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この世界は救世主を待っている! ~最強を受け継いだ少年が至高に昇りつめるまで~  作者: ストレーナー
第二章 結ばれる縁 ヘプルクロシア編

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第62話 あの時の誓い!

≪エメルか、さてどこまでお前に話していいものか……≫


 クー・フーリンは誰に話しているでもない、独り言のような念を発する。


 その思考に一つの指向を与えるべく、クレイはある情報を口にする。


≪えっと、そのエメルさんはクー・フーリンさんの妻だって言ってた。でもクー・フーリンさんはずっと昔に一度死んでるんだよね? その時に結婚した人が生きてる訳がない。でもその人は俺に話しかけてきて、色々と俺のことを聞いてきたんだ≫


≪お前のことを?≫


≪うん≫


 クレイは素直に頷きながらも、胸の中では小さく舌を出していた。


(ごめんねクー・フーリンさん)


 なぜならクレイはこの時、クー・フーリンの弱みにつけこもうとしていたのだ。


 クー・フーリンから情報を引き出すために、彼の妻であるエメルから情報を聞き出されてしまったと言うクレイの弱みを先に見せ、クー・フーリンの引け目とする。


 不要な手順にも感じられるが、エメルの願いを聞き届けるための情報がどこにあるか分からない以上、あれこれと聞いて怪しまれないためには必要な手順であった。


 そして。


(それがエメルさんの本当の願いなのかを知るためにも、ね)


 クレイは頑なな決意を胸に秘め、クー・フーリンとの駆け引きを始めた。


 エメルの願いを隠したままと言う不利な条件を抱えたままに。

 


≪何を聞かれた?≫


≪俺のテイレシアでの身の上や、クー・フーリンさんとの関係、ヘプルクロシアの旧神にどのくらい顔見知りがいるとか≫


≪……ふむ≫


 クー・フーリンは居心地が悪そうに溜息をつくと、クレイの本意を探るように真っ直ぐな意志を向ける。


≪のぞき見はダメだよ。エメルさんには頼まれごとを内緒にしてほしいって言われてるんだから≫


≪こいつめ≫


 しかし先ほどのずぼらな思念の管理とは見違えるような、クレイが心の周囲に張り巡らした堅牢な壁に、クー・フーリンの思念は弾き返されてしまう。


 だがそれを感じ取ったクー・フーリンは、不機嫌になるどころかその成長に喜びを覚えたような思念を発し、そして諦めて説明を始めるのだった。



≪あいつは……エメルは俺が心底惚れた女だった。あいつと結婚する許可を得るために、俺は師であるスカアハの元へ赴き、技を鍛え、強くなった。そして今俺が宿るゲイボルグを授かったのだ。今俺がこうしてお前と話せるのも、すべてあいつのおかげと言ってもいい≫


≪貴方がいくら浮気をしても笑って許すような寛大な女性でもありましたね≫


≪……まぁ、そうだな。いや、一度だけ……妖精のファンと逢った時は……≫


≪やめましょうその話は≫


≪そうだな≫



 急に中断されるエメルの話。


 その時に何があったのか、クレイは聞きたくもあったが蒼白になったモリガンの顔を見てはそうもいかなかった。



≪そうそう、男女の仲に軽々しく口を出さないことね≫


≪うわガビーいきなり話しかけてくるなよ!≫


≪のんびりしてる場合じゃないでしょ! アンタ忘れてる訳じゃないでしょうねジョゼのこと!≫


≪分かってるよ! でもエメルさんの件を放置する訳にもいかないだろ!≫


≪分かってるならいいわ。とりあえず今の念話はクー・フーリンたちには聞こえないようにガードしておいたから、後の説明はアンタに任せたわよ≫


 今の会話はガードしておいたと、あっさりクレイに告げるガビー。


(本当に天軍の副官なんだな。世も末だ)


 クー・フーリンとモリガンとの実力差を、如実に感じさせるガビーの発言を聞いたクレイは背筋に冷たいものを感じつつ、複数の問題を抱えてしまった現在の状況を呪いながらクー・フーリンに質問をした。


≪えーと、今の話を聞くに怒ると怖い人ってことかな。でも一度死んだ人が何で今レクサールに居るんだろう? 自分は吸血鬼だって自己紹介されたんだけど、俺が見たところでは吸血鬼ともちょっと違うんだよね。どちらかと言えば……≫


≪エーテル体に近い、そうじゃない?≫


≪うん、幽霊ゴーストかと最初は思ったくらいだ≫


 確認を取ってきたガビーにクレイが頷くと、ガビーは続けて疑問を口にする。


≪それ誰に聞いたの? アンタの力じゃまだそこまで解析できないでしょ≫


≪メタトロンの力を貸してもらった≫


 その答えを聞いたガビーは軽く頷き、小さく呟いた。


≪段階が進んでるわね……アスタロトの奴……≫


 どうやらガビーも色々な問題を抱えているようである。


(ジョゼの件が片付いたら聞いてみるか)


 クレイはガビーの問題が気になるも一旦それは保留し、クー・フーリンにエメル復活について心当たりがあるかを聞くと、意外にも簡単に答えは返ってきていた。


≪あいつは先週ふらりとこのレクサールに現れた。衛兵から見覚えのない美しい女性が街中をふらついていると聞き、正体を確かめようと向かったのだが、確かめるまでも無かったな。一目でエメルと分かったのだから≫


≪死んだ人を一目で分かるって、ヘプルクロシアじゃ死んだ人間がしょっちゅう生き返るものなの?≫


 納得できないと首を捻るクレイを見て、クー・フーリンは肩をすくめた(ようにクレイには感じられた)


≪分からざるを得なかった。なぜなら復活したあいつの魂には、かつての俺と同じようにダークマターが入り混じっていたのだ。そしてその後に入ってきた噂を聞いて確信した。奴は堕天使の長であるアスタロトによって復活したのだと≫


≪アスタロト?≫


 初耳の魔族の名前を聞いたクレイがオウム返しに呟くと、それを聞いたガビーが忌々し気に説明を始める。


≪アタシが東方に居る時にさんざん煮え湯を飲ませてくれた性悪の女よ。暗黒魔法じゃあ右に出るものがいないくらいの使い手。アイツなら確かにアンデッドを作るのはお手の物だろうけど……遥か昔に失われた肉体と魂を取り戻させるのはさすがに無理なはずよ。そんなことができるのは主の御業くらいのはず≫


≪それについても心当たりはある。女王メイヴだ≫


≪やはりあの女ですか……≫


 クー・フーリンが口にした名前を聞いたモリガンが、辟易した口調で吐き捨てるように感想を述べる。


≪……女王メイヴがまだ生きてるの? クー・フーリンさんが死ぬ原因になったって人だよね≫


≪落ち着けクレイ。俺のために怒ってくれるのは嬉しいが、あまりにその怒りが激しいとお前の中のメタトロンに飲み込まれるぞ≫


≪今は魂の眠りって奴についてるらしいから大丈夫だと思うけど……わかったよ≫


 一見しただけでは、クレイの様子が変わったようには見えない。


 だが法術による念話で意思が通じている状態では微妙な感情の揺らぎも感じとれてしまうのか、クー・フーリンはクレイに釘を刺していた。


≪メイヴも既に死んで久しい。噂によればチーズの食いすぎで脳の血管が詰まって破裂して死んだとも聞くが、すべてにおいて自分の思うがままに生きた女には相応しい死に方かもしれんな≫


≪えーいいなそれ。なんて贅沢な死に方……≫


≪そんなことはありません。実際にはすごくチーズは身体にいいから安心して食べなさいクレイ。クー・フーリンもいい加減な情報を子供に与えないでください≫


≪あ、はい≫≪ちょっとした冗談だ≫


 ちょっと怒ったモリガンにクレイは謝罪し、クー・フーリンは言い訳をする。


≪だがあの女のことだ、死んだと見せかけてトゥアハ・デ・ダナーン神族の誰かに取り入り、ティル・ナ・ノーグの地に移り住んでいたとしても不思議はない。そしてアスタロトが奴の体の一部をもらい受け、エメル復活の触媒としたのかもしれん≫


≪ルーの体を一部として復活した、かつてのアンタのように、ね≫


 先ほどの仕返しなのか、ガビーが軽い口調で嫌味を言い、モリガンとクレイが睨み付けるとクー・フーリンは笑い声をあげ、それを止めさせる。


≪女王メイヴの俺への感情は、まさに恨み骨髄に徹すと言った感じだったからな。おそらくエメルを俺の元に差し向けたのも、ゲッシュを破らせるためだろう≫


≪ゲッシュを?≫


≪俺ではなく、モリガンの……な≫


 理解できないと言ったクレイに、モリガンが寂し気な口調で話し出す。


≪クー・フーリンはゲイボルグに姿を変える前、私にこう言ったのです。お前が笑っている間、俺はお前を守り続けよう、と。そして私はそれを了承しました≫


≪え、それじゃ……え、だってガビー、さっきお前クー・フーリンさんは大丈夫って言ってたよな?≫


≪言ったわ≫


 静かに答えるガビーに、クレイが踏み出そうとした瞬間に彼は呼び止められる。


≪仲間割れをしている時ではないぞクレイ≫


≪うん……≫


 うつむくクレイ。


≪それで分かったわ。やっぱりあの時のゲッシュが原因だったのね≫


≪そう言うことだ≫


 クー・フーリンは短く答え、そしてクレイと同じように下を見ているモリガンを見つめた。


≪エメルがモリガンに何をしたと言うわけではない。ただ勝手にモリガンが引け目を感じ、悩み、そして笑えなくなってしまったと言うだけだ≫


≪アンタねー、そう言う冷たいところがダメなのよ。ちょっと声をかけて慰めてあげるだけで全然違ってくるんだからね≫


 ガビーはそう言うと腰に手を当て、呆れた顔でゲイボルグを見つめる。


≪声をかけたとしよう。だが結局のところ立ち直り、心を高揚させるのはモリガン自身の問題だ。例えば川の泳ぎ方を教えることはできても、実際に川を泳ぐのは教えられた方。泳げない問題がどこにあるのかが分かるのは教えた者ではなく、教えられて実際に泳いでいる当人のみなのだ≫


≪それでも声をかけて欲しいものなのよ。モリガンが立ち直るきっかけぐらい与えてあげなさいよね≫


 黙り込むクー・フーリン。


 モリガンも場を取りなす一言を考えてでもいるのか、口を開こうとしない。


 クレイが喋り出すには絶好の好機だった。


(頃合いかな、あまり引っ張るとエメルさんの頼みごとの内容を聞かれるかもだし)


 相手に情報を聞かれる前に自分が先に聞きたい情報を引き出し、そして相手が条件を出す前に自分の条件を相手に出す。


 相手に十分な力を発揮させる前に先制攻撃によってペースをつかみ、そのまま押し切るのは戦闘や戦争ではごく一般的なものである。



 そしてクレイはそれを実行する。



≪エメルさんには申し訳ないけど、やっぱりまた死んでもらうしかないね。そもそもアンデッドの存在は教会に認められてないし、クー・フーリンさんやモリガンさんたちに悪い影響をもたらしてるし、それになにより……俺の中のメタトロン、妥協なき裁きを下す断罪の天使がエメルさんの存在を許さないだろうしね≫



 エメルを殺す。


 クレイはエメルに頼まれたとは言わず、彼女が再び世に存在することになった理由によって、自分がエメルを殺す。


 そう言ったのだった。

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