第8話 ドワーフの王様アルヴィース!
「んで、何でお前あんな箱の中に入ってたんだ?」
あの後リュファスの手から解放された妖精ティンカービールは、子供であるクレイの肩に安全地帯を確保していた。
「迷宮の管理者だからに決まってるでしょあんたバカなの?」
「学習しないなお前……」
しかしその安全は即座に消失し、たちまち彼女はリュファスの手の中で悲鳴を上げ始めるが、すぐにリュファスの蛮行はロザリーの慈悲深い一言によって止められることとなる。
「ダメですよリュファス。無駄な時間は使わずに、さっさと必要な情報だけ引き出して始末するですよ」
「怖いよロザリー姉!?」
ただし苦しみを解放へ導く慈悲は、永遠なる安らぎの極みである死であったが。
「妖精なんてこの場にはいなかったですよ……」
どうやらロザリーは、自分が理想としていた妖精とティンカービールのあまりの違いに混乱し、冷静な判断が下せなくなっているようだった。
あまりの冷酷な判断に悲鳴を上げるクレイを横目に、ロザリーは昏い表情でティンカービールへ迫っていく。
「待ってよ二人とも! えーと、そうだ! ティンカービールって名前長いからさ、愛称でも考えようよ!」
「どうせすぐ死ぬ運命ですよ。考えても時間の無駄なのです」
「だから怖いって! ティンカーって鋳掛屋って意味だから……鋳掛屋のビールってフルネームなら、今からこの子ビールって呼ぼうよ!」
クレイの付けた愛称を聞いたティンカービールはちょっと顔をしかめるが、ロザリーの視線が自分から逸れたのを見た彼女は、仕方ないと言った様子で成り行きを見守り始める。
「ちょっとフェストリアの変わったエールを連想させるからダメなのです」
即座に否定するロザリーに、クレイは少々不満顔となって次の案を口にする。
「じゃあベール……ベルにする?」
「既にその愛称の人が何人もいるですし……そもそも騎士団長の愛称が……」
「あー……」
ロザリーの指摘に、ラファエラを除いた三人がベルの愛称を持つ誰かを恐れるように黙り込む。
「じゃあティン子でいいんじゃね? ティンカーのティン子」
そこにリュファスが案を出し、全員がそれに納得しかけるが。
「それはイヤ! 絶対にイヤ! 何でって聞かれても絶対にイヤなの! どうして男ってデリカシーの無い奴らばっかりなの信じらんない!」
その愛称をつけられそうになった本人がいきなり火が点いたように喚きだし、その案を即座に否定する。
「なにか問題あるの? ティン子」
「なにか得体の知れない、それでいて偉大なる意思がウチを突き動かすの! とにかくそれだけは絶対にダメ!」
クレイの質問を一蹴するティンカービール。
しかし背後から迫りくる魔の手は、既に彼女の運命をわし掴みにしていた。
「ティン子はワガママだな……プッ」
「時間の無駄ですしもうティン子でいいんじゃないです? ケケケ」
「ちょっと! あんたたちに温かい人の血は流れてないの!?」
悪魔のような笑顔でティン子を連呼するリュファスとロザリー。
明らかにティンカービールの反応を面白がっている二人が、名付けられる本人の意思を無視して愛称を決定しようとした時。
「お止めなさい二人とも。ティンカーのティナでいいじゃありませんか」
溜息を一つつき、腰に手を当てたラファエラが呆れた声で新しい案を出す。
「もうそれでガマ……いえウチそれがいい!」
極一瞬のためらいの後、何かを見たティンカービールは悲鳴じみた叫びを上げ、ティナという愛称を受け入れたのだった。
「管理者って迷宮が朽ちないために何をしてるの?」
「発動した罠を元に戻したり、魔物が迷宮を壊さないように適度に罠の恐ろしさを思い知らせたりすることね。よっぽど強力な魔物じゃない限り迷宮の壁は壊れないけど、魔物が暴れたらやっぱり細かい傷はつくの」
「へー、そうなんだ」
あの後、ティナはクレイが差し出した食べ物、非常時のために特別に討伐隊に支給されているチョコレートによってあっさり懐いていた。
「あんなものが密造されていたなんて……」
「原料の豆を持ち帰った海洋国家、ヘプルクロシア王国でも王族の一部にしか存在を知られていないらしいのです。アル……領主様が秘密裏に交渉して、極わずかな量を横流ししてもらってるですとか? まぁ王妃殿下が隣国の王族出身と言うこともあると思うですが」
チョコレートに興味津々な目を向けるラファエラと、ティナの口の周りについたチョコレートに刺すような視線を向けるロザリー。
やや物騒な雰囲気のロザリーを余所に、ラファエラはティナが入っていた箱、及びそれを置いていた祭壇を調べていた。
「あ、多分これですね……よし」
「何してるですか? ラファエラ司祭」
「管理者では手に負えない緊急事態が起きた時に、迷宮の作成者へ連絡する通報装置を作動させました。本来ならあの子……ティナが押すのでしょうけどね」
「あの子って……妖精だし、多分私たちよりよっぽど年上と思うですよ。それよりそれを作動させたらどうなるのです?」
通報装置というものが理解できないのか、不思議そうな顔をするロザリー。
「そうですね……ええと、おそらく、そうおそらく火の精霊サラマンダーが現在のドワーフたちが住んでいる住処へ飛んでいき、そこに新しく作っているであろうエールの醸造所に居座ろうとします」
「地下に醸造所? 涼しい場所でもエールって出来るですか?」
「前回の天魔大戦後、フェストリアから密入国してきたドワーフたちが新しい製法を……おや、もう来たようですね」
「何をしでかしたのだティン子! ドワーフたちが醸造所で大あわ……て……」
「お久しぶりですね、アルヴィース。借りたものは返すのが決まりと先代から聞いていませんでしたか?」
さほど時間を置かずに祭壇の奥の壁がガラッと開き、現れた異形ドウェルグ。
その恐ろし気な姿の存在に、ラファエラは恐れ気も無くニコリと笑った。
とてもとても冷たい、氷の笑みを。




