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第295話 迫る戦いの時!

「目的地はテイレシア王国のアルストリア領! 領境の砦は以前攻めた時よりも堅牢になっているようだが、我らの敵ではない! 一気に押し潰すぞ!」


 出陣したヴェイラーグ帝国の本軍。


 それを率いるヴェイラーグ帝国の皇太子、パーヴェルが檄を飛ばすと、途端に全軍が灼熱の塊のごとき熱気に包まれた。


 意気込むあまり、全軍の行軍にやや乱れは見られるものの、その内を満たす意思に乱れはない。


 敵を見た途端、一気に動きが集中するのがヴェイラーグ軍であった。


 そんな彼らをパーヴェルが頼もし気に見ていると、騎乗した一人の男が幽鬼じみた雰囲気を漂わせながら、辺りの様子を伺いつつパーヴェルへと駆け寄る。


「殿下」


「どうしたチエーニ」


「ニコライ=ペトロヴィッチ伯、どうやら首都モスクラースに帰還せず、自領に直帰するようです」


「どこまでも見下げ果てた男よ。放っておけ」


 パーヴェルはそう言うと、もう用はないとばかりに前を向いた。


「しかし、このままでは全軍に対して示しがつきませぬ、殿下」


 尚も食い下がるチエーニに、パーヴェルはうんざりして肩を落とす。


「構わぬ。どうせ奴のことだ、俺とテイレシアが争っている間に力を蓄え、頃合いを見て反乱を起こし、自分の失敗を帳消しにしようと考えているに決まっている」


「なるほど……閣下におかれてはそこまでお考えでしたか」


「俺が動くのはそれからだ。ニコライに従う者どもを見極め、叩き潰す。二度とこの俺に逆らう気が起きないほどにな」


「承知」


 ようやく納得したのか、ニコライに付き従っていたチエーニとは明らかに違う中年の男は、短く答えると馬首を返して別の場所に向かおうとする。


 だがその直前、パーヴェルが発した一言を聞いたチエーニは、すぐに手綱を引き絞って馬の動きを止めた。


「陛下に報告か?」


「一刻を争う容体のようです」


「つい先ほどはあれほど元気に話していたというのにな……」


 パーヴェルは少し視線を下げて考え込む。


「国に安定をもたらす皇太子の凱旋を待つよう、陛下に伝えてくれ」


「承知いたしました殿下」


 話は終わり、チエーニは首都モスクラースの中心である、クロムレイン宮殿へと駆け込んでいく。


「我が覇業は今日より始まる。裏切りは許さぬぞチエーニ一族よ」


 チエーニの後ろ姿に一瞥をすると、パーヴェルは彼を待つ近衛騎士たちの元へと駆けていった。



 先に出陣したヴェイラーグ軍を追いかけ、パーヴェルも首都モスクラースを出立した頃。


 テイレシアでは一足早くベルナールが帰着し、国王シルヴェールと会っていた。



「思ったより早かったなベルナール」


「そのための副団長アランですからな。行軍に関しては、もう私より上回っているところも出てきました」


「ほう、私は多少不安に思う所もあったのだが、お前が副団長に指名したのは間違いではなかったということか」


 シルヴェールは苦笑いを浮かべると、ベルナールの目をジッと見つめた。


「だが今度からはなるべく単独行動は避けてくれ。お前に何かあったら、私がレナに怒られてしまう」


 レナとは聖テイレシア王国に仕える宮廷魔導士の筆頭であり、ベルナールの妻である。


 最近になって懐妊し、間もなく生まれるとのもっぱらの噂であった。


 また同時期に王妃であるクレメンス王妃も懐妊していたのだが、こちらはよんどころない事情によって、いち早くエルザとして産まれている。


 なんにせよ、国を率いる重要人物の二人に、ほぼ同時期に子供が産まれると言うことで、魔族に王都を奪われてから暗い雰囲気に包まれがちなテイレシアでは、久しぶりの明るい話題に国中が沸いていた。


「大丈夫……とは言えませんが、変装には慣れておりますからな」


 シルヴェールに問い詰められたベルナールは、懐から綿を取り出して両の頬に詰め、ふっくらとした顔になる。


 特徴的な白髪も今日はブラウンに染めており、いつもの彼より数段若々しく見えた。


「では出陣しますか陛下」


「体調は良いのか? 今回も働きづめで、更にほぼ不眠不休で戻ってきたのであろう」


 だがやはりベルナールは高齢であり、最近は体調がすぐれないことも多い。


 シルヴェールはベルナールの身を案じて声をかけるが、当の本人は首を振ってそれを拒否した。


「そのための事前準備ではありませんか。ヴェイラーグを油断させるため、英雄を味方に……いくさの観戦に誘ったこともそうですが、なぜ出陣に何日も余計に時間をかけたのか」


「まあ、そうではあるが」


「ヴェイラーグが私の出兵の隙をついて出陣してくることは間違いない。そうおっしゃったのは陛下でございますし、戦いが終わったらすぐに戻ってくるように命令したのも陛下でございます」


「うむ……だが私の名誉のために言わせてもらえば、命令ではなくちょっとした冗談……」


「迷いはお捨てなさいませ。今の私に必要な言葉はいたわりではなく、この国の未来のために身を捨てよ、でございます」


 シルヴェールは不満そうに反論しようとするが、ベルナールはそれを真顔で否定し、国王の目を見つめ返した。


 だがその真摯な目は、父としては先駆者であるシルヴェールの柔らかな目で受け止められる。


「未来のためと言うのであれば、生き延びて後進を育てるのだな将軍。息子一人すら育てられないとあれば、私はお前を将軍失格と見なさねばならんぞ」


 その目を見たベルナールは自分を未熟と思ったのか、恥ずかし気に目を伏せて落ち着くために息をついた。


「あまり私を安心させてもらっては困りますな、陛下。武人たるものが一身を大事にするあまり、一国を危険にさらすようなことがあってはなりませぬから」


「一家を守る気概すら持たぬ者に国家を任せられるか。問答はここまで!」


 シルヴェールはニヤリと笑うと、城壁の上に視線を向ける。


 そこには愛娘であるジョゼフィーヌが手を振っており、隣には帯剣したクレメンスがにこやかな笑みを浮かべていた。


「手をお振りになられないので?」


「手を握るならともかく、出陣前に手を振るのは縁起が良くない」


「さようですか」


 ベルナールはタリーニア砦に向かう前、妻であるレナに手を振ったことを思い出して苦笑する。


 縁起などという迷信は、時として人を疑心暗鬼に誘うが、疑心暗鬼に立ち向かう武器となることもまた事実なのだ。


「ベルナール、何か私の顔についているか?」


「突然ですな。特に何もついておりませんぞ」


「それなら良いが……では出立するぞ!」


 シルヴェールは何か言いたげな顔をするも、ベルナールに素っ気なくされてしまい、しょうがなく出陣の号令を出す。


 軍の中団に位置する二人はなかなか城門をくぐることもできず、城外に出たのは一時間ほど後のことだった。


 そしてさらに行軍は進み、三十分ほどたった後に辺りはのどかな耕作地帯となり、進軍する兵士たちも市民の監視の目が無くなったとばかりに、ほっと気を緩めて私語などもポツポツと出始める。


「陛下」


「なんだ、ベルナール」


 そしてシルヴェールとベルナールも、周りの兵士に釣られるように、または紛れ込ませるように、言葉を交わし始めていた。


「クレイの容体は……どうなっているのですか?」


「悪い。いや、容体に変化なしと言ってもいいか」


「エルザ司祭、ラファエラ侍祭、ガビー侍祭の三人の力をもってしても、治癒が成らずということですか」


 落胆の色を示すベルナールに、シルヴェールは首を振る。


「三人が言うには、クレイの体には特に異常は見られないらしい」


「ということは、原因はクレイの最奥に?」


 ベルナールが目を鋭くし、自らの推測を口にすると、シルヴェールはゆっくりと首を縦に振ってそれを肯定した。


「お前の読み通り、メタトロンにあるらしい」


「しかし、なぜ……」


「メタトロンは他の天使と一線を画す、誇り高い孤高の存在。かつてはそれを補佐する存在もいたが、今は闇に包まれ遠く離れている」


 シルヴェールの抽象的な説明に、ベルナールは即座に対応して見せる。


「堕天使サンダルフォン、ですか」


「堕天とも少し違う状態のようだがな」


「つまりはメタトロンを立ち直らせる存在が必要と」


「それがサンダルフォンであるなら、クレイが健康になるにはかなり難しいことになるな……」


 やや落ち込むシルヴェールを見たベルナールは、身をもって元気や勇気のありかを示してくれるクレイの存在が、如何に自分たちにとって助けであるかを思い知る。


「このいくさでテスタ村の者たちを助け出せば、何らかの手掛かりが見つかるかもしれませんぞ、陛下」

 

「うむ……そうでありたいものだ」


 ベルナールの言葉にいくらか元気を取り戻したシルヴェールは、心配するなとばかりに愛馬ラビカンの首を叩いて前方へと睨みを利かせたのだった。

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