第72話 白龍と再会!
ここで時は少しさかのぼり、場所は宮殿の中へと移る。
「あれ? なんだろ城壁の上が曇ってる?」
「あれは……ええと、私が見たところ土煙みたいですね」
「ふ~ん……まだメイヴが頑張ってるのかな」
「ウチが土の妖精に聞いてみましょうか?」
「頼むティナ。それじゃサリム、その間に俺たちはちょっと休憩しようか」
クレイはサリムと一緒に床に座り込み、水が入った革袋を取り出して口に含んだ。
白龍ギュイベル以外の敵は、宮殿内にいないと思い込んでいたクレイたち。
だが先ほど宮殿内を見回っていた敵、龍の牙から作成される竜牙兵と呼ばれる骨のゴーレムにばったり会ってしまい、戦闘を余儀なくされてしまったのだ。
「竜牙兵は騎士団の皆がよく訓練相手としてエステルさんに作ってもらうんだけど、一対一だと勝てる人がエンツォさん以外にいないんだよね。そんな敵を倒すなんてホント強くなったよなぁサリム」
「その竜牙兵と一合も剣を交えることなく、次々とお倒しになったクレイ様に言われてもあまり嬉しくありませんよ」
「これでも権天使だからね」
ニカリと笑うクレイへサリムは微笑みを返すと、程なく険しい顔つきとなって一つの心配事を口にする。
「しかし……あの程度と言っては失礼でしょうが、竜牙兵に苦戦するようでは天魔大戦で戦う魔物たちに勝つことは難しいのでは」
「あ、それね」
クレイはいたずらっぽく笑うと、窓際に浮いて盛んに身振り手振りをするティナを見つめた後に、頭を掻きながらサリムへ視線を戻す。
「えーと、どう説明しようかな……別に竜牙兵に勝てなくてもいい……いや、勝てないのにはきちんとした理由があるんだ。騎士団の上位者に与えられる退魔装備のことは知ってるよね?」
「はい。魔族を退けるために作り出された装備で、装着者の能力を引き出し、更に装備自体に付与された力を与える貴重な装備とベルトラム様に聞きました」
「竜牙兵と戦う時は訓練だから、当然それらの装備は身に着けないんだよ。結局のところ、退魔装備を身に着ける人の力次第で最終的な強さは変わっちゃうからね」
コクリと首を縦に振るサリムに、クレイは追加の説明をする。
「ちなみに勝てる人はエンツォさんだけだけど、いい勝負をする人はアラン隊長を筆頭に何人もいるからね」
「……まさか竜牙兵を壊すのがもったいないからでは」
「やめて」
「はいやめます。やめますから! 近いですよクレイ様!」
虚ろな目でじっと見つめてくるクレイの視線を防ぐように両手を上げ、身を反らすサリム。
「大変ですクレイ様! ウチが土の妖精ノッカーに聞いたところによると、この土煙は龍の姿に戻ったドライグが放った攻撃によるもので、その攻撃でクー・フーリン様とモリガン様が倒れてしまったそうです!」
「何だって!?」
そこに告げられた事実に、クレイとサリムの顔色は一変した。
「どうされますかクレイ様」
「先へ進む」
サリムの問いに、クレイは即答する。
「よ、よろしいのでしょうか……ノッカーにウチが聞いた情報では、お二人がかなり危機的な状況にあるそうですが」
「ここで戻ったら俺がクー・フーリンさんに……いや、モリガンさんに怒られちゃうよ。私たちは私たちの為すべきことをしているのに、貴方は貴方の成すべきことを成さずに戻ってきたのですかってね。それに……」
そこでクレイは口を閉じ、不安そうに宙に浮かぶティナを自らの肩に誘導する。
「心配なのはクー・フーリンさんたちも同じ。いや未熟な俺たちを先行させているクー・フーリンさん達の方が、俺たちよりずっと不安なはずだ。ここは一刻も早くジョゼを助け出して、クー・フーリンさんたちと合流しよう」
「言われてみればそうですね。迷っていた先ほどの私が恥ずかしいです」
そして休憩は終わりとばかりにすっくと立ち上がると、周囲の索敵をするかのように辺りを見回し、歩き出した。
「チェレスタまで来た俺たちの目的、ジョゼの救出を今は最優先。じゃあ行こうか二人とも」
レースの隙間から差し込む陽光のように優しいクレイの顔。
先ほどまでの不安を溶かす温かい言葉にサリムとティナは付き従い、だが油断することなくクレイの後ろに付き従っていった。
「扉……ですね」
「ちょっと二人とも下がっててくれ。どうもあの扉だけ雰囲気がおかしい」
廊下を進んで行った三人は、やや広めのラウンジに辿り着く。
対面にはこのラウンジに繋がるもう一つの廊下があり、右には重々しい暗色系の扉が設置されていた。
訪れた客人を拒絶するかのような扉の色、そして窓の光が扉まで届かない間取り。
「魔神が出るかドラゴンが出るか」
クレイは慎重に近づくと扉に手をかざし、先ほどのように罠が仕掛けられていないか探った後。
「……何してるんですか? クレイ様」
「あ、もしかして」
扉のノブを握ったクレイが体を傾け、何度か横にずらそうとしている姿を見たティナが何かを察したように飛んでいき、耳打ちをする。
「罠は無いみたいださぁ入ろう」
そそくさと扉を引いて中に入ったクレイを見たティナは苦笑し、不思議そうな顔をしたサリムがその後に続いた。
「真っ暗だ……」
広間の中は暗闇に包まれていた。
入り口近くだけはうっすらと差し込む陽光によって見えるものの、その奥は何らかの仕掛けでもあるのかまったくの暗闇であった。
「扉を閉められたら本当に何も見えなくなるし、今のうちに壊しちゃおうかな」
「それはマズいですよクレイ様!」
「そうです! ウチが管理してた迷宮と違って、ここはヘプルクロシア王国が管理する宮殿ですよ!」
「二人とも冗談だよ冗談……ホントに冗談だから!」
先に中に入ったクレイが、気まぐれに破壊工作を口にするのを聞いたサリムとティナは慌てて止めようとし、冗談を本気ととられたクレイが慌てて否定をする。
「ここまで追ってきたか、人間よ」
その瞬間、凍り付くような声が広間の奥から響き、クレイたちの全身を震わせた。
「白龍ギュイベルか?」
「如何にも」
ドライグと同じように低く、だが氷のように冷たく硬い声を聞いたクレイの背中に一筋の汗がつたう。
「我が国テイレシアの王女、ジョゼフィーヌ殿下はいずこに」
「弱者に許されるのは服従のみ。ドラゴンである俺と対等に話したくば、まず汝が力を示すのだな」
「えーケチ。ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃん」
「虚勢を張るのは弱者の常。だがそれは時間の無駄であることに他ならぬ」
その声と同時に、広間の奥で何かが蠢く。
クレイはそれがギュイベルと分かっていつつも、何かが違うという違和感しか感じられなかった。
「よいのか? 外ではクー・フーリンとモリガンがドライグになぶり殺しの目に遭っている。そしてそこにいる女もいらぬ苦しみを味わうことになるぞ」
「女?」
クレイは訝し気な声をギュイベルに返す。
ティナは彼の肩に止まっており、ギュイベルのいう女がジョゼのことであれば王女、またはジョゼフィーヌと言う名をもって説明するだろう。
モリガンはチェレスタの外にあり、フィーナとディルドレッドも共闘中、ガビーはどこか離れた場所でいじけているだろう。
つまり彼が思い当たる女性は、全員がこの場に居ないか無事であるかなのだ。
「う……」
無事であるはずだった。
「その声……」
「申し訳ありませんクレイ様……ジョゼフィーヌ様をお助けしようと……」
「もしかしてエメルさん!?」
クレイは広間の片隅に倒れている人影を見つけ、慌てて駆け寄る。
そこには全身に腕ほどもある巨大な牙が何本も突き刺さったエメルが、蒼白な肌から真紅の血をどくどくと流しながらうつ伏せに倒れていた。




