、下級3、上級2。以上≫
≪アルファはF-5の垣根を移動させて裏道の切り替え、シータはG-9一帯の家のドアを青から黄色に換装。ファイは今より三秒後にF-4-6を爆破してスティグマを追う敵以外を誘導せよ≫
≪了解≫
≪デルタは孤立した下級3を浄化。戦利品にこだわることなく速やかに処理せよ≫
≪了解≫
報告を受けたベルナールが第一城壁から指示を飛ばすと、ただちにそれに従った作戦行動を街のあちこちに散った騎士や民兵が遂行する。
たとえ数秒の間に数十を超える報告がなされても、ベルナールはそれをただちに処理し、判断し、対応策を発していた。
「ふぅ……この年になると強化術を使っていてもさすがにこたえるな」
あまりのオーバーワークに発熱するベルナールの身体。
[失礼いたしますベルナール様]
高熱はすぐに彼の脇に控える者によって治療されるが、驚くべきことにそれは魔族の女性であった。
「すまんなセファール殿」
[魔族の私を快く受け入れてくれたフォルセールへの、せめてもの恩返しです]
白く長い髪を巻き、巻き上げ、更にそこに一本のかんざしを挿してまとめた修道服姿の女性が、猫のように瞳が大きい黄色い目を柔らかに閉じて頭を下げる。
「いつまで恩返しをされることやら」
[天魔大戦が終わるその時まででしょうか。さて無駄話はこれくらいにしないと、私がレナ様に叱られてしまいますよベルナール様]
「私を肴にお茶を飲むの間違いではないのかね。おっと早くも次の報告か」
城の中にまで敵の魔族が入り込んでいるこの状況で、ベルナールは魔族であるセファールと軽く談笑するような余裕を見せた後、城下で新しく起きた爆発を睨み付け、念話による報告を受ける。
≪なるほどジョーカーの動きが鈍いか。では奴がなにか余計なことを考えぬうちに次の手を打とう≫
ベルナールは現在の味方と敵の位置のおおよその位置、そして次に向かうであろう位置を素早く予測する。
≪痕跡を残して足留めをする。おそらく奴は爆発の大きさに対する敵味方の被害の少なさを不整合としたのだ。次に爆発を起こした時、領境の森で入手した下位魔神の素材の一部を焼いて残しておいてくれ≫
過分に過ぎず、過少に過ぎず。
次は実際に人と魔が戦っている状況を、証拠として残すことを一考しなければならないだろう。
(さて、主演の準備は整ったかな?)
ベルナールは底意地の悪い笑みを顔にたたえ、その横顔を見たシルヴェールに嫌そうな顔をされる。
――城外にいた民の正体がドワーフだったとは言え、引率の不手際が原因で城内に魔族を引き入れることになったのだから責任者が罰を受けるのは当然――
非情なことをいうには非常識な顔、つまり笑顔で先ほど説明したベルナールは、先ほどから一人の女性の連絡を待っていた。
≪イオタよりオメガへ。ティーターンは大地より芽吹いた。なのです≫
≪イオタはH-8-3にいるNamedの討伐へ。反論は許さん≫
≪なのです……え?≫
そして待っていた連絡の相手にベルナールが短く指示を伝えると、男女が争うような若干の意思の乱れが見られた後に慌ててその相手――イオタの念話は切られた。
「見せてもらおう。かつてゼウスたちオリュンポス十二神と世界の支配権を賭けて戦った巨神族の末裔の力をな」
ベルナールは腕を組み、指定したポイントを悠然と見下ろす。
人外であるエンツォと、アテーナーの半魂を身に宿すハーフエルフのエステルとの間に生まれし双子、リュファスとロザリー。
到底あり得ない、奇跡としか言いようのない巡り合わせのもとに生まれた二人の兄妹が今、とうとう魔族との戦いに望もうとしていた。




