第40話 タイミングは重要!
(よし、手ごたえあり!)
クリーンヒット。
足に感じた確かな感触に、クレイは思わず拳を握ってガッツポーズを取るが、その直後に彼は慌てて地面に仰向けに倒れた旧神を睨み付け、剣を構える。
(ガッつくな。戦場では勝つことより生きて帰ることを優先させろ、戦場におけるガッツポーズは勝つことしか考えない愚か者がやることだっけ……つまり生きて帰れたらやってもいいのかな)
バアル=ゼブルがまだ倒れたままなことにクレイは安心し、目の前に倒れている旧神の一挙手一投足に気をつけながら近づこうとする。
[相手を油断させ、その隙をつくのが上手いところまで一緒たぁな。つくづく親子だぜテメエらは]
よって、倒れていたはずのバアル=ゼブルをクレイが見失ったのは、決して彼の手落ちなどでは無い。
「え?」
バアル=ゼブルが消えた。
目の前で実際に起きた、それでもなお信じられない光景にクレイは目を疑った。
[こっちだぜ天使のおチビちゃん]
バアル=ゼブルの動きについてこれなかった大気が悲鳴をあげ、周囲に衝撃波を撒き散らし、地面に据え置かれた巨大な鉄製の檻を転倒させる。
続いて巻き起こった暴風に巻き込まれ、身動きが取れなくなったクレイが気が付いた時、彼はその背中にマイムールの切っ先を突き付けられていた。
[わりぃな、チェックメイトだ]
バアル=ゼブルはそう言うと、周囲に生じた被害を見て肩をすくめ、ケロリーナへ皮肉気な笑みを向けた。
[いつもなら風乙女たちにはどいてもらうんだが、まぁ非常事態って奴だ。テメエを助けてやるから、出た被害はそいつと相殺しなケロリーナ]
慌てて何度も頷くケロリーナ。
その姿を見たバアル=ゼブルは満足そうに一度だけ頷くと、目を細めてマイムールの切っ先を突き付けられ、動けなくなったクレイを見つめた。
[そんじゃ話も決まったことだし、とっとと終わらせるとするか]
クレイは呻くこともできず、そのバアル=ゼブルの死の宣告を聞く。
動けない、動けば死ぬ。
唇の震えはおろか、心臓の鼓動すらマイムールが自分を貫く契機となるように感じるほど、その切っ先は冷たく、鋭かった。
(これはもうダメかな)
フィーナが飛び込んできた穴から吹いてきた隙間風が、ひんやりと首筋を撫でるのを感じたクレイは、その死神の手とも思える冷たさに泣きそうになる。
だが、クレイはここで死ぬことを後悔はしていなかった。
(飢えて死ぬ人を見るのは、もう嫌だからな……あれ?)
ふと頭の中に浮かんだその考えを、不思議に思ってはいたが。
(何でそう思ったんだ? 確かに飢えている人はフォルセールで何度も見た。でも実際に飢えて死んでいく人は見ていない……見せてくれなかっただけかもしれないけど)
ついでになかなかバアル=ゼブルが自分を殺さないことを不思議に思いつつも、クレイが迫りくる死を受け入れた時。
「ちょっとバアル=ゼブルお兄様! そんなちっさい子供を殺すつもり!? そんな悪事はこの色々な正義の塊であるフィーナが見逃さないわよ!」
[うっせーなちょっと黙ってろフィーナ! 魔族が悪事を働くのは当たり前だろうが!]
横ではなぜか口喧嘩が始まっていた。
「おーいフィーナ」
「何か用かな少年」
「お前こいつと知り合いなのか?」
「あー、あたし前の天魔大戦の時に、このバアル=ゼブルお兄様とアスタロトお姉様って人に誘拐されたのよ。だから安心してね、少年の身はこの正義のフィーナが守ってあげるから」
「そっか」
(だからって言われても安心できる要素はまるで無いぞ。なんかズレてんなこいつ)
クレイは背中にマイムールを突き付けられていることも忘れて考え込む。
自分を誘拐した当人と、しかも人間たちとは敵対しているはずの魔族と、旧知の仲の如く話しているフィーナについて。
クレイにとって、それはなかなか受け入れづらい現実であったからだが。
「悪事を働くのが魔族って言っても自尊心はあるでしょ! 子供を殺すだなんて姑息で卑怯で卑劣漢のやることだと思わないの!? 例え魔族でもプライドはあるんだってお兄様自身が昔言ってたわよね!」
[俺そんなこと言ってたか? まるで覚えてないぞ]
「……え? 言ってませんでしたっけ?」
[言ってたか? よーく考えてみフィーナ]
「うーん……」
考え込み始めるフィーナ。
(うーん……アホだこいつ。ガビーと勝負させてみたい)
悪化していく周囲の人間関係に悩み始めるクレイ。
その間にフィーナはどうやら答えを出したらしく、苦悶の表情を浮かべつつクレイに謝罪を始めていた。
「うーん……言ってなかったかも知れない。ごめん少年、あたし少年のこと助けてあげられないみたい」
「あげられないみたいテヘッ。じゃねーだろ!」
一分足らずで見事に丸め込まれたフィーナにクレイは激怒した。
「何しにここに来たんだよこの無能! 大体お前、十年以上前に会ったバアル=ゼブルのことは覚えてるのに、三年前に会った俺のことは覚えてないとかどういう頭の構造してんだよ!」
「えー? そう言えば少年の名前聞いてなかったかもかも? 何て言うの?」
「クレイだよ! クレイ=トール=フォルセール! フォルセール領を治めてるアルバ=トール=フォルセール侯爵の養子!」
クレイの叫びを聞いたフィーナは、はたと手を打って何度も頷く。
「あーはいはい、クレイさんでしょ。そうそうアルバ候のご子息の……」
答えるフィーナの目は虚ろだった。
五秒ほど経った後、辺りを包んだ沈黙に耐えかねるように一人の旧神が口を開く。
[おいクレイ]
「なんだよ」
[こいつ絶対覚えてねーぞ]
そのバアル=ゼブルの残酷な指摘に、クレイは背中に突き付けられたままのマイムールの存在も忘れ、肩を落とす。
「今ちょっとショック受けてるから言わないでくれる? っていうか、俺のこと殺すんじゃなかったの?」
[そのつもりだったんだが、こーゆーことはプロポーズと一緒で割とタイミングってモンが必要なんだよ。子供にはわからねえだろうがな]
「じゃあどうするのさ」
[……]
流れる微妙な雰囲気。
[そうだな、まず結婚を申し込むってのは人間にとって一大イベント……]
「いやプロポーズのやり方じゃなくて」
[……]「……」
そして雰囲気は、やや気まずいものへ変化していく。
[ああ、もういいや。お前を見逃す代わりにそこのケロリーナって奴は俺が連れ帰る。お前が嫌だって言ったらお前を気絶させてでもカエルを持って帰るこうしよう]
「チクショウーそうはさせないぞー」
[おま……]
覇気がまるで感じられないクレイの返答に、バアル=ゼブルは絶句する。
[おいもう少しマジメにやれよ]
「もう無理だよタイミングを逃しちゃったよ」
そして泣きそうな声でクレイが返事をした時。
「お迎えに上がりましたぞ若様」
天幕の外に点が生まれた。
[チッ! まるであらかじめ仕組まれてたみてえに助けが来やがった!]
最初は点に感じられた殺気が線となり、閃光と成り、黒い稲光にも例えられる剣身が瞬時にバアル=ゼブルへ襲いかかる。
[マイムール!]
バアル=ゼブルは右手に持つマイムール、つまり彼にとっての主要武器である矛で黒い剣身を受け止め、更にそこから何かをしようとしたようであった。
[いいねぇ! なかなか鋭い攻撃だがこの……んだと!?]
しかしそれは成し得られず、バアル=ゼブルはそのまま成すすべなく後ろへ吹き飛ばされてしまう。
「カラドボルグ!?」
その原因となった黒い剣身が戻って行く様をクレイが目で追っていくと、そこには見慣れた一人の偉丈夫がいた。
「それがしはフォルセール騎士団に所属するエンツォ。主家トール家の跡継ぎであらせられるクレイ様をお迎えにあがった」
全身を覆う筋肉の鎧、敵を睨み付ける目から満ち溢れる精気。
持ち主の剣技、経験と知識を受け継ぎ次代の持ち主へ伝える、剛剣カラドボルグの現在におけるマスターがそこに仁王立ちとなっていた。




