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この世界は救世主を待っている! ~最強を受け継いだ少年が至高に昇りつめるまで~  作者: ストレーナー
第二章 結ばれる縁 ヘプルクロシア編

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第56話 道化師の思惑!

[ジョーカー殿]


[なんだアンドラス]


 ここは空の上、王領テイレシアとフォルセール領の領境に拡がる巨大な森を一望できる場所。


 そこには数百体を超える大量の魔物や魔神が浮かんでおり、先頭にはその集団の中でもけた外れの力を持つ二体が飛んでいた。


[このようにのんびりと飛んでいても大丈夫なのですかな]


[出発前に説明は済ませておいたはずだが]


[確かに説明は受けましたが……それでもやはり不安は拭えませんな。本当にオリュンポス十二神が一人、アルテミスからの攻撃は無いのでしょうな]


 最上位魔神の一人、フクロウの頭の下に人の体を持つアンドラス。


 魔族の中でも指折りの実力を持つはずの彼が、かたわらを飛ぶ道化師のような恰好の男へ、不安そうに問いかけるのも無理はなかった。


 眼下に広がる森の中には、旧神の中でも最大の勢力を誇るオリュンポス十二神の一人、主神ゼウスに格別の寵愛を受けている狩猟の女神アルテミス。


 彼らが今から越えようとしている森の中には、彼女が滞在しているのだ。


 天使と魔族が激しく争う天魔大戦にも目立った関わりを見せず、今のところは中立の立場にあると言っていいオリュンポス十二神。


 だが誇り高き狩猟の女神の頭上を越える、などという畏れ多い行為はアルテミスのプライドを傷つけ、そこから十二神すべてを敵に回す可能性もあった。


[先に向こうが撃ってくれれば良し、だが味方に当たるまで反撃はするな。オリュンポス十二神にも立つ瀬と言うものがある。さすがに無断で頭上を越されては面目が丸つぶれになるからな]


[それは難しいかと。同胞は血に飢えております故に、血気にはやるものが出ないとは確約できませぬ]


[では今のうちにもう一度伝えておくがいい、先ほど五体一組で組ませた意味を]


 その指示を聞いたアンドラスは、ジョーカーにうやうやしく頭を下げる。


[一人でも命令に背けば五人が同罪となる。承知しております]


[よかろう。もしも攻撃を受けた者がいれば、反撃は思う存分にするがいい。話はそこまでだな?]


[はっ]


[では飛行術の制御に専念させてもらうぞ。いかな私でも、これほどの魔族を飛ばすとなると骨なのでな。まったく空も飛べぬ者も大量に混じった有象無象で、あのフォルセールに攻め込もうとは無謀極まりない。ベリアルは何を考えているのだ]


[移送を得意とするセーレが転生してくれていれば良かったのですが。それを望めぬまでもバアル=ゼブル殿が快く引き受けてくれれば……いや詮無いことを申しました。それでは指示を伝えてまいります]


 アンドラスはジョーカーのボヤきを聞き流しつつ、後方でよろけながら飛んでいる群れへと下がって行く。


 そして力を持つ主だった魔物に指示を伝えると、ジョーカーが発動させている飛行術を手伝うべく戻っていった。


(確かにジョーカー殿の言う通り、まったくもって不可解……いや、わかりやすくもあるか)



 そのアンドラスの心境は、後方を飛ぶ……いや、ジョーカーの飛行術に飛ばされている仲間同様に複雑なものだった。



(我ら魔族すべてを率いるルシフェル様の復活、そしてそのルシフェル様は魔神を統率する役目をベリアルではなく、アバドンに命じている)


 アンドラスは隣を飛ぶジョーカーへチラリと目をやると、再び前方を見つめる。


(そして魔族の参謀役であるジョーカー殿の同行。無駄に戦力を消費させたくないために同行を申し出てくれたのはありがたい。だがその代わりに消費されるのはジョーカー殿の力だ)


 ルシフェル不在の間、代わりの統率者に旧神モートを押し上げ、魔族の力を保持するための汚れ役をすべて引き受けてきたジョーカー。


 その努力を見てきたアンドラスは、自身は魔神ではあるものの、堕天使であるジョーカーに一定の好意と敬意を抱いていた。


(つまりこれはベリアルが仕組んだ計画。上手くいけば自分の手柄、失敗すればジョーカー殿を陥れることができる罠というわけか。しかしそんな罠にこのジョーカー殿があっさり引っかかるとも思えぬが……やれやれ、せっかくルシフェル様が戻られたと言うのに、いつになれば我ら魔族は団結できるのだろうな)


 そしてアンドラスが内心で溜息をついた時。


[アンドラス]


[はっ]


 急にジョーカーに声をかけられた彼は、動揺を外に出さないまでも一つ大きい動悸を感じていた。


[そろそろ奴らの村の上空だ。味方をしっかり見張っておけ]


[はっ]


 森の中に開かれた集落にある幾つかの人家。


 その見える数が増えてくるに従って、次第に静かになって行くと思われた鼓動は再び大きくなっていく。



[警戒! 下で膨らむ力を確認!]


[障壁展開!]



 そして後方にいる味方が厳戒態勢に入って行くも、それは先頭を飛ぶ一人の道化師によって止められた。


[一切の警戒態勢を解け。今我らが行っているはフォルセールを攻める軍事行動だけではない。その後に控える以降の方針を決めるための大事な行動である]


[し、しかしジョーカー様……]


[二度は言わぬ]


 直後に一体の上位魔神と見られる魔神が反論するも、それはジョーカーの一喝によってあっさりと消され、上位魔神は黙って編隊の一部に戻って行く。


 その一連の流れを見たアンドラスは、すべてに合点がいったと言うように大きく頷いていた。


(なるほど、この一戦だけではなく以降の戦いも見据えてのことか。さすがはジョーカー殿、単にベリアルに踊らされているはずもなかった)


 やや動揺が残る中、緩んだ前進の速度が再び上がり始めた時、緊張で張り詰めた一つの声が魔族たちの心臓を弾いた。


[下方より攻撃!]


 報告が響いたその瞬間、彼らは目が潰れんばかりの閃光が天を衝くのを見る。


[損害があれば報告せよ]


[まったくございません。ジョーカー様]


 しかし即座に被害なしとの返事があり、それを聞いたジョーカーは後方を振り返ると全軍を安心させるように大きく頷いてみせた。


[そうか、ではこのままフォルセールに進軍]


 報告してきたのは、先ほど不服を返した一体の上位魔神。


 ジョーカーは上位魔神に目線を一瞬だけ合わせると小さく頷き、その上位魔神の敬意をほんの少しだけ手繰り寄せると再び全軍を率いてフォルセールへ向かった。



 その向かう先フォルセールでは。



「開門!」


「急げ! 城壁も満足に組めていないここで魔族と戦うのは自殺行為だ!」


「テイレシアの勝利に貢献したいのであれば直ちに退避せよ!」


 堅牢な城壁に開いた城門と言う穴。


 フォルセールに向かって進軍している魔族から逃れるため、そこへ目がけて城外で働いていた多数の人足や住民が殺到する。


「各班の頭は班員を確認! 全員そろった班から札を出して城内に入れ!」


 しかし城門の前に集まった人足たちは混乱することなく整列し、落ち着いて全員の顔を確認すると、整然として城内へ順番に入って行く。


 その様子を、城壁の上から見守る二人の男がいた。


「陛下、どうやらアルバ候の術が効いているようですな」


「うむ。だがその術が産み出された経緯を考えると、あまり手放しで喜びたくはないがな……」


 フォルセール城を包む三重の城壁。


 その最外、第三城壁の上に立っていたのは聖テイレシア王国の国王であるシルヴェール、そして聖テイレシア王国の騎士団長を務めるベルナールだった。


「感情を自ら封じてしまった故に発動可能となった、人の感情を抑制させる鎮静術。ですがアルバ候であれば、人の命を助けられるならば、と内心で喜んでいることでしょう」


「だがベルナールよ、その感情すら表にできぬとあれば……いや、今は感傷に浸っている場合では無かった。自警団には声をかけているな?」


「御意」


「では館に戻ってアルバと自警団の長であるエステル殿と協議をするぞ。アランとエレーヌの配置は、兼ねてよりの手筈通りとする」


「では戻りますか」


 ベルナールはそうシルヴェールに提案すると、足早に城壁の階段を降りていく。


「陛下……?」


「あ、ああ、すまんなベルナール」


 だがその途中、シルヴェールの気配がしないことに気付いたベルナールが階段の途中で足を止めて呼びかける。


「ジョゼフィーヌ様のことが御心配ですか?」


「心配いらん。クレイがヘプルクロシアへ助けに行っているのだからな」


「心中お察し申し上げます」


「大丈夫だ」


 やや浮ついた足取りで階段を降りていくシルヴェール。


 その後ろ姿を見つめながら、ベルナールは心中で溜息をついた。


 (動けぬ私の代わりに……でございますか)


 腰に下げたオートクレールよりたなびく水煙。


 主君の真意を汲んだベルナールは、久しぶりの戦に先ほどまで感じていた高揚感を打ち消し、その背中を追った。



 こうして再び開かれた天魔大戦の戦端は、またもや玉座があるテイレシアの中心をその始まりとすることとなる。

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