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第300話 パーヴェルの命令!

「話が違う! 我々は補給の護衛にだけあたっていれば良いと聞いて、ここまでやってきたのだ!」


 テスタ村の村長、スタニックが厳しい声を上げながら伝令に詰め寄る。


 早朝とはいえ、従軍しているために周囲には兵がそこかしこにいたが、皆スタニックの素性は知っているために遠巻きに見守るだけであった。


「自分は伝令を頼まれたのみ。後のことは殿下に直接聞かれるのだな」


「……承知した。ではその内容は私一人で伺おう」


「殿下は全員を連れてと厳命された。当然そちらが秘匿している存在も連れてきていただこう」


「な……」


 伝令が口にした言葉に、スタニックは絶句する。


「そんなことが出来るわけがない! もう息子は私の言葉ですら時々受け付けないようになってきているのだ! もしも途中で何かあれば……」


「殿下の命令である。従わねばそちらの村に残してきた者たちがどうなるか、考えてからものを言うことだ」


「……分かった。了承したとお伝え願いたい」


「では失礼する」


 絶句し、しばらくの沈黙の後にようやく了承したスタニックを見ても、伝令は表情を変えぬまま背中を向け、そのまま騎乗して引き返していく。


「主は……スタニスラスをこれ以上酷使する運命をお望みなのか……」


 残されたスタニックは絶望の表情で地面を睨みつけ、両の拳が蒼白になるほどの力で握り締めていた。



「あちゃあ……そりゃ行くしかないでしょう村長」


「私もそう思う。だがお前たちも知っての通り、何が起こるか分からんのが前線だ。そんな所に村人たちを連れていくなど、先代やノエルに申し訳がたたん」


 伝令が戻った後、スタニックはアルノーとエミリアンを呼んで話し合っていた。


 アルノーの無難な回答にスタニックは常識的な解答をすると、その隣にいるエミリアンの顔を見て意見を求める。


「スタニックさんはそう言いますけど、先代もノエルもその望みは村民を守ることです。今ここで命令に逆らえば、村長のみならずここに着いて来てくれた皆や、村に残してきた老人や赤子まで類が及びますよ」


「問題はそこだな……」


  求められたエミリアンは答えは決まっているとばかりに即答し、アルノーとエミリアンの意見を聞いたスタニックはうなづくと、二人の意見を肯定した。


 スタニック自身も二人と考えを同じくしていたが、村人全員の命を左右するほどの重要な案件とあっては、それを後押ししてくれる何らかの意思がやはり欲しかったのだろう。


 スタニックはホッとしたのかやや表情を和らげるも、その直後にアルノーがふと口にした言葉に、再び厳しいものへと変化させる。


「それにしても、パーヴェルも何を考えてるんですかねえ。狂戦士化しちまったスタニスラスを連れてこいだなんて」


「アルノーさん!」


「お、おう。すいませんねスタニックさん。つい気になっちまって」


「いや、気にするな」


 そう言うもスタニックの顔はやや青ざめており、アルノーの発言がかなりショックだったことを伺わせた。


 スタニックの息子であり、かつてはアルストリア領で随一の強さを誇っていたスタニスラス。


 ジルベールやエクトルの姉であるジルダと、秘密裏に恋仲であった(公然の秘密であったが)ということもあり、アルストリアの中でもかなりの有名人であった彼の身になにがあったのか。


「何にせよ、皇太子どのが所望とあれば仕方がない。前線での安全を確保するためにも、スタニスラスに着いて来てもらうしかない……もっとも」


 スタニックはそこで長いため息をつく。


「戦いが終わるまで、スタニスラスの精神がもってくれれば、の話だがな……」


 顔を歪めたスタニックが苦し気にそう言うと、アルノーとエミリアンの表情は暗く沈んだのだった。



 そしてその頃。



「殿下、少し話がございます」


「なんだチエーニ」


「テスタ村の吸血鬼たちについて、陛下より書簡が届いております」


「……見せろ」


 スタニックたちを召喚したパーヴェルもまた、眉間にしわを寄せて苦悩の表情を見せていた。



「確かに陛下の筆跡だ。押してある印も間違いなく帝室に代々伝わる玉璽ぎょくじに相違ない……だが」


 書簡に目を通したパーヴェルは、目つきを鋭くしてチエーニを睨みつける。


「俺が帝都を出発した時は、陛下は身を起こすも助けが必要なありさまだった。その陛下が代筆も頼まず、いかに息子とはいえ今は兵を率いる一将軍の身、つまりは臣下である俺への知らせをわざわざ直筆し、更には国事にのみ使用を限定する玉璽を用いるものか?」


 だがチエーニはいささかも怯んだ様子も無く、困った顔でパーヴェルへ答えた。


「戦時中ゆえに直筆と玉璽をもって証となされたのでは?」


「なるほどな」


 チエーニの答えを聞いたパーヴェルに少しも機嫌を損ねた様子は無く、それを見たチエーニは安堵のため息を胸の内でつく。


「殿下もお人が悪いですね」


「先に戦時中だと言ったのはお前だ」


「申し訳ございません」


 チエーニは素直に頭を下げ、パーヴェルが書簡に目を通す姿を見守る。


「吸血鬼に関し、陛下はなんと仰っているのです?」


「御しえる、御しえないに関わらず、奴らを使役することは無駄にテイレシアの者を刺激することになる。熟慮せよとのことだ」


「禁ずるわけではないということで?」


「これからは俺の判断にすべてがかかる、ということだろう」


 つまり皇帝の後継ぎであるパーヴェルが、そう時をおかずに皇帝そのものになるということである。


 以前より覚悟はしていたし、心づもりもしていたが、実際の身の上になってみるとその重圧たるや想像以上のものであった。


(この重責を好んで引き受けたがる奴がいることが信じられんな)


 パーヴェルは脳裏に浮かんだ一人のライバルの顔をあざけるも、すぐにその増長した考えを思い直す。


(奴は確かに何者の命令も聞かずに済む権力を欲したのかもしれん。だがそう考えるようになった原因は、皇帝家による弾圧を心の奥底で恐れていた事にあるかも知れんのだ。表層に見える欲望より、根底に在る感情を推し量るべし)



――本質を見誤ることなかれ――



(まったく情けないことだ)


 ニコライの失策を喜んでいる自分がどこかにいるのではないか。


 パーヴェルは自分自身を殴りつけたい気持ちになるも、テーブルの向こうから心配そうに見つめてくるチエーニの視線に気づいて片手を上げ、少し考えるそぶりを見せてから口を開く。


「方針に変更はない」


「承知しました」


「テスタ村の者たちはいつ頃こちらに到着予定だ」


「一両日中には」


「ほう、もう少しかかると思っていたがな」


 パーヴェルはチエーニにテスタ村の者たちを迎えに行くよう伝えると、自身は報告書の処理に着手した。



 昼前。



「招集に応じ、テスタ村のスタニック参りましてございます」


「よく来てくれた。まず座ってくれ」


 チエーニに連れられたスタニックが天幕の中に姿を現し、堅苦しい挨拶をパーヴェルにしていた。


 しかしそれを受けるパーヴェルは、椅子の向きを机から横へ向けて報告書を見ており、スタニックから視線を背ける姿勢を取っていた。


「それにしても早かったな。後二日はかかると思っていたが」


「部隊長にかけあい、我らだけで運べそうな水のみを持って、部隊に先行してこちらに伺わせていただきました」


「なるほど、元騎士だけあって、何が優先する事項か何を後回しにしても良い案件かをよく分かっている」


 しかし続けてのスタニックとのやり取りでは、パーヴェルは感心した様子でスタニックの報告を評し、体も真正面へと向けてやや乗り出すと、スタニックの顔を真摯な目で見つめた。


 これはパーヴェルが相手を篭絡する時の手段である。


 例えこちらの質問に対して相手が取るに足らない答えをしたとしても、その答えに感心している様子を見せ、興味を持っているように見せると、多少の差はあっても大抵の相手はパーヴェルに対して心を開くのであった。


「さて、伝令から話は聞いていると思うが、君たちの理解度を聞きたい。私からの要望は、どのような形で伝わっている?」


「従軍している我ら全員を、息子も含めて連れてくるように。それ以外のことは殿下に直接伺ってくれと」


「よかろう。それでは君たちへの指示を伝える」


 パーヴェルはスタニックへ説明を始める。


 スタニックは最初こそ警戒心をあらわにしたものの、それは徐々に和らいでいき、そしてある個所を聞いた途端に顔を凍り付かせ、そして最終的には絶望へと変化していった。


「我が軍の行く末は君たちの双肩にかかっている。くれぐれも裏切ろうなどと思うことなかれ」


「はい……」



 説明を受けたスタニックは退出を許され、そして村人たちが待ついくつかの天幕へと戻っていく。


「これが罰……かつて吸血鬼と化した我々への罰と言うのなら……」


 老人と化した如く、ごっそりと生気が抜け落ちた顔で。

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