第67話 ドライグ現る!
(こいつが女王メイヴか……思ってたより随分と若いと言うか、若すぎだろコレ)
クレイは箱の上から自分を見下ろしている少女を睨み付ける。
オレンジにも見える明るい赤毛、それを束ねる派手な黄色のバンダナ。
見下ろす青い瞳は明らかにクレイを格下に見ており、その視線はクレイにある一人の少女を思い出させ、その記憶は先ほどからクレイが発しているメイヴへの明確な殺意へと繋がっていた。
(ああそうか……初対面のはずなのに、顔を見るなりぶん殴りたいなんて思うとかおかしいと思ったら、ちょっと前までのガビーにそっくりなんだ)
ワガママ、空気を読めない、無意識に放たれる挑発、自分勝手な善意の押し付けによる迷惑。
クレイがここ数年ほど溜めこんできた殺意をぶつける代役がそこにいたのだ。
しかしエメルの行方が分からない現時点では、一応女性であるメイヴを問答無用で殴り倒すわけにはいかない。
特に今は周囲に人の眼がありすぎた。
(やるなら人目につかない所で……)
(なんか犯罪者の思考みたいじゃいの)
(うわもうバレた)
後ろ暗いことを考えていたクレイの頭の中に、面白そうなバロールの声が響く。
(エメルの行方は分からんが、ゴズーとメズーによればジョゼの方は白龍のギュイベルと一緒におるらしいわい。それで紅龍のドライグは……)
しかしバロールがドライグについて話そうとした瞬間、クレイの意識は外界からの刺激、つまりメイヴの挑発によって逸らされてしまう。
「勝手に私に話しかけておいて今度はだんまりとは、礼儀知らずなボウヤですこと。このメイヴに何の用なのかしら」
そう話しかけてきたメイヴの眼は先ほどの見下すような目から、何やら恥ずかしそうに顔を少し背けてクレイを見る、いわゆる流し目へと変わっていた。
「こちらにいるギュイベルと言う白龍が、英雄クー・フーリンを呼んでいると聞いたのでお連れした。ギュイベルはどこだ」
「あーそう。ギュイベルならここにはいないわよ」
だがクレイがその変化を無視し、クー・フーリンを連れてきたことを説明すると、メイヴはその説明にさほどの興味を抱いた様子も見せず、それどころか不機嫌そうに顔を膨らませてしまっていた。
(なんだコイツ? コイツもクー・フーリンさんに用があるんじゃないのか?)
メイヴは不機嫌なまま、右手に持ったピッチフォークをコツコツと下の台に何度も打ち付け、そして肩と顔を小刻みに動かして時々目をバチバチとしばたかせる。
「ふん! ふーんだ! これだから子供は困るわね!」
だがクレイがその仕草を理解できないと言うようにポカンとした顔で見つめていると、とうとうメイヴは鼻でクレイを笑うことでその場を収めようとした。
が。
「あ、ビッチがピッチフォーク持ってる」
後から来たガビーの一言によって、場の雰囲気は一変した。
「はー? ビッチじゃありませんしー。衆人の眼があるところでわざわざ言う内容ですか? セクハラとかんじられました」
「ちっちっちっ。ルーはアンタのことをそう言ってるってアタシの親友から聞いてるんだからね。今更とぼけたって無駄よ女王メイヴ」
骨肉相食む。
雰囲気が似ていると言うだけで、別にガビーとメイヴに血のつながりがある訳ではないが、かつてリチャードがそう嘆いたように、このチェレスタでは血縁があったり似た者同士を呼び寄せ争わせる運命でも持っているのだろうか。
「ルーなんていうカタブツにはあたしの無償の愛はわからないだけですし―。って言うかあなた何なんですかー? 現れるなり無礼極まりないことを言って、いくら子供だからって信じられませんし」
「やれやれ、どうやら一度来ただけじゃあいくらアタシが偉大でも顔を知らない人もいるみたいね。教えてあげようじゃないのこのアタシのイタイッ!?」
「偉大なガビーさんはイタイ目に会いたくなかったら下がってて?」
「ハイ」
頭をさすりながら下がるガビー、何とか衆目の前でイタイ自己紹介をせずに済んだようである。
クレイは握りしめていた右拳を開き、メイヴに敵意が無いことを見せて油断させようとするが、当のメイヴは明らかな過剰反応を示していた。
「その白い法衣……まさか、カリストアの司祭!?」
「いえ侍祭です」
「なんだびっくりした。私を淫蕩の罪で告訴するって新しくできた教会の司祭が息巻いてるらしいから、ちょっと面倒だなって思ってたのよね」
どうやらメイヴは動揺すると妙な敬語を使うらしい。
ガビーのお陰でやや冷静になったクレイには、メイヴと周囲の状況について観察する余裕が生まれていた。
ギュイベルもここにいないようだし、メイヴもクー・フーリンにさほど興味を持っていない。
となれば、ここに長居する必要はないだろう。
そう判断するとクレイはメイヴを無視してチェレスタの中へ入ろうとするが。
「もー何やってんのよガビー。メイヴは男性を魅了する特性があるから早くクレイを連れ戻してって言ったでしょ」
「私のホクロなどよりよっぽど強力なシロモノ……の割には平然としてますね」
続けて来たフィーナとディルドレッドに、クレイは再び足留めされた。
「あぁら、アガートラームの名を借りて暴れ回る成り上がりの小娘じゃないの」
「ご無沙汰しておりますわ。名のみが先行して実が伴わない女王メイヴ」
「はー? 結実もしたことがない小娘に、このメイヴに夢中な男性たちの名前を少しだけ教えてあげてもいいですがー?」
「貴女が結んだ実が次に繋がることも無く腐って地に落ちていくように、貴女の名前と顔が潰れてしまうだけだと思いますよ? もっとも貴女の場合は、顔と化粧が厚すぎてそのまま石化してしまうかもしれませんね」
高まる緊張、下がる品性。
すぐに始まった舌戦をクレイが聞くに、どうやらメイヴをティル・ナ・ノーグに保護したのはアガートラームのようである。
(あの爺さん割と好色なんだよなぁ……前にアリア義母様やエステルさんたちのお風呂を覗いたんだっけか……あれ? エンツォさん何してるんだろ?)
どんどん盛り上がって行く二人の醜い争いを見て、どうやら周りの民衆はどちらが勝つか賭け事を始めたようである。
遠目からでも目立つ日に焼けた一人の偉丈夫がそれを仕切っており、そこから少し離れた場所にはそれを苦々しい目で見守るモリガンと一本の巨大な槍があった。
(クー・フーリンさんせっかく来たのに放置か。早くギュイベルを探さないとな)
クレイがそう思った瞬間。
「もーガマンならなくってよ! アガートラームの娘だろうと関係ないわこのトライデントで串刺しにして……あ、あら?」
「フィーナ様に害をなそうとする愚か者。このディルドレッドが成敗してくれよう」
どうやら盛り上がる口論は実力行使へと移ったようだった。
メイヴが持っているピッチフォークをフィーナへ向けた瞬間、二本の槍を顕現させたディルドレッドの両腕が煌き、ゲイ・ボーがトライデントを押さえ、ゲイ・ジャルグがメイヴの喉元へと突きつけられる。
「ふん、これでこの女王メイヴを抑えたつもりかしら」
「あら、どこから見てもディルドレッドが突きつけた槍の前に、身動きが取れなくなったようにしか見えませんわよメイヴ様。やはり悪の女王は正義の淑女の引き立て役にしかなれないのですわホーッホッホ!」
口に手を当て、高笑いによって勝利を周囲に誇示するフィーナ。
性格すら豹変してしまうとは、かくも女の争いとは恐ろしいものか。
(どうやら勝ったみたいだな)
勝負がついたところでクレイは離れたところで震えているサリムとティナに手を振り、こっそりとチェレスタの中へ入って行った。
しかし、彼が姿を消した後に状況は一変する。
「そう言えばドライグがどこにいるか、まだ話してなかったわね」
「ひょっとして話したいんですか? 話したいんですね? そうですね~そのへちゃむくれの顔が鼻水でぐちゃぐちゃになるくらい泣きわめいて尚且つ地面に額をこすりつけて懇願するなら聞いてあげてもよろしくてよメイヴ様フホホホホ」
勝ち誇るフィーナ。
その挑発に、女王メイヴは冷静な口調で対処した。
「そろそろ出てきてもいいわよ。紅龍ドライグ!」
「承知……」
大気が震える。
「え? そんな余裕ぶって言ってもドラゴンなんてどこにも……」
「フィーナ様! 何かがいます!」
メイヴの足元が歪み、巨大な生物が姿を現す。
「矮小なる下等生物よ。女王メイヴに害を及ぼす不遜な輩よ。このドライグが厳正なる裁きを下してくれよう」
全身に纏う紅蓮の炎、頭部に生えた巨大な角。
紅龍ドライグと称される存在が、フィーナとディルドレッドの遥か頭上から彼女たちを見下ろしていた。




