第75話 立ちはだかる竜人!
豹変したギュイベルとクレイとの戦いが始まった頃。
「……揺れましたね」
「お一人で残られたクレイ様は大丈夫なのでしょうか……ウチやっぱり戻った方がいいと思うんですけど」
重傷を負ったエメルを抱えたサリム、そしてティナは宮殿の中を走っていた。
「クレイ様の指示はエメルさんとティナさんを安全な場所に送り届けること。と言うことで一刻も早く安全な場所に行きましょう。助けに行くならその後です」
「じゃ、じゃあウチちょっと危険が無いか見てきます」
ティナは頷き、エメルを背負っているサリムに代わって通路の先に飛んでいく。
しかしティナが廊下の曲がり角の先を覗き込んだ時、その動きは止まった。
「え……うそ……」
「どうしたんですかティナさん……なるほど」
手を口に当て、宙で震えるティナの視線の先にあるものを見たサリムが唸る。
そこにはリザードマンらしき数人の亜人間が、曲刀と円盾を持って立っていた。
だがその背には、通常のリザードマンとは大きく異なる点があったのだ。
「翼……か。ここにドラゴンがいることを合わせて考えると、ただのリザードマンじゃなさそうですね」
[その……通り……我……らは竜人……なり……]
人とは違う声帯から、無理矢理に絞り出される人の言葉。
しかしそれは、つい先ほどギュイベルに産み出されたばかりの疑似生命が、人の言葉を理解して使いこなしているという驚愕的な事実をサリムに伝えていた。
「さて、どうしますか……窓は先ほどから魔術によって施錠されていますし、今からクレイ様のところに引き返すわけにもいかない、つまり道は前方にしか残っていないと言うわけですが」
[全力を……出せないか? ならば……外に出て戦っても我らは……構わない]
「ではお言葉に甘えて外へ」
同時に壁が震え、切れ目が入り、そこにドアが現れる。
[先に出るがいい少年よ]
竜人に促されたサリムは外へ一歩を踏み出し、周囲を見渡して何かエメルを休ませられる場所はないか探した後、一本の木に目を留める。
「エメルさんはここで休んでいてください。ティナさん、法術でエメルさんの傷を治せないまでも、痛みを和らげられることはできませんか?」
「や、やってみます」
サリムはエメルを木の根元におき、背中を預けさせて楽な姿勢にさせ、そして後をティナに頼むと彼自身は竜人たちへと剣を向けた。
「では」
[始めるか]
竜人の数は全部で五人。
その中の一人が一歩を踏み出し、サリムに向かって剣先をあげる。
[俺の名はエキーオーンだ。お前の名は?]
「サリムです」
[良い名だ。行くぞ]
サリムは深呼吸をし、エキーオーンと名乗った竜人へ切りかかるが、数合ほど撃ち合った後にいきなり激しい体当たりをされ、後ろに吹き飛ばされてしまう。
(表情が読めない……別種族との戦いがこんなに怖いものだとは)
先ほど竜牙兵と戦ったサリムにとって、もちろんこれが初めての別種族との戦闘と言うわけではない。
だが竜牙兵にそもそも表情と言うものはなく、その時は隣に絶対な信頼を置いているクレイが居た。
(迷った時こそ落ち着いて相手を見る! 弱気になるなサリム!)
サリムはじっと目の前の相手を見据え、そしてエキーオーンが動かないのを見て気合の声を出す。
だが、エキーオーンはそれでも動かない。
[何やってんだエキーオーン。せっかくギュイベル様が好きにやれって言ってくれたのに、人間相手に真面目に戦ってんじゃねえ]
[どうやら面倒な魂が入り込んでしまったらしい。まぁその内に消えるだろう]
代わりに声を上げたのは、二人の戦いを横で見守っていた残りの竜人だった。
途端にエキーオーンから先ほどまでの清廉な気配が消え、ならず者のようなたちの悪い仕草と変わる。
「……何か問題でも?」
サリムは急変した相手の気配を感じとると、必死に考えを巡らせた後に疑問を突きつけ、さらに周囲に異変が生じていないか気配を探る。
ティナとエメルは自分の後ろにおり、人質に取られた様子はない。
それでも真面目に戦うな、と先ほど他の竜人たちが言っていたことから、後ろの二人が人質にとられる可能性は十分に考えられ、ならそれまでは自ら武器を捨てるなどの不用意な行動は避けるべきとサリムは判断し、エキーオーンを睨み付けて相手の出方を伺った。
[お前は余計なことを考える必要は無い。ただ俺と戦えばいいだけだ]
「それはありがたいですね」
サリムはエキーオーンへ剣を向け、そして切りかかる。
だが何度打ち込もうともその度に彼の剣は軽く受け止められ、押さえつけられ、弾き返されてしまうのだ。
あまりに絶望的な剣術の差にサリムが歯噛みをした時、再び横から竜人の声が割り込む。
[早く倒しちまえよエキーオーン。どんなに乱暴に扱っても壊れないオモチャが、そこの木の根元に転がってるんだぜ? グケケケケ]
サリムがその内容に動揺した瞬間、エキーオーンの剣が彼の親指をしたたかに撃ちつけ、サリムは思わず剣を落としてしまう。
だがエキーオーンはサリムへ切りかかることなく、その場に立ったまま冷たい視線で見下した。
[どうした小僧、お前は俺と戦えばいいだけだと先ほど言ったはずだが]
「……これでは貴方と戦っているのではなく、遊ばれているだけですね」
[本気でそれを言っているのなら、これ以上お前と戦う意味はない。命などというつまらぬ枷を捨て、魂を解放して死ぬ気でかかってこい]
サリムはエキーオーンを見つめ、その一挙手一投足に意識を集中させる。
だがその時、彼の優れた聴力が背後で発せられた一つの呟きを捉えた。
「邪魔な……私……を……置いて……二人だけで……ッ!?」
不死の代名詞とも言える吸血鬼ゆえに、瀕死の状態で留め置かれた状態のエメルが発したその呟きを、ピチッという軽い音が遮る。
「ウチは諦めません。そこで頑張っているサリム様のためにも、そして離れた場所で戦っているクレイ様のためにも。ウチはお二人が何とかしてくれると信じて、エメル様の傷を癒す術を探します」
続いて発されたか細い声に後押しされ、サリムは一つの決断をした。
「そうですね、私では無理かもしれない。でもクレイ様なら何とかしてくれるような気がします」
そしてサリムは体の関節の部分を守るプロテクターを外すと、訝しがるエキーオーンの前でスッと息を吸いこむ。
盛り上がる筋肉、それを守るように伸びるふわりとした体毛。
サリムはその身を再び白毛の大猿へと転じ、エキーオーンへ向けて威嚇の咆哮を上げた。
[ほう、面白いではないか]
「御見苦しいところを見せて申し訳ない。ですがこれで少しはマシになるでしょう」
サリムは庭に植えられた木々の一本に近づき、心の中で謝りながら軽々とそれを引き抜く。
そして邪魔になる枝を次々と手刀で落とすと、それを槍代わりとしてエキーオーンへと相対した。
「剣より間合いが広い槍のほうが戦いで優れていることはゆるぎない事実。では参ります」
[確かに。ではかかってこい]
サリムは軽々と木を振り回すと、果敢にエキーオーンへ殴りかかって行く。
[むっ!? その若さで剣術のみならず槍術まで知っているか!]
「師が大変に厳しい方でして!」
サリムは木を巧みに操り、円を基本とした動きでエキーオーンの足、手、そして一番動かしにくい胴の部分を狙い、打撃を加えていく。
避ける動作を見る限り、エキーオーンも相当な剣の使い手であることは間違いなかったが、剣と槍による間合いの違いはどうしようもない。
突いてきた木を握ろうにもその幹は太すぎてエキーオーンの手には余り、また剣を使って防ごうにも、斧ならともかく細い剣で木を防ぐことは、まかり間違えば剣のほうが折れる危険があった。
[しかし!]
「なっ!?」
エキーオーンは翼を広げると空に飛びあがり、サリムが持っている木でも届かない位置まで移動する。
[それはあくまで人との戦いを想定したもの! 竜人に通用するとでも思ったか!]
エキーオーンはそう言うと、いつの間にか拾っていた小石を腰から取り出した投石紐で包み、左手で素早く振り回してサリムへと射出した。
「はや……うわッ!?」
右肩を射抜かれ、木を取りこぼしたサリムに向かってエキーオーンが素早く急降下する。
[もらったぞ!]
そしてサリムの喉に目がけ、エキーオーンが剣をつき出そうとした時。
[ぐ……ほ……]
「私の……勝ちです」
サリムが手から取りこぼしていたと見られた木が、その端を踏んだ彼の足によって大きく持ち上げられ、エキーオーンの腹部を撃ち抜いた。
[あーらら、エキーオーンの奴やられちまいやがったぜ]
[仕方ないんじゃねえか? さっき奴も言っていたが、体の中に召喚された魂が変な価値観に凝り固まったものみたいだったしな]
[まー終わったことはしゃーねーよ。面倒だし四人でさっさと終わらせちまおうぜ]
[んじゃ俺はあの翅妖精な]
だがエキーオーンを倒しても状況は一向に好転しない。
それどころか一人ですら手こずった竜人が、今度は四人で一斉に襲い掛かってくるという最悪な状況へと変化していた。
「……では始めましょうか」
しかしその最悪な状況にも怯むことなくサリムが踏み出し、竜人たちに戦いを挑んだ途端に彼らは分散し、その中の一人がサリムの背後へと回り込んだ。
「エメル様に何をするつもりですか!」
[何言ってんだコイツ。裏切り者に罰を与えるのは当然だろ]
「サリム様との勝負がつくまで待つんじゃないんですか!」
[あーあー聞こえねーなー。ちょっと黙ってろよお前]
程なくティナの悲鳴があがり、続いてエメルの苦悶の声がサリムの耳をじわりと湿らせる。
「……ここに至って人質が必要ですか? 竜人という大層な名乗りを上げた割には、随分と自分の腕に自信が無いようですね」
[だーから人質とかそんな大層なモンじゃねえよ。今お前たちとやってるのは単なるお遊びだ]
「お遊び?」
[俺たちはギュイベル様の鱗から生まれた疑似生命体だ。だからお前らみたいな最初から生命を持って生まれた奴らが、どの程度痛めつけたら死ぬのか全然わからないんだよケケケッ]
「くそ……」
無邪気に笑う竜人にサリムは震える。
複数の、しかも自分たちを玩具程度にしか見ていない相手に囲まれる恐怖。
(だが黙って殺されるのを待つわけにはいかない!)
その恐怖を乗り越え、再びサリムが踏み込もうとした瞬間にティナの悲鳴が再び彼の足を止めた。
[ありゃ、思ったより簡単に手が曲がっちまった]
「貴様! 非力な翅妖精に暴力とは恥ずかしくないのか!」
思わず振り向いてしまったサリムの背中に激しい痛みが走る。
[おいおい、お猿さんの相手は俺ですよー? あっさり無視されちゃって悲しいねぇ]
続いて右肩、そして左足に激痛が走る。
あまりの激痛に気が遠くなったサリムは、それでもティナを助けるためになおも数歩を進み、そしてそこで倒れ込んだ。
(ティナさん……エメル……さん……)
[おおすげえ、肉がはじけて骨が見えてんのに何で歩けるんだこいつ]
[骨が二本あるからじゃねえか? ちょっと一本むしってみようぜ]
遠くに聞こえる竜人たちの声に反応することもできず、サリムの手が地面をかきむしった時。
(よく頑張ったじゃないサリム。まさか竜人を倒してるだなんて思わなかったわ)
清らかな流水を思わせる、一人の少女の声が彼の頭に響いた。
「エキューム・ドーファン」
何のことは無い、天から気まぐれに降ってきた一粒の水滴のような柔らかな声。
その一声が響いた途端、サリムを囲んでいた竜人たちは突如として現れた泡のイルカに食い尽くされる。
「そして大切な命をもてあそんだアンタたちには天罰をあげるわ……その中で永遠に復元しながら食べられ続けなさい」
艶やかな金髪の美しい少女、ガビーの判決と共に彼らはこの世から消失した。




