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この世界は救世主を待っている! ~最強を受け継いだ少年が至高に昇りつめるまで~  作者: ストレーナー
第二章 結ばれる縁 ヘプルクロシア編

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第39話 俺の剣を喰らえ!

(何言ってんだコイツ)


 クレイの義父アルバトールにとって好敵手だった(らしい)バアル=ゼブル。


 しかしその本性は、クレイにとって天敵とも言えるヘルメースとそっくりであり、割とロクでもない性格のようだった。


 どっと押し寄せてきた疲労にクレイが肩を落とすと、バアル=ゼブルは首を傾げて不思議そうにそれを見つめた後、神父が信徒たちに説教をするような偉ぶった口調で話し始める。


[さて、それじゃあお前に選択肢をやろう。ここから逃げるか、ここで死ぬかだ。まぁもう分かってるだろうが、今のお前じゃ俺には勝てねぇ。例えその身に宿したメタトロンが出てこようともな]


 しかしその口調と反するように、バアル=ゼブルが口にした内容はクレイの混乱に付け入るような提案、いや脅しに類するものだった。


 まるで先ほどの発言が、クレイをうろたえさせることが目的だったかのように。


「さっきも断っただろ。俺はこいつを絶対に許さない」


 だがその提案に対する答えを、クレイが変えることは無かった。


[マジかよお前死にたがりか?]


 腰を抜かしたままのケロリーナに剣を向けるクレイを見たバアル=ゼブルは、呆れた表情になって腰に手を当て、マイムールを腰ひもに吊り下げる。


「こいつは人を商品にしてる奴隷商人だ。こいつがいる限り不幸な人はどんどん増えていく。それに病気になったルー・ガルーの親子を、商品の価値が落ちたと言って食事を与えずに見殺しにしようとした。だから俺はこいつを絶対に許さない」


[アルバトールに似てめんどくせえ奴だな……ホントに義理の親子なのかよ]


 そして右手を頭へと動かし、後ろ頭をぽりぽりとかくと。


[んじゃまぁ仕方がねえ、ちょいと力の差って奴を見せてやるかヤグルシ]


 日常会話とも思える軽い口調のまま、バアル=ゼブルはだらりと下げていた左腕の手のひらをクルリと回してクレイへ向けた。


 髪の毛一筋ほどのごく細い光、雷光がクレイへと収束し。


「くっ……あ……ぁ」


 次の瞬間、なすすべもなくクレイは地面に倒れてしまっていた。


[オイオイ、アルバトールが俺と会ったばかり……えーとアイツがまだ大天使の頃か、その時のアイツでももうちょい威力を減衰させてたぜ? その程度の実力でよく俺に逆らおうなんて思ったもんだ。こいつの教育はどうなってんだメタトロン]


 体を痙攣させ、動けなくなったクレイに声をかけるバアル=ゼブル。


 しかしクレイは倒れたままではいなかった。


「俺の強さに……メタトロンは関係ないだろ」


[おお? まだ動けるとは根性あるじゃねえか……ああ、なるほどな。お前もアイギスを使えるのか]


 立ち上がってくるクレイの体が、ぼんやりとした光に包まれているのを見たバアル=ゼブルは感心したように頷く。


 彼が先ほど雷を発生させた術、ヤグルシを防げるタイミングでは無かったはずだが、それでも軽減はさせていたのだろう。


[防御は自分だけで完結できるが、術の減衰は相手に干渉する必要がある。つまりまだ未熟ってことだな]


 しかしバアル=ゼブルはその事実にさほど動揺も見せず、ニヤリと笑うと右手でクレイを指し示す。


[それにお前ひょっとすると、まだ術の同時発動もできねえんじゃねえか?]


 口を引き結んだまま答えないクレイを見たバアル=ゼブルは、不意にマイムールを消すと背中を向けた。


[ぶきっちょな奴だな。それともクレイ()って名前のとおり、頑固一徹ってやつか? アルバトールのヤロウは一般常識に関しちゃともかく、術の方はかなり器用にこなしてたもんだが……いや、あれはやっぱり不器用だったのかもしれねえなヤグルシ]


 再びバアル=ゼブルがヤグルシを発動し、鋭く研ぎ澄まされた一筋の雷光がクレイを襲う。


 だがその不意打ちは予想していたものだったのか、苦痛に顔を歪めているもののクレイが倒れることはなかった。


[ほう、第一ステップはクリアって感じだな。じゃあ次はもう少し強くいくぜ]


 バアル=ゼブルは目を細め、下げたままだった左腕の人差し指を伸ばすと、今度は上へ振り上げる。


 直後にムチのような光がクレイを打ち、体を包んでいた光が消し飛ばされてクレイは膝をついてしまっていた。


[ダメだな。アルバトールとは別の意味で天使に向いちゃいねえ]


 バアル=ゼブルは憐みの眼をクレイへ向ける。


[あの使い勝手が悪い聖天術は使いこなせるかもしれねえが、そいつを切り札と成さしめるために必要な精霊魔術のレベルが低すぎる。表に出てくる感情も根幹となる精神も硬すぎるんだな。"アイツ"みたいに表向きは硬くとも、その芯は柔ら……]


 バアル=ゼブルはそこまで喋ると急に口を閉じ、再びマイムールを顕現させた。


[こいつが最後だ。このまま逃げるならその分の体力を回復してやるし、後から追いかけるなんてこともしねえ。向こうでおねんねしてるお仲間や、檻の中のセイレーンも含めてな。だが、もし拒否するってのなら子供だろうが関係ねえ。皆殺しだ]


「くっ……」


 二度目の警告を聞き、悔しそうに顔を歪めるクレイ。



 だがその裏側では、目の前の男が魔族とは思えないほどお人好しなことに驚いており、そしてその性格に付け込んでこの危機を脱出しようと思考を巡らせていた。



(子供だろうが、なんていちいち言う必要は無いのにな……だからメタトロンも旧友なんて言ったのかな?)


 どうやら目の前の旧神は無駄口をたたき、相手に情報を与える悪いクセを持っているようである。


 無駄口、お人よし、自分のことを子供と見くびっている。


 クレイはこの三つの条件を頭の隅に置き、バアル=ゼブルとの会話を再開する。


「他の檻の中に入ってる人たちはどうなるのさ?」


[そいつぁこのケロリーナに聞きな。まぁお前から聞いた限りじゃ商売道具みてえだし、そのうちどこかに売られていくだろ]


「そうして新しい商品がどこかから補充されてくるってわけか? 小さい頃から聞かされていたけど、お前たち魔族は本当に不幸を撒き散らす存在なんだな」


[そりゃお前から見ればそうかもしれねえな。そこでお前にちょっと聞きたいことがあるんだがよ]


「なんだよ」



[お前、奴隷を買った側からの視線で考えたことはあるのか?]



 それを聞いたクレイは、その質問の愚かさを笑い飛ばそうとするように口を開き、そしてその途中で顔を凍り付かせて黙り込んだ。


[奴隷を買う奴らが全員悪人ってわけじゃねえ。そいつらが奴隷を買うだけの金銭を持っているという共通項はあるだろうがな]


「それは……そうだけど」


[さて続けて質問だ。そいつらはその金銭をどうやって得たんだ? 楽をしてか? 苦労をしてか? そいつらにとって奴隷を買うのははした金か? それとも購入を迷うほどの金額か? 道楽のために買うのか? 買わなければならない理由があるのか?]


 クレイは唇を引き結び、ただただバアル=ゼブルを睨み付けた。


[昔アルバトールに聞いたことがある。フォルセール城ではそこにある孤児院から、一定の人数を領主の館で雇い入れるようにしていると]


「それと奴隷と何の関係があるんだよ」


[俺から見りゃあ変わらねえよ。常にかしこまってなくちゃならねえ、自由に感情も出せねえような生き方は奴隷と一緒だ]


 クレイの頭をよぎるアリアの顔。


 視線を落としてしまったクレイを見たバアル=ゼブルは、やや失望の感情を顔に浮かべつつ言葉を継いだ。


[だがよ、働いてるそいつらは不幸なのか? そうじゃねえだろ、奴隷ってのはそいつらに勝手に貼り付けられた呼び名だ。決して不幸な生き方を押し付けられた奴ら全員のことじゃねえ]


 不幸な生き方を押し付けられた奴ら。


 その刹那、クレイは何かを見つけたようにぎらりと目を光らせた。


「例えつらくても、苦しくても、人は自分で選んだ生き方なら生きていける。奴隷は自分で生き方を選べない。奴隷主の命令には逆らえない。だから奴隷を増やす人間を放ってはおけないんだ」


[売られた先で幸せなら……ああ、そいつらはその奴隷生活を自分で選んだってことになるのか。こりゃ参ったな、子供に一本取られちまった]


「お金で愛は買えない。アンタによく似た知り合いがそう言ってたよ」


[チッ。オリュンポス十二神の一人、ヘルメースって奴か]


 ついさっきまで落ち込んでいたはずの子供に反論され、ぽりぽりと頭をかくバアル=ゼブル。


 敵意がまるで感じられなくなったその姿に、思わずクレイは気を抜いてしまう。


[だけどよ]


 しかし。


[それなら奴隷を買う奴らを何とかすりゃあいいだけじゃあねえか]


 バアル=ゼブルが笑みを浮かべてそう言った瞬間、クレイの体は凍り付く。


 暴風神であるバアル=ゼブルの獰猛な笑み。


 先ほどまでとはまるで違うその笑みに、クレイは自分が狩られる獲物に転じたことを肌で感じ取る。


「そっちはそっちでやるよ。だけど奴隷を産み出す原因を何とかする方が、よっぽど効率がいいとは思わない?」


 クレイはそう返すと、自分を見つめている水色の瞳を睨み付けた。



 気圧されるな、相手を見ろ。


 今までに積み上げてきた訓練を思い出す必要は無い。


 ただ訓練で得た経験が、自分の体を動かしてくれる。



[交渉決裂だ。運がよけりゃあ、お前さんが死ぬまでには仲間に見つけてもらえるだろうよ]


 光が走る。


(やっぱり術の使用者によるクセがあるのかな。それとも手を抜いてくれてるのかな? このヤグルシって術は、ケラウノスと違って雷光が拡散してるように感じる……その分だけ減衰には苦労しそうだな)


 クレイは自分へ向かっている稲光をじっくりと観察する。


 即座に発動し、瞬時に彼へ収束しようとしているはずの稲光を。


 クレイはアイギスを発動させるため、精霊に呼びかけ、精霊と打ち解け、精霊に協力を呼び掛けていく。


(受け止め、受け入れ、受け流し……)


 すると先ほどまでクレイの体をぼんやりと包むだけだった光が左腕へ収束し。


(受け返す!)


[なんだと!?]



 バアル=ゼブルの顔から笑みが消えた。



 なぜなら確かに手を抜いたとは言え、物質界に放たれ聖霊の法則に縛られてしまったとは言え、彼の術であるヤグルシが子供に操られ、雷光同士が相殺されてしまっていたのだ。


(やっと……できた! 受け止め、受け入れ、受け流し、そして相手へ受け返す! アイギスの最秘奥、途絶えること無き力の循環!)


 クレイは全身を駆け巡る達成感に浮かれることなく慎重に、そして大胆にヤグルシを受け入れながら次々に迫りくる雷光へとぶつけていく。


(イリアスさんが言ってた、大海の戒めに意識を集中させすぎず全身、全体へ循環させるってこういうことだったのか! まだまだゼウスのおっちゃんには遠く及ばないけど、これが今の俺にできるアイギスの完全型だ!)


 高揚感による精神力の増大は留まることを知らず、クレイのアイギスはとうとう発動されたヤグルシをすべて相殺することに成功する。


 驚くバアル=ゼブル、走りよるクレイ。


(相手が動揺している間に、なんとかして一撃を喰らわせる!)


 飛び上がり、そしてミスリル剣を持つ右手を振り上げた瞬間、クレイは確かにある人物の呟きを心の中で聞いた。



(ちゃちゃちゃ、まさかこがに早う達成されるとは思うとらんかったちゃ。腕輪に付与した情報を書き換えるきに、その間だけちくと大海の戒めを解かせてもらうぜよクレイ)



 腕輪が消える。


 大海の戒めと呼ばれるそれが両の腕から外れた途端、クレイの体は羽根のように軽くなり、内に宿したメタトロンが再び表に現れたのではないかと思われるような灼熱の力が全身にみなぎって行く。


[おおっ!? なんだコノヤロウいよいよ本気でも出しやがったか!?]


 頭上から振り下ろされるクレイの剣を受け止めようと、バアル=ゼブルがマイムールを掲げる。


 だが。



「あれ? バアル=ゼブルお兄様では」


[げ、何でこんなところにフィーナが]


 その瞬間、横からかけられた声を聞いたバアル=ゼブルは思わず間の抜けた声を出し、注意をそらしてしまう。



「油断したな! 俺の剣を喰らえ!」


[ぐおッ!?]


 そしてフィーナの声に気を取られたバアル=ゼブルは。


「少年、それ剣じゃなくて蹴り……」


 クレイの飛び蹴りをアゴに喰らい、後ろに吹き飛ばされたのだった。

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