第52話 ベル兄のお祈り!
「うわあああああ!? 白い悪魔だああああああああ!」
「ひいいい……お助けえええええぇぇ……」
「もうダメだぁ……おしまいだぁ……」
二日後。
クレイたちはウィッチエント村へ向かう途中にある村、ウォースターへと到着し、そこにたむろしていた盗賊を懲らしめていた。
「誰が悪魔だ! 俺は天使であとテイレシアの特使! お前らあまり人を傷つけるようなことを言うとただじゃ済まさないぞ!」
「ひいい!?」
「い、命だけは……お助けを……」
しかし捕えた盗賊たちは異様なまでに恐怖に怯え、少年であるクレイの顔を見ることすらかなわないようであった。
大の大人が平伏し、地面に頭をこすりつける姿を見たクレイはさすがに気の毒になったのか、傍らにいるサリムに気まずそうに声をかける。
「どうしたんだろコイツら」
「天使であるクレイ様に怯えているのでは?」
「確かにまぁ天使だけどさ……だからってこんなに怯えるのはおかしくない?」
「……そうかもしれませんね」
サリムはクレイ以上に気まずそうな口調でそう答えると、その場をそそくさと速足で離れていく。
「何だよアイツ。おいフィーナ、今日はいつもの創作活動をしなくていいのか?」
「今日はちょっと正義の右腕が疼かないのよ。それじゃあねクレイ」
「フィーナまで……ティナやディルドレッドさんに至っては姿すら見えないし……あ、エンツォさーん。じつはかくかくしかじか……」
しばらく後。
(どう言うことだよメタ!)
(……どう言うこととはどう言うことかね。と言うかメタとはなんだ)
(いちいちメタトロンって呼ぶのは長くて時間の無駄だからメタだ! それよりローレ・ライを出発してすぐに会った盗賊たちを、俺がキレて頭が真っ白になってる最中に馬で引きずりまわしの刑で殺したって本当か!?)
エンツォから事の仔細を聞いたクレイは、内面世界でメタトロンを問い詰めていた。
(何を物騒なことを言っている。それにちょっと脅しただけで殺してはいないぞ)
(ちょっと引きずり回したのは本当なんだな?)
(うむ、表現によってはそうなるかもしれんな)
メタトロンはまるで悪びれずに答え、それを聞いたクレイはガクンと肩を落とす。
(お前な……ここはヘプルクロシアなんだから勝手に処罰するのはマズいだろ。基本的に俺たちはよそ者だから、例え現行犯でもその国の役人に引き渡して裁いてもらわないと、ヘプルクロシアの面目が丸つぶれじゃないか)
(仕方あるまい。むしろ我がああしたからこそ盗賊たちは大怪我で済んだのだ。もしあのまま君を放置していたら、盗賊たちは大量の撲殺死体と成り果てていただろう)
(え?)
メタトロンが口にした情報に対するクレイの反応は、顔にありありと疑問符を浮かべるものであり、首をかしげるものだった。
それを呑気な態度とでも思ったのか、メタトロンは深々と溜息をついてその時の詳細をクレイに説明し始めた。
(と言うわけだ。拳で闘う術……ボクシングと言ったか。まだ魔族相手には通用しない、つまり今は人間相手に限定された力だろうが、君の拳はすでに二本の剣と言っても過言ではないほどに研ぎ澄まされている。いみじくもアポローンが言っていた通りだ)
(……俺がローレ・ライの盗賊たちを殴って殺しかけたってこと?)
(たんに殴るぶんには問題なかろう。ただし人相手に振るう力は配慮するべきだ)
(わかった)
素直に頷くクレイ。
(後メタは止めたまえ。礼を失している上に品が無い)
(わからない)
(君と言う奴は……)
即座に否定したクレイへ、しばらく怒りを溜めこんだメタトロンがおもむろに口を開こうとした瞬間。
「何ですって!? それは本当ですかマダム!」
一軒の家からベルトラムの叫びがあがったのだった。
「どうしたのベル兄!」
「どうしたのよベルトラム!」
常に冷静沈着と共にある男ベルトラム。
そのベルトラムが声を荒げたと言うことは、それ自体がただならぬ問題が発生したことを表す物だった。
普通の家より大きめの、近寄るとやや刺激的な芳香が漂う木造りの建物に飛び込むクレイとガビー。
果たして彼らが見たのは、膝をついて地面に置かれているツボの中を覗き込むベルトラムの姿だった。
「それで……バロールの命を受けてこのツボの中身を持ち去ったのが、先ほど逃げ出した盗賊だと?」
「は、はい……」
何とかして怒りを押し殺し、事の次第を確かめようとするベルトラム。
しかしその傍らで所在なさげに立ちすくんでいた中年女性が、自分が発した問いに頷くのを見たベルトラムは顔を歪め、無念のほぞを噛んだ。
「えっと……」
肩を落とすベルトラムにどうやって声をかけようか悩むクレイ。
(あ、ヤバいわよこれ)
(マジで? あのツボの中身ってそんなにヤバい物が入ってたのか?)
そこにガビーがこそこそとクレイへ耳打ちを始め、その内容を聞いたクレイは冷や汗を流しながら答える。
(えっとね、あたしたち十年くらい前にもこのウォースターに来て、その時に一つのソースを教えてもらったんだけど、そのソースをベルトラムがすごく気に入ったのよ。それからあいつ毎年のようにここへソースの仕込みに来るようになって……)
(お前その時期は転生してたはずなのによく知ってるな)
(情報収集が必要な時期があったのよバカ。それでさっきの話の続きだけど、その自分で作ったソースを使って色んな料理をアルバに食べさせてたみたい。料理は人を幸せにするもの……それが今のベルトラムの考えだから)
(なるほどね)
納得したクレイが頷くと、まだ話は終わっていないとばかりにガビーが口を開く。
(つまりあのツボがベルトラムがソースの仕込みに使ってたやつってわけ。これは間違いなく荒れるわよー)
(いやジョゼが誘拐された時点で大荒れだからな? その上にこれとか、なんでバロールも火に油を注ぐような真似をするんだかなあ)
(ベルトラムに本気を出させるためなら何だってするって言いそう。バカだし)
額を寄せ合い話し合う二人。
「クレイ様」
「は、はいっ!」「あたし何も悪いことしてないわよ!?」
そこにいきなり声をかけられた二人は、文字通り飛び上がるほどに驚いていた。
「……どうなされたのですか? ガビーは後で少し話をしましょう」
どうやらクレイとガビーが話し込んでいる間に、ベルトラムはあれやこれやと動いていたようである。
「それでは若様、シュルツ谷へ向かいますかの! そこを抜ければウィッチエントは目と鼻の先ですわい!」
「え? もう出発するの? 今日はここで一泊する予定だったんじゃ」
建物の外には既に新しい馬が数頭用意されており、サリムやフィーナ、姿を消していたディルドレッドやティナも騎乗していた。
「その予定だったのですが、この様子では一刻も早くウィッチエントに向かわねば、バロールがこの先どんな悪戯をするか分かったものではありません。早く滅さねば」
「ベル兄なんか怖い……じゃなくて、もうそろそろ夕方だし谷を抜けるのはちょっと危なくないかな」
「書状にはウィッチエント村にて待つ、とありました。ならば奴はそこから動かないでしょう。奴の望みは我々と戦って勝つことであり、我々を倒すことが目的ではありませんから。野営にはなるでしょうが、私とガビーが不寝番をするので大丈夫です」
「そっか」
途端にガビーがベルトラムや他の随員たちへ抗議を始めるが、それは一向に聞き入れられることはなく、一行は村の北にあるシュルツ谷へと馬を進めていった。
日も沈み、辺りが暗闇に包まれたころ。
「星が綺麗だね」
「おやクレイ様。もうお休みにならなければいけない時間では?」
「えー、ここはテイレシアじゃないし、アリア義母様の目も無いんだからちょっとくらい見逃してよベル兄」
野営を決めた場所から少し離れた場所に、クレイとベルトラムの姿はあった。
「またお祈り? ベル兄ってよく夜にお祈りしてるけど、もしかして毎日やってるの?」
「昔、一つの罪を犯しまして。その罪が真に許される時まで、こうやって祈りを捧げようと決めたのでございます」
「ふーん……」
クレイはじっとベルトラムの顔を見つめる。
いや、正確には何か口にしたいことがあるのを、必死で我慢しているように見えた。
「早くその罪って奴が許されるといいね。じゃあ俺そろそろ寝るよ」
「お休みなさいませクレイ様」
「お休みベル兄」
だがクレイは差し障りのない就寝のあいさつをすると、くるりと振り返って皆が横になっているたき火の元へ向かう。
ベルトラムはその背中に頭を下げ、そしてクレイが横になるまで下げ続けた。
「私の身など、どうなろうとも。ただ許されるべき者たちが許されるまで、私は祈り続けるのみでございます」
そして頭を上げたベルトラムは、東の空を厳しい目で睨み付けたのだった。




