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この世界は救世主を待っている! ~最強を受け継いだ少年が至高に昇りつめるまで~  作者: ストレーナー
第二章 結ばれる縁 ヘプルクロシア編

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第76話 ジョゼの夢!

「ガビー……侍祭……あれ?」


「治したわ。エメルの方はちょっと時間がかかりそうだけどね」


 力を失って人間の姿に戻ったサリムは、ガビーに助けを求めようとする。


 しかしその時すでに治療は済んでいたようで、そう言われたサリムは慌てて自分の体を見下ろし、我知らずつばを飲み込んだ。


(いつ施術したんだ……? 痛みが無くなったのがいつだったのかすら覚えていない。い、いや、そもそも私は怪我をしてたのか?)


 ティナの方を見れば、彼女も同じような顔で体のあちこちを見回している。


(これがフォルセール教会の侍祭の力か……私たちとは次元が違う)


 サリムは敵に付けられた傷の痛みではなく、味方に癒されたらしい、自分は怪我をしていたらしい、というあやふやな記憶の恐ろしさに冷や汗をかく。


「はい終わったわよエメル」


「え……? あ、本当に治ってますね……ええと、ありがとうございます」


 ちょうどエメルの治療もその時終わったらしく、呆けた感じのエメルの声を聞いたサリムはガビーの向こうにいるエメルを見る。


 しかしエメルの体は霧がかかったようにぼやけて見えず、それでもその色合いから肌が露出しているのだと察知したサリムは、軽く謝罪をした後に目を背けた。


「サリムにはちょっと刺激が強いから隠させてもらったわよ。吸血鬼だからもう少し手こずるかと思ってたけど、予想よりうまく治療が済んだわね……これもダークマターが聖霊に混ざってしまったからかしら。不幸中の幸いってやつだわ」


「ダークマター?」


「本来この世界には相容れない存在のことよ。それ以上は長くなるからおいおい貴方にも説明してあげる」


 ガビーはそう言うと、膝に乗せているエメルの頭を優しく撫でる。


「まさか自分で竜の牙を抜こうとするだなんて思ってなかったわエメル。フォルセール教会の侍祭ガビー、貴女の覚悟を見せてもらいました。そして魔物をその身に宿すサリムよ、貴方の信念と魂も」


「は、はい。ありがとうございますガビー様」


「……ガビー侍祭、ですよね」


 いつもとまるで違う様子のガビーの態度に、エメルとサリムは戸惑いを隠せず返答する。


 しかしそのような反応には慣れているのか、ガビーはまるで気にしていない様子で立ち上がり、服についた草を手で払った。


「じゃあアタシ別用があるから。サリム、アンタちゃんとティナとエメルを安全な所まで連れて行くのよ」


「あ、はい……別用って?」


 別用という言葉の中身をすぐには理解できなかったサリムは、厳しい顔になったガビーが離れた場所で倒れているエキーオーンを見つめていることに気付く。


「早く行きなさい」


「……いえ。私も用事があることを思い出しました」


 サリムはガビーに首を振ると、転がっていた自分の剣を拾い上げる。


 そして口から血の泡をコポコポと噴き出しているエキーオーンへと近づき、穏やかな顔で見下ろした。


「介錯を」


[……頼む。敗者の持っていた誇りを受け継ぐのは勝者にのみ授かる権利……力を持つものが好き勝手に奪い去って良いものではない……]


 息も絶え絶えに頼み込むエキーオーンにサリムは軽く頷き、剣を振りかぶる。


「気をつけなさいサリム。死にかけているとは言え、そいつは敵なのよ」


「はい」


 サリムは頷き、短い気合の後に剣を振り下ろし。


「うわッ!?」


 異常なまでに噴き出したエキーオーンの返り血を浴びたサリムは、直後に襲った激しい吐き気に体をくの字に曲げた。


[フフフ……フハハハハハ! まんまとひっかかったな!]


「私に……何をした……」


 蒼白となったサリムに、エキーオーンの嘲笑が浴びせられる。


[かつて竜の血を浴びた英雄は……その身を強靭な鎧同様のものと化すことができるようになったと……言う……]


「フェストリアの英雄譚……ジークフリート?」


 だが続けて発せられた言葉の内容にすべてを察したサリムは、慌ててエキーオーンへの下へと近づき、その手を取った。


[竜ではない、しかも魔を宿すとは言え人間に敗れる……ような……役立たずの竜人の血ではあるが……持っていけ……]


 サリムは虚ろとなったエキーオーンの目と視線を合わせ、力強く返事をする。


「貴方の誇り、受け継がせて頂きます」


[ありがた……い……生きた証……世界の輪に……]


 エキーオーンは喋る途中で力尽き、目から光が消える。


「まんまと血をひっかけられてしまいましたね……では我々は安全な場所へ」


 そしてサリムは自分が一人の命を奪ったという結果に心を留め置くことなく、一つの提案と共に歩き出した。


「気をつけるのよサリム」


「お心遣い、ありがとうございます」


 自分たちを見送る一言を告げたガビーにサリムは軽く頭を下げると、何かを言いたそうなティナに声をかけてエメルの手をとる。


「我々は我々にできることを。侍祭様は自分のやるべきことをやるだけです」


 そう言い切り、歩いていくサリムの背中にガビーは賛辞の言葉を送る。


「頼もしくなったわねサリム」


 そしてガビーは宮殿の奥、サリムたちが来た方へと進んで行った。


 今まさに死闘を繰り広げているクレイの下へと。



 そしてそのクレイは、先ほど得た情報により絶望の淵にいた。



「まさか取り込んだジョゼと痛覚まで共有させることができるとはね」


「このお嬢ちゃんを俺に移植したんだから当たり前だろ。それとも人間たちはまだこんなこともできねえのかぁ? せっかく竜語魔術を分かりやすくして、精神魔術とかいうレベルまで落としてやったってのによ」


「そりゃ済まないね。でも自らの持つ精神力のみを使うために、得られる効果が殆ど自分の中だけで完結する精神魔術は、あまり重要視されてないみたいだからしょうがないよ」


「だから使えねえんだよ人間たちは。つまらねえ現実より理想を追いかけねえから、いつまで経っても地べたを這いずり回る地虫止まりだ。笑っちまうぜ」


 そう嘲ると、ギュイベルは後ろ足だけで立ち上がる。


 首に埋まったジョゼを見せつけるように。


「ごめんなさい……クレイ兄様……」


 混乱しているのか、それとも肉体同様、意志も飲み込まれつつあるのか。


 先ほどからジョゼはクレイに謝り続けていた。


 落ちる涙、漏れる悔恨の言葉。


 それは、日頃から気丈な口ぶりでクレイを叱っていたジョゼとは別人の姿だった。


「気にすんなジョゼ、年下を助けるのは年上の役目だ」


「私……力になりたくて……教会に入ったのも……本当は法術を……」


「そっか、ジョゼは本当に偉いな。俺と違ってさ」


 クレイは焦燥心を押さえつけ、何とか平静を保ちながらジョゼを励まし、ギュイベルから体を取り戻す方法を考える。


「おいおい、ま~だ時間稼ぎしたいのか? きちんと人質をとられたって現実を見て諦めたほうがいいと思うぜぇ?」


「ブレブレだなお前は。現実と理想のどっちを追いかけりゃいいんだよ」


 そのクレイの反論を、ギュイベルは嘲笑で吹き飛ばした。


「ヒャハハハハ! 土から作られて間もない人間は融通が利かねえな! 追い詰められてから理想を追いかけてどうすんだ! 理想を追いかけるならその余裕がある時にしろよバァカ!」


 ギュイベルは右手を振りかぶり、クレイに叩きつける。


 何とかその攻撃はアイギスで受け止めたものの、その防御はギュイベルには想定済みのものだったようで、吹き飛ばされたクレイは突然盛り上がってきた地面に背中を強打され、激しく咳込むこととなっていた。


「何にも分かってないくせに、逆らうことだけは一人前な青二才へのお仕置きって奴だ。目が覚めたか?」


「ああ」


 だが立ち上がってきたクレイの目は死んでいなかった。


「じゃあ俺も現実って奴を今からお前に教えてやるよ」


「面白いじゃねえか。死にかけの青二才が言うセリフにしちゃ上等だ」


 全身のあちこちから血を流し、泥にまみれ、剣を構えることもできなくなったクレイは、それでも足を引きずりながらギュイベルの所へ戻って行く。


「もうやめてくださいクレイ兄様! もう、私のことはいなかったものと思って、私のことなど気にせずに戦われてください!」


 その姿を見かねたジョゼが必死に力を振り絞って叫んだ時。



「ジョゼ、お前夢はあるか?」


「……え?」



 クレイは笑ってそう言った。



「その夢を叶えたくはないか?」


「それ……は……」



「夢を叶えたその先にあるものを知りたくないか?」


「……ッ」



 胸がクレイの優しさで塞がり、ジョゼの呼吸が止まる。


 そして程なくジョゼは胸を塞がれたことにより、感情をせき止められたことによって、代わりに目から激情を溢れ出させていた。


 拭おうとしても拭いきれぬ、次から次にこぼれだす感情――涙を。


 

「今から俺がお前を助ける。例え相手がドラゴンであろうと助け出す。だからさ」


「だから……?」


「絶対に諦めるな! ジョゼ!」


 ジョゼは頷く。


 今の自分にできることを、これしかできないことを承知しつつ。


 ジョゼは頷き、クレイが助けてくれることを信じて、祈りを捧げた。



「夢! 夢だとさ! ヒャッハハハハハ! お前、このお嬢ちゃんの夢の内容を知ってて言ってんのか!?」


 ギュイベルの嘲笑に、ジョゼの顔がさっと青ざめる。


「このお嬢ちゃんの夢はなぁ、お前のオヨメさんになることなんだってよ! ヒャッハハハハハ! か~わ~い~い~女の子らしい夢だなぁ!」


 そして完全に下を向いてしまったジョゼに、ギュイベルが追い討ちをかけた。


「だから好き好き~なお前を助けるために教会に入って、頑張って法術をお勉強して、さっきはさっきで自分に構わず戦ってくれって頼んだんだとよ! 健気だねぇ! 普通ならこ~んな健気なお嬢ちゃんを苦しめるような真似はできねえよなぁ! どうすんだ青二才!」 


「そっか」


 クレイはぽりぽりと頬をかきながら呟く。


「実は俺も、お前と結婚できたらいいんだろうなって、ずっと思ってた。お前の親父さん……じゃなかった、父上である陛下から頼まれる前からさ」


「は? 何言ってんだお前」


(え……?)


 クレイの言葉に、ギュイベルとジョゼはそれぞれの反応を見せた。


「だけどさ、なんかうまく言えないんだけど、まだダメなんだ。なんかこう、胸の中がモヤっとしてさ、それが何なのか分からないんだ。出来のいいお前への引け目なのか、未熟な自分自身に対する自己嫌悪なのか分からない」


 クレイは辺りを見回し、手をじっと見つめ、だが答えはやはり見つからず、彼は再びジョゼを見る。


「だから一緒にテイレシアに帰ろうジョゼ。一緒に帰って、陛下たちに無事に帰った姿を見せて、皆を安心させた後に二人でゆっくりと考えよう。二人のこれからの未来ってやつをさ」


 再びクレイは笑った。


 白く、美しく、優しい笑顔で。


「はい……はい、分かり……ました……クレイ兄様……」


 だが、その笑顔はすぐに苦悶の表情へと変わった。



「あ~面白くねぇ」



 再びクレイを襲うギュイベルのかぎ爪。


 触れたものすべてを削り落とす、ヤスリのような細かい突起と化した爪がアイギスを粉砕し、そしてクレイの腕から大量の血を噴き出させる。


「バロールの身内はま~だ自分の立場ってモンが分かってねえみたいだなぁ。お前が勝手な行動をとったせいでどれだけの人間が迷惑をこうむったと思ってんだ?」


 ギュイベルの指摘を聞いたジョゼの顔が凍り付く。


「迷惑をかけるのも……恩恵を与えるのも……人の繋がり……だってさ」


 だがその瞬間にクレイが否定し、ギュイベルはますます不機嫌な顔となった。


「さすが自己治癒能力をそなえる天使だけあって丈夫だなぁ。だがよ……」


 ギュイベルの体毛が逆立ち巨大化する。


 加えてそのすべてがらせん状となり、何物をも貫くように高速で回転を始める。


「攻撃を耐えるだけじゃ勝てねえぜ? いい加減お前と遊ぶのも飽きてきたぜ! 死んじまいな!」


 大気が裂け、大地は砕け、両方が入り混じった土煙すら、高速で回転する石と共にクレイへ襲い掛かって行く。


 それらを素早い動きでかわしながら、クレイはある法術を行使していた。



(ガビー、いるんだろ?)


(あら、よく気付いたわね)


(俺が叙階を受けた後、子守をするって言ってただろ)



 それは念話。


 今どこにいるかまでは分からない。


 だがきっとそばにいるであろうガビーへの念話だった。

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