第45話 特使なので!
蓑と説明された外套のような形のモノを着た途端、リュファスとロザリーの目の前から消えたラファエラ。
しかしそれからさほど時間をおかず、ラファエラがいた場所から声が発せられ、二人は安どのため息をついた。
「やはり……これは極東の魔物である天狗が作った隠れ蓑ですね。回数制限はありますが、着たものの姿を隠す妖術具でとても貴重な物ですよ」
「東方の? なんでそんな物がテイレシアの迷宮に?」
虚空から聞こえてきた説明に、わけがわからないと言うように目をパチパチと開け閉めするロザリー。
それに対し、リュファスの反応はなかなかに激しいものだった。
「いやいやいや、そんなことよりもラファエラ司祭! 回数制限があって、尚且つ貴重なものと知ってたなら何で今使ったんだよ!」
「使わないと効果がわからないでしょう。それにリュファス、貴方なにか良からぬことを考えている目をしてますよ」
「う」
「ちょっとエレーヌ姉さまを呼んできて手荒く扱ってもらう必要があるですね……」
鼻息を荒くしたリュファスを、二人の女性は冷たい視線で見つめる。
「それに貴重とは言っても、術そのものを視認できる魔物には通用しませんし、視認できない人間に対しての使用は、真っ先に思いつくのが犯罪――例えば女性の裸を覗くと言ったような――ですからね。それらの要素と先ほどのリュファスの顔を加味して考えるに、この隠れ蓑は私が没収するのが一番ですね」
続けてラファエラが突き放すような口調で隠れ蓑の没収を告げるが、さすがにそれはリュファスも納得できないようで、彼は色めき立って声を上げる。
「そりゃないぜラファエラ司祭! 俺たちだってそいつを取って来るのにそれなりの苦労をしてるんだ! なにか対価をいただかないと隊の皆が納得してくれねえよ!」
「今回の鑑定代は無料。それでいいですねリュファス」
「え、マジかよ? そりゃそうしてもらえれば助かるが……」
しかしラファエラが一つの条件を出した途端にリュファスは黙り込み、そしてすぐにロザリーが気づかうように質問をする。
「でも、今回の鑑定代ってかなりの金額になるんじゃないのです?」
「そんなことを気にする必要はありませんよ。万が一これを使用した犯罪が発生すれば、余計な疑心暗鬼が貴方たち討伐隊と民衆の間に生まれます。子供たちに教育が施され、新しい価値観が生まれつつある今、それは好ましくありません」
「なのですか」
寂し気に呟くラファエラにロザリーは素直に頷き、一つの質問をする。
「ちなみにダリウス司祭は、その隠れ蓑の術を見破れるですか?」
「このままでは無理でしょうが、私が改良すれば……」
「ほーん、改良すれば?」
ロザリーの指摘に、ラファエラは口を開けたままほんの少しだけ固まる。
「いえもちろんそんなことはしませんが、えーと、仮に、仮にですよ! 仮にちょっといじったら、見つからなくなる可能性が少し増えることがあるかもしれませんね?」
「しれませんね? って誰に確認をとってるですか……」
どうやらラファエラがこの隠れ蓑を改造すると、それなりの力を持つ者でも誤魔化せる性能になるようである。
しどろもどろになって答えるラファエラを、冷たい目で見つめていたロザリーは、急に瞳を真剣なまなざしへと変え、一つ息をついた後に口を開く。
「……ヘルメースにもお手伝いしてもらうように頼んだ方がいいですか? 昔、ハーデースおじさまの隠れ兜を使ったことがあるそうだから、きっと役に立つと思うです」
「お、おいロザリー?」
「ラファエラ司祭をこのまま放っておくと、その内にとんでもないことをしでかすような気がしてならないですよ。ここはクレイに会ってもらって、元気を取り戻してもらうのが一番なのです」
しんみりとした口調でリュファスを説得するロザリー。
「ありがとう、ロザリー……」
思わぬ協力者を得たラファエラはロザリーの手を取り、頭を深く下げるのだった。
「じゃあヘルメースへの協力の件、お願いしますねロザリー」
「任せてほしいのです」
輝く笑顔のラファエラが大きく手を振り、飛行術でフォルセールへと戻って行く。
それを見送ったリュファスとロザリーの二人は、ラファエラの姿が見えなくなるとテントの中に入り、ヘルメースへ連絡をとるべく一本の棒を取り出していた。
「しかし勝手に約束して良かったのか? それにダリウス司祭に俺たちが協力したってバレたらただじゃ済まないぞ?」
返事は無い。
「おい、聞いてるのかロザリー」
「ぐっふっふ……」
「えーと? ロザリーさん? ワタクシの質問は聞いていただけましたでしょうか?」
重ねて問いただすも、戻ってきたのは怪しい含み笑いのみ。
双子の妹であるロザリーに底知れない恐怖を感じてしまったリュファスは、思わず敬語を使ってしまう。
「大丈夫なのですよ。改良したらダリウス司祭にも見えなくなるらしいし、それにヘルメースに改良の手伝いをさせて隠れ蓑の製造ノウハウを盗み出させれば……」
「お、おおそうだな……」
いつの間にか逞しく育っていたロザリーに、リュファスはドン引きする。
その後ラファエラの脱走は成功し。
「まったく余計な入れ知恵をしてくれた。私があらかじめセファールに法術での治療の協力を頼んで居なければ、フォルセール教会は混乱に陥っていたぞ。そもそもクレイの所に行きたければ、行くための準備を整えるのが先ではないか。それをエルザのように後先考えずに逃げ出すことばかり考えているから私の許可が下りないのだと……」
協力者のリュファスとロザリーはダリウスにとんでもなく怒られたため、討伐隊の活動はしばらく停止することとなる。
そしてラファエラが脱走に成功した頃、クレイたちと言えば。
「くっ! 殺せ! このような辱めを受けてはこのディルドレッド生きてはおれぬ!」
「そんな大げさな! お目当ての服の値段にちょっとお財布の中身が足りないくらいで死んでどうするんですか! クレイ様も目を背けてないで何とか言って下さい!」
「好きにさせていいよサリム……俺もう疲れちゃった」
「後始末が面倒なんで嫌です。終油をするために教会に持って行かなくちゃいけないんですよ? 葬儀代だってかかるし埋葬の手間はかかるし……」
「自由が利かなくなった私の体をどうするつもりだ! この悪漢どもめ!」
「もしそうなったら、フィーナがアスタロトお姉様にお願いして、自由に動き回る死体にしてもらうから大丈夫よ? ディルドレッド」
「そんな……! でもフィーナ様がそうお望みならこのディルドレッド、リビングデッドになることもやぶさかでは……」
のっぴきならぬ叫びが飛び交うここは、港町ローレ・ライから王都ベイキングダムへ通じる見晴らしのいい街道。
自治の街である港町ローレ・ライを取り仕切る評定衆の筆頭、ブルックリンの屋敷を旅立ったクレイたちは、旅の途中で知り合った隊商の商品を見せてもらっていた。
その途中で気に入ったものでもあったのか、ディルドレッドが商人に服の値段を聞いた直後、先ほどの騒ぎが起きたのである。
「わかりました、じゃあ私がちょっとお金を貸してあげます」
「ふふん、その程度でこの私が落ちるとでも……んんっ! えっと……本当に借りてもいいんですか?」
(初夏っていいな。寒くもなく、暑くもなく、爽やかな風が……)
事態を収拾するためだろうか、背後で始まった怪しげな取引から目を逸らすように、クレイは流れゆく雲を見つめる。
「ええ、じゃあこの証文にサインを」
「ひ、卑怯なッ! 最初から私の身体を証文で縛るつもりだったのだな!」
「最初から踏み倒すつもり満々じゃないですか! それが騎士のやる事……」
「二人ともちょっと黙って」
「はい」「ハイ」
しかしとうとう堪忍袋の緒が切れたのか、クレイは固く握りしめた拳を硬い表情の前に置き、反論を許さぬ硬い口調で注意をする。
「俺テイレシアの特使でもあるから。あまりみっともない評判をヘプルクロシアに残したくないから。わかったかなディルドレッドさん」
「ハイ」
「それからサリム、ブルックリンさんから聞いた話だと、この旅はディルドレッドさんの浪費癖を治すためのものでもあるらしいから、ディルドレッドさんの見た目が綺麗だからと言ってあまり甘やかさないでくれよ」
「はい」
「鼻の下が伸びてる」
「んぶ……」
慌てて鼻と口を両手で防ぐサリムを見て、クレイは苦笑をする。
「一応、この服は俺の方で買っておくよ。これがディルドレッドさんの手に渡るかどうかは、これからの旅次第だからね」
そしてクレイは指を咥えたディルドレッドに微笑むと、馬車の荷台の上で空を眺めているフィーナの元へ向かった。
「また何か描いてるのか? フィーナ」
「あら少年……じゃなかったクレイ。どうしたのかしら? ひょっとすると、私と芸術について話し合いたいのかしら?」
「残念だけど、フィーナと芸術について話し合えるほど、俺はまだ心が豊かじゃないみたいだ」
(とことん話し合う必要はあると思うけどな)
美少女から美女へと変化しつつある、目の前の女性の価値を見定めるようにクレイはその横顔を見つめ、溜息をつく。
すらりと伸びた金髪に白い肌、儚さを感じさせるグレーの瞳。
だがその瞳が見つめているのは。
(まぁゼウスのおっちゃんたちも手あたり次第なところはあるし、フィーナだけを咎めるわけにはいかないな。それに男性に興味がないわけじゃないみたいだし、無理に同性から異性への恋愛にシフトさせようとしたら、俺がフィーナに恋愛感情を持っているとか思われそうだからな……それだけは絶対にイヤだ)
クレイはフィーナが興味を持っているゲ……芸術のことを思い、再び溜息をつく。
そしてブルックリンにくれぐれもよろしく頼まれたフィーナを何とかするべく、その心情を確かめようと勇気を振り絞って話しかけた。
「フィーナ」
「ん?」
「ちょっと気になってたんだけど、お前なんで正義に拘ってるんだ? 商人には正義と道義は無縁のように思えるんだけど」
軽い気持ちで質問するクレイ。
しかしその返答は、思ったよりヘヴィなものだった。
「可愛いは正義」
「は?」
「だから私は正義」
「意味が分からない」
「だーかーらー、私って可愛いでしょ? だから私のやる事はすべて正義になるのよ。アスタロトお姉様がそう言ってたから間違いないわ」
「お前……」
クレイの頭の中に押し寄せるツッコミの数々。
これら大量の要素が招く混乱、ストレスに耐えきれなくなった時に人は暴力を振るうのだろうか。
「とりあえずお前は魔族のいう正義が何なのか少し考えた方がいいぞ」
「嫌よ、お父さまもお母さまもフィーナは可愛いから正しいって言ってたし」
「……」
クレイは天を仰ぐ。
(頑張れ俺。俺は頑張ってる……俺はよく頑張った。もう我慢しなくてもいいよな)
その直後。
「た、大変だ! 野盗がこっちに向かってるみたいだ!」
「何だって!? くそ、ここら辺に出没してた盗賊団はローレ・ライの私設騎士団に放逐されたんじゃなかったのか!?」
「数十人はいるぞ! 馬に乗ってる奴らもいるし逃げきれそうにない!」
クレイたちが一緒に旅をしている隊商は、どうやら野盗の一味に襲われそうになっていたようだった。
ようであると言うのは、クレイが気付いた時には、盗賊団は彼の周りで泣き叫びながら命乞いをしていたからである。
「……なんでサリムたちそんなに離れたところにいるの?」
「あ、いえその……」
「このディルドレッド、盗賊に対する慈悲深い裁きを下したクレイ様に心酔しますわ」
「さすがフォルセール領の跡取りのクレイ君! フィーナの正義が必要ないくらい見事な非道……いや鉄槌だったわよ!」
「ハッハハ! ベルナール団長に負けず劣らずの冷……静な裁き! このエンツォ感服いたしましたぞ若様!」
ヘプルクロシアに到着して間もなく、図らずもクレイはテイレシア特使の威光を示すことに成功した。




