第63話 あれは嘘!
≪エメルを殺すって……アンタ正気なの?≫
≪うん。と言うかガビーこそ正気なのか? アンデッドは不浄であり、カリストア教にとってその存在は断じて認められないものなんだろ? しかもお前の職務、悪魔や悪霊を祓うエクソシストじゃん≫
≪それとアンタがエメルを殺すことは別問題でしょ。そもそもアンタ、アンデッドの祓い方って知ってるの?≫
≪ガビーが祓うから大丈夫≫
≪アンタ……≫
一連のやり取りが終わった後、ガビーがうつむいて呆れたように溜息をつく。
≪大体エメルは何も悪いことをしてないんだから滅するわけないでしょ≫
≪教えでアンデッドの存在自体が認められてないのにか? それに今まで悪いことをしてなかったなんて関係ない。女王メイヴの意向を受けて復活したのなら、これから災いをもたらすかもしれないんだぞ≫
クレイはそこで言葉をいったん区切るも、すぐにある一言を付け足していた。
≪もしもクー・フーリンさんに何かあったら……俺はあのエメルと言う人を絶対に許さない≫
そしてガビーの瞳を睨みつけた後、少々の動悸を感じながらその返答を待つ。
(あーヤバいヤバい、無理にエメルさんの消滅を押し通そうとして不自然な態度になってたかも……とりあえず何か聞かれたら全部メタトロンに押し付けよっと)
などと考えつつ。
≪アンタの考えは分かったわ。でもそれだけじゃエメルを祓うかどうかは決められない。理由は分かるわね?≫
≪ああ、当事者たちの意思をまだ聞いてない。そうだろガビー?≫
ガビーはクレイが予想した通り、クー・フーリンとモリガンの同意を求める。
アンデッドとは言え、何も罪を犯していないエメルを祓う。
普段はつっけんどんな態度をとるものの、その裏では心優しい少女であるガビーが、罪悪感を減らすためにその質問をすることはクレイの想定していた通りだった。
(これで最終的な判断ができる)
そして返ってきた答えは。
≪分かった。お前の好きにしろクレイ≫
≪クー・フーリン!?≫
非情なクー・フーリンの返答へ、悲痛な意志を放つモリガン。
だがクー・フーリンは、その非難に口を閉ざすことなく話し続けた。
≪女王メイヴが関わっている以上、この先どんな罠が待ち受けているとも限らん。奴は執念深い女だ。俺やお前が思いもつかぬ卑劣なことをしてくるか、それが周囲にどんな影響を及ぼすか分からん以上、祓ってもらうのが一番だろう≫
≪正気ですか!? 生前のエメルがどれだけ貴方に尽くしてきたか、よもや忘れたとは言わせませんよクー・フーリン!≫
≪それはあいつが生きていた昔の話だ。そしてこのレクサールには、現在において生を営んでいる人々がいるのだ。考える必要もあるまい≫
断じるクー・フーリン。
≪いいえ! 考える必要もないのは確かでしょう! ですがそれはエメルを助けるという道を選ぶことです! いつも貴方はそうです! ルーがアデライード王女を誘拐した時も、そしてコンラの時も! 貴方は自分以外の事情ばかり優先させて!≫
≪それが俺の生き方なのだから仕方あるまい。いや、ゲイボルグとなった今の俺が言うのであれば、俺の性分と言う奴か≫
怒りに震えるモリガンに、クー・フーリンは寂し気に呟いた。
≪では頼むぞクレイ。本来ならもっと早く……いや、今の俺にもはやエメルを祓う力は残されていなかったか……嫌なことを押し付けてすまん≫
≪じゃあ行ってくる≫
≪ちょっと待ってくださいクレイ! ……!? ゲイボルグが急に……重く……≫
背後から聞こえてくる、再考を求めるモリガンの声。
その悲しげな声を振り払うように、クレイは足早に祭壇の間を後にした。
「クレイ! ちょっと待ちなさいよ!」
「若様、一体何ごとでございますかな? このエンツォの見たところ、先ほどのモリガン殿の表情はただごとでは無いようでしたが」
祭壇の間の外に出た途端、クレイはガビーとエンツォの二人から質問攻めにあう。
「ちょっとあってね]
そのクレイの返事を聞いたエンツォは、少し眉根を寄せるもそれ以上の詮索はしなかった。
「ちょっと待ちなさいよクレイ!」
「もう待つ必要は無い。お互いがお互いに気を使いすぎて、言いたいことも言えなくなるなんておかしいじゃないか。ガビー、悪いが手伝ってもらうぞ」
「手伝うって、アタシは絶対にイヤよ! エメルを祓うなんて!」
そしてガビーの口をついて出た言葉を聞いた途端、エンツォの表情が引き締まる。
「アレはクー・フーリンさんたちの本音を聞くための嘘だ」
だが真っ直ぐに前を見て歩くクレイの宣言を聞いた瞬間、その岩のような硬い表情はすぐにいつもの豪気な笑顔へと変貌していた。
「昔アリア義母様が言ってた。人には優しくあるべきだと。でも優しさに振り回されるのは間違ってる」
「然り。間違った優しさは人を歪めてしまいますからの」
エンツォの笑顔に後押しされるかのように、クレイは空を見上げて決断する。
そこに拡がる空は多少灰色がかってはいたものの、その上には極みを感じさせぬ青い空が、サリムと仲直りした日と同じように広がっているはずだった。
「エメルさんを助け出すぞガビー! いらない配慮や遠慮で凝り固まらせてしまった大人の心を溶かすのは、いつだって無垢な子供の純粋な一言だ!」
激しく燃え盛る炎のような勢いを持つその宣言。
「……言うようになったじゃないクレイ」
ガビーはクレイへ向けていた、見当はずれの行動ばかりする子供を見るような視線をやめ、一定の敬意を持ったものへと改めて一つの提案をした。
「それじゃ無垢な子供を探してこないとね!」
「えっ」「えっ」
だがその提案は、少々クレイには受け入れにくいもののようだった。
「……いや、探さなくても今ガビーの目の前にいるだろ?」
「えっ」「えっ」
こわばった表情で見つめ合う二人。
「ふむう、とりあえずはエメル殿の所在を確かめるのが先決ではございませんかの」
「そ、そうだね!」
「無垢な子供ねぇ……どっちかと言えばジョゼの方が無垢で純真って感じだけどね……さてと」
誤魔化すように大声でエンツォの意見に同意するクレイに対し、それを見るガビーの目は冷ややかなものだった。
「エメルの方は分かったわ。それでジョゼの方はどうするの? クレメンス王妃が帰国したってことは、ジョゼの身柄の安全がアンタに一任されたってことよ。絶対に疎かにはできないと思いなさいクレイ」
「おろそかって何だ?」
「いい加減にできないってこと。ドラゴン二頭となると、ちょっとやそっとの戦力じゃ手出しできないわ。ジョゼを救い出すいい方法はあるの?」
「それは分からない。ジョゼを助け出す方法だけじゃなくて、ジョゼがどんな状況にあるのか、今のチェレスタがどんな状況になってるか、それらを含めた全部が分からないってことだけど」
「つまり?」
ガビーは多くを聞かず、ただクレイに先を促す。
「フィーナとディルドレッドさんにチェレスタの偵察をお願いしよう。その間に俺たちは、エメルさんをこの世に復活させた女王メイヴの狙いを暴き出す」
「そうね、それにちょっと問題を整理する時間が欲しいわ」
「あまりゆっくりもしてられないけど、結局のところ何かの物事を早く進めるには段取り、事前の準備をしっかりしておくことが一番大事だしな」
そう言うと、クレイはクー・フーリン、モリガン、エメルの三人におけるそれぞれの事情を考え始める。
お互いがお互いを大事に思い、だがそれを許さない周囲の環境が三人の想いを引き裂いている。
(つまり元凶は女王メイヴ! そいつの居場所をつきとめ、排除するのがこの問題を解決する一番の方法だ! そのためにもエメルさんに話を……アレ?)
傷ついた兵士たちが休んでいる広場に戻ったクレイは、フィーナがそこにいないことに気付き、周りにいる兵士に話を聞く。
「へぇ、チェレスタに関する情報を集めに別の兵士たちに話を聞きに行った、か……フィーナもなかなかやるじゃないか」
感心するクレイ。
「本当ならクレイがそういう指示を出さなきゃいけないんだけどね。今度からは気をつけなさい」
「……いや、何で俺?」
きょとんとした顔のクレイを見たガビーは、即座に小言を口にする。
「リーダーでしょ。天魔大戦に選ばれた天使って最終的に神になることがお役目だから、それなりに重要な仕事が押し付け……任されることになってるのよ」
「そうなのか。でも何だろう、このモヤモヤ感」
「トール家の跡継ぎが何を言ってんのよ。若い頃の苦労は買ってでもしなさい」
「はい」
クレイは釈然としないまま、それでも素直に頷く。
なぜなら彼はまだ十五歳で、まだまだ遊びたい年頃だからである。
だが同時に彼はトール家の跡継ぎであり、いずれ義父のアルバトールの後を継いで領地を治める立場に……
(でも神様になってもトール家を継げるのか? そもそも何で養子の俺がトール家の跡取りなんだ? それにアルバ候はまだ若いというか、前回の天魔大戦で天使になったから不老だしアリア義母様が子供を産んだら……でも確かに苦労と言うか俺自身が成長するための努力は必要……だけどそれって強くなるために必要なのか?)
考え込むクレイ。
「え? エメルは神殿に戻った? アタシたち神殿からこっちに来たけど全然見なかったわよ?」
その間にガビーはエメルの所在を兵士に聞いてくれていたらしく、クレイはその言葉を聞いてハッと我に返る。
「エメルさんを見たのか? 俺がさっき会った時は神殿の入り口近くにいたのに」
頷く兵士を見て、クレイは考え込む。
(……ガビーが無反応ってことは、おそらく催眠や洗脳とは違うんだろう。つまりこの兵士は嘘は言っていない。じゃあ何のためにエメルさんはここに?)
「針仕事はないかって言ってたな」
「なるほどねー、確かに手に職を持ってないと不安で仕方がないわよね」
(あれっ!? ちょっと名探偵になれた気分がしたのに至極まっとうな理由じゃん!)
がっくりするクレイを余所に、兵士はさらに説明を続ける。
「でもなんかフラフラしてたな。熱でもあったのかね」
「ちょっと心配ね。クレイ、アタシちょっと神殿に戻るからエンツォと一緒に行動してくれる?」
「わかった」
クレイの胸の内に漠然と広がる不安。
探し人が全員いないというただそれだけのことなのだが、つい先ほどリーダーとしての自覚をもった彼にとってはそれは無視できないものだった。
「とりあえずフィーナを探そうエンツォさん」
「うんむそうですな、エメル殿が神殿に戻られたのならそちらはガビー侍祭に任せてよろしいでしょう」
クレイは自分の提案に力強い承認を与えてくれたエンツォに背中を押され、自信をもって歩き出す。
その矢先だった。
「大変です! チェレスタの方角より何か巨大なものがこちらに飛んできます!」
物見塔から叫び声が上がり、警鐘が鳴らされたのは。




