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この世界は救世主を待っている! ~最強を受け継いだ少年が至高に昇りつめるまで~  作者: ストレーナー
第二章 結ばれる縁 ヘプルクロシア編

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第69話 垂れ下がる舌!

「地味だなぁ」


 クレイは目の前にある建物、先の天魔大戦時に仮宮となった宮殿を見て呟いた。


 レンガがむき出しとなっている周囲の建物と違い、壁は漆喰で覆われた白く優美なものである。


 だがその他に目立った飾りつけは無く、窓枠にも保護剤であるニスを塗られているだけで、特に塗装されている訳でも無い。


 どこか見覚えのあるその質素さは、クレイに一つの感想を口にさせていた。


「何だかフォルセールの家を思い出しちゃったよサリム」


「そういえばフォルセール領の領主様が代々住まわれており、加えて今は陛下の住まいでもあるのに質素ですよね」


「前にベルナール団長に聞いたけど、うちは昔からお金が無いんだってさ」


「何だか切ない話ですね……」


「あの、クレイ様」


 しみじみと頷き合うクレイとサリムに、周囲を飛び回って様子を伺っていたティナが恐る恐る話しかける。


「ウチが見て回った限り、門番の人はもちろん住んでる人もいないようですけど、勝手に入っていいのでしょうか?」


「大丈夫。責任は俺がとるよ」


「ではドアを……」


 ドアを開けるべく、ティナがふわふわとノブの方へ飛んでいくと、サリムがそれを止める。


「あ、ドアなら私が開けますよティナさん。ええと罠を調べる精神魔術は……」


「ディテクティブなら使う必要は無いよ。そもそも玄関は自分や家族が出入りしたり、招いた客人が通ったりするんだから、好んで罠をかける奴はいないさ。それよりいきなりギュイベルがいた時のことを考えておいた方がいい。ドアは俺が開けるよ」


「お気をつけてクレイ様」


 クレイは玄関の脇に避けたサリムに軽く手を上げ、ドアノブに手を伸ばす。


 だがこの時、彼は考慮しておくべきだったのだ。


「わぷっ!?」


「ク、クレイ様!?」


「きゃあ!」


「くそっ油断した! こっちだティナ、サリム!」



 相手は空を飛ぶドラゴンだったと言うことに。



 ドアを開けた途端、上から襲い掛かってきた生温かい物体から遠ざかったクレイは、体のあちこちについた粘液を見て毒づいた。


「くっさ……それになんだこのベトベト」


「う~ん、唾液じゃないでしょうか……ホールから垂れ下がっている物をここから見た限り、トカゲや蛇の舌に見えますから」


「ウ、ウチ臭いで気絶しそうです……」


 クレイたちは顔を歪め、ぶらさがったままの舌を次々と罵倒する。



――オボエタゾ――



 だが舌がそう呟いて消えると、三人は気味が悪そうに顔を見合わせて黙り込んだ。


「覚えたって……何をでしょうか」


「舌だし俺たちの味かな?」


「ええっ!? ウ、ウチ食べられてしまうんですか?」


「でも牛の舌って美味しいらしいよ?」



「……」「……」



 クレイの発言に、サリムとティナはそれぞれ違う意味の沈黙をもって返事とする。


「じゃあ気をつけて進もうか二人とも」


「そ、そうですね少しでも早くジョゼフィーヌ様をお救いしないと」


「ウチも早くここを出て綺麗な水がある所に行きたいです」


 こうして三人はそれぞれの願望を胸に、宮殿の中へ入って行った。


 その宮殿の奥、謁見にも使われていた広間では。



「どうやらお前のような虫けらにも助けが来るようだ。王室の姫という身分と、太陽神ルーの孫であるという血筋に感謝するのだな」


「……」


「ククク、もはや喋る元気も無くなったか。いいだろう、そのまま消え去ってしまうがいい。お前には生をまっとうする程度の価値すら無いと認めてな」


「……」


 そこは暗闇に包まれていた。


 天空から煌々と陽の光が照らす外と違って、防犯上の理由で採光用の窓が設けられていない、なおかつ今は灯りもついていない真っ暗な謁見の間において、それでもその白さを失うことなく白龍ギュイベルは含み笑いをする。


「力なき者が力ある者に屈服し、絶望していく姿は見ていて実に気持ちいい。魔族とはいつもこのような優越感に浸っているのか……? 面白い」


 そしてギュイベルは鼻を鳴らし、周囲の空気を軽く吸い込んだ後に姿を消す。


 後に残ったのは居心地が悪そうに揺らめく闇、そして何かがいたことをかろうじて証明する床にできたいくつかの水滴、涙だった。



 そしてその闇に反する光が満ちた外では。



「そこをどいてもらいましょうか、紅龍ドライグ」


「格上のものが格下のものの言うことを聞くはずがあるまい。どうしても通りたければ、お前の実力をこのドライグに見せることだ」


「うんむその調子ですぞお二方。それでは両者、尋常に勝負!」



 賭け試合がノーコンテストとなるのを憂慮したエンツォが、ディルドレッドとドライグの仲を取り持って戦いを再開させていた。


 と言っても戦いそのものは真剣なものである。


 ディルドレッドが持つ二本の槍、ゲイ・ジャルグとゲイ・ボーが嵐のようにドライグに襲い掛かるも、ドライグの頭に生えた二本の角が急に伸びて変幻自在に動き始め、そのすべての攻撃をしのいでいく。



「どした姉ちゃんーまるきり攻撃が当たってねーぞー」


「しかしドラゴンも不甲斐ねーなオイ。俺たち人間が小さいだの弱っちいだの言ってた割にはその人間に、しかも女に手も足も角も出ねーじゃねーか」


「俺たちの股ぐらに生えた角の方が効くんじゃねえか? ドライグさんよちょっと俺の角をボロンと出して手伝ってやろうかゲハハハハ」



 それでも緊張感が出ないのは、これが賭けの対象となっているからだったろう。


 しかし戦っている当人たちは至極マジメであり、命のやり取りをしている最中。


「「「ギャアアアア!」」」


 よってヤジを飛ばした人間たちの肌が少々赤く焼けてしまったのは、たまたまドライグが吐いたブレスを、たまたまナイスなタイミングでディルドレッドが避けた結果であり、決して二人の息が合ったコンビネーションの結果では……。



――ニイィ――



 無言で頷き合うディルドレッドとドライグ。


 だが即興のコンビネーションでは、胴元のエンツォによる観客のガードを潜り抜けられようはずがない。


「逞しい腕……このメイヴをして頼りがいがあると言わせた男性は、今までに何人もいないんだからね。貴方さえ良ければ、このまま寝所を共にしてもいいのよ」


「ほうほう、しかし噂には聞いておりましたが実にお美しい。このエンツォ、遠目で見るしかなかった先ほどまでの自分にも分けてあげたいほど感動しておりますぞ」



 そのガードを潜り抜けさせる要因は生じていたが。



「そこをどいてくださいエンツォおじ様!」


 先ほどまでドライグと戦っていたフィーナは負傷が癒えたのか、ビルガを構えたままエンツォを説得しようとしていた。


「しかしフィーナ嬢、先ほどくじかれた足の具合がまだよろしくないのではありませんかな? それに……」


「それに?」


 エンツォは左腕にすがりついているメイヴをちらりと見ると、堂々と胸を張ってフィーナに告げる。


「聞けばこのメイヴと言うおなご、身体を通じ合う相手はいても心を通じ合える相手はいないとのこと。そのような身の上話を聞いては庇わぬわけにはいきませんな」


「だからそれがメイヴ様の手なんだってばもう!」


 地団太を踏むフィーナ。


 どうやらエンツォはメイヴに篭絡されたようである。


≪放っておけフィーナ≫


「例えこれがメイヴでなかったとしても、エンツォは我が身を盾と成したことでしょう。今の奥様とのなれそめがそうだったと聞いていますから」


 腕づくで通れず、かと言って説き伏せようにも頑として聞かない。


 ほとほと困り果てていたフィーナに声をかけたのは、ゲイボルグに身を変えたクー・フーリンと戦女神モリガンだった。


≪それにドライグをディルドレッドが、メイヴをエンツォが引き付けてくれていると考えればいい。今の俺たちにはもっと重要な……む≫


「とうとう見つけたわよクー・フーリン!」


 その直後、いきなりモリガンに向けて鋭い光が迫り、それを防いだゲイボルグとの間に陽の光が凝縮したような結晶が舞う。


「超ムカつくお前が超デカいゲイボルグに身を変えたと聞いたから、今度は槍比べでこのメイヴと勝負よ! 見なさいこの三つ又の美しいフォルムのトライデントを無骨なゲイボルグなんてもう時代遅れですしキャア!?」


≪うるさい≫


 しかしクー・フーリンは迫りくる穂先の持ち主、女王メイヴを意にも介さず弾き飛ばすと冷たく言い放った。


≪才にあぐらをかき、磨き上げることなく見せびらかすだけの無能な女よ。このクー・フーリンがお前のような価値のない女になびくとでも思ったか≫


「と、クー・フーリンが言っていますメイヴ」


「なんですって! 戦女神の非情な一言にぞくぞくしてたらホントはクー・フーリンが言ってたのね許さない!」


 メイヴは三つ又の槍、三叉槍を構えると再びクー・フーリンとモリガンに迫る。


≪付き合ってられん。フィーナ、お前はディルドレッドに加勢してドライグを片付けて来い。その間に俺たちはメイヴを何とかする≫


「えー、でもメイヴ様には色々と因縁が……」


「あまり俺を怒らせるな、とクー・フーリンが怒っていますよフィーナ」


「ハイヨロコンデー」


 脱兎のごとく駆け出すフィーナ。


 矢継ぎ早に繰り出されるメイヴの攻撃を避けながらそれを見送ったモリガンは、巨大な槍であるゲイボルグを軽々と振り回し、メイヴを遠ざけた。


≪ラーグ・ボルグ≫


 その隙を見逃さずクー・フーリンが術を発動した瞬間、それは起こった。


「待ってたわよ! 食べちゃいなさいトライデント!」


 モリガンの周囲に出現した巨大な水球がゲイボルグと瓜二つの形をとり、メイヴに放たれた瞬間、そのすべてが霧散して三叉槍、トライデントに吸い込まれたのだ。


≪……ほう、まさかとは思っていたがその槍、海神マナナン・マクリルから譲り受けた物か≫


「そうよ! おまけに十字架を二つ重ねた模様の盾と、ガチョウのクチバシみたいな兜までもらっちゃったんだから!」


 得意気に踏ん反り返るメイヴ。


≪ダブルクロスにガチョウか。何も知らずに哀れな≫


「マナナン・マクリルもあれで辛辣ですからね……」


「え、なんで同情されてるのあたし」


 だが得られた反応はモリガンの憐みの視線と同情の発言であり、その予想外の展開にメイヴはしばしうろたえるも、すぐにトライデントを構え直す。


「覚悟なさいクー・フーリン! 今日こそこの女王メイヴの優秀さをお前の頭の中に叩きこみ、服従させて色々と教え込んでやってやるですし!」


 しかし彼女の意気込みに反するかのように、モリガンはふいっと背中を見せる。


≪無能に関わる時間ほど無意味なものはない。メイヴは適当にあしらってフィーナとディルドレッドに助力してドライグを倒すぞモリガン。一刻も早くギュイベルからジョゼを助け出さねば≫


「な、な、な……」


 戦闘中にもかかわらず、敵に無防備の背中を晒す。


 戦う相手に対してあまりに無礼なその行為に、メイヴは我を見失わんばかりの怒り、怒髪天を衝くとばかりにすさまじい形相を浮かべ。



 ごきん



「……ホントに単純ですねこの子は」


≪プライドが高すぎるからな。この手のタイプは侮辱などで冷静さを失わさせるのが一番だ≫


 あっさりと攻撃をかわされた女王メイヴは、ゲイボルグの一撃を脳天に喰らって地に沈んだ。

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