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この世界は救世主を待っている! ~最強を受け継いだ少年が至高に昇りつめるまで~  作者: ストレーナー
第二章 結ばれる縁 ヘプルクロシア編

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第74話 力をよこせ魔眼の王!

「な、なんだこれ!?」


 クレイは信じられない光景に目を疑い、慌てて右腕を持ち上げようとする。


 だがその労力は実らず、自己治癒能力による緩やかな温かみをクレイの脳に返すのみであった。


「いかな天使の自己治癒能力であろうと、俺の魔術によって完全に凍り付かせた体が治るには相応の時間というものが必要となる。そして回復するまでの時間を待つほどの価値が、今のお前には認められん」


「つまり?」


「さらばだ青二才。ヘッジホッグ・ニードル」


 長毛種の犬のようなギュイベルの体毛が再び逆立ち、無数の巨大な針となってクレイに襲い掛かる。


 その間にギュイベルは再び息を吸い込み始め、今度こそクレイのすべてを凍り付かせようとしていた。


 だがクレイは動かない。


 観念したか、それとも絶望したか。



(この程度、使い物にならぬ、価値を認めない……ギュイベルの言葉の節々に知らず知らずのうちに現れている俺を見下す態度。その価値観をひっくり返された時、何が現れるのかな)



 クレイはまるで動揺を見せず、それどころかとびっきりのいたずらを思い付いたと言わんばかりの笑顔をその顔に浮かべた。


(吉と出るか凶と出るか。ちょっといいかいバロールさん)


(んん? なんじゃい)


 そして柔らかな笑顔を浮かべたままクレイはアイギスの術を発動させ、彼の内面世界にいる邪眼の王へと話しかける。


(何となく予想はついてると思うんだけど、ギュイベルを倒すために俺に力を貸してほしいんだよ)


 頭を下げ、バロールに頼み込むクレイ。


(そんじゃ儂の答えも何となく予想しとるじゃろ。力は貸してやらんわい)


(え)


 だがその答えは素気無いものだった。


(え、じゃなかろうがい。お前の曼荼羅の中に入る時にも言ったと思うんじゃが、儂はまだ見ぬ他の国の強敵と戦って、儂自身が力試しをしたいからお前の中に入ったんじゃい。お前が勝てない相手が現れた時、儂の力を貸すために入ったんじゃないわい)


(えー……)



 何となく予想はしていたが、思っていたよりバロールは頑固なようである。



(それじゃ困るんだよなぁ。ちょこっとギュイベルを驚かせるだけでいいんだけど)


(それならちょこっと聖天術を撃てばいいだけの話じゃろ。クラウ・ソラスならお前の負担も軽いはずじゃい)


(くらう・そらす? 何それ俺そんな術知らないよ? 聖天術って言ったらアポカリプスじゃないの?)


(むむ? なんか順番がおかしくないかいのう……おいメタトロン! メタトロン!)


 返事はない。


 どうやら屍のようになるほどメタトロンは疲れているようである。


 バロールは嘆息すると右手で胸をボリボリとかき、そのまま頭をペチンと叩く。


(まぁメタトロンも起きて来ないってことは大丈夫ってことじゃろ。ほんじゃ儂も寝ることにするかいのう)


 そしてのんびり寝ころぶ姿を見たクレイは、慌ててバロールを揺さぶって悲鳴を上げた。


(いやいやいや! 曼荼羅にその身を預けたってことは、これからバロールさんは俺の力で移動することになるんだよ!? ただ飯喰らいは犯罪! 運んでもらいたいならその前に手付金を支払って!)


(むう最近の若い奴らはしっかりしとるのう、儂らの若い頃と言えばその場のノリで結んだ口約束だけで契約が終わっとったもんじゃが。まぁそれだけに後で無かったことにされたりもしてのう、昔アガートラームの奴めが……)


(いいから早くして)



 老人の思い出話は長くなる。


 危険を察知したクレイは即座にバロールを促し、急いで約束を取り付けてギュイベルへと声をかけた。



「知ってるかい? 邪眼の王バロールの気配が消えた理由を」


「天使ウリエルに敗れて消えた。ただそれだけだ」


「いいや、違うね」


 クレイは自信たっぷりに言うと、アイギスの術を展開させたまま前進する。


「バロールは消えたんじゃない! 俺の中に移動しただけだ! 今からその証拠をお前に見せてやるよ!」


「ほう、では見せてみるがいい! 再び現れたバロールを打ち倒し、あの時の不覚を無かったことにしてやろう!」


 クレイの背中から一本の腕が現れる。


 その異形の指先には丸められた黒いナニモノかがついており、それをギュイベルが注視したとたんに黒い球体は弾き出され。


「グワァッ!?」


 ギュイベルの額にピチャっと着弾した。


「……なるほどバロールだ」


「分かったかい?」


 バロールが何をしたのかは分からないが、ギュイベルの発する声は込み上げてくる怒りを押さえつけるかのようなものだった。


 クレイはやや動揺しつつも、余裕の態度を崩さず相槌を打ったのだが。



「ハナクソを顔に弾き飛ばすなどという他者の尊厳を踏みにじる下衆な行為、あの腐れ外道しかやらん」


「へ」



(……どう言うこと?)


 クレイが内面世界のバロールを見ると、そこには腕を組み、胡坐をかいて満足そうに頷くバロールの姿。


(男を成長させるのはいつだって強敵との戦いじゃい。そんじゃの)


(そんなものは頼んでない!)


 怒りに震えたクレイがバロールに詰め寄ろうとするも、タイミング悪くギュイベルが声をかけてきたため、クレイは注意を目の前のギュイベルへと戻した。


 なるべく冷静に。


「さて、お前のような青二才がバロールを宿しているとは、この目で見てしまった今でさえ信じられんが……」


「どうする? 俺はジョゼを助けに来ただけで、戦うためにここに来たんじゃない。ぶっちゃけあんたほどの強敵、バロールの助力があっても勝てる保証は無いし、ジョゼを返してもらえるならそのまま逃げ帰りたいんだけど」


 優位に立った者の譲歩。


 ある程度押した後に引いて、そこにあいた隙間に相手の思考を引きずり込む。


 劣勢に立った相手はそれが唯一の解決法と思い込み、すんなりと条件に応じてしまうことが多い、交渉における技法の一つである。


「なるほどな。できれば俺もそうしたいところだが、それをお前が許してくれるかどうかが不安でな」


「……何か問題が?」


 だがまだ切り札を残しているのか、ギュイベルはやや苦しそうな声で、だが楽しそうな顔で一つの情報を口にした。


「先に逃した仲間の身の安全が心配ではないか?」


「いいや。信用してるからね」


 クレイは冷静な態度を崩さぬまま、激しく動揺する胸の内を表に出さずに答える。


 ギュイベルはそんなクレイの考えを知ってか知らずか、楽しそうな声のまま一つの事実を明るみにした。


「そうか、だがやはり俺は心配だ。今この宮殿の中は俺が作り出した番兵が警備に当たっているのだが、それが先ほど壊されてしまったので新しく補充したのだ」


「……へぇ? 作り出した番兵が破壊されたとなれば、そりゃ不安にも……」


「竜鱗兵と言ってな、不要になって抜け落ちた牙から作られる竜牙兵などとは比べ物にならぬ力を持っている。そうだな、下位の魔神程度であれば三秒ほどで細切れにしてしまえるくらいにな」


「……」


「どうした天使よ。俺の眼にはお前がまた青二才に戻ってしまったように見えるぞ」


 クレイは口を閉じる。


 だが顔は下を向かず、その目はまっすぐにギュイベルを捉えていた。


 そして彼は再び内面世界のバロールに語り掛ける。


(バロールさん、さっき俺に力は貸せないって言ったね)


(おう、分かっとるなら何でまた聞いてきたんじゃいクレイ)


(じゃあ俺はもうバロールさんに頼まない、その代わりにこう言うよ)


(なんじゃい、何を言うつもり……)


 いぶかしがるバロールに、クレイは宣言する。



(汝が住まう世界、クレイ=トール=フォルセールの名において命ずる。我が曼荼羅の住人である邪眼の王バロールよ、俺に力をよこせ)



 その宣言を聞いたバロールは口をあんぐりと開け、その予想外の内容にしばらく表情を固まらせた。


(このワシにむかって力をよこせと命令するってかい。魔眼の王バロールに)


(そうだ、魔眼の王にして暗黒竜クロウ・クルワッハの召喚主バロール。俺にお前の力、魔眼の王ですらその制御に手こずる魔眼の力を含めたすべてをよこせ。今ここで俺との力比べをしたいならな)


 途端にバロールは口の端を歪ませる。


 そして楽しそうな顔で遥かなる高み、天頂を見上げると、魔眼の王は高笑いをしながら承諾した。


(ゴワハハハハハハハ! 愉快! 愉快よのう! 長年を生きてきた中で、飛び抜けて愉快なことがたった今起きたわい! 良かろう! 闇の結晶であり魔眼の王の力の象徴! この右目の力を使いこなせると思うなら見事使いこなしてみせい!)


 バロールは右手を後頭部に回し、ポンッと叩く。


 するとスポンという軽い音を立てながら丸い球体がその顔から飛び出し、そして大きさを変えてクレイの額へと収まった。


(ゆけいクレイ! 儂の魔眼を見事使いこなし、第三の眼の力と変えてみせい!)


 クレイの額に黒真珠のような深淵の輝きが宿り、そこから吸い込んだ世界の力が全身に回る。


「行くぞギュイベル! 今すぐにお前を倒し、仲間を助けに行かせてもらう!」


「なんと信じられん! まさか天使がダークマターの力を!?」


 白龍ギュイベルは驚きながらもクレイに向けて咆哮をあげた。


 ドラゴンが放つ力ある言葉、ドラゴンロアーの咆哮を。


「効かないね!」


「!?」


 だがそれを浴びてもミスリル剣を振りかぶったクレイは止まらず、ついにギュイベルから負傷の痛みによる叫び声が上がる。



 だが実際にその悲鳴を上げたのは。



「……ジョゼ?」


 先ほどまで聞いていたドラゴンの重厚な声が華奢な女性の声と変わり、クレイの心を後悔で染め上げていく。


 ギュイベルの首筋を守るように盛り上がっていた数枚の鱗が開き、守っていた者の正体を知らせる。



「クレイ……兄様……」


 それは行方不明になっていた彼の義妹、ジョゼフィーヌだった。



「どうした青二才、なかなか愉快な顔になってンぞ?」


 ギュイベルは声をやや軽いものとし、彼の中にある感情を表に出す。


 それは先ほどまで彼が被っていた強者の仮面を浮き上がらせ、その下にあった元々の本性をあらわにしていた。


「どうしてジョゼがお前の首に埋まってるんだ?」


「ヒャッハハハハ! そりゃ今のお前の顔を見たかったからに決まってるだろ! 力も無けりゃ頭も鈍いとか、使えなさすぎだわお前!」



 弱者をいたぶることに喜びを感じる、下衆の本性を。



「ごめん……なさい……私……」


「謝らなくてもいい、そんなことより体は大丈夫なのか?」


 か細い声で謝罪を始めるジョゼを慰めるクレイ。


 だがその心づかいは、ギュイベルの軽薄な声で遮られた。


「バァ~ッカじゃねえのお前。大丈夫じゃねえから悲鳴を上げたんじゃねえか。そんなことも分からねえとかこのお嬢ちゃんも大変だなぁオイ」


 ギュイベルの耳障りな甲高い声にジョゼは下を向き、対照的にクレイはやや不機嫌そうな低い声をギュイベルへ向けた。


「随分と安っぽくなったじゃん、とてもドラゴンとは思えないくらいだ」


「ハァ? これが元々の俺様だ。それをあのクソつまらねえ性格のドライグが、強者は強者たれ、我らは矜持によってどうたらこうたらとか毎日毎日うるせえから、ちょっと芝居をしてただけだ」


「そりゃ可哀想にね」


 クレイはそう言うと、いつもの人懐こい顔となってギュイベルへ笑いかけた。


「今から助けるから、ちょっと待っててくれよなジョゼ」


 否。


 ギュイベルの首に閉じ込められた、彼の義妹ジョゼへと。


「助ける? おいおい青二才、今自分が言った言葉の意味が分かってるのか?」


「そんなことも分からないのか? ドラゴンなんだろ?」


 その言葉を聞いたギュイベルは当然機嫌をそこね、そしてクレイはその不機嫌を踏みつぶすように歩を進める。


「やれるものならやってみなぁ? この俺様相手によ!」


「さっきの続きをまだやりたいってのなら、お前の気が済むまでやってやるよ!」


 クレイは怒りのままにミスリル剣をギュイベルの首へと振り上げ、そして先ほど彼が切りつけたところとは別、つまりジョゼを守っていた鱗と離れた場所を切りつける。



「イヤアアアア!?」



 だがギュイベルの体からはジョゼの悲鳴しか上がらず、クレイは思いついた一つの答えに絶望した。

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