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第288話 北国フェストリア!

 フェストリア王国の宰相ビスマルク。


 ヴェイラーグからの使者と会ったその翌日、彼の巨躯は王城の一室、国王の執務室にあった。



「ほう、ヴェイラーグから援軍を乞う使者がのう」


「御意」


 薄暗い執務室の中、国王ヴィルヘルムの問いにビスマルクが頭を下げる。


 巨漢であるビスマルクは、国王に敬意を表するはずのその仕草さえ部屋の雰囲気を重厚なものと変えてしまうが、彼は軍人ではなく文官であった。


 五十を越える年齢なれどその圧は変わらず、ほぼ同じ年齢でしかも配下だと言うのに、ヴィルヘルムは時々気圧されることがあった。


「かのタリーニア砦を一晩で落とした御仁なれど、さすがにベルナール将軍の名声には恐れをなしたのかと」


「戯れ事を申すな。そのニコライとか申すもの、要は我らの援軍など必要としておらず、ただ参戦したという事実が欲しいだけであろう」


「御意に」


 相変わらず堅苦しい返事しかしないビスマルクにヴィルヘルムは苦笑し、ビスマルクの隣に立つ軍服姿の痩せた小男に視線を向けた。


「やれやれ、今まで数々の戦いをテイレシアと交わした我が国ゆえに、喜んで参戦をしてくれるとでも思ったのか、それとも他に思惑があるのか……どう思う、モルトケ将軍よ」


「そうですなあ、小官が考えまするに、単なる様子見でしょう」


 国王の前だと言うのにまるで緊張の色を見せず、国王とビスマルクの二人より少々年上に見えるモルトケと呼ばれた小男は、今日の天気を答えたとでもいうように素っ気ない返答をし、逆にその態度にヴィルヘルムは興味をそそられた。


「何の様子を見たいのだ?」


「我が国との同盟が信頼しても良いものか、そしてもし我らが何らかの動きを見せた時、ベルナール殿の戦術に転換が有るか否か」


「なるほど」


 モルトケの答えを聞いて得心したヴィルヘルムは立ち上がり、壁際を埋める書棚から先日届けられたばかりの書簡を二通取り出すと、机の上に並べた。


「こちらがヴェイラーグ、そしてこちらがベルナールからのものだ」


「おや、陛下に置かれましては二心をお持ちでしたか」


「ベルナールは持たせたいであろうな」


 モルトケの軽口にヴィルヘルムが答えると、書簡に目を通したビスマルクがふうむとくぐもった声を出して口を開く。


「ニコライ殿は我が軍優位、ベルナール殿は戦いにすぐに決着をつけるゆえ、そちらが参戦しようとしても無駄足に終わるであろう、でございますか」


「ニコライは我が国に参戦をそそのかす目的とすぐに分かる。だがベルナールが寄越した書簡は、額面通りに内容を受け取る訳にはいかぬ」


「あの御仁には、小官も幾度か手ひどい目にあっておりますからなあ」


 敗戦を気楽に口にするモルトケにヴィルヘルムは再び苦笑し、今度はタリーニア砦周辺のざっくりとした地図を卓上に広げた。


「汝らも知っての通り、タリーニア砦はこれまで難攻不落の要塞として知られていた。もはや過去形ではあるが、ニコライに出来たことがベルナールに出来ないとは思えぬ」


「なかなかに高く評価されておりますなあ陛下」


「お前が何度も敗北した相手を低く見る訳があるまい」


 ヴィルヘルムはモルトケに向けてニヤリと笑うと、右手の人差し指で地図上のタリーニア砦の周りにグルリと円を描く。


「ベルナールは三万という大軍を率いてやってきた。だが兵站の確保に苦しんでおり、ひっきりなしに本国から補給がやってきている」


「さようですなあ、あのベルナール殿にしてはお粗末な戦略ですなあ」


「当然、その補給部隊が狙われるわけだが……攻めたヴェイラーグが寡兵だったとはいえ、ベルナール不在の補給部隊の将が、見事な操兵によって撃退したらしい」


「ほほ~」


 モルトケが薄っぺらい同意を返し、だいぶ部屋の雰囲気も和らいできた、とヴィルヘルムが感じた瞬間。


「つまりベルナール将軍は、補給部隊を囮にして、タリーニア砦からニコライ殿を引っ張り出すのが目的なわけですか」


 すぐにビスマルクが重々しい声で和らいだ雰囲気を再び重いものとする。


「いやあ、それはニコライ殿も分かっておいででしょうなあ」


「ではニコライ殿は、罠と分かっていて自軍を向かわせたというのですな」


 ヴィルヘルムの顔が苦々しく変化し、それを見たモルトケが軽く否定するも、ビスマルクはそれにも真っ向から答え、更に部屋の雰囲気は悪くなってしまった。


「いい加減にせよビスマルク。そのような頑迷な態度で、柔軟な思考が必要な戦略を軽々しく答えるでない」


「これは迂闊、失言でした陛下」


「お前の意見はいつでも貴重なものだが、いつでも相手に受け入れさせようとするのは身勝手極まりない。お前の言葉を聞く者に、受け入れるかどうかの選択を残すのも大事なことだぞ」


「誠に」


 ビスマルクは頭を下げるも、その謝罪の姿すら周囲の目には威圧と映る。


 もちろん本人にまったくその意思はなく、国王であるヴィルヘルムや軍を率いるモルトケも怯むことはないが、廷臣が集う謁見の間では無用な誤解を招くことも多々あった。


「話が逸れたな。要はお前たちに我が国がどう動くかを聞くのが、今日呼び出した目的だ」


「まあ、それは臣下の務めですがなあ、我らだけというのは、余計な誤解を他の臣下たちに与えはしませんかなあ、陛下」


「それで狼狽えるような無能や小心者を食わせる余裕は、このフェストリアには存在しない。気にせず答えよモルトケ」


「ははあ」


 モルトケはあまり敬意のこもっていない謝罪をして白髪頭を下げると、そのまま考え込む。


 その姿を見たビスマルクは同じく黙考するもすぐに堂々と胸を張り、あらかじめ答える内容を決めていたとばかりにヴィルヘルムに答えた。


「我が国としてはこの戦いに参戦することは良しとしませぬ」


「その理由は?」


「テイレシアに幾度となく攻め込んだ頃とは違い、前回の天魔大戦でヤム=ナハルが逃げ込んできた際の対応で真っ二つになってしまった我が国は、外征に費やす力など残っておりませぬ」


「ふむ」


 正当であり正論。


 それ故にまったく面白みに欠けるビスマルクの答えに、少々ヴィルヘルムは失望しながら残ったモルトケを見る。


 だがモルトケはなかなか発言をしようとしない。


「まだかモルトケ」


「ははあ」


 それどころかウロウロと部屋の中を歩き回り、壁際に置かれた書棚の中から意味も無く書籍を取り出しては収納し、遂には床に手をついた状態のままで動き回ったかと思えば、急に立ち上がって立ち幅跳びをする有様。


「……疲れているなら休養せよモルトケ」


「はッ……はあ……これでどうですかなあ! ベルナール殿!」


 あまりの奇行にヴィルヘルムが慰労の言葉をかけた時、モルトケは飛び上がってビスマルクの胸板に逆水平チョップを叩きこんでいた。


「モルトケ殿におかれては、何やら策が有る様子で」


「う……うむ……」


 だがビスマルクは微動だにせずモルトケのチョップを受け止め、動揺するヴィルヘルムをなだめてからモルトケを見た。


「我が国においては、出撃せぬほうがよろしいでしょうなあ」


「なんじゃそれは! 今お前がやっていた妙な動きは何のためじゃ!」


「色々とやってみたのですが、どうもベルナール殿の動きが読めませんでなあ」


「ほう」


 首を傾げるモルトケ。


 それを見たヴィルヘルムはビスマルクの方を向き、意見を求める。


「モルトケ殿と私の意見が一致した。それでよろしいではありませんか陛下」


「そう思う。だが……」


「だが?」


「お前は気にならんのかビスマルク。あのベルナールがこの度のいくさにおいて、どのような絵図を描き、戦いを勝利に導こうとしているのか、とな」


「……恥ずかしながら、興味津々でございます」


「モルトケ、お前はどうだ」


「陛下のお許しがいただけるのであれば、すぐにでも参戦の用意を致しますが」


 そわそわとする側近二人の姿を見たヴィルヘルムは、ニヤリと笑みを浮かべて勅命を下す。


「参戦じゃの。だが一番重要なのは、言うまでもなく我が国の存続と安寧である。お前たちが常々ワシに言っておるようにな」


「その通りでございますなあ」


 モルトケの気の抜けた同意を聞いたヴィルヘルムは、ビスマルクに国内の内情を確認するように伝える。


 こうして北国フェストリアの参戦は決定されたのだった。

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