第5話 罠はやっぱりあったんだ!
二日後の早朝。
「さぁ行きますよクレイ!」
「うわわわわっ!? お、おはようございますラファエラ司祭!」
クレイは日も昇りきらないうちからテントに突入してきた、ラファエラに叩き起こされていた。
しかも慌てて目を覚まし、飛び起きた彼に追い討ちをかけるように、無人となったはずの簡易寝台から眠そうな声が発せられる。
「も~……こんな暗いうちから何なのですラファエラ司祭……体が資本の討伐隊にとって、睡眠や休養は大事な仕事の一つなのですよ……」
「まだクレイと一緒に寝てるんですかロザリー。そろそろ別々に寝ないと、夜クレイに襲われても知りませんよ」
「可愛いから一緒に寝てもいいのですえっへん」
呆れた口調で忠告をするラファエラに、ロザリーは母や叔母に似た形のいい胸を張り、それを見たラファエラは少々嫉妬の入った視線と共に小言を口にする。
「貴女ももう結婚していてもいい年なのですから、クレイばかりに構うのはおよしなさい。アネモーネも心配していましたよ」
「エレーヌ姉様はいいのです?」
「エレーヌ様が結婚していないからと言って、貴女が結婚しなくていい理由にはなりませんからね?」
口を尖らせるロザリー。
そこに着替え終わったクレイが横から口を挟む。
「大丈夫だって。ロザリー姉は可愛いんだからすぐに結婚できるよ。だから今晩から可愛いロザリー姉は一人で寝てくれよな」
「……天使になったからか、いっぱしに生意気なことを言えるようになったですねクレイ」
「お前だってクレイの年齢の時には生意気なことばっかり言ってただろ。さっさとメシにして出発しようぜロザリー」
「むむむ」
今度はテントの入り口に迎えに来たリュファスにやり込められたロザリーは、渋々簡易寝台から体を起こして着替え始める。
まだ外が暗いことに加え、テントの中は簡素なカンテラの灯りしかないこともあって、小麦色をした彼女の顔は良く見えない。
「無自覚に女性の気を引いてしまうところは父親そっくりですね。きちんと顔を洗ってから来るのですよロザリー」
しかしラファエラには何かが見えているのか、そうロザリーに言い残すとテントの外に一人で姿を消したのだった。
その三時間後。
「この雑木林か? クレイ」
「じゃないかな?」
「そのはずです。では貴方たちはちょっと下がっていてください。入り口を隠している幻術を解除しますから」
街道のすぐ近くにある雑木林についたクレイたちは、ただちに迷宮の入り口を探すべく雑木林の中に入って行こうとしたが、ラファエラにそれを止められ、後ろに下がるように言われてその指示に従う。
「……この街道は何度も通ったはずなのに、障壁がこんな近くの雑木林に張ってあったなんて今まで気づかなかったですよ」
そして数秒後、驚いた声でロザリーが告げた内容にクレイが後ろを振り向けば、雑木林の中に開けた小さい広場に木製の扉が一枚、ズドンと建っていた。
「雑ゥ!?」
「いや、後ろをよく見てみろクレイ」
いきなり失礼なことを叫ぶクレイ。
それに対し、さすがに小さい頃より討伐隊でいくつもの迷宮を渡り歩いてきたリュファスである。
突如として現れた迷宮の入り口にクレイが驚くしか出来なかったのに比べ、既にリュファスはこの時、冷静に周囲の観察を終えていた。
「……いや、どっちみち雑だよリュファス兄」
「確かに雑なのです。まぁ他の迷宮の入り口も崖に穴が開いてるだけとかが一般的ですが、それでももう少しカモフラージュはしてたですよ」
リュファスに言われてみた通り迷宮の入り口の後ろを見れば、そこには扉を支えるように木製の壁が作られており、それは地面の中へと続いていた。
雨よけも何もなく。
「苔が生えてる……と言うか腐ってるんじゃないのこれ……え」
少し触っただけで扉の枠が一部ぼろりと落ちたのを見たクレイは、慌てて誰も見ていないことを確認すると、幼少の頃に少しだけ習った法術で修復を行う。
(げ!?)
しかし一部の結合を元に戻すだけのつもりだった術の効果は扉全体に広がり、驚いたことにそれは扉に繋がっている通路へと拡がり、一瞬にして新品同様に戻してしまっていた。
「どうしたのですかクレイ」
「あ、いやー……扉の枠が壊れたので元の位置に戻してみたら、いきなり扉が新しくなっちゃったみたいで……」
「ああ、扉を開け閉めしたらリフレッシュされる仕組みになってるようですね。どこの誰がかけた魔術かは知りませんけど」
ラファエラはそう言うと、扉を感心したように撫でながら中に入っていく。
「なんだ、驚いて損しちゃったよ」
「何か言いましたか?」
「いえ何もー」
クレイは誤魔化すようにパタパタと手を振ると急いで扉をくぐり、先に中へ入って行った三人を追いかけていくのだった。
「おー、さすがに地下だけあって中は涼しいね」
通路の中はすぐに土の壁や天井となり、初夏を感じる外と違ってひんやりとしており、また少々の湿気を感じられるものだった。
だが周囲を支える丸太は腐る様子もなく――いや実際には先ほどまで腐っていたが、外の入り口と連動して自動的に修復されたのだろうか。
「床面だけは石段なんだね」
「今日は晴れてるからいいが、雨が降った日は滑りそうだな……本格的な調査の前に、滑り止めの溝を掘っておいた方がよさそうだ。重い荷物を持ってる時に転倒すると、下手したら命に関わるからな」
「また扉があるよリュファス兄。開けていい?」
「ちょっと待て。変な仕掛けが無いか調べる。迷宮の罠は命に別条がない程度の物で作られていると先代に聞いたような気がするかもしれないが、それが俺たちにも適用されるかどうかはまだ分からないからな」
「あ、うん……?」
不思議そうな顔をするクレイを横にリュファスは扉を調べ始め、すぐに問題がないと言って自分で扉を開けて少し広めの広場へ足を踏み入れると、ご満悦な顔をしつつクレイの方へ振り返る。
「誰も入っていない迷宮に第一歩を記すのは団長の特権と言うことにしよう。なんか誰の足跡も無い新雪の上を走り回る快感に似たものを感じるからな!」
「ずるい! それがいい大人のすることかよリュファス兄!」
……危険な迷宮の中に入ったばかりと言うのに、いがみあいを始める二人。
「でも、この迷宮を作った人たちがそこら中を歩き回った後なんじゃないです?」
しかしそこに一つの指摘がなされ、途端にクレイとリュファスはどんよりと落ち込み、不思議そうな顔をしたロザリーへ情けない声で苦情をのべる。
「ロザリー、お前は男心ってもんをまるで判ってないな……男の浪漫を台無しにするんじゃねーよ!」
「そうだよ! だから恋人ができないんだよ!」
「……あァ?」
しばらく後。
「なんで俺が殴られるんだよロザリー!」
「最近は児童虐待とか言って自警団が色々うるさいですよ! それに部下の不始末の責任を上司がとるのは当然のことなのです!」
「クレイ、男女の仲と言うものは非常に複雑なのです。時に戦争をも引き起こす怖いものなので、よく分かっていない内は……分かるようになっても軽々しく口にしてはいけませんよ」
「ハイ」
四人は迷宮に仕掛けられた数々の罠を退け、深部に入り込んでいた。
「それにしても迷宮って本当に物騒なんだねリュファス兄。罠が仕掛けてあるとは聞いてたけど、仲間割れまでさせる危険な物まであるとは思ってなかったよ俺。さっきリュファス兄が言ってた、命に別状はないって嘘なんじゃないの?」
「罠じゃなくてお前がその原因なんだが……しかし本当にできたばかりの迷宮なんだな。普通なら罠に加えて魔物がいたりするんだがおっと」
周囲を見回しながら歩いていたリュファスがいきなり頭をのけ反らせ、石造りの壁の隙間から回転しながら飛んできた薄い金属片から身をかわす。
「何ッ!?」
するとそれを合図とした様に周囲の壁から次々と金属片が発せられ、数え切れないほどのそれらがすべてリュファスへと襲い掛かって行った。