第41話 悪夢のような結末!
「エンツォさん!」
突如として、いや幾多の苦労をした結果、必然的にここに辿り着いたであろうエンツォにクレイは駆け寄ろうとする。
しかし視線の先にある、白髪交じりの黒い短髪が横に振られるのを見て、クレイはただちに何かを了解し、立ち止まっていた。
[驚いたぜ、まさか魔術を斬っちまうような奴がこの世に居たとはな。テメエ一体何モン……]
エンツォの視線の先に舞っていた土煙が千々に吹き飛ばされ、その中から現れたのは青い髪、白い肌。
「もしかしてエンツォおじさま?」
「おお、久しいですなフィーナ嬢」
[……なぬ?]
しかし直前まで不敵な笑みを浮かべていたその旧神は、フィーナの一言で白い肌を髪と同じような青いものへと変化させていたのだった。
「さて」
エンツォは先ほどまでフィーナに向けていた愛想のいい笑顔を消し、熊を思わせる猛々しい笑顔へと変え、バアル=ゼブルへ重々しい一歩を踏み出す。
「青い髪、白い……ちと白すぎるような気もいたしまするが、そこもとの正体はバアル=ゼブルで間違いありませぬかな?」
[お、おう]
「それは僥倖」
エンツォの日に焼けた褐色の巨体、所々に走るは無数の古傷。
一歩を踏み出し、やや前傾姿勢になったエンツォが、いつカラドボルグを抜くのかとクレイは緊張しながら観察する。
(……え?)
しかしエンツォはその巨体に到底似合わぬ動き、前傾姿勢のまま足も動かさず、滑らか且つぬるりとした動きでバアル=ゼブルに迫っていく。
[なんだこりゃ!?]
エンツォ独特の歩法。
十メートルほど離れていたはずの両者の距離は、いつの間にかお互いの剣先が相手の体に届くほどまでに縮められていた。
「ふん!」
[気持ちわりぃなオイ!]
剣を振りかぶるエンツォを見たバアル=ゼブルは、それを隙と見たのかマイムールを体の横に持ち、剣道で言う抜き胴を行おうとする。
[大雑把すぎるな! 我流か!]
「然り」
しかしエンツォがカラドボルグが振り下ろすことは無かった。
[ぐぉッ!?]
「我流ゆえに、ちと行儀が悪いとはよく言われますのう」
エンツォは剣の間合いに入った後も前進を止めることなく、そのままバアル=ゼブルへと激しい踏み込みを行い、肩から体当たりをしたのだ。
初めて見るエンツォの本気の戦い。
(うーん凄い……そりゃ傷が絶えない訳だ)
クレイはその想定外の戦法に、心の中で唸りをあげた。
エンツォの体当たりによって、完全に崩れてしまった態勢のバアル=ゼブルに次々と迫るカラドボルグの刃。
それでも素早い動きでエンツォの攻撃を防ぎ、カラドボルグの刃が退く速度に合わせて間合いを詰め、逆にマイムールの一撃をエンツォに繰り出すバアル=ゼブルを見て、クレイは感嘆の声を上げた。
「マジメに戦ってる!?」
[なんだその言い草は! この俺はテメエの義父とは何回も名勝負や死闘を繰り広げて来た好敵手だぞ!]
右腕を狙った一撃が、皮一枚で避けられたのをみたバアル=ゼブルはエンツォの体術を警戒し、素早く牽制の一撃を放ちつつ離れる。
「然り! この恐るべき強敵を再び敬服する我が主君の前に、そしてトール家の跡取りたる敬愛する若様の前に立たせるわけにはまいりませぬな!」
それを見たエンツォは、渾身の力を以って胸の前に構えたカラドボルグを突き出し、間合いを取ったバアル=ゼブルへと放つ。
[やるじゃねえか! 間合いの読めねえ敵がこんなに面白いものたぁな!]
しかし剣身を伸ばすと見えたカラドボルグの刃はそのままであり、エンツォはその勢いのままに先ほどの歩法でバアル=ゼブルへ近づく。
[マイムール!]
「なんの!」
その突進をバアル=ゼブルはマイムールで起こした突風で防ごうとするが、その風は再びエンツォの振るったカラドボルグによって切り裂かれる。
[そいつを待ってたぜ!]
「ぬぅッ!?」
だがそれが狙いだったのだろう。
エンツォがカラドボルグを振り上げた隙に、素早く踏み込んだバアル=ゼブルが放った矛の一撃は、浅くではあるがエンツォの胸を切り裂いていた。
うっすらと笑みを浮かべるバアル=ゼブル、胸から流れる血をすくいあげ、ニタリと笑った後にぺろりと舐めるエンツォ。
二人が激しい戦いを繰り広げた後、一瞬だけ流れたその静寂にクレイの意識は飲み込まれそうになっていた。
(二人とも凄いな……)
自分でも気づかないうちに生唾を飲み込むクレイ。
「グビリ……」
そしてその脇でも、何やら生唾を飲み込む音が発せられていた。
しかも汚いほうの。
「うひ、イヒヒヒヒ……いい、いいわ……そう! そうよ! もっと激しく!」
「……何やってんだフィーナ?」
「ああ、正義って素晴らしいわァ……こんな神々しい絡みが見れるなんて……」
「聞いちゃいねえ」
エンツォとバアル=ゼブルの戦いを、まばたきをする様子もなく目を血走らせながら見ているフィーナ。
その鬼気迫る姿のフィーナを見たクレイは、彼女が右手に一本の光る羽根、いや羽根ペンのような物を握っていることと、形のいい胸の前あたりに半透明に光る黄金色のプレートが浮かんでいることに気付く。
(これアーカイブ術か?)
クレイは今までに数えるほどしか見たことが無い術の名前を思い出す。
それは古今東西における世界の情報がすべて収められている空間、アーカイブ領域に接続するための術。
魔術に関する情報も収められており、アーカイブ領域を統べるものは世界を手中にしたも同然と言われる、計り知れない可能性を秘めた術である。
(えーっと確か天使の中でも使えるのは父の位階にある熾天使、智天使、座天使……あるいはそれに比肩する力の持ち主しか使えないはず……だよな?)
(その通りだ)
(やっぱり知ってるのか、メタトロン)
幼少の頃に習った知識をクレイが頭の中でそらんじると、彼の中に眠る内なる存在、メタトロンからその記憶にお墨付きをもらう。
(無論だ。我が作った物なのだから知っているに決まっているだろう)
(お前かよ! つーかフィーナがそんな力を持ってるだなんて絶対に納得できない!)
だがそれは思った以上に身近な、計り知れる存在が作った物のようで、クレイはちょっと残念な気持ちになりつつも、傍らでプレートに何やら猛スピードで書き込んでいる残念な少女へ視線を移す。
「絵か。上手いもんだな。ちょっと構図が変だけど」
フィーナが書いているのは、どうやら目の前で繰り広げられているエンツォとバアル=ゼブルの戦いのようだった。
「フィーナ、なんで二人とも横を向いてるんだ? しかも裸だし」
「アヒ、アフィエヒヒヒヒヒ」
「……」
何かに魂を売ったような顔で、祭壇に生贄を捧げる魔女のような声を口から漏らすフィーナ。
(まぁ着衣でお互いが絡む絵は難易度が高いんだろそういうことにしよう)
そんな姿を見たクレイは無理やり自分を納得させ、フィーナから距離を取る。
[おいクレイ裸ってどういう……テメエ何してんだフィーナ! おいクレイ! フィーナが何してるかちょっと確認しやがれ!]
「エェー……」
しかしせっかく納得したところに横槍が入れられてしまい、クレイは苦虫を噛み潰したような顔をバアル=ゼブルへ向けた。
「マジで?」
[大マジ]
「敵の言うことを聞く義理は無いんだけど」
[仲間の不審な行動を気にかけるのは人間や天使の義務だぞ]
「フィーナと仲間になった覚えは無いのに……ハァ」
必死な形相でエンツォと激しい戦いを繰り広げている最中にも関わらず、バアル=ゼブルはクレイに的確な指示を飛ばす。
その指示に抗えないものを感じたのか、クレイは愚痴をこぼしながらも素直にフィーナのところへ向かった。
「もしかするとフィーナの絵の内容に必死になってんのかなぁ……おいフィーナ?」
返事は無い。
(ん、んー……?)
クレイはフィーナの後ろに回り込むと、半透明のプレートを見て悩み始める。
「おーい」
[どうだった!]
「これは未成年が踏み込んではいけない世界だから説明できないー」
[諦めたらそこで成長は終了だぞ]
「教会の先生みたいなことを言うなぁ……」
今度は了承を得ようともせず、クレイはフィーナの背後へ回りこむ。
裸のエンツォとバアル=ゼブル。
激しい戦いを象徴するかのように、二人は息を荒げている。
構図が横になっているせいでバアル=ゼブルがエンツォに押し倒されているように見えるが、それはアーカイブ術のプレートが横長のものであるため、構図が横になっているからだろう。
そうに決まっているのだ。
「おーい」
[どうだった!]
「多分エンツォさんの物だと思うんだけど、接近してる二人の下に朝日みたいなまるい血だまりができてた。えーと……ポセイドーンのおっちゃんが言ってたけど、こういうのを新しい時代の幕開けぜよって言うんだっけ?」
[新しい時代って何の幕開けてんだオイ! 早くやめさせろクレイ!]
「もう自分でやってよ……」
クレイは泣きそうな声で答えると三たびフィーナのところへ赴く。
「うげ、もう出来たのか」
妙に抜けたところがあるとは言え、さすがに旧神アガートラームとヴァハの娘といったところであろうか。
時すでに遅く、この短時間で絵は完成したようであった。
絵の中のエンツォとバアル=ゼブルの周りには、剣を打ち合わせた火花を模してでもいるのか無数の薔薇が散りばめられており、二人はとてもエレガントな雰囲気に包まれている。
「あら、どうしたの少年。君もこの絵の仲間に入りたいとか?」
気が付けばクレイの目の前には、何かから解き放たれたようなフィーナの無邪気な笑顔があった。
んー。
「むりー」
[おいふざけんな! そういうところだぞテメエら親子は! いつもいつもあっさり人を見捨てやがって!]
「いやもう完成しててアップロードもしちゃったらしいんだよ」
ちなみにアップロードとは、完成した情報をアーカイブ領域へ収納する手順のことである。
[なに冷静に報告してんだ! 天使にあるまじき冷血マンかテメエ! つーかメタトロン! アーカイブ領域の管理者がそんな情報のアップロードを許していいのかよ! おい返事しろ!]
クレイの諦め半分の報告を聞き、動揺するバアル=ゼブル。
「ふん!」
その勝機を見逃すエンツォではなかった。
長い戦いによって汗だくとなった体をぶつけ、組み打ちを行おうとするエンツォ、それを振り払おうとタジタジになるバアル=ゼブル。
「んほおおおォォォオオッ!?」
直ちに新しいプレートを取り出し、フィーナは嬌声を上げる。
[やめろおおおおおおッ! アスタロトの奴なんでこんな知識をフィーナに植え付けやがったあああ!]
バアル=ゼブルは絶叫を上げ。
「ハッハハ! この体勢ではもはや逃れることはできませんぞ! さぁ観念して力をお抜きなされませい!」
天幕の中はまさに阿鼻叫喚と化す。
そんな状況に一人置き去りにされたクレイは。
「ホントにやめてくれないかな……あ、もう助けてもいいよねセイ姉ちゃん」
[ピュイ]
ぽつりと呟くとミスリル剣を握り、先ほどバアル=ゼブルが発した衝撃波で倒れた鉄格子を次々に壊していく。
こうしてクレイとバアル=ゼブルの初対戦は、どちらにとっても悪夢のような結果で幕を閉じたのであった。




