第46話 突撃、隣の幌馬車!
「そっちに行ったぞサリム!」
「わかりました!」
引き続きヘプルクロシアの街道。
「止まれ! 止まらないと身の安全は保障できないうわあああッ!?」
「サリム!? くそッなんてパワーだ! それとも魅了の術で骨抜きにされたか!?」
迫りくる何かを押しとどめようと手を広げていたサリムが倒れ、その向こうから薄紫色の人影が現れる。
そして倒れたサリムの上を華麗に飛びこえると、行く手に止まっている幌馬車のほうへ駆け込んでいき、それを見送ることしかできなかったクレイは悔しさに顔を歪めた。
「だめだ! もう間に合わ……フィーナ!?」
「ダメよディルドレッド、こっちはお取込み中」
しかし人影を止められなかったクレイが絶望した時、幌馬車の影から涼し気な、いや寒気すら感じさせる酷薄な笑みを浮かべたフィーナが現れ、一本の槍を振りかざすと滑らかに振り下ろす。
「ギエエエエエ!?」
次の瞬間、暴れ馬めいた女性ディルドレッドは、額にフィーナの槍の一撃を受けて成すすべなく街道に伏していた。
しばらく後。
「あのー、クレイ様」
「なんでしょうかディルドレッドさん」
「何で私、腰に縄をゆわえられてるんでしょう」
「常識を知っていて当たり前のいい年齢をした大人が、世間を知らない年端も行かぬ子供にそんな分かり切ったことを聞くのはいけないと思います」
「いい年って……私まだ二十歳なんですけど……」
クレイはディルドレッドの腰にくくり付けた縄を持ち、街道を歩いていた。
「あ、ひょっとすると眼のあざを治すのをちょっと忘れてたからとか?」
「全然違います。ディルドレッドさんが隊商を見つけるたびに突撃するからです」
「誤解です! 私ちょっと商品を見せてもらいたかっただけで……」
「武器を携帯した不審者がいきなり一般人に向かって突撃する姿は、誤解で済ませられる範囲を超えてますね。それと魅了の黒子は何かと面倒なので封印しておいて下さい」
「うー……」
腰に下げた二本の剣、モラルタとベガルタを見て不満げに口を尖らせるディルドレッドに対し、クレイはこれ以上の我儘には付き合っていられない、とばかりにツンとそっぽを向く。
その少し後ろでは。
「え、えっと……これが先ほどの成果なんですかフィーナ様?」
「そうよー! 見て見てティナちゃん! この胸にそっと這わせてる中指とかグっと来るでしょ! 砂漠を超えて旅するキャラバンって聞いた瞬間にビビッと来たのよね!」
妙に距離が近い二人の男性が描かれた一枚のプレートを、目をギラつかせて食い入るように見つめるフィーナと、助けを求めて目をキョロつかせるティナ。
「エンツォ様……私は今ほど自分の無力を感じたことはありません……」
「うんむ、だがそれほど気にすることはないぞサリム。ディルドレッド嬢の魅了の黒子にお前が抵抗するにはまだ未熟」
「はい」
更にその十歩ほど後ろには肩を落として意気消沈したサリムと、肩をグルリと回して次なる有事に備えるエンツォがいた。
エンツォの慰めの言葉にサリムは納得できない表情で、それでも素直に頷く。
「今は雌伏の時じゃサリム。今ワシらが下手に動けば、フィーナ嬢の題材にされることは必定。形成が不利な時に敢えて動く必要はないからのう」
「わかりました」
そしてクレイ一行がようやく王都ベイキングダムへの旅を再開しようとした時。
「あ、なんか赤いのがヒラヒラして誘ってる感じですー」
既にディルドレッドは次なるターゲットをロックオンしていた。
「ふおおおおおっ! ラッセルラッセル!」
「グワアアアアアッ!?」
新しい隊商を発見するやいなや、何台もいる幌馬車の一台目がけて猪突猛進するディルドレッド。
虚空より顕現させた二本の槍、ゲイ・ジャルグとゲイ・ボーをスキー競技の選手のように巧みに操るディルドレッドは、腰に着けられた縄を物ともせずクレイごと突き進んでいく。
「ディルドレッドさんちょっまっ……」
「もうすぐ目的地です! それまで我慢してください!」
「我慢してたら手遅れになるだろいい加減にしろ!」
「お洋服! お洋服! ヒラヒラしててふわふわしてて、鎧とは全然違う手触り肌触りのお洋服が私を待っています!」
クレイがいくら声を張り上げても一向に止まる気配のないディルドレッド。
さすがに堪忍袋の緒が切れたクレイが全身に力をみなぎらせ、張り倒してでもディルドレッドの暴挙を止めようと決断した直後。
「レディに対して手荒な真似は、ちと気が引けますがの。フンッ!」
「ギエエエエエ!?」
弓のように引き絞られたエンツォの右中指がディルドレッドの額へ伸び、一撃で昏倒させたのだった。
しばらく後。
先ほど惨事が起きた場所から数キロメートルほど離れた街道。
「あのー、クレイ様」
「なんか用?」
「なんで私、足に鉄球をつけられてるんでしょうか……」
そこでは一人の女性が、拳程度の大きさの鉄球をゴリゴリと引きずっていた。
その引きずっている女性、ディルドレッドのややガッチリした肩幅の上から発された質問を聞いたクレイは、爽やかな笑顔を浮かべつつもその表情にはとても似合わないほど寒気がする声で答える。
「さっきの盗賊団からぶんどった……接収した物の中に、速度に反応してどんどん重さが増していく珍しい鉄球があったから試してるんだよディルドレッドさん」
「なぜそれを私で?」
「気絶するまでフィーナからぶん殴られるのとどっちがいい?」
「フィーナ様の手を煩わせるまでもありません。この身を犠牲にすることで主君フィーナ様の役に立つのなら騎士の本懐やりましょう」
「ありがと。鉄球が見えないように幻術はかけるから頑張ってね」
「はい!」
さすがに観念したのだろうか。
それからはさほどの問題も起こることなく、王都ベイキングダムへの旅は粛々と進んでいき、二人の仲も世間話をする程度には回復していた。
「でもディルドレッドさん、なんであそこまで服に目が無いの? 俺にはちょっと理解できないなぁ……剣や槍の方がよっぽどいいよ」
「えーとすいませんちょっとガッチリしてますけど私これでも女なんですけど?」
「ごめん、俺の周りにいる女性はそこまで服に興味がある女性はいないんだよ。他の人をどんどん着替えさせることに悦びを覚える人はいるみたいだけど」
自分の失言に気付いたクレイは、キャッキャウフフと喜びながらセイの服を着替えさせるクレメンスやジョゼの顔を思い出しつつ、素直にディルドレッドに謝罪する。
それでも相応に傷ついたのだろうか、ディルドレッドはしばらく無言で歩いた後、自分の腰にくくりつけられた荒縄をじっと見つめた後にようやく口を開いた。
「私の浪費癖は、小さい頃から厳しい修行を続けてきた反動」
「うん。そうブルックリンさんから聞いたよ」
「でも実際にはちょっと違います。小さい頃からずっとずっと、世の女性がするようなお洒落に興味はありました。庭園に咲き乱れる数々の花を愛でたり、色とりどりの糸を使って刺繍をしたりなど」
「あ、そうなんだね……実家はそれほど裕福じゃないけど貴族なんだっけ?」
クレイはディルドレッドの身の上を思い、少し同情する。
「はい。しかし前回の天魔大戦の時に父が満足に動けなくなるような深手を負ったため、私は世の令嬢のような贅沢な趣味を持つことは許されず、早く一人で生計を立てられるようにと厳しく育てられたのです」
「うん」
「そしてそれらのお洒落の中でも一番やりたかったことが、お洋服を次々と気の向くままにとっかえひっかえすることでした。ああ……フィーナ様に仕えるようになってから今までに、何十着のお洋服が私の体の上を通り過ぎていったことでしょう……」
「言い方ァ!」
だがそれはあまり意味のない同情だったようであった。
祈りを捧げるように胸の前で手を組み、うっとりとした目で空に意識を飛ばすディルドレッドからクレイは目を逸らし、喉まで出かけていた慰めの言葉を飲み込んだ。
「まぁ私が服に眼が無いのはそんな理由からなのです。でも以前よりは服に対する執着心は薄れてきましたし、それに騎士としてブルックリン家に仕官した以上、人並みに結婚して子供を作り、幸せな家庭を築くと言った女性としての幸せはもう望めないでしょうから、そろそろ自制心を鍛えないといけませんね」
だが急に真面目な顔になったディルドレッドの告白を聞いたクレイは、思わず先ほど飲み込んだ慰めの言葉を口の中に戻して口外してしまいそうになる。
「そんなことは……」
「大丈夫です。私の夢はフィーナ様が代わって叶えてくれますよ、きっと。だからクレイ様は服を目にした私を繋ぎとめることに集中してください」
「それもう諦めてるよね。さっきの決意の意味無くなっちゃってるよね」
「き、きちんと自制できるまでの間、手伝ってもらいたいと言うだけですから!」
クレイのジト目を見て、明らかに動揺するディルドレッド。
「わかったよ。とりあえず王都についたみたいだし、入城の手続きをしようかディルドレッドさん」
そしてその動揺も冷めやらぬ中、クレイたちは湖のほとりに堂々とそびえ立つ王城、ベイキングダムの城門へと近づいていったのだった。




