第60話 法術の仕組み!
≪クー・フーリンさん!?≫
いつもであれば見上げるほどの高さに位置する、常人の背丈と肩幅に匹敵するほどの巨大な槍頭。
モリガンの膝に抱えられたその槍、ゲイボルグから発せられた意志を感じ取ったクレイは、驚きの声を上げていた。
≪ほう、いつの間に念話ができるようになったのだクレイ。成長いちじるしいとはまさにこのこと……と言うか、本当にでかくなったな≫
≪ん、んー……まぁ、色々とあって……≫
嬉しそうなクー・フーリンの意志を受け取り、クレイもまた笑顔となる。
だがその笑顔の裏では、弱々しいクー・フーリンの気力を感じとった衝撃で動揺していた。
≪思念が漏れ出ているぞクレイ。後ろのガビーに法術を教えなおしてもらった方がいいのではないか?≫
≪え! 分かるの!?≫
直後にクレイは苦笑するクー・フーリンの意志を受け取り、慌てて誤魔化そうとするも、今度は頭の中にガビーの声が響き渡る。
≪そうねー、というか最初に教えたんだけどね。ちゃんと接続を調整しないと他人に丸聞こえになっちゃうって。あ、そうそう、ついでにさっきの法術が気軽に使えないって説明も今からしとくわね。法術は簡単に言うと聖霊を使って治療や思念を伝えるんだけど、聖霊ってちょっと流動性にかけるの≫
≪流動性? ラファエラ司祭が言ってたけど、確か聖霊って物質界の全体を満たしてるんだよな? なんで満たしてるのに流動性に欠けるんだ?≫
≪簡単に言うと物質界に馴染んで安定しちゃったのよ。だからこっちの受肉……えーと身体の怪我とかの再結合なんかは得意なんだけど、あまり一気に使うと術者の周囲がどんどん希薄になって、治療ができなくなったり念話が通じにくくなっちゃうの≫
≪へー。じゃあどうやったらまた使えるようになるんだ?≫
クレイは初めて聞く情報への好奇心に負け、ガビーの話に耳を傾ける。
本来であれば天使に生まれ変わった、あるいは叙階の直後に行われる、術に関する知識の継承。
しかし天魔大戦の蚊帳の外、安全な地であるはずのヘプルクロシア王国にクレイを送り込み、そこでしばらく教育をする予定を立てていたアルバトールたちは、それらの作業にあまり注力していなかった。
≪時間の経過、もしくはアタシたち天使が霊気の通りを良くして聖霊の偏りを治しちゃうかの二つね。これは天使の仕事の一つだから覚えておきなさい。と言ってもアタシたちがいるだけで勝手に偏在は治って行くんだけど≫
≪勝手に治るって、それ仕事って言うのか?≫
≪仕事なのよ。法術の使用には高額な免罪符の購入が必要とかの条件を付けて、普段はそんなに使用されないようにしてるから偏在自体が起こらないけど、天魔大戦の時にアンタみたいな未熟な天使がいると戦いですぐに負傷して、それを治そうと未熟な法術を使うからすぐに偏在しちゃうのよ。だから偏在を治すのは立派な仕事なの≫
≪ぐぬぬ……じゃあ上手な法術の使い方ってどうするんだよ≫
いつもとはまるで違う様子のガビーに言いたい放題言われたクレイは、ムッとなりながらもガビーに教えを乞う。
≪色即是空、空即是色。空と色の関係はもう知ってるわよね≫
≪何となく≫
≪聖霊の霊気を練り上げ、魂の奥底に送り込み、傷ついた魂を修復する。練り上げるにも送り込むにも精神界の構造をよく知り、経験しないと難しいからどんどん法術を使うしかないわ。本当なら平和な時にやっておくものなんだけどね≫
≪じゃあどうしようもないじゃん。もう天魔大戦は始まってるんだろ?≫
呆れた声でクレイが応えるが、ガビーはそれを聞いても怒らず、なぜか微笑んだようにクレイには見えた。
≪偏在が起こらない程度にちょっとずつ頑張りなさい。アンタ今度の天魔大戦において人から選ばれた天使なんだからね≫
≪何で人から選ぶ必要があるんだ?≫
≪アンタたちの魂が主の一部だからよ。極一部……いえ、それにも満たないと言える程度のね≫
≪だからと言って人から天使にする理由にはならないと思うんだけどな。ガビーたちが居ればそれで十分じゃん≫
≪アンタは神になるの。神になって主の御業を助けるの。アタシたち純粋な天使は世界の根源である四大属性の火、風、水、土の中の火から生まれた存在だから、神にも匹敵、あるいは凌駕する力を持ってるけど、それだけに安定に欠けるのよ≫
≪え……神? 俺が?≫
≪また時間のある時に説明してあげるわ。それより今はクー・フーリンの容体よ≫
ガビーの言葉を聞いたクレイは、慌ててクー・フーリンの方を見る。
法術の行使に必要なプロセス、接続、解析、制御、放出。
物質界そのものではないものの、この世を満たしている存在である聖霊と常に接続している天使は、解析から始まる三つの過程を経て対象の魂、身体を癒す。
よってクレイは、まず呪槍ゲイボルグに宿っているクー・フーリンの魂の解析を行おうとするが、今の彼には魂の深淵まで辿り着くことは到底できそうになかった。
(今の俺じゃ無理なのか……?)
≪そこまでよクレイ。アンタの未熟な腕じゃクー・フーリンの魂を掻き乱して余計に容体を悪くするわ≫
そして自分の無力に歯噛みした瞬間、彼の頭にガビーの意志が浮かび、その有無を言わさぬ内容を聞いたクレイはクー・フーリンの解析をガビーに任せる。
≪……わかった。頼むぞガビー≫
≪誰にモノ言ってんのよ≫
言うが早いか、ガビーの解析の意志はクレイが感知できなくなるほどの細さまで練り上げられ、魂を織り上げる精神の隙間を縫うようにどんどん奥へ入り込んでいく。
(そういえば以前、極細の針を身体に差し込んで治療する医術がある、ってゼウスのおっちゃんが言ってたな……確か名前は……)
まるでそれは、東洋で独自の発展を遂げた医術、鍼灸のようであった。
≪なんかおかしいわね。クー・フーリン、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかしら?≫
しかしクー・フーリンの魂はガビーですら理解できない状況にあるのか、ガビーは首を傾げてゲイボルグを見つめる。
≪なんだガビー。言っておくがプライベートに関わることは話さんぞ≫
≪ベルトラムじゃあるまいし、アタシはそっち方面には余計な口出しはしないわよ。確かアンタ、あの時ゲッシュを誓う前にモリガンが笑っている間はずっと傍にいるって言ってたわよね≫
ガビーの質問の内容を聞いたクー・フーリンは苦笑した。
≪それがプライベートに関わることだと思うのだがな。まぁいい、どうせあの場にお前も居たのだから隠す必要も無いだろう。ゲッシュの内容はその通りだガビー≫
≪そうよねー、とりあえず解析はここまでにしとくわ。アンタがチェレスタの戦いで失った力を取り戻させることはできないけど、魂の回復が早まる応急処置はしておいたから当面はゆっくり休んでちょうだい≫
≪すまんな≫
≪気にする必要は無いわ。クレイ、今のところクー・フーリンがそんなに危ない状態には見えないけど、アンタ誰に容体が良くないって聞いたの?≫
≪う……リチャード陛下だけど、陛下はディアン=ケヒト様に聞いたっぽい≫
そして治療は終わったのか、くるりと振り返ったガビーが今度はクレイに質問し、そして返ってきた名前を聞いたガビーはたちまち顔を青ざめさせる。
≪何となく察したわ。アタシでも具合が悪くなるわよ……クレイ、とりあえずアンタは先に街に戻って教会に行ってそこで治療の手伝いをしてちょうだい。確か去年あたりに小さいけど礼拝堂が建てられたはずだから≫
≪いいのか? さっきの法術の説明を聞いた限りじゃ、俺には任せない方が良さそうだけど≫
≪治療をしてもいいってきちんと許可が出た人なら大丈夫。アタシが聖霊を通じてサポートするから遠慮せずやんなさい。そしてさっさと腕を上げることね≫
≪分かった!≫
クー・フーリンの容体が心配していたほどではないと聞いたクレイは、嬉しそうに神殿の外へ走って行き、すべてのやりとりが念話で行われたためにその経緯を知らなかったエンツォが慌てて後を追っていった。
≪元気ですね、クレイは≫
≪ああ、あいつを見ているとこっちまで元気になってくる≫
その後姿を見送ったモリガンがそう呟くと、クー・フーリンもまた嬉しそうにそう呟き、そして申し訳なさそうな念をガビーへ送った。
≪すまんなガビー≫
≪気にする必要は無いわ……だってアタシ、アンタのこと大っ嫌いなんだもの≫
≪……すまんな≫
≪だから謝る必要は無いわよ! それよりどうしてここまで衰弱したのよ!≫
クレイへ聞こえないように、極力聖霊への接続を絞った念話。
≪ごめんなさいガビー、私が全部悪いのです≫
≪モリガンが?≫
その内密の話が核心へと入ろうとした時、神殿の出入口から一人の女性が静かに姿を現し、その女性を見たモリガンの顔は急激に曇った。
「あら、お客様ですかモリガン様? 随分と可愛らしいお嬢様ですね」
「ええ、エメル。以前に話したでしょう? テイレシアのフォルセール教会の侍祭を務めているガビーです」
「ああ、ヘプルクロシアの危機を救って下さったアルバトール様のお仲間の」
モリガンの顔を曇らせた原因と思われるその女性、エメルはにこりと笑ってガビーへと頭を下げたのだった。




