第82話 元気な鳴き声!
「ほう、なるほどな。大体のいきさつは承知した」
「あ、じゃあ後は任せて俺たちは帰ってもいい?」
「メイヴがティル・ナ・ノーグに身を寄せていた以上、俺様がまったくの無関係と言うわけではないし仕方あるまい。ましてや一方の当事者がアルバトールの息子と言うなら尚更よ。食料と水を用意させるから、少しだけここで待っているがいい」
ダグザは鷹揚に頷き、傍らに抱えた大槌を見つめる。
トゥアハ・デ・ダナーン神族の長老であり、加えて前回の天魔大戦のおりに指導者の地位をルーから譲り受けた彼は、その権威において神族随一のものである。
「しかし相変わらず汚い恰好してるなぁダグザのおっさんは。ちょっとは身綺麗にしようと思わないの?」
しかしその顔は多くの吹き出物で覆われ、ぽっこりと膨らんだ太鼓腹はヘソまでしか服が届いておらず、さらにはすそがぼろぼろに擦り切れたズボンに毛皮の長靴をはいたと言うもので、お世辞にも神とは言えないものだった。
ところが呆れた口調でその恰好を指摘したクレイをダグザは怒る様子もなく、それどころか笑い飛ばすことで始末をつけていた。
「ガッハハ! 見た目に汚かろうが清潔であろうが問題ない! 大事なのは実際のありようだ!」
「ホーッホッホ! 世間を知らぬ子供の言うことなど気にしなくてもよろしいですわダグザ様! メイヴは貴方様の真の価値をこの肌で知っております!」
「ハッハハ! ダグザ殿の今の言葉、我が妻にも聞かせてやりたいですわい! ここだけの話、ワシがあやつの目の届かない所でちょっと他の女性を愛でただけでいつも喧嘩になりましての! ワシが真に愛しているのはお前だけと言ってもまるで聴く耳を持たなくて困ったもんですわい!」
「いいわねアンタたち……悩み無さそうな人生で……」
そして用を済ませた(どうやらエンツォとメイヴを探しに行っていたらしい)ガビーが疲れたようにそう言うと、ダグザ、エンツォ、メイヴの三人が揃って高笑いを始め、それを聞いたガビーは珍しく何も言わずにクレイのほうへ振り返る。
「どうしたんだガビー? なんか疲れてるみたいだけど」
「アンタに教えるにはまだ早いかしらね」
「ふーん……」
ガビーが誤魔化すのを聞いたクレイはニヤニヤと意味深な笑みを浮かべ、それを見たガビーは脱力し、肩を落とした。
「まだ子供のくせに、今の説明をしたり顔で納得してんじゃないわよ」
「これでも貴族の一員だから色々とあるんだよ」
「あっそ。それよりアンタに聞きたいことがあるんだけど、竜の卵を拾ったんだって? どこにあったの?」
「そこの草むらの中。メタトロンがドライグのものだろうって言ってた」
「ドライグ……で、今は持ってないみたいだけどどこに置いてきたの?」
じろじろと見てくるガビーからクレイは居心地が悪そうに目を逸らすと、いつの間にか手元から消えていた卵の行方を思い出そうとする。
「えーっと、確か術を使う時にフィーナに預けてそれっきりだな」
「え」
「え」
そして一つの心当たりをガビーに告げた途端、美しい金髪に彩られた可愛らしい少女の顔は一気に陰りを見せた。
「フィーナ……ま、まぁ大丈夫でしょ! で、フィーナどこよクレイ!」
「さ、さっき皆の治療をしてたけど……あ、あれそうじゃないか? 馬車の影から金色の髪が見えてる」
「アンタも一緒に来るのよ!」
「そんなに慌ててどうしたんだよ!」
ガビーはクレイの首根っこを掴んで馬車まで引きずっていき、そこにいたフィーナが持っている竜の卵をじっと見つめた。
「ど、どうしたのよガビーいきなり駆け寄ってきてじろじろと見てくるなんて。ハッ、まさかあなた私のことを!? いけないわガビーでも最初に会った時からちょっぴりあなたのことは気になってたの……」
顔を赤らめて身をよじるフィーナを無視し、ガビーは安堵の溜息をつく。
「ふぅ、大丈夫みたいね……」
「大丈夫って何がだよ」
一人で納得するガビーを見たクレイは、不満げにその顔を睨み付ける。
「竜の卵は周囲に危険がなくなったら孵化するのよ。だから治癒の力を持っていて、尚且つ自分に対して敵意を持たないものが複数いたらすぐにかえっちゃうの」
「ああなるほどね。だからフィーナ以外の手に渡らないようにあせってたのか」
すぐにその表情に気づいたガビーは説明を始め、納得したクレイは先ほどからずっと奇妙に体をクネクネさせているフィーナの持っている卵を見つめた。
(……大丈夫なのか? これ)
クレイが心配するのも当然で、クネクネしているフィーナが持っている竜の卵は先ほどから左右に振られたままであり、激しくシェイクされた卵の中身がどうなっているか想像したクレイがぞっとし、無力な卵と化したドライグの身を案じた時。
「そういうこと。それにドラゴンは産まれて最初に見た相手に、しばらく自分の面倒を見るように暗示をかけちゃうのよ。そうなるとアタシみたいな高位の……」
「おいガビー」
「何ようるさいわね今忙しいんだから後にしてちょうだいえーと聖職者って言うか? そうそう高位というか高貴な術者以外は逆らえなくて面倒な……」
「なんか卵にひびが入ってるぞ」
「何でッ!?」
「あー、俺も治癒の力を持ってるからかな? フィーナに振り回されてる竜の卵を見たら、ドライグの身がつい心配になっちゃってさ」
「アンタバカァァァァァアアア!?」
慌てるクレイとガビー、そしてフィーナが見ている前で竜の卵にひびが入る。
「卵を隠す籠がありましたわフィーナお姉様。クレイ兄様にかかったら竜の卵も食べられちゃいそうですしね」
「あ、大丈夫かもジョゼちゃん。なんか孵りそうだわこの卵」
「ジョゼェェェエエエエ!?」
「あ、ガビー侍祭もお戻りに……きゃっ」
そしてクレイの手助けをするために法術を学んでいたジョゼが戻ってきた途端、竜の卵に入ったヒビからかすかな光が漏れ出で。
「アニャア」
ごつごつした竜の卵は、ツルツルお肌を持つ子竜へと変化した。
「……どうするんだよコレ」
「どうするったって……でも不思議ね。誰も暗示にかかった様子が無いわ」
ぼやくクレイとガビーの目の前で、卵からかえったドライグはフィーナの膝の上でクルクルと喉を鳴らしながら休んでいた。
「あのドライグがこんな小っちゃくなっちゃうなんてねぇ」
「どういたしますかフィーナ様。このディルドレッドが考えるに、ドライグが大きくなると食費がかさんで私が服を買うためのお給料が減ってしまいそうですが」
「そのような未来の些事にまで目が行き届くなんて、さすがディルドレッドね。ちょっとこの先うんざりしそうだから今のうちに実家に帰してしまいましょうか」
「そんな殺生な!」
世知辛い世の中を寄せ集めたような二人の争いへ冷たい視線を送ったクレイは、フィーナの膝の上で行儀よく羽根を折りたたんでいるドライグを見つめる。
「こいつもダグザのおっさんに世話を頼もうかな」
そうクレイが言った途端、彼の内面世界にいるメタトロンから意志が響いた。
(やめておいた方がいい。我が先ほどドライグの暗示は防いでおいたが、それでも精神の一部がフィーナと言う娘と一体化している可能性がある。ここで引き離すのは双方にとって良くない結果をもたらすだろう)
(そうなのか。暗示を防いでくれてありがとな)
(視線による暗示は我が防いだが、聴覚による暗示を防いだのはガビーだ。彼女にも後で礼を言っておきたまえ)
(ガビーが!?)
いつも何かをやらかし、ラファエラに怒られているガビーの姿しか覚えていないクレイは思わず驚きの意思を発し、すぐに否定する。
(……って天軍の副官だし不思議じゃないか)
(まぁ彼女も昔一匹の子竜を孵化させてしまっていたのが幸いしただけだが)
(あー、だから妙に詳しかったのか)
そして納得したクレイは、メタトロンが続けた説明に意識を向けた。
(天使と竜族が争った天竜大戦。その折りに彼女は一つの卵を拾ってな。周囲の反対を押し切って一匹の竜を孵化させた)
(アイツ妙に意固地な時があるからなぁ……命に関わることでは……)
(その竜の名はバハムート。竜族の中でも王と呼ばれる程に強大なその竜の暗示をガビーはあっさりと退け、そして味方につけた)
(へ、へー……)
(だがかつては同志であり、バハムートが守る対象だった竜族と争い続ける姿を見たガビーはひどく心を痛めてな。もう戦わなくていいと言った彼女にバハムートは一つの提案をした)
(何て?)
(すでにこの身体は御身に預けている。もう戦わなくていいと言うのなら、貴女が大事に思っている人々を守る盾と変えようと)
(随分と律儀な竜だったんだな。王と呼ばれるものはさすがに違うや)
(そしてバハムートはテイレシアの人々が生きるに必要不可欠である穀倉地帯、ベイルギュンティ領を囲むベヒーモス山脈へと姿を変えたのだ)
(はい?)
クレイはフォルセールに隣接する領地、ベイルギュンティに関する情報を記憶から引き出し、そのベヒーモス山脈の高さが場所によっては数千メートルはあり、長さに至っては五百kmを優に越すことを思い出す。
(いやいやいや! デカすぎるだろそれ!)
(何を言っている。かの龍神ティアマトの本体に至っては、この星……いや大地より大きいのだぞ。と言っても彼女はそこまで成長する前に他の世界へ身を移したが)
(どうなってんだよ竜族!)
(彼らは死ぬまで成長を続ける種族だからな。だからこそその途中で卵に姿を変えて転生するのだ)
今までの常識をくつがえす事実を聞いて頭を抱えるクレイにメタトロンは冷静な答えを返し、その他人事と言った説明を聞いたクレイはどっと疲れを感じた。
(……なんかつかれた)
(ゆっくりと休むがいい。と、その前に子竜に新しい名前をつけておきたまえ)
(なんで? ドライグじゃダメなのか?)
(魔術と一緒だ。まだドライグの意識と存在があやふやな内に、言霊によって娘と一心同体になった新しい生き方を定義づけるのだ。その娘が将来どんな成長を遂げるかは知らぬが、万が一ドライグが反意した時に今のままでは対抗できぬだろう)
(分かった)
やや思考停止に陥りながらも、それでも一つの名前を即座に思いついたクレイはフィーナの所へ近づいていく。
「フィーナ」
「どうしたのクレイ、何だかお妾さんの存在が一気に三人くらいお母さまにバレた時のお父さまみたいな顔してるわよ」
「いやお前の家庭内事情を聞きたいわけじゃないから。ええとその子竜、もう名前はつけたのか?」
「そうねー、綺麗なオレンジ色をしてるし、昔お父さまにいただいた東方の柑橘類に倣ってミカ……」
「俺に名付けさせてもらってもいいか!?」
何か思うところがあるのか、クレイは慌ててフィーナの言葉を遮り、一つの名前を口にした。
「コンラーズって名前なんだけど……いいか? いや、これにして欲しい」
「ん? 変わった名前だけどいいわよ。一匹なのに複数系にするなんて代わってるわねクレイのセンスって」
「うん、ちょっとな。ありがとうフィーナ」
クレイは周囲に気付かれないように長いため息をつく。
「でもやっぱり長いわね。コンラーズを縮めてラー……」
「コンラーズじゃなきゃダメなんだ!」
そして間を置かずにフィーナがつけようとしたあだ名を、クレイは自分が思ったより大きな声で否定してしまっていた。
「う、うんそうよね。やっぱり名付け親に黙って勝手に名前を変えちゃまずいわよね。ごめんなさいクレイ」
「い、いや俺の方こそ大声だしちゃってごめん」
お互いに謝る二人を、周りにいる者たちが心配そうに見つめたその時。
「アニャア!」
一つの元気な鳴き声が場に響いた。
そしてその子竜の声を聞いた皆の気分は不思議に明るくなり、旅立つ準備ができたと告げてきたダグザの下へ足取りも軽く駆け寄っていったのだった。
(ドラゴンが発する言葉には魔力が宿る……か)
(ん? 何か言ったかメタトロン?)
(何でもない)
その途中で発されたメタトロンの意思を受け取ったクレイが不思議そうに呟く。
メタトロンはその質問を適当に誤魔化すと、一言休むとクレイへ言い残して意識を閉じた。




