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第3話 おせっかいな従妹!

 聖テイレシア王国、その中心である王領テイレシアにほど近い場所に存在する小さな領地、フォルセール領。


 しかし各領地から王都へ通じる街道が集中しているこの領地の中心フォルセール城は、その性質上かなりの発展を遂げており、首都であるテイレシア城に次いで二番目に人口が多い。


 また多くの城壁、水堀、楼閣を備えたこの城郭都市は、人と人同士の戦いのみならず、天魔大戦ですら落城したことは無かった。


 その難攻不落であるフォルセール城には、一つの通称がある。



 対魔の城フォルセール。



 旧き神である旧神や天使の一部が常駐するこの城は、魔族に支配された王都に近いこともあり、いつしか魔族に対抗しようと考える人々が集うようになっていた。


 そのフォルセール城の一角を占めるフォルセール教会に向かったクレイは。



「俺が討伐隊に入れないってどういうこと!? ラファエラ司祭!」



 今度は教会の一室で怒声を上げることとなっていた。



「落ち着きなさいクレイ。昨日きちんと私の話を聞いていましたか?」


 ラファエラのクレイに対する返答も、リュファスとほぼ同じ。


「あ、うん……違った、はい。えーと、天使の叙階……? を受けないとそもそも天使として認められない。そればかりか人間の枠組みにも入らない宙ぶらりんの状態だと聞いた……きました」


 違いがあるとすれば、ラファエラの声は静かで顔はにこやかなものであり。



 しかしそれが反論を許さぬ迫力に満ちた物であったことくらいだろうか。



「なので今の貴方がやるべきことは、問題を起こさないように黙って天使の叙階を受ける日が来るのを待つことです。判ったらハイと言いなさい」


「ハ……いやいやいや! そんなのひどすぎるよ! 人間じゃ無くなったかも知れないけど天使でもないんでしょ!? それなら天使になるまでの間くらい討伐隊に!」


「討伐隊の主要な任務の一つに迷宮探索があります。迷宮にはスライムがいる確率が非常に高い。そして貴方はどうやらそのスライムに歯が立たないようです。そんな危険なことを私がさせると思いますか?」


「ぐ……」


 痛い所を突かれたクレイは、下を向いて押し黙る。


 そのままラファエラの説得に押し切られ、彼がハイと言いそうになった瞬間。


「司祭様、ジョゼフィーヌです。お客人にお飲み物をお持ちしました」


 扉がノックされ、ラファエラが発した入室許可とほぼ同じタイミングで開かれたそこから、黒い修道服を着た十歳ほどの年齢と見られる少女が姿を現し、同時に部屋の中はリンゴにも似た心地よいカモミールの香りで満たされていた。


「う」


 しかしなぜかクレイはその少女の顔を見た途端に緊張に包まれて背筋を伸ばしたように見え、そんなクレイを余所に、少女はトレイの上に乗せた茶器をテーブルの上に並べながら澄ました顔で忠告を始める。


「クレイ兄様の声を聞いた皆が外で苦笑いを浮かべておりましたよ。こんなことではお母さまになられたアリアおば様からまた怒られるのではありませんか? フォルセールを治めるトール家の一子として相応しい振る舞いをしなさい、と」


「う……だって礼儀作法って何だか窮屈だし、よそよそしいし……」


「私なんて王族に相応しい礼儀作法を習うために、教会で働けるように進んで両親に頼んだのですよ? お兄様だってもう少し大きくなれば、他領や他国に使者として赴く立場だと言うのに。これではおば様も苦労が絶えない訳です」


 現れるなり苦言を口にするジョゼフィーヌに、たじたじとなるクレイ。


 そこに柔らかい笑顔を浮かべたラファエラが、茶器に入れられたカモミールティーを口にしながら助け舟を出した。


「その辺にしておあげなさいジョゼ。自他ともに厳しく律する貴女の姿勢にはいつも感心しますが、いずれ人の上に立つ王女であるからには、人の感情にも考えを向ける必要があると常々言っているでしょう」


「申し訳ありません司祭様。ただクレイ兄様もいずれこのフォルセールを治める立場であるからには、まず自分を律することを覚える必要があると思ったのでございます」


 ジョゼの柔らかい笑みの奥に垣間見える、年少者に特有の固い意志。


 要は融通が利かない、機転が利かないと言うことなのであるが、まだ少女である彼女にそれを求めるのは酷と言うものであっただろう。


「それに……私たちがいい子にしてないと、アルバ叔父様もきっと良くなりません」


 そして直後に寂しそうに、ある人物を気遣うような発言をしたジョゼの横顔を見たクレイとラファエラの二人は、途端に押し黙るのだった。



 クレイの義父、前回の天魔大戦でクレイと同じように人より天使の身へと転生したアルバ=トール=フォルセール。


 現在はこのフォルセール領を治める立場となっている彼は、前回の天魔大戦で幾度も繰り返された魔族との激しい戦いで心を疲弊し、その精神を病むこととなっていた。


 自らの意思はあるし、意識も明瞭。


 だがその感情は弱々しく、変化を殆ど感じられない物に成り果てていた。


 まるで感情を少しでも揺らがせることを罪と感じ、恐れ、自ら封印しているかのように。



「あーもう! 判ったよジョゼ! とりあえず礼儀作法のほうも頑張るから、アリア義母さんには安心するように言っておいてくれよ!」


「当然です。むしろ今さら先ほどのようなお説教を、王族とは言え年少である私にされてしまうクレイ兄様が信じられません」


 反論するも、即座にピシャリとジョゼに言い放たれたクレイは口をもごもごさせ、素直に謝罪をした。


「……うん、お前の言う通りだジョゼ。いつも気を使ってもらってありがとな」


 しかしジョゼはその謝罪を見た途端、先ほどのクレイのように口をもごもごさせ、あまつさえ顔を真っ赤にして背けてしまう。


「い、一緒に育った……そう! 妹のようなものですから! 気を使うとか使わないとか気を使っていただかなくても結構です! では私、仕事が残っておりますのでこれで失礼しますお兄様!」


 持っていたトレイを力強く胸に抱きしめ、慌てて部屋を出ていくジョゼ。


 クレイは不思議そうな顔をしてその後ろ姿を見送った後、口に手を当ててクスクスと笑うラファエラへガバっと近づいた。


「確かに今はスライムに敵わないかも知れないけど、だからと言って放置していい問題じゃないですよね! 今は避けることができても、天使になったならいつかは倒さなければならない敵のはずです!」


「その戦う時までに準備を整えればいいだけではありませんか。敵わないままに挑むのは愚かなことですよクレイ」


「だから準備を整えるために討伐隊で働くんです!」


 真面目な顔で迫るクレイに、ラファエラは呆れた顔で首を振った。


「ふー……まったく貴方は一度こうと決めたらテコでも動きませんね……何とかしてあげたい所ですが決まりは決まり。諦めなさい」


「それじゃあどうやったら討伐隊に入れるんですか!?」


「だからそれは無理と……あ、いえちょっとお待ちなさい」


 何かを思い出したのか、途端にラファエラの態度が変わったのを見てクレイは部屋の中を飛び跳ねて喜ぼうとするが。


「静かに待つのですよクレイ」


 目の前に眉を吊り上げたラファエラの顔が迫ったために、彼は即座に直立不動の姿勢をとる。


 誰かと話しているように、時々漏れ出でるラファエラの独り言――どうやらこのフォルセール教会で侍祭と祓魔師エクソシストを兼任している少女と話しているようであるが――をそれとなく聞きながらクレイがしばらく待っていると。


「どうやら知らないうちに新しい迷宮が作られていたようです。貴方にはその迷宮に危険が無いか、また人間が探索できる水準の物かどうかを、リュファスとロザリーと一緒に調べてもらいます」


「はい司祭様!」(……へ? 迷宮って危険なもので人が探索するものじゃないの?)


 自分が考えていることが、そのまま顔に出ていることに気付いていないクレイ。


 そんな彼をラファエラは不安そうに見つめ、やっぱりやめておいた方が良かったかと内心で溜息をつくのであった。

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