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第293話 人との交わり!

[久しぶりだなノエル。私が来ない間に、きちんと言霊を使いこなせるようになったのか?]


「……」


[ふむ]


 テスタ村の入口、申し訳程度の目印となっている木製の門の前で、ジョーカーはノエルを見つめ、そして村の中を見渡す。


 畑はすでに荒れ放題となっており、かつて村民が住んでいた家はかろうじて姿を保ってはいるものの、屋根はすでに苔むしており、壁の一部も同様に変色している部分が多く見られていた。


[教会が見えんな。白く高い建造物は目立ち、この入口からでも見分けることは容易だったのだが]


 ノエルは答えない。


 ただ悲しそうに目を伏せ、答えることを拒絶していた。


[まあ想像はつく。あの教会の中で私とアルバトールが戦ってから、こちらの世界では十年以上が経っているからな。その時点でほぼ半壊と言った状態だったし、崩れ落ちても仕方なかろう]


 何の感情も込めずに答えるジョーカー。


 その虚無に吸い込まれまいとしてか、ノエルは抗うように声を絞り出した。


「帰って……言う通り……ならな……」


 必死に答えるノエル。


 だがその努力を、ジョーカーは推し量ることなく否定した。


[お前は私を何度失望させれば気が済むのだ、ノエル]


 吸い込まれようとしていた無感情の穴、ジョーカー当人から否定されたノエルは、その自分勝手な答えにさすがに感情を震わせる。


≪貴方に何度失望されようと構いません。それはむしろ私にとって望むところだと、貴方も分かっているでしょう。それなのに何度も失望してまでして、なぜ貴方は私に構い続けるのですか≫


 しかしノエルの感情は言葉ではなく、念話と言う形でジョーカーに伝えられる。


 言葉、つまりは言霊と言う物質界に作用する手法によらない返答、念話で返答されたことにジョーカーは首を振り、さらに失望の念を露わにしながらもノエルの疑問に答える。



[テスタ村の者たちを救うためだ]



 そしてジョーカーは、ノエルがまるで予想していなかった返答を口にし、それを聞いたノエルは内容に全身を打ちのめされるような衝撃を感じた。


≪貴方は……一体何を言っているのです?≫


 ノエルがそう言うのも不思議ではない。


 テスタ村の村民は、運命の奔流にもてあそばれ、何度もその居住を変えた後、今はヴェイラーグの僻地に押し込められている。


 だがその原因は目の前にいるジョーカーであり、そしてノエル――自分自身――であった。


[何を言っている、と言うのは人聞きが悪いなノエル]


≪だって……テスタ村の皆が今みたいになったのは……≫


 ノエルの反論を聞いたジョーカーが、仮面の奥で目を細める。


[だからお前と私、テスタ村の者たちが今のような流浪の民となった原因の二人で、その境遇から救い出そうと言うのではないか]


 ジョーカーの声の奥底に楽し気な響きを感じ取ったノエルは、手をキュッと握り締める。


[だと言うのに、お前は私の言うことを少しも聞かず、今回もテスタ村の者たちを苦しめる選択をしたと言うことだ。これを失望と言わずして何という]


≪それはいつも貴方が私たちのことを騙してきたから!≫


[以前トウモロコシの時にも言ったな。それはお前が、お前たちが私のことを信用しないからだと。私を信用しないなら、何を言おうと私の言葉はお前たちには届かないと。結局お前は、私の忠告にまるで従おうとはしなかったな]


≪だって……だっ……て……≫


 ノエルは反論できない。


 姿は少女の頃より変わらないとはいえ、生を受けてより数十年がたつというのに、ノエルは幼女のようにどもり、同じ言葉を繰り返す。


[いつまで過去に囚われ、村に閉じこもっているつもりだノエル]


≪え……≫


 そこに発せられたジョーカーの叱咤。


 だがノエルにはそれが、ジョーカーからの激励に聞こえた。


[お前が他人に関わりたくないと言うのであれば、それでも良い。だがそれは贖罪をただ先延ばしにしているだけにすぎん]


≪う……≫


[堕天使である私はともかく、ただの人間だったお前の犯した罪は数多にのぼる。テスタ村の皆を吸血鬼にしたこと、その能力を以って捕縛から逃れたこと、あまつさえテオドールを守ると言う建前を大義名分に、殺人に利用したこと]


≪……≫


[そして私の忠告を聞かず、トウモロコシの処置不足によってテスタ村の皆を病気に追い込んだ罪。未だにこれらの罪に目を塞ぎ、逃げ回っているのが今のお前だ、ノエル]


≪……私に何をさせるつもりなのですか、ジョーカー≫


 何をしたらいいのか、と言わずに逆にジョーカーを詰問するノエル。


 十年以上を孤独に生き、未だに折れぬその精神にジョーカーは舌を巻く。


(だが、それがいつまで続くかな……?)


 しかしジョーカーはすぐにそう考えなおすと、内心でノエルをあざ笑いながら、驚愕すべきことを口にした。


[時を置かずして、テスタ村の者たちは戦場に出る]


≪……なぜ⁉≫


[ヴェイラーグに従属するからには、当然そうなろう]


≪そんな……≫


 確かに今テスタ村の者たちはヴェイラーグにおり、ヴェイラーグはたびたび戦争を起こしている。


 つい先日もヴェイラーグはタリーニア砦に攻め込んだばかりであり、山中に閉じこもっているノエルにはその知らせは届いていないものの、ヴェイラーグが近い将来に戦争を起こすことは容易に想像できた。


[お前が言霊を使いこなせていれば、テスタ村の者たちを助けることも出来るであろうが……それには私やアナトではなく、人との交流が必要となろう]


≪人との……交流……≫


 提案という誠意の裏にありありと見える、ジョーカーの誘惑。


[どうするノエル。私に着いてくるのか、着いてこないのか]


 ノエルはそれに気づいており、だがそれに抗う術を思いつかず、一つの逃げの手を打つ。


≪少し時間を……ください≫


 ジョーカーに伝わってきたのは、微弱な力しか持たぬ念話の一言。


 相手の精神状態が伝わりやすい、念話の答えを聞いたジョーカーは内心でほくそ笑み、ノエルの懇願を是とする。


[一日だけ待とう。決心がついたらテスタ村の門から外に出よ]


≪……はい≫


[教会の跡地に十字架を置いておく。それが村の外に移動したら、お前が決心したと見なして迎えに来よう]


≪はい≫


 ノエルの返答に迷いが無くなる。


 それを確認したジョーカーは、右手に一つの十字架を顕現させ、少し長めに息を吹きかける。


 同時に十字架には邪悪を感じさせる赤黒い光が宿り、すぐに教会があったところへと飛んでいった。


[ではまた会おう]


 そして十字架の後を追うようにジョーカーも姿を消し、テスタ村には再びノエル一人が残されることとなった。



 次の日。



[では行くぞノエル]


≪……はい≫


 村から離れた森の中。


 一人で歩いていたノエルは、目の前にジョーカーがいきなり現れても少しも驚かず、力なく念話によって意思を返した。


(さよならテスタ村……)


 ノエルは生まれ育った故郷に別れを告げ、そして胸に浮かんだ一人の幼馴染の名前を押し殺し、ジョーカーに着いて行く。


 誰もノエルを見送る人はいない。


 ただ森の中から、無数の動物の視線と、無数の植物の意思のみが、彼女の行く末を案じ、ジッと見守っていた。

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