第7話 鋳掛屋の妖精!
「しっかしこれだけの量のワインがこの体のどこに入ったんだ? と言うかワイン瓶をかかえたまま、いびきかいて寝てるぞこの妖精。なんて図々しいんだよ」
迷宮の最深部、そこで見つけたのは箱の中に眠る妖精。
その妖精を人差し指で遠慮なくつんつんとつつきまくるリュファスを見たクレイは、茫然としながら口を開いていた。
「リュファス兄……まさかそんな趣味が……」
「おいやめろ最近は色々と規制が厳しくなって無力な魔物には手出しするなってお触れが出てるんだから」
しかしその説明はクレイの耳には入っていなかった。
兄貴分として、また師匠として慕っていたリュファスが、まさか無防備な妖精をいたぶるような性格をしていたとは。
ショックを受けるクレイの横で、一人の女性が遠慮がちに呟く。
「ああ、でも本当に可愛いですね……酒臭いのを除けば」
気まずい雰囲気を何とかしようとしたのか、そう言ってラファエラがほっぺを軽くつつくと、その感触に反応した妖精が軽くうなされ。
「う、う~……ん……」
「はうっ!」
その反応に母性本能を動かされたのか、ラファエラはいきなり自分の胸を掻き抱き、身悶えを始めてしまう。
「皆こんな得体の知れない妖精によく近づくですね……」
その姿に冷たい視線を送ったロザリーは、周囲に危険がないかどうかを魔術で確かめてから慎重に近づいていったのだが。
「さすがに鼻血はマズいよロザリー姉!」
「えっ! ち、違うのですこれは間違いなく迷宮の呪い!?」
「う、うん! そうだよね!」
慌てて言い訳を始めるロザリーに、同じく慌てて同意するクレイ。
そこに一つの咳払いが発せられ、二人はバツの悪そうな顔でそちらを向いた。
「そんなものはありません。何から何までエレーヌ様にそっくりですね貴女は。とりあえず皆、箱から少し距離を取ってください」
「独り占めしたいの? ラファエラ司祭」
「違います! ……本当に違いますよ? クレイ」
箱一つに大騒ぎする四人。
まだ少年のクレイはともかく、他の三人はいい年をした大人なのだが、それにいち早く気付いたのはやはり小さい頃より教会に身を置き、厳しく自らを律してきたラファエラであった。
「どうやらこの妖精はいくつかの障壁、結界で守られているようですから私が解除してみましょう」
「それじゃ俺は司祭様に何かあった時のためのサポートに……」
「大丈夫ですクレイ。貴方は少し下がっていなさい」
クレイは左手で剣の鞘を掴んでラファエラの隣に進むが、ラファエラに止められて再び後ろに下がっていく。
確かにラファエラの言う通り、彼女にサポートは必要なかったであろう。
ラファエラが今のクレイと同じくらいの年齢の時、彼女は既に先代から司祭の職を受け継いでおり、その後は散発的に発生する魔物の襲来からこのフォルセールを守ってきた守護者たちの一人、生きる伝説なのだから。
だが。
「……ラファエラ司祭、顔がニヤついてるですよ?」
「はっ」
「やっぱり俺サポートにつくよ。司祭様が何をするかわかんないし」
生きる伝説の安全ではなく、威厳を守るためにサポートにつくクレイ。
やや生温かくなった彼の視線の先に写る伝説は、気のせいかいつもよりその光差すような金髪が色あせているように見えた。
「ふー……何とか解除できましたね」
「随分と時間がかかったですね。ラファエラ司祭がこれほど手こずるとは思わなかったですよ」
「え? 結構簡単に解除したような気がするんだけど……」
「そうですね、まさか一分以上もかかるとは思ってませんでした」
額に浮かんだ汗の粒を手の甲で拭い、ラファエラが説明を始める。
「この強固な封印、おそらく術を施したのはドワーフたちの長を務めるドウェルグ族の一人でしょう。陰気で枯れ木のような細い体を持ち、その長い腕は立っていても地面に指先がつく異形。ですが彼らの作り出す武器は天使や魔族すら倒すことの出来る物だと言われていますから」
「妖精が目を覚ますみたいだよ皆!」
しかしクレイたちの注目は箱の中の妖精に集中しており、ラファエラの話を真面目に聞いている者は誰も居なかったのだった。
「ちょっと! 私にも見せて下さい!」
……話していた本人も含め。
「ふにゃぁ……あむ」
箱の中に敷かれていたシーツ代わりの赤い布から、ぼんやりとした表情をした妖精が目をこすりながら身を起こす。
半透明のガラスのような体が通り過ぎた後には細かい光の粒子が舞い、部屋の中を照らす松明の炎を乱反射するその姿は、まるで燃え上る炎の竜巻のようだった。
「……あなたたちは、だぁれ?」
「えっと、俺はクレイ。後ろの人たちは右からリュファス、ロザリー、ラファエラって言うんだ。君の名前は?」
「ウチ? ウチの名前はね……」
ぼんやりとした表情のまま、ワイン瓶を抱えて左右に身体を振る妖精。
クレイたちは辛抱強く妖精が名前を口にするのを待つが、それにも限界があった。
「酔っ払ってんじゃないのか? とりあえずそのワイン瓶から体を離してみろよ」
そう言ってリュファスが手を伸ばした途端、妖精は激しく反応して自分へ伸びてきた手をぺちんと叩いて勢いよく立ち上がる。
「何すんのよ! 本当に人間って野蛮ね!」
「いや、いきなり殴ってきたのはそっちだろ」
ジト目で非難してくるリュファスを恐れる様子もなく、妖精は(空のワイン瓶を抱えたまま)ふわりと空中へ飛び立ち、あたりへ光の粉を散らかす。
「人間ごときにウチの名前を言うのはしゃくだけど、下等生物に施しを与えるのもウチら妖精たちの務め……耳の穴かっぽじってよく聞きなさあたたたたっ!?」
空中で何やらごちゃごちゃと文句を言い始めた妖精に素早くリュファスは近づき、ぎゅっと握って捕まえる。
「初対面の人には礼儀正しく。はい復唱」
「何言ってんのよこの野蛮人ぎにゃあああ!」
身動きできない妖精にニタリと笑みを浮かべるリュファス。
教会で学んだ礼儀作法、それを無駄なく発揮した彼を待っていたのは。
「リュファス兄……やっぱりそんな趣味が……」
クレイを始めとする軽蔑の眼差しだった。
その視線にたじろいだリュファスは妖精を握っていた手の力を弛めてしまい、その隙に妖精は逃げ出すと今度は結構な高さに逃亡し。
「ふーんだ! ここならあんたの手も届かないでしょ!」
そしてリュファスが追ってこないのを確認してから踏ん反り返る。
「ウチの名前はティンカービール! ドワーフたちが作り散らかした細工物なんかを修理する鋳掛の妖精よ! この迷宮が朽ちないための管理者でもある、えらーい妖精なんだから! よって不法な侵入者なんかコテンパンに……あれ?」
リュファスが二メートルほど飛び上がり、天井に軽く手をつくのを見た妖精はほんの少しの間だけ顔を強張らせた後に愛想笑いを浮かべる。
「でもまだこの迷宮って作られたばっかりで、まだ決まってないこともあるかなー、なんてウチも思ってたのよねー。だからえらい妖精のウチは下等生物のあんたたちを見逃すこともやぶさかじゃクェ」
迷宮の管理者、鋳掛屋の妖精はこうしてリュファスに確保された。