第64話 人外!
急変を知らせる物見塔からの声。
しかしそれを聞いたクレイは、一つの違和感に頭を傾げていた。
「あれ? 今のサリムの声だったような」
「ああ、なにか自分にできることはないかって言うから物見台の見張りを交代してもらったんだよ。なんせこの状況だろ? 猫の手も借りたいほど忙しいんだ」
「なるほどね。さてこの状況でチェレスタから飛んでくる巨大なものか。確かドラゴンって空を飛べるんだよねエンツォさん」
「うんむ、ティアちゃんからはそう聞いておりますな。まぁティアちゃんのようなデタラメな存在は別格として、普通のドラゴンは飛んで移動するのが一般的かと」
羽根が生えた巨大なトカゲという、鈍重な外見で説明されるドラゴン。
飛ぶことに向いているようにはとても見えない彼らが、魔術を使ってまで空を飛ぶのは、地上に縛られた下等生物とは別格なのだと主張したいからなのだそうだ。
「でもなかなか着かないね……おーいサリム」
「何でしょうクレイ様!」
その空の覇者でもあるはずのドラゴンが、発見の一報からなかなか着かないのを不思議に思ったクレイは、物見塔の上に居るサリムに詳細を尋ねる。
「いえ、こっちに向かってますよ。どんどん大きくなってますからかなりの速度だと思います。チェレスタからレクサールまでは距離がありますから、なかなか着かないのはそのせいではないでしょうか」
「……そう」
どうやら五感に優れているサリムは、ドラゴンがチェレスタの上空に浮かび上がった直後に発見してしまったようだった。
慌てて武装や退避を始める周囲の兵士たちをよそに、クレイはドラゴンを迎え撃つべく待機するが、目当てのドラゴンはなかなか到着しない。
数分と言う短い時間が長く感じられる。
それ自体がドラゴンと言う破格の強敵に感じる重圧なのだが、クレイはそれに気づいていないようであり、それを見たエンツォは警告の意味を込めてドラゴンがなかなか到着しない理由を口にする。
「ふうむ、このエンツォが考えるに、ドラゴンは力を節約しているのでは?」
「空を飛ぶだけなのに?」
「アルバ候によれば、高速になればなるほど術の複雑な同時行使が必要なのだとか。よほど急いでいるのであれば別でしょうが、こちらに向かうだけであればそれほど早く飛ぶ必要もないのでしょうな。そもそも急ぐと言う行為を小物である証拠と考えているやもしれませぬ」
「えー……それ出し惜しみって言うんじゃないの? なんかみみっちいな。魔術ですべての困難を排除し、思うがままに生きたって言われる竜族なのに、ちょっと幻滅しちゃったよ」
クレイは口を尖らせるも、こちらに向かってくるドラゴンからの攻撃に備え、アイギスを発動させるべく精霊たちに呼びかける。
「来ます! 白龍……! ギュイベルです!」
「分かった! そこは目立つから下に降りてくれサリム!」
クレイが指示を飛ばし、そしてほぼ同時にサリムが物見塔から飛び降りる。
「バカ! なんでそんな無茶を……ッ!?」
慌ててクレイが叫んだ直後、レクサールの上空では地面まで巻き込む突風が巻き起こり、その影響で物見塔はバラバラに粉砕されてしまっていた。
「申し訳ありません! 思ったよりドラゴンが速くて報告が遅れました!」
「あ、ティナも一緒だったのか……びっくりした」
しかしその前に飛び降りていたサリムは、そばに寄り添うように飛んでいた小さな光球と同じ光に包まれて無事着地し、身体を捻って地面を転がり衝撃を分散させてから素早く立ち上がって上空を睨み付ける。
そこには三十メートルを超えようかという巨大な白龍が、ゆっくりと翼を上下させながら浮いていた。
「鳥ともティナさんともまるで違う浮かび方ですね……優雅というかなんというか」
サリムの呟きにぷくっと膨れるティナ。
それを見たクレイはこっそり苦笑し、同意をしてから上を見上げた。
例えるなら猛禽類のように、空を滑るような滑らかな飛びかた。
だが優美にゆっくりと翼を動かしつつ宙に浮かび続けることは、今頭上に浮かんでいるドラゴンにしかできない芸当だった。
だが優雅に見えたドラゴンの姿は、直後に発した咆哮をもって一変する。
「地面を這いずり回るしかできぬ貴様ら蛆虫どもに告げる! 命が惜しくばこそこそと隠れているクー・フーリンを、三日のうちにチェレスタへ連れてくるのだ!」
(う……!? この重圧は……マズい!)
クレイは慌てて周囲を見渡す。
そこにはクレイと同じく上を見上げていた兵士たちが、恐怖に顔を凍り付かせ固まっていた。
「サリム! 大丈夫か!?」
「大丈夫です! ティナさんが守ってくれましたから!」
かつて魔術が生活に溶け込んでいたと言われる種族、ドラゴン。
よってその発する言葉もまた、喋る当人の意思が乗り移る魔の言葉なのだ。
怒りの思念が宿った言葉が聞いた者の魂を畏れさせ、委縮させ、そして吹き飛ばしていくと見えた瞬間。
(……ガビーか?)
柔らかな温かさがレクサールを包んだ。
それは中にいる者たちに安らぎをもたらす光のカーテン。
ウィッチエントで感じた結界とはまったく別物の、中に居るものを癒すような不思議な結界だった。
「もしも三日の期限を越した時は、このレクサールは火の海に包まれるだろう! 心しておくがいい!」
そして上空に浮かぶドラゴンは目的を遂げたのか、それともガビーの張った結界に気付いたのか、とどめとばかりにレクサール中に響く雄叫びをあげると、再びチェレスタの方へと引き返していった。
(あ、それで帰っちゃうんだ……どうしよ……今の俺だとアポカリプスは使えないし)
その後ろ姿に向けてクレイは攻撃を仕掛けようかとも思ったが、メタトロンが眠っている今の彼には、ドラゴンに通じるほどの術は使えそうになかった。
何より周りには兵士だけではなく、一般市民がいる。
去って行くドラゴンに下手に攻撃をして、その反撃に彼らを巻き込むのは得策では無かった。
「……なんで俺じゃなくてクー・フーリンさんなんだろ」
よって彼はぼんやりと浮かんだ疑念を口にし、隣にいるサリムがそれに反応する。
「ドラゴンに狙われるような覚えがあるんですか? クレイ様」
「そう言えば全然ないね」
不思議そうに聞いてくるサリムの質問を聞いたクレイは、特にドラゴンにつけ狙われる理由が自分に無いことに気付く。
「じゃあアイツら何のために今もジョゼを一緒に連れてるんだ?」
そのクレイの疑問に答えたのは、またしてもバロールだった。
(そりゃ儂にガツンと喰らわされるのが怖いからじゃろ。この儂にザマアとまで啖呵を切ったんじゃから、それなりの後悔はしとるじゃろうしな)
(覚悟じゃなくて後悔なんだ……)
クレイはちょっぴり冷や汗を流しつつ、再び周りにいる兵士たちの様子を伺う。
すると先ほどの光のカーテンの影響か、すでに彼らは恐慌状態から脱しており、さらにクー・フーリンのいる神殿には向かわず、チェレスタ奪還のための準備を始めていることが見て取れた。
あちこちで飛び交う指示の声、それに答える報告の声。
クレイは安心すると、今の自分がやるべきことを思い出して隣のサリムへ向く。
「うーん……サリム、フィーナとディルドレッドさんがどこにいるか知ってる?」
「上から見た限りでは、先ほど北門の方へ向かっていったようですが」
「お、いい情報。エンツォさん、悪いけど二人を探して一緒にチェレスタに偵察に行ってもらえる? 俺はその間にサリムとティナと一緒に女王メイヴについて……」
そしてメイヴのことを口にした瞬間、彼の内より一つの意志が発される。
(ああ、それについちゃ儂が説明してやるわいクレイ)
(え? バロールさんが?)
(ウィッチエントにお前らが着いた時、門番が二人おったじゃろ。アイツらから今しがた連絡があっての、ギュイベルとドライグは儂から離れた後、どうやらメイヴにたぶらかされたらしいんじゃい)
(……竜が人間にたぶらかされたの?)
(それほど不思議でもないんじゃい。なぜかというとじゃな、あのお嬢ちゃんは人外に含まれておるんじゃい。じゃからあの二頭が惚れても当然ちゃ当然なんじゃいの)
(なるほどね。ありがとバロールさん)
クレイは内面世界のバロールに礼を言うと、隣に立つ一人の偉丈夫を見上げる。
そこには魂に土の精霊力を強く宿しているエンツォが、バロールと話し込んでいたクレイの顔を不思議そうに見ていた。
(人外って言うならエンツォさんだよなぁ。剛剣カラドボルグのマスターってだけじゃない、それ無しでも自警団の長を務めるエステルさんの術に対抗できるんだから)
人でありながら人以上の力を持つ存在、人外。
その持てる力によっては天使や神、魔神などに対抗できるほどの実力を持つが、それ故に課せられる枷もまた多かった。
(結界の影響を受ける、宿す力に応じた制限や弱点が付与される、だっけ。なんだか面倒だよね……さてと)
クレイはバロールから聞いた情報を二人に話し、そのまま神殿へと戻って行く。
「エメルさんを説得した後にチェレスタに行こう! 上手くいけば、ジョゼの救出にクー・フーリンさんたちの協力も得られるかもしれないし!」
再びクレイは神殿の門衛たちに挨拶をし、中に入ろうとする。
だが。
「たたた、大変よクレイ! エメルが遺書を残して失踪しちゃった!」
そこに駆け込んできたガビーが放った一言によって、事態は急変した。




