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この世界は救世主を待っている! ~最強を受け継いだ少年が至高に昇りつめるまで~  作者: ストレーナー
第二章 結ばれる縁 ヘプルクロシア編

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第83話 バロールのお願い!

 クレイたちが戻ると、そこにはすっかり元の状態に戻った馬車があり、屋根の上には真水が詰め込まれた飲料樽と塩漬けにされた肉や魚が詰め込まれていた。



「それじゃあな坊主」


 やや暗く見えるクレイの顔を見たダグザは、何かを察したのか殊更に明るい笑顔で別れの言葉を告げる。


(……言わないとな。モリガンさんを曼荼羅に迎え入れてクー・フーリンさんと一緒にいさせたいって)


 見た者すべての背中を後押しするようなその笑顔を見たクレイが、先ほどから思い悩んでいたことを口にしようとした瞬間。


「ねーこれ超臭いんだけど」


「それが貴重な食料や水を用意した俺様に対する発言か小娘!」


 ガビーが発した余計な一言により、クレイの決意は再び薄れることとなった。



(余計なこと言うなよガビー!)


(ななな、なによ本当のこと言っただけじゃない!)


 クレイは即座にガビーの頭に拳骨を落とし、ダグザに頭を下げてそそくさとその場を離れる。


 寛容なことで有名なダグザは言うほど機嫌を損ねた訳でも無かったが、それを供出してくれた民の感情は別だったからで、クレイはガビーをさんざん叱りつけた後に首根っこを引っ掴んでダグザの所へ戻り、先ほど言うはずだった一つの願いを口にした。


「ダグザのおっさん、テイレシアに帰る前にお願いがあるんだけど」


「ん? 何だまだ頼みごとがあるのか? 遠慮なく言ってみろ坊主。それを聞き届けるかどうかは別だからなガッハハ!」


「言う前にメイヴをどこか他の場所にやって欲しいんだけど。俺まだ子供だから」


 事後処理が丸く収まったのか、丸くなっているダグザとメイヴを見たクレイは目を丸くし、そして直後に何かを理解したのか溜息をつきながら人払いを頼み込む。


「ホーッホッホ! これだから子供は困るわね!」


「ハッハハ! では大人であるこのエンツォがエスコートさせていただきますぞ!」


「ガッハハ! クレイの頼みとあっては仕方がない! メイヴを頼むぞエンツォ!」


「……クレイ様? 何やら御気分がすぐれない様子ですが」


「大丈夫だよティナ。ちょっと疲れただけだから」


 そして背中をぐいぐい押し出してくる笑顔の集団に疲れたクレイは、心配そうに見つめてくるティナに軽く手を振ってダグザにモリガンのことを話した。



「ふむ、モリガンを曼荼羅の中に迎え入れたいか」


「ダメかな?」


「駄目と言うことは無い。俺様は確かにトゥアハ・デ・ダナーン神族の長老であり、そして王でもあるが、一人一人の意思を縛り付けるほど野暮ではないしそもそもそれほどの権力も持っておらんからな」


「じゃあテイレシアに連れて行っても……いい?」


「ガッハハ! そりゃあ条件次第と言うものだ!」


 珍しく迷っている様子のクレイを見たダグザの目が優しくなり、そして高らかに笑いを上げるとクレイの背中を大きな右手で叩く。


「まずは本人の意思! そして信徒の意思だ! そいつを確認して来い坊主!」


「うん……実はモリガンさんと信徒の人たちの許可はもう得てるんだ。だけど何だか皆お互いに遠慮した結果、仕方なくそうなったって感じでさ……」


「ふむ、まぁ仕方があるまい。誰しも責任を取りたくないだろうからな」


「え? 責任?」


 不思議そうに聞いてくるクレイに対し、ダグザは突き出た腹をぼりぼりとかいて苦笑いを浮かべる。


「お互いの身を心配している、と言い換えてやったほうがいいか。つまり自分がこの地を離れた結果、信徒に何かが起こった。この地を離れる女神を快く見送った結果、モリガンに何かが起こった。そんな結果が出た場合にどうするのかと言うことだ」


「……そんな問題なの?」


 嫌な部分の感情を見せられたクレイの表情は、たちまち陰りを見せる。


「だから我々は信徒の地に縛られる。空間を渡る能力を持つルー殿は別格としてな。だが心配するな坊主。望む望まないに関わらず、それらの重荷を代わりに受け取ってやる者が必ずどこかに現れることになっているのだ。まぁ見ておれ」


 ダグザはそう言うと、馬車の近くで所在なさげに佇んでいるモリガンを、割れた鐘のような濁った大声で呼びつけた。


「何なのですかダグザ」


「指導者としての役割を果たさねばならなくなったのでな。クレイの曼荼羅に入ってテイレシアに行き、天魔大戦を終わらせて来いモリガン」


 途端にモリガンの顔が明るくなり、そして急速に暗くなっていく。


「そんなことをしたら、このヘプルクロシアも天魔大戦に巻き込まれることになるのかもしれないのですよ? 戦女神としては願ったりかなったりと言ったところですが、それに巻き込まれる民草はどうなるのですダグザ」


「俺様が面倒を見る。ついでに足手まといのお前を追放する」


「なっ……誰が足手まといですか! この戦女神に向かって何という侮辱!」


「ほう、先の天魔大戦でもこの俺様の一言でうじうじと悩んだ女が吠えるではないか。言うわりには何だ? その捨てられた子犬のようなツラは。クー・フーリンがいなくなった途端に心細くなって、自分の存在価値すら見失ったか?」


 見る見るうちにモリガンの顔が怒りで染まり、ダグザはそれを見て得意気に笑い声を上げた。


「テイレシアに行って一人前になってこいモリガン! 強い女になって戻ってきたらこの俺様の嫁にしてやってもいいぞ! ガッハハ!」


 強い感情は良きにつけ悪しきにつけ、人や神が動く原動力となる。


「分かりました! 強い女になって戻ってきたら、貴方のその醜く太った体を矯正してさしあげます! 覚悟しておくのですね!」


「やれるものなら……うおお!? いきなり何をするモリガン!」


「旅立つにあたり、まず貴方のその肥え太った自尊心から削ってあげるのです! 待ちなさいダグザ!」


 どうやらモリガンは元気になったようだ。


 安心したクレイは侮辱された怒りから戦場の狂気に表情を変えたモリガンを生暖かく見守ると、既に馬車に乗り込んだ仲間に出発しようと声をかけた。


「ちょっとクレイ」


「何だガビー」


「ドライグ……じゃなかったコンラーズの卵のドタバタですっかり忘れてたけど、ギュイベルの方はどうしたのよアンタ」


「へ? アイツも卵になってるのか?」


 理解していないクレイを見たガビーは慌てて周囲を見渡す。


「普通ドラゴンは卵になったら大地を流れる聖霊の力の中でも一際強いもの、龍脈の流れに乗ってどこか遠くに逃げちゃうのよ! もしくは近くにいる適当な生物を引き寄せてそいつに寄生しちゃうの! 早く見つけて確保しないと!」


「それを最初に言えよ! うわあああ! 卵なんてどうやって見つけるんだ!?」


 モリガンの槍にガンガン殴られているダグザから目を逸らしたクレイはサリムとティナをジョゼの護衛に残し、ガビー、ディルドレッド、フィーナと共に慌ててギュイベル探索に向かった。



「ひ、ひゃああああ!? と、トカゲ、が喋ったッ!?」


 それとほぼ同時刻、一人の若い女性がチェレスタの中にある井戸のそばで腰を抜かしていた。


「トカゲとは傷ついちまうなぁ? これでもドラゴンの一頭なんだぜ俺は」


 その原因は一匹の巨大なトカゲ。


 体高が一メートルにもなろうという巨大な色白のトカゲが、口の先から尖った舌をチロチロと出しながら女性へ迫っていたのだ。


「ちょっとばかり力を失っちまってなぁ。俺の餌になってもらうぜお嬢さん」


 そしてずらりと牙が生えそろった巨大な口をトカゲが開けた途端。


「……懲りない奴だ」


「ぎょええっ!?」


 トカゲはその首根っこをクレイに掴まれ、宙ぶらりんの状態になっていた。


「無力な卵だったらまだ見逃してやったのに……というか何でこんな近い所で孵化してるんだコイツ?」


 クレイは意見を求めるようにガビーを見る。


「バカだからじゃない?」


「なるほど、バカじゃしょうがないな」


「……なんでアタシの方を見て言うの?」


 そしてある程度納得する意見をもらったクレイは、ギョロギョロと周囲を見渡す白いトカゲ、ギュイベルを見て溜息をつく。


「コンラーズがほぼ喋れないほど弱体化してるのに、ギュイベルがもう喋れてるってことは……」


 地面に座り込んだままの女性を見たクレイは再び溜息をつくと、左手をギュイベルの背中に当てて解析をする。


「あれ? 木の実や草ばっかりだな」


「あ、当たり前だ、です! 貴方様との戦いで反省して虫けら……いや力が弱い者をいたわる心を身に着けたんだのです!」


「あの人に餌になってもらうとか言ってたけどな。あ、お気をつけて」


 クレイはギュイベルに食べられそうになっていた女性が礼を言って去るのを見届けると、冷たい笑みをするりと顔に浮かべた。


「言い逃れかぁ……お前優しいな。こんなトカゲになっちゃってちょっと可哀想だなって思ってたけど、今のでお前を殺す決意がついたよ」


「ヒッ!? おた、おあたたた、お助けを!?」


 クレイの左手が光り始めたのを見たギュイベルが短く悲鳴をあげた時。


「アニャア」


 ドライグ……ではなくコンラーズが無邪気な鳴き声をあげた。


「ド、ドライグ! てめえが孵化したから俺も安心して卵から孵ったってのに何だこれは!」


「アニャ? アニャニャ」


 とたんに血相を変えてコンラーズに噛みつこうとするギュイベルに、コンラーズの鳴き声を頷きながら聞いていたフィーナが不思議そうに呟く。


「なんかぼくの名前はコンラーズ! って言ってるみたいよ? でも何でコンラーズの言葉が分かるのかしら?」


「うーん? 後でメタトロンに聞いてやろうか?」


「お願いクレイ」


 クレイはフィーナにとぼけて見せた後、左手に一層の力を籠める。


「た、助けてくれええええ!」


 そしてそうギュイベルが叫んだ時、彼の内からやや疲れた意思が響き渡った。


(おうクレイ、ちょいとそいつを殺すのは勘弁してやってくれんかいのう)


(ダメだよバロールさん。こいつを放っておくと面倒しか起こしそうにない)


 しかしその意志の持ち主、バロールの願いをクレイは冷たく一蹴し、そして十分に力を籠めた左手を振りかぶる。


(まぁちょっと待たんかい。実はドラゴンの仲間で今も元気に動いておるのはほんの一握りしかおらんのじゃい。ある者は眠りにつき、ある者は宝を狙ってきた者に理不尽に殺され、今このヘプルクロシアで意識のあるドラゴンは儂の中にいるクロウ・クルワッハ以外にはそこのギュイベル、コンラーズしかおらんのじゃい)


(……それで?)


(それではいかにも寂しい。儂に免じてギュイベルを殺すのは待ってくれい)


(う~ん……バロールさんに免じてか……魔眼も貸してもらってるし……あーもう! でもこいつが悪いことをしたらどうするのさ!?)


(それは心配せんでええ。そんなことが絶対にできんように儂が何とかする)


(分かったよ。ちゃんと責任を持ってねバロールさん)


 絶対と言う言葉は、絶対に信用できないものの一つである。


 だがクレイはそれを承知でバロールの頼みを聞き入れ、ギュイベルを地面に降ろして首から手を離した。


「へ、へへへ、ありがとうございやす」


「二度目は無いからな」


「そりゃもちろん! へっへっへ」


 クレイが手を離した途端、早速新しい獲物を探して目をきょろきょろとさせるギュイベル。


(はー、俺も甘いなぁ……)


 そのギュイベルの姿を見てクレイが溜息をついた途端、先ほど逃げた女性が幾人かの人を連れ、こちらに向かっている姿が彼の目に入った。


「見て父さん! あの人が助けてくれたの!」


「おお、あれはしょ……ゴホン、テイレシアの新しい天使様ではないか!?」


 一人の男性の言おうとした内容を察したクレイはちょっとだけ不機嫌になるが、それでも彼が笑顔でこちらに向かってくる人々に手を振った時。


(それじゃありがたくいただくかいの)


(へ?)



 ぱく



 ちょっと間の抜けた、いや何か恐ろしいものが開く音がクレイの背後で聞こえ。



「た、助けてくれると言ったのにいいいギャアアアアアアアアァァァァ……」



 どこまでも底の無い穴に落ちていくような、思わず耳を塞いでしまいたくなるほどのギュイベルの絶叫が遠ざかって行った。


(ゲップ)


(え? ……何したのバロールさん?)


(メタトロンのお仕置きで少々力を消費したから補充したんじゃい。そんじゃの)


(エェー……)


 恐怖に打ち勝ったクレイが背後を見れば、そこには白いトカゲの尻尾がピチピチとのたうっており。


「な、何と恐ろしい……」


「一度助けたものをあっさりと殺してしまうとは……」


「お、お許しください処刑天使様! 貴方様のお手をわずらわせてしまうとは、私はなんて罪深いことをしてしまったのでしょう!」


「え、ちょっと皆さん?」


 弁明しようとしたクレイが一歩を踏み出した途端、近づいてきた人々は一斉に地面にひれ伏す。



「何でだぁぁぁぁぁああああ!?」



 こうしてクレイの畏怖は、ヘプルクロシアの端から端まで行き渡ることとなったのだった。




 その頃クレイのいないフォルセールでは。


「まだ城内に避難していない領民がいるだと!?」


 誰も予想していなかった危機が目の前に迫っていた。

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