第86話 見抜かれた正体!
もう少しでフォルセールに着くという時に、とうとう魔族たちに見つかってしまったリュファスたち。
なぜこのような事態になったのか。
[何? まだ城外に人間がいるだと?]
[偵察に出た上級魔神によれば、森の向こうにいるようでございます]
一見すると道化師に見える堕天使に、フクロウの頭を持つ魔神が報告をする。
直後に堕天使ジョーカーはゆっくりと天を見上げ、自分たちが満足に力を出せなくなった原因である結界を忌々しげに睨み付けた。
前回の天魔大戦で人でありながら熾天使にまで昇りつめた、フォルセール領の現領主アルバトール。
そのアルバトールが張った結界によって力が出せなくなった魔族たちは、飛行術によるフォルセール城の強襲、一撃離脱を諦めて後詰めの援軍を待ちながらの行軍を続けていた。
[それも十分に考えられる。まったく意味のない戦いになってしまったからな]
[ジョーカー殿の口から意味が無いとの評価が下されるとは……フォルセール奥深くまでついて来た我々に対して少々ひどすぎませんかな?]
不満をあらわにしたアンドラスの答えにジョーカーは肩を落とす。
(戦果無しのまま引き返せば魔神どもの不満がさらに高まり、ベリアルが喜ぶだけだったろうな)
そしてそのあからさまに落胆した様子のまま口を開いた。
[理解できぬとはお前らしくもないなアンドラス。このまま我々がフォルセールに到着しても、単なる消耗戦にしかならんと言うことだ]
[しかしそれは我々の都合であり、城を守る人間どもに関係はないでしょう。それに進軍の継続を決められたのはジョーカー殿ご自身でございます。我々はそこに何かしらの深慮遠謀があると信じているからこそ付き従っているのでございますぞ]
[む? ……ふむ、少々先走り過ぎたようだ]
しかしなおも続いたアンドラスの苦情を聞いたジョーカーは、自分の言葉の足りなさに気付いて仮面の下で苦笑をした。
[つまり人間どもはこの戦いに意味を見出したいと言うことだろう。我々が消極的な消耗戦を嫌い、ほどほどの戦果、最小限の犠牲をもって帰還する前に、城外の目立ちやすい場所に餌を置いて我々を罠を張ってある場所へおびき出し、さほどの痛手を被ることなくこちらを殲滅する、と言ったところか]
[……なんと]
[向こうにはテイレシアきっての知将であるベルナールがいる。用心してしきれぬと言うことはない]
ジョーカーの洞察にアンドラスは恐れ入ったのか平伏し、その姿を見たジョーカーは再び天を見上げ、これからの行動に思いをきたす。
もっとも用心してしきれぬ、というジョーカーの評価をベルナールが聞けば、お前が言うなと苦笑しただろうし、罠に誘うための餌と評された人々を苦労して引率しているリュファスが聞けば、用心するなら迂回くらいしてくれよと愚痴をこぼしたことだろう。
[その人間どもの様子を探る。ついてこいアンドラスよ]
[はっ]
こうして突如として出現したイレギュラー要素に、フォルセールと魔族の両方が振り回されることとなった。
[あの者たちで良いのか?]
鬼のような姿を持つ上級魔神にアンドラスが尋ね、そして無言で頷く魔神を見た彼は、木々の向こうにいるであろう人間たちを魔術によってじっと見つめる。
[ふむ……む? あの二人は人間ではなくエルフ……か……? しかも何やら見覚えのあるような無いような……]
[どうしたアンドラス]
怪訝そうな声で人間たちの様子を口にする最上位魔神の一人アンドラス。
思慮深い彼にとってはいつもの光景だったが、エルフという呟きが気になったジョーカーが声をかけると、アンドラスはやや上の空と言った感じで返答をする。
[それが人間だけではなくエルフもいるようなのです。しかもどこかで会ったような記憶が……そうか! 心身ともに成長して分からなかったが、あの二人は王都に来たアルバトールめが連れていた子供のダークエルフに違いありませぬ!]
[ほう……なるほど。最初に会った時はそよ風にすらなびく新芽だったが、もはや簡単に人質にとれぬほどの見事な大木に成長したか]
[ルシフェル様によれば、我々が王都に封じられていた間に外の世界では十年ほどが過ぎていたらしいですからな]
ジョーカーは嘆息し、つい最近に王都テイレシアで起きた人との激しい戦いと、その直後に自分たちを包んだ封印の黒い壁を思い出す。
[十年ひと昔、か……暗黒魔術の結界によって物質界の一部を断絶、さらにその結界で包まれた内側を丸ごと精神界に飛ばし、物質界では決して辿り着けない程の高速で移動させる。その間は元の世界とは完全なる遮断が成され、別の時空間を過ごすことになる恐るべき移動術]
[暗黒魔術による結界だけであればどうにかできたかもしれませんが、我々を封じるために移動術まで転用するとは、してやられましたな。しかしその術はルシフェル様ご自身が奈落より帰還するために編み出した術と聞きました。それがどうして人間どもに? どうやって人間ごときが発動を?]
[天啓は誰にでも起こり得る。そして主人公による奇跡の発動もな。まさかメタトロンがヘプルクロシアで転生した余波が、このような形で我々に降りかかるとは思ってもみなかったが……]
ジョーカーはそこで一人の老人の顔を思い出し、そして魔族にとってあまり馴染みがない感情……感傷に浸りそうになってしまう。
(ふん。あの苦い失敗からそれほど時は経っていないというのに、この私としたことが)
彼は軽く首を振ってそれを追い払うと、アンドラスに倣ってエルフと人間の集団を注意深く観察する。
(ふむ、確かにあの時の子供の面影が残っている。しかし周りにいる人間たち、どこか妙だな……)
確かに姿形は人間に違いない。
だがこの物質界で生まれ、育った人間にしては、魂が定着する肉体がやや不安定なものにジョーカーには感じられた。
[気になるな]
[まったくです。我々をこれからどのようなやり口で罠にはめようというのか]
[うむそうだな]
アンドラスの答えは既にジョーカーの興味から遠ざかっていたが、わざわざ指摘をして余計な時間を費やすことはないと考えたジョーカーは鷹揚に返事をするだけに留め、更に人間たちに意識をそそぐ。
その時だった。
[む? 急に体が軽く……]
[た、確かに……これはもしや!? ジョーカー殿! ひょっとすると、あのアルバトールめが張った結界が薄れてきているのでは!?]
突如として訪れた環境の変化に、堕天使と最上位魔神は戸惑いを見せる。
[それは私も考えた。だがそんなことをして奴らに一体何の得があるというのだ]
[アルバトールの力が尽きかけている……とは考えられませぬか? 奴は精神を病んでいると聞きました]
[考えにくい。この結界が八雲の使っていたものと同じだとすれば、状況に応じて伸縮することで発動に必要な力を抑え、また内側から発せられた力を吸収して術者の力に変換するはずだ。つまり奴の力が回復することはあっても尽きるということは……]
ジョーカーはそう答え、だがすぐに彼の目にある一つの現実が浮かび上がる。
[……なるほどな。人間にしては上出来だ]
[どうされたのですかジョーカー殿]
[全員を集めよ。奴らを一匹残らず駆逐するのだ。まさか見逃そうにも見逃すことができぬ、あのような上等な餌を用意してくるとは]
[はっ。しかし全員とは、戦力として過剰ではありませぬか?]
ジョーカーはゆっくりと首を振る。
[あやつらは人間ではなくドワーフだ。魔物はおろか、神々や魔神すら討伐可能な武具を作ることのできる者どもを逃がすわけにはいかぬ]
ジョーカーの返事を聞いたアンドラスはただちに首を縦に振り、待機させてある同胞のもとへと戻っていく。
[何という強力な封術よ。間違いなくあれは天使の奴らがドワーフめに作らせた武具の数々に違いない]
そして後に残ったジョーカーはリュファスたちを睨み付け、ドワーフたちの背負っている荷物の一つを指差したのだった。
旅の途中でドワーフたちが勝手に飲まないように、強力な封術をかけられたエールの樽を。




