第53話 バロール現る!
夜が明け、日が昇り、谷は目覚める。
「おいガビー起きろ。なんで不寝番のお前がグースカいびきかいてるんだよ」
「うぅ……もう寝たくない……ポム・ダムールはもういやぁ……」
「ぽむ・だむーる……? っていうか今まさに寝てる最中だろ! 起きろガビー!」
そんな中、未だに眠りから覚めないガビーをクレイは起こそうと頑張っていた。
「放っておいたら? 子供は寝るのも仕事のうちよ」
そこに他人事と言った口調で忠告したのは、下着姿のフィーナだった。
「そうなんだけど、俺が起きてるのにガビーが寝てるのは許せない。それとフィーナ、着替えは向こうでやってくれ」
「はいはい。クレイは恥ずかしがり屋さんね」
「ガビーに見られて面倒なことになるのを避けたいんだよ。バロールを倒してジョゼを取り戻した後なら、いくらでも俺の目の前で着替えていいから……あ、いやそんなところを見たら面倒なことになる人が世の中には多すぎるからやっぱりダメだ」
「面倒なことを解決した後に得られる喜びは、世の中で格別な物の一つよ。あたしなんてあの美しい愛の形……いいえ、むしろ純愛を描いた芸術を、どうやって他の人たちに理解してもらうかいつも考えてるわ」
形のいい胸を張るフィーナ。
途端に彼女の持つ輝く金色の髪が、光の大河のようにさらりと背中に流れ。
「お、お早うございますフィーナ様」
「お早うサリム。昨日はよく眠れたかしら?」
「は、はい! あ、クレイ様朝食ができましたよ」
「……ありがと。フィーナ、朝食は着替えてからにしてくれよ」
それとアレとが原因で、サリムの朝食の報せはぞんざいなものとなってしまう。
(ちょっとはディルドレッドさんを見習ってくれないかなぁ。せっかくヘプルクロシアに来てロザリー姉と離れられたのに、あまり意味が無い気がしてきたぞ)
そうボヤくとクレイは頬を伝う一筋の汗を拭い、先ほどまで振っていたミスリル剣をサリムに預けたのだった。
そして朝食をとっている時のこと。
「ねークレイ」
「何だガビー。きちんと食事前のお祈りは済ませたぞ?」
「すごく頭がズキズキするんだけど、アンタ何か知らない?」
「気のせいだろ。ほら、ラファエラ司祭から帽子を預かってるから、これをかぶれば気にならなくなるんじゃないか?」
「わーホントだ全然痛くなくナッタワー、ナタワー……ナタ……ワ……」
こうして頭頂部が妙に尖った形状になったガビーは、ウィッチエント村につくまで妙に静かになった。
「あそこがウィッチエント村?」
ウィッチエントを遠くに臨む小さい丘の上で、クレイはベルトラムに質問する。
そして小さくうなずくベルトラムの隣ではフィーナが額に手をかざし、遠くに見える木の柵のうちに立ち並ぶ数々の民家を見つめていた。
「ま、クレイが意外に思うのも無理ないかも知れないわね。この村の人口は確か千人に到底満たない程度のはず。よって魔眼の王とも呼ばれるあのバロールが敵を待つには、ちょっと小さすぎる、ってとこかしら」
「うん。バロールって確かかなりでっかい巨人なんだよね」
「ソウヨー。サンカイダテノタテモノト、オナジクライナンダカラー」
しかしフィーナに向けたその質問は、頭の上でくるくると帽子が回っているガビーが代わって答えていた。
まるで抑揚のない声で。
「……」
それを聞いたクレイはちょっぴり後悔の表情を浮かべ、ガビーの後ろに回って気取られないように帽子を持ち上げた。
「はっ……ここはどこ? アタシは誰?」
「後で説明する」
「可哀想なガビー……」
そっと目頭を押さえるフィーナ。
クレイはその態度に底知れない居心地の悪さを感じつつ、三階建ての建物と同じくらいのバロールが身を隠しているとはどう見ても思えない、牧歌的なウィッチエント村の風景へ視線を向けた。
「……いた! いましたよクレイ様!」
村の中央辺りをサリムが指差す。
フォルセール領と王領テイレシアの領境に拡がる森で再び魔物となった彼は、人の領域を軽く超えた五感を得ており、それは視覚も例外では無かった。
「……隠れてる? のかな?」
「だと……思います」
民家と民家の間から見えたものは、地面に寝そべり、砂風呂よろしく顔以外の体を土で覆い隠したバロールであり、その子供のような姿にクレイとサリムは眉をひそめる。
「ベル兄、ちょっと俺の思い描いてたイメージと違うんだけど」
「バロールは土の精霊魔術を得意としていますからそのせいでしょう」
「え、うーん……そうなの? でも見栄えが……」
「そんなことより先ほど決めた手筈通りに行動を。先行しているラファエラに加え、エンツォ様も行動を開始しております」
「う、うん」
厳しい顔をしたベルトラムが行動を促すと、クレイたちは馬に乗ってウィッチエント村に向かった。
ウォースター村にいた盗賊たちがバロールの手の者であれば、すでにクレイたちがジョゼの救出に来ていることはバロールの耳に入っているはずである。
従ってクレイたちは天狗の隠れ蓑を持っているラファエラに先行させ、また人であるために超常的存在には見つかりにくいエンツォを別行動とし、ジョゼの安全を確保してからバロールとの戦いに挑むことにしていた。
「でも真正面から乗り込んで、ジョゼを返してくださいって言えば返してくれそうじゃなーい?」
「んなわけ無いだろ。俺は直接バロールに会ったことは無いけど、話を聞く限りじゃあ返してほしくば儂を倒してからにせいとか言うに決まってる」
「クレイ様、ガビー侍祭、もうすぐウィッチエント村に入りますから周囲の警戒を怠らないようにしましょう」
「わかったよサリム。ティナ、俺から離れないようにな」
「は、はい」
ウィッチエント村の門には、門番と見られる二人の大柄な男が両脇に控えており、右手の男が馬、左手の男は牛の頭をかぶった姿で、馬頭の男は金属のトゲが生えた長大なメイス、牛の男は先端にかぎ爪がついた巨大な片刃の斧を持っていた。
「何者だ貴様ら」
「聖テイレシア王国から来たクレイだ。王女ジョゼフィーヌ殿下を取り戻しに来た」
「ほう……まさかこのような子供がな」
クレイの名乗りを聞き、含み笑いをする牛頭馬頭の男たち。
「バロールはいるのか? いないのか?」
「こっちだ。まだ若い身そらで気の毒にな……ククク」
馬頭の男に門番を任せ、牛頭の男が案内をかって出る。
その背中にクレイは思いっきり舌を出し、黙ってついていった。
(ん? 何だあれ……白い幕みたいな物が張り巡らされてる?)
しばらく歩くと、白い布が周囲に張り巡らされている、村の広場と見られる場所につき、牛頭はその内側へと入って行く。
「ここだ」
どうやらここが目的地のようだが、そこにはバロールどころか誰もいなかった。
「誰もいないぞ……? まさか騙したのか!?」
クレイは牛頭の男に詰め寄るが、男は余裕の笑みを浮かべたままだった。
「いいや、バロール様はそこにいらっしゃる……ククク」
「なんだって……うわっ!?」
いきなり地面が揺れる。
「グハハハハハハ! 待っておったぞベルトラム! ガビー! ついでにちびっ子!」
慌てるクレイの目に映ったのは、いきなり地面の中から姿を現したバロールだった。
「どういうつもりですかバロール」
「ここまで来て質問とは片腹痛い。既に議論の時は過ぎ、今は戦いの時じゃい」
現れたバロールは巨大な体を黒い甲冑で包んでおり、顔の右半分は長い髪で覆われ、その下は苔むしているように見える。
それへ鋭い眼光を向けるベルトラムと、向けられたバロールの周囲は、もうもうと立ち昇る土煙で覆われていた。
(最初に見た時は信じられなかったけど、まさか本当にこんな子供じみた無駄な演出で姿を現すとは思わなかったな。しかしこの土煙、民家の方には全然行かないなぁ……あれ、ひょっとしてそのための幕なのか?)
しかし不思議なことに土煙が立ち昇るのは陣幕の内側のみであり、土埃が白い幕を乗り越えて広がることは無い。
クレイは何となく感心しつつ、放っておけば戦いを始めそうな二人を止めようと声をかける。
「待った! 魔眼の王バロールよ、俺の名前はクレイ! 聖テイレシア王国の特使であり、今度の天魔大戦で新しく天使となったものだ! 王が我が国の王女ジョゼフィーヌを誘拐したと聞いたのだが、その真意を問いたい!」
「何じゃい。テイレシアじゃあ高祖父が玄孫に会うのにいちいち断りを入れなければいかんのかい」
「いらないね」
「それじゃあ始めようかいのうベルトラム」
しかしクレイはバロールがルーの祖父であることを思い出し、その返答にすんなり納得してしまっていた。
「いやいやいや! ちょっと待って俺は誘拐されたって聞いてるよ!?」
だが誘拐されたのだと聞かされたことを直後に思い出したクレイは、慌てて巨大なバロールの顔を見上げ、戦いを止めようと叫びをあげた。
(ラファエラ司祭、エンツォさん、早くジョゼを助けて!)
ジョゼを助けた合図である光球はいつまで経っても打ち上げられず、クレイは途方に暮れて助けを求めるようにベルトラムを見る。
「バロール、ジョゼフィーヌ様はどちらにいらっしゃるのですか」
するとそれを察したのか、ベルトラムはクレイを見ないままにバロールを見上げた。
「グッフフ、やはりジョゼの奪還が目的かい」
「いや手紙にジョゼを助けに来るべしって書いてたよね?」
クレイの疑問にバロールは答えなかった。
「どうやらそちらの手駒がちょろちょろとしておるようじゃが、儂がそれを予想しないとでも思っておったんかいのう。ジョゼの身柄はすでに儂の可愛い子分どもがここからチェレスタへ移送した後じゃい」
「そうですか。では早く貴方を倒して助けに上がらなければいけませんね」
「簡単に言いおるわい。じゃが魔眼が戻った完全な状態の儂に、そう簡単に勝てると思っとるんかいのう。まあいい、ベルトラムでも、そっちのガビーでもいいから好きな時にかかってこんかい」
「今度はあたしも本気を出してあげるわよバロール」
「おうそうかい、それじゃあ……」
ご機嫌な様子でガビーの方を向くバロール。
「それでは行きますよバロール」
その言葉を途中で遮ったのは、ベルトラムの冷徹な一言だった。
「ちょ待ちなさいよベルトラムあんたここで……」
ガビーの目の前でベルトラムが右手を軽く振る。
そこに現れたのは緋色に鈍く光る一本の細い槍だった。
「あたし結界! ラファエラ障壁! 本気でやるわよ!」
ガビーが叫ぶと同時に周囲の空気が変わる。
「アラドヴァル」
その変化に、ベルトラムが呟いた一つの言葉が新たな変化を加え。
「え……ぐッ!?」
クレイは目の前が真っ赤に染まるのを確認すると同時に、全身を襲った巨大な力に押しつぶされそうになっていた。




