第68話 フィーナの見せ所!
「これが……紅龍ドライグなの?」
近くに居れば見上げる程度の巨体、頭部に生えた太い、だが短い角。
「フィーナ様、私には牛に見えますが……」
「私にも牛に見えるわディルドレッド」
女王メイヴが足元に置いていた箱を壊して出てきたのは、黒い肌を持つ艶やかな雄牛だった。
想定していなかった展開に戸惑うフィーナとディルドレッドを、ドライグの頭上から女王メイヴが叱りつける。
「しょーがないでしょ! ドライグの元の姿だと私が目立たないんだから!」
「それにしてもちょっと小さすぎませんかメイヴ様?」
「しょーがないでしょ! ドライグの元のサイズだと私が目立たないんだから!」
「それって逆に言えば、メイヴ様が小さいから目立たないってことでは」
「しょーが……何ですってえええええええ!」
雄牛の首のあたりに跨ったメイヴは、フィーナの指摘に激怒した。
「いえフィーナ様、小さくても目立つ人はいますから、この場合は小さい、の前に地味、とつけた方が正確と思われます」
「さすがディルドレッドね。貴女の的確な助言にはいつも助けられるわ」
「過分なお褒めにあずかり光栄でございます」
「と言うわけで地味で小さいメイヴ様、もうちょっとドラゴンらしく扱ってあげたほうがドライグにとって良いのでは?」
さらに小さい針でチクチクと刺すような、地味~な嫌がらせを口にするフィーナとディルドレッドに、ついにメイヴの怒りは沸騰点に達する。
「はー!? 地味!? このメイヴが地味とか天地がひっくり返ってもありえませんしおすし! こんな礼儀知らずの小娘たち、とっととやっておしまいドライグ!」
「ははっ……女王メイヴ様に対する無礼の数々、このドライグの力を以って訂正させてみせましょうぞ」
メイヴの命令と同時に頭を下げ、前傾姿勢をとる牛……もといドライグ。
「ディルドレッド! 私の槍を!」
「はいフィーナ様!」
その構えを見たフィーナはすぐにディルドレッドへ指示を飛ばし、それを受け入れたディルドレッドは一瞬にして少し離れた場所にある荷馬車に駆け寄ると、一本の薄い水色の槍を掴んだ。
「待たせたわね」
「このドライグを待たせたのだ。それなりのもてなしをしてくれるのであろうな」
「もちろんよ。炎の息のアイレンを倒したこの霊槍ビルガと正義の淑女フィーナの力、とくと見るがいいわ」
「なるほど、そのアイレンとやらが何者かは知らぬが……」
長く引く音により、場の空気が一変する。
静かな、だがどんな豪胆な者であろうが意識を引き付けられるであろう、管楽器チューバの重低音を思わせるその音。
「ディルドレッド! 結界を!」
「はいフィーナ様! ゲイ・ジャルグよ! ゲイ・ボーよ! 私に力を貸しなさい!」
フィーナの指示をディルドレッドが遂行した時、それを待っていたかのように紅龍ドライグの吸気が止まった。
「このドライグを甘く見た代償、受け取るがよい」
目を潰す閃光、荒れ狂う業火。
ドライグが口を開けた途端にその体のあちこちに炎の筋が走り、口から発せられた炎と合わさってフィーナの元へほとばしる。
「我が道を示しなさいビルガ!」
「むう!?」
だがドライグのフレイムブレスがフィーナに届くことは無かった。
フィーナがビルガの穂先の根元辺り、口金と呼ばれる部位を右手で打った途端、周囲の景色が歪んでブレスを拡散させたのだ。
「面白い! 空震を起こせる槍とはな!」
「おもてなしはまだまだこれからよ!」
言うが早いか、フィーナはビルガの穂先を今度は地面に叩きつける。
「何と!?」
すると地面は大きくえぐられ、その反動によるものかフィーナの体は空高く空中に飛んでいた。
「戦闘における頭上の優位を思い知るのね! 正義の淑女フィーナの一撃をもってこの戦いに終止符を打つ!」
上空からドライグに向けて急降下するフィーナ。
「女王メイヴ! 御命頂戴いたしまあいったー!?」
しかしメイヴを乗せたドライグは、フィーナが目前に迫った瞬間にひょっこり横に移動し、ビルガの穂先を避けていた。
「フィーナ様!?」
着地に失敗したフィーナは、悲鳴を上げるディルドレッドの前で口を押えつつ地面を転げまわる。
「無様! 無様ですわ~アガートラームの小娘! 男もロクに知らない世間知らずの小娘が美しい女王メイヴに逆らった時点でこの結果はうっ」
「メイヴ様!?」
そしてフィーナの口からちろっと出てきた血を見て、女王メイヴは失神した。
おろおろするディルドレッドとドライグ、戦闘続行が不可能となったフィーナと女王メイヴ。
その頃。
「ここがチェレスタか。レンガ造りの建物が多いせいか温かみがある街並みだな」
流血による戦いの硬直を見せた戦場を余所に、クレイはジョゼを求めてチェレスタの中をさまよっていた。
「さて、ジョゼの居場所だけど……ティナ、サリム、何か感じとれないかな」
「申し訳ありません、人が作り上げた町の中ではあまり妖精も精霊もいないので……せめて運河の近くまで行けば話が聞けるのですが」
「私も無理です。精神魔術による魔力感知でも何も感じとれません」
「そっか、まぁこんな時の展開はだいたい玉座でボスが待ってるって決まってるから気にしなくても……え、サリムもう精神魔術を使えるようになったの?」
精神魔術、人の持つ精神力を練り上げて使用する魔術。
安定、すなわち変化の拒絶をその本質とする人間でも使用できる術である。
この世界を構成する根本である四つの精霊、その力を借りて世界の法則をひと時だけ変化させる精霊魔術には到底及ばないものの、人が人ならざるものに対抗するには必須とも言える魔術だった。
「少しでも早くクレイ様のお役に立ちたくて頑張ったんですよ」
「あ、そ……」
「どうしたんですかクレイ様? 急に怖い顔になってしまわれて」
「何でもないよティナ」
クレイは澄ました声で、だが少々眉根を寄せた表情で歩き出す。
「クレイ様、先頭は私が……」
「サリムとティナは後方を警戒してくれ。ひょっとするとメイヴとドライグが後を追ってくるかもしれないから」
二人は怪訝な表情で顔を合わせるも、大人しくクレイの指示に従う。
クレイはその前を歩きながら、一つの考えに頭を悩ませていた。
(どうしよう……サリムが思っていたより早く成長してる)
その事実はクレイにとって実に都合が悪いことだった。
(精神魔術が使えるようになったなんて、褒美を与えない訳にはいけないじゃないか! 俺の今月の小遣いだけで足りるかな……くうぅ!)
臣下や部下への適正なる評価と褒賞。
領主の息子であり、国王に目をかけてもらっている立場のクレイは、今まで誰の下にもついたことがない。
そんな彼にとって、今回のサリムの働きの評価は大きな難題だった。
(とりあえずサリムへの褒美はテイレシアに帰って、俺が精霊魔術を使えることを報告してからにしよっと。その褒美を参考にして何をあげるか考えればいいや)
などと自分では名案に思える答えを出すも、クレイの年齢で、しかも天使になって間もない彼がアイギスを使いこなしたという法外な結果は、とても精神魔術を覚えた程度では比較にならないのだが。
「あ、なんか機嫌が治ったみたいですよサリムさん」
「いや、お腹が空き始めたのかもしれません。油断しない方がいいです」
そんな二人を後ろに従え、クレイはかつてリチャードが仮宮として使っていた、チェレスタ中央の宮殿へと歩いていった。




