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この世界は救世主を待っている! ~最強を受け継いだ少年が至高に昇りつめるまで~  作者: ストレーナー
第二章 結ばれる縁 ヘプルクロシア編

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第32話 盲目の少女ティアマト!

 船は出港し、周囲は逃げ場のない海。


 未だ飛行術を使うことはできないクレイに忍び寄る影ティアマト。


 果たしてクレイの運命や如何に。



「む、これはこれはティアちゃんではありませぬか。お久しゅうございますな」


[うむ、久しいのエンツォ。お主と最後に会ったのは……前回の天魔大戦の直後か]


「然り。ワシは海の上をことのほか苦手としておりますからな。しかし神から見れば、代わり映えせぬ人間たちの一人でしかないこのエンツォを覚えていてくれるとは、光栄の極みでございます」


[ぬかしおるわ、こやつめハハハ]



 現れると同時に、いきなりエンツォと談笑する通称ティアちゃん本名ティアマト。


 見かけは十歳ほどの少女に見えるが、その正体は幾星霜を生きた龍族の神、東方の国においては人の神々の母である。


 全身を覆うほどの白く長い髪の下からは、同じく白いワンピースが見え、垣間見える顔はあどけなく可愛らしいもの。



「あー久しぶりだねティアちゃん」


[うむ! 久しぶりにお前に遭えてわらわは嬉しいぞクレイ! なので逃がさん]


 しかしそのティアちゃんの姿を見た途端、クレイは船室へ逃げ出そうとしていた。


「いやもう船酔いがひどくてさ……今はあまりくどい人と話したくないんだうっぼぇ」


「ほう? ほうほうフヒヒ、確かに顔色が悪いのうこれはいかん。わらわが専用の寝所を作ってやるゆえにそこで休もうぞ」


「ダメだ。休むだけならいいけど、その顔は絶対にそれだけで済ませない何かをかもしだしてるアレだからな。今日は王妃様とジョゼもいるんだから大人しくしてくれよ」


「つまらん奴じゃな。アルバはアルバで年齢に不相応な子供っぽいところがあったが、お前はお前で落ち着きすぎじゃ。初めて会った頃はあんなにあどけない顔をしていた美少年だったのに」


「俺がこんなにスレちゃった原因の一人がよく言うよ……おえっぷ」



 ちなみにこのティアちゃん、神々の母だけあって子孫を残すことをこの上なく好んでおり、時と場所をえらばずに一歩進んだ求愛行為を迫って来るので、エレーヌと並んでクレイが大の苦手としている相手である。



[船酔いかどうかはわからんが本当に具合が悪そうじゃな。仕方あるまい、下心なしで助けてやろう]


 口を尖らせ、クレイを見つめていたティアマトは、どうやらクレイの体調が本当に悪いと思ったのか、やや青色がかった綿菓子のような巨大な寝台を作り出し、そこにクレイを寝かせて横に添い寝る。


「そこで俺の隣に寝るのは下心って言わない?」


[介抱してやるのじゃから、わらわの話し相手になるくらいはいいじゃろう。ホレ、寝ころんで上の雲でも見ておれ]


 額に手をかざしてくるティアマト。


 すると先ほどまで顔を隠していた白い髪が下に流れ落ち、ふとクレイがティアマトの顔を見上げれば、そこにはいつも閉じられているまぶたがあった。


「……ヤム=ナハルは元気かい?」


[ああ、アギルス領で元気にやっとるよ。それもこれも、あの時にお前が取りなしてくれたおかげじゃ]


[俺はまったく覚えてないんだけどね]



 十年ほど前、王都奪還に失敗したテイレシア軍は、魔族にくみする旧神の一人ヤム=ナハルと、最上位魔神の一人ペイモンの激しい追撃を受けていた。


 しかしそこに王都が闇の壁に包まれ、魔族を率いる中心人物たちが封印されるという異常事態が発生し、慌てた魔族たちはアギルス領へと撤退して、疲弊していたテイレシア軍もまたフォルセール領へと退却していった。


 だがアギルス領に逃げ込んだ魔族がいつまでも放置されるわけもなく、一年ほどが経過した後に追討軍が編成されてアギルス領に攻め込もうとした時、そこに立ちはだかったのがティアマトだったのだ。


[まさかアガートラーム……いやカマエルと、命の恩人と戦うことになろうとは思っておらんかった。だが一度は夫婦の契りを交わしたヤッくんを、家族が死んでいくのを見たくもなかった。ヤッくんとセファールがまだ無事にいられるのはお前のおかげじゃ]


「セファールさん?」


「アルバから聞いておらんかったのか? わらわとヤッくんの娘じゃ。あの子がフォルセールに行った時、やはりお前が取りなしてくれたから無事に住めるようになったのじゃぞ? 姉が、家族ができるのは嬉しい、と言ってくれたお前のおかげでの」


「え”」


 雰囲気が似ているとは思っていたが、まさか目の前の幼女があのセファールの母親だったとは。


 しかしちょっと憧れていたセファールお姉さんの謎を一つ知ったクレイは、何となく気分が良くなるのを感じた。


「でもそっちも覚えてないんだよなぁ……なんでだろう」


[そんなもんじゃろ。と言うかメタトロンの影響ではないのか? あやつは自らのうちに世界を構築するとかいう曼荼羅の使い手じゃから、お前の世界である自我や自己がいつの間にか浸食されていてもおかしゅうない]


「なにそれこわい、後で叩き起こして聞いてみる。しかしティアちゃんって本当に家族思いだよね。昔も眷族と家族の争いの板挟みになって、それが原因で転生することになっちゃったんだっけ」


[それが家族と言うものじゃ。住む場所や、血の繋がりだけでは家族と言えん。血の繋がりと共に、思いの繋がりをも持っていなければのう]


「ふーん……シキソクゼクウってやつ?」


 何の気なしに呟いたクレイの言葉。


 それを聞いたティアマトはきょとんとした表情となると、感心したように唸りをあげて何度も頷いた。


[そうじゃな、住む場所や血の繋がりを色とするなら、家族を家族たらしめる思いは空。そのどちらかが欠けても家族とは言えん……しかしそれをどこで習ったんじゃ?]


「エンツォさんとさっき話してたんだよ」


[ほう? エンツォよ、お主はまるで術が使えぬと聞いておったが、色即是空、空即是色の理をどこで覚えた?]


 じっと見上げてくるティアマトに、エンツォはニカッと笑いかける。


「まぁワシはワシで、アルバ候からの受け売りでございますがな」


[なるほどのう……]


 感慨深げにティアマトが呟いた時、遠くを飛ぶ白いカツオドリの鳴き声が三人の会話を止めた。


[カツオドリか]


 海鳥の名前を静かに口にし、まぶたを閉じたまま見つめるティアマト。


「んーと、それじゃあ俺たちが住んでる大地やティアちゃんやポセイドーンのおっちゃんが住んでる大海にも、その……クウだっけ? それはあるの?」


[ん? ああ、そうじゃな。とゆうても大海は大地の上に乗っかっておる大きな水たまりみたいなものじゃが]


「あ、そうなんだ!」


 その寂しそうなティアマトの横顔を見たクレイは、元気づけようとしてか思わず彼女へと会話を振っていた。


[この星の中心部分には、この星を形作ろうとする意志――空――が渦巻いておる。その意志に引き寄せられた周辺の物質――色――が、渦に引き寄せられてできるのじゃ]


「ってことは、空が無ければ色もできないってこと?」


[うむ、だが物質界に根差した安定した存在である色が無ければ、その内に空も四散してしまう。互いになければならぬ存在と言うわけじゃな]


「へー……じゃあこの星の中心に渦巻いてる意思がカリストア教の神様、主なのかな」


[それはわからん。例えそうだとしても、このような小さい大地に収まりきってしまうような意思が、全天空に影響を及ぼす魔法を使えるのかどうかという疑問が残る]


「え!? 大地なのにちっちゃいの!?」


 驚きを隠せない顔で叫ぶクレイ。


[人から見れば巨大に感じるじゃろうが、わらわたちのように感じとれる範囲が広いとそれほど大きいとは思わん。お前も天使になったのならすぐに判るじゃろう]


 ティアマトはそう言うと、ニタリと笑みを浮かべる。


[何やら元気になったようじゃのうクレイ]


「う」


 その笑みを見たクレイが返答に詰まると、ティアマトの笑みは更に深まり。


[やーっぱり仮病じゃったか! わらわを騙した罪、その身体で支払ってもらうかの!]


 空中に飛びあがるとそのままクレイに覆いかぶさって肩を掴む。


「うおわっ!?」



 が。



「はいそこまで。ティアマト様、クレイはまだ成人しておりませぬゆえに、まだ貴女様のご要望には応えられませんわ。娘のジョゼの教育にも悪いですし、向こうで気を揉んでいるようでもありますから今日はここまでと言うことで」


[いい所で水を差すのう……]


 ガッチリと肩をホールドされ、身動きができなくなったクレイを助けたのはクレメンスだった。


「まったくですな。若様もそろそろ次の段階へ……おっとこれは失礼」


 クレメンスは残念そうな声を発するエンツォを一睨みで黙らせて遠ざけると、手を前で組んで淑女らしい仕草でティアマトへ話しかける。


「兄も水を扱うのが得意ですから」


[呪槍ゲイボルグと一体化したクー・フーリンか。なるほど、王都の封がとけたこの時期にアルフォリアン島へ渡るのは奴の助力を得るためか?]


「さぁ……そうなれば良いのですが」


 下を向き、ティアマトから視線を外すクレメンス。


[……ふむ]


 奥歯に物を挟んだような言い方にティアマトが首を傾げた瞬間、遠くで何かが爆ぜるような音がし、傾いた顔はそのまま左右へ降られた。


[話を聞いてやりたい所じゃが、どうやら仕事の時間のようじゃ。ローレ・ライの港も近いことじゃし、陸のことは陸の者で解決することじゃの]


「仕事にしては何やら嬉しそうな顔をしておいでのようですが?」


[先ほどの顔は撒き餌か、まったく油断も隙も無いのうこの悪女め。それでは近いうちにまた会おうぞクレイ]


 ティアマトはクレメンスの不満そうな声を聞いて肩をすくめると、ふわりと空中に浮かんで立て続けに爆音がする方角へ飛んでいった。


「悪女って何ですか王妃様」


「随分と意地が悪くなったこと。貴方知ってて聞いていますねクレイ」


 そして残されたクレイが目を輝かせながら質問を口にすると、クレメンスは呆れた声で返事をし、少々悔しそうな顔でジョゼの方へ歩いていった。


「さて」


 遠くで悲鳴が上がる。


 おそらくティアマトの領域に飛行術で侵入した愚か者だろう。


 ヘプルクロシア王国が存在するアルフォリアン島の防衛を任されているティアマトは、海上からの侵入者は見逃すことがあっても、猛スピードで接近する空からの侵入者は決して見逃すことは無いのだ。


「上陸だ。七つの海を股にかける荒くれものたちの町、ローレ・ライへ」


 クレイはそう言うと、背中をぶるっと震わせて船室へ自分の荷物を取りに行く。


 全身を包む寒気の理由である、遠くから聞こえてきたティアマトの喘ぎ声にげんなりとした顔となりながら。

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