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第284話 冷えゆく謁見の間!

[んで、新しい封印術ってのはどんな感じになるんだ]


 謁見の間に着いて早々、バアル=ゼブルはルシフェルに疑わし気な視線を向けるが、魔族の王たるルシフェルはまったく動じない。


[まだ開発中ゆえに詳細は伏せておく]


[なんだそりゃ、そんじゃ何のために持ってきたんだよ]


[だがこれが成功すれば、神々や天使はおろか、人間たちまでこの魔術にひれ伏すことになるだろう]


[あん? 俺たちはともかくとして、聖霊による結界が殆ど効果がない人間にまでひれ伏せられるのか?]


[俺を誰だと思っている]


 退廃に満ちたルシフェルの横顔を見たバアル=ゼブルは、その薄暗さにごくりと生唾を飲み込んだ。


[お、おう……つか封印術なのに、聖霊の力は使わねえんだな]


[この封印術には精霊魔術を使う。そもそも俺は、聖霊と相性が悪いからな]


[ああ、そういやそうだったな]


 ルシフェルがまだ八雲だった頃、崩壊した王城を八雲が一部を残して修復した後、バアル=ゼブルが法術で追加の修復をしようとしたが、その直後に法術が暴走して王城が異形へと変容したことを思い出す。


[しかし精霊魔術で封印術って大丈夫なのか? ただでさえ扱いが難しいものを新規で開発とか、下っ端ならともかくお前がやることじゃねえだろ]


 そして暴走繋がりでそんなことを口にするが、聞いたルシフェルと言えば顔色一つ変えない。


[だからこそやる必要がある。テイレシアとヴェイラーグの奴らが戦いになろうとしている今、先走ってテイレシアに攻め込もうなどと下卑た考えを起こす奴らが出ないとも限らん。特に魔神どもがな]


 そして溜息一つで不安材料を消し飛ばすと、持っていた器具を床に敷かれた絨毯の上へと無造作に置いた。



 新しい術の開発というものは、ルシフェルやバアル=ゼブルのような最上位の存在でさえ難しい。


 四大精霊の配合によって術の性質は決まるが、その総数の上限は決まっていないために無限に組み合わせが存在し、それ故に開発の途中で精霊の調整に失敗して術が暴走し、術者自身に危害を加えることも多いのだ。



[準備は整った。この布団をめくって足を中に入れてみろバアル=ゼブル]


[マジかよ……精霊の機嫌は悪くなさそうだが、アイツら本当に気まぐれだからな……アスタロトより手に負えねえ]


[いいから早くしろ]


[チッわーったよ。つか開発者のお前から入れよ]


[俺は術の制御で忙しい]


[まぁそんなこととは思ってたけどよ。そういやこの術の言霊って何なんだ]


[Cfo=tyhau=tkhu だ]


[何だってそんな面倒くせえ発音の言霊にしたんだよ。人間には無理なんじゃねえかそれだと……よっと]



 超常的存在ですら精霊の力を借りて術を発動させる、ということからも分かる通り、精霊は魔法というシステムの中に組み込まれた因果の一つである。


 一瞬だけでも魔法の法則を捻じ曲げ、新しい力や存在を産み出せるということからも、それは明らかだろう。


 つまり精霊を召喚し、術を発動できたとしても、その結果が物質界に従うまで力を使い続ける必要があるのがこのセテルニウスという世界であった。



[……なんか温かいな。この温度に調節する手腕は認めるけどよ、この季節だと暑苦しいが先に立つな]


[ふむ、どうやら実験は成功のようだ。ベルフェゴール、お前も入ってみろ]


[入る必要を認めないニョ。と言うか冬ならともかく、まだ秋口だというのに足を温めてどうするニョ]


[ほう、怠惰にしては的を射たいい意見だ]


 ベルフェゴールの辛辣な意見に、ルシフェルは機嫌を悪くした様子もなく答え、そして傍らに置いてある呼び鈴をスッと持ち上げて振る。


 程なく一人の少女が音もなく現れ、スカートをつまんで優雅な礼を披露した。


[お呼びですかルシフェル様]


[ヤム=ナハルはどこにいる、エレオノール]


[食器と衣服やシーツの洗浄を手伝ってもらっております]


[すぐここに来るように伝えてこい]


 傲慢なルシフェルの指示を聞いたエレオノールは、その瞬間になぜか片眉を苛立たし気にピクリと上げる。


[なぜか山積みになってやがりますので、しばしお待ちを]


 その返事に何かを感じ取ったのか、ルシフェルはエレオノールの反論を咎めようともせずバアル=ゼブルを見た。


[仕方あるまい。バアル=ゼブル、乾燥を手伝ってやれ]


[手伝いやがれくださいませ。ちなみに山積みな原因は、昨日バアル=ゼブル様とルシフェル様が争った際に起きた暴風です]


[マジかよ]


[まったく仕方のない奴だ。しょうがないから俺も手伝ってやる]


[そこの暇そうにしている貴方も手伝ってください]


[ワイは無関係ニョ⁉]


 こうして謁見の間はしばし無人となった。



[やれやれ、ひでえ目にあったぜ]


[何言ってんのですかバアル=ゼブル様。やったのは殆どアスタロト様じゃないですか]


[だからお前も暇が出来たんだろエレオノール]


[まあそうなんだけど……それで俺に何をして欲しいんですかルシフェル様]


 洗い物も終わり、謁見の間に戻ってきた魔族の面々は、四角く背の低い卓上の前に整列する。


[しばし待てエレオノール]


[すぐに用が無いなら仕事に戻りたいんでございますけど]


[それほど手間は取らせん。ヤム=ナハル]


 やや不機嫌となったエレオノールの抗議を無視したルシフェルは、その隣で杖をついているナマズ髭の老人の名を呼ぶ。


[なんじゃルシフェル。ワシの方もそれほど暇ではないぞ]


[それほど手間は取らせん。この謁見の間を冬のごとく寒くせよ]


 どう考えても無駄なことをやらせようとするルシフェルを、ヤム=ナハルは右手で髭を整えながらじろりと睨みつける。


[なんでそんな訳の分からんことをワシがせねばならんのじゃ]


[お前が水系統の術を得意としているからだ。素直なセファールがここにいれば問題なかったのだが、残念ながら何事にも反骨心を丸出しで、俺の言うことをまるで聞かない老害しか王都には残っていないのでな]


[そんな言い方で動くヤツがおるなら見てみたいもんじゃ]


[そんな言い方しかしないヤツなら俺の目の前にいるがな]


[おい俺を見るな]


 どうあっても流れ矢が飛んでくる男バアル=ゼブルを見たヤム=ナハルは、諦め半分といった感じで溜息を一つつく。


[魔王の頼みとあれば仕方ない、断ってもどうせああだこうだと長引くだけで、問題の解決にはまるで繋がらんからな]


[ほう学んだようだな]


[ジョーカーが愚痴をこぼしておったぞ。お前やバアル=ゼブルが人間たちと仲良くするものだから、負の感情の貯蔵が進まずこのままでは遠征に出せぬとな]


[別に食事で力を蓄えても良かろう。それとも人間たちと同じことをするのは、かつて神だった者としては我慢ならぬか?]


 ヤム=ナハルは無言になると、杖をカツンと謁見の間の床に打ち付ける。


 するとそこから床、壁、天井へと冷え始め、すぐに謁見の間の室温は冬のような寒さへと下がっていった。


[……芯まで冷やしておいたからすぐに温かくなることもあるまい。それではワシは失礼するぞ]


[まあ待て、寒くしてくれた礼だ。お前も実験に付き合わせてやる]


[それが礼をする態度か、まったく]


 そして謁見の間に集まった面々は、そろってテーブルの端から下がった布団の中へと足を入れていき、頃合いを見計らったルシフェルが術を発動する。


[Cfo=tyhau=tkhu]


 そしてテーブルにかけられた布団の中には調整された熱が宿り、皆の足を温めていった。


[ほう……なるほどのう]


[あ、これいいかもルシフェル様。すごく気持ちいい]


[確かにな……だけどよ、布団の中に入れてる足だけが温まって、背中や顔の方は冷たいままだぜルシフェル]


[だからいいのではないか]


[あん? そりゃどういう意味……]


 なかなかに実験の結果はいいようで、布団の中に足を入れたヤム=ナハルとエレオノールはたちまち顔を蕩けさせ、そんな中でも不満を口にしたバアル=ゼブルをルシフェルは見下した目で見つめると、一つのカゴを卓上に乗せる。


[そんなことより謁見の間を冷やした礼だヤム=ナハル]


[ん? オレンジか? 礼にしては随分と小さいものを出してくるのう]


[これはミカンと言うものだ。皮も手で剥けるから食ってみろ]


[ふむ……おう甘い]


[ヤム=ナハル様、エレオノールも食べていい?]


[うむ、良いぞ。と言うか数はあるから全員で食べても良いのではないか?]


[ありがとう!]


 すぐに全員が黙々とミカンの皮を剥き、食べ始める。


 そのうち籠の中にミカンが少なくなり、最後の一つにベルフェゴールを除く三人が手を伸ばし、遠慮なくバアル=ゼブルが手中に収めると、たちまち他の二人は目を吊り上げた。


[そういうところが常識が無いって言われる原因だよバアル=ゼブル様]


[部屋を冷やしたのはワシであってお主ではなかろうに……相変わらず人の心を解さぬ奴よ]


[な、なんだよ。こういうのは早いもの勝ちだろうが]


 室温など比較対象にもならぬ、エレオノールとヤム=ナハルの冷たい視線に耐えられなくなったバアル=ゼブルは、脇に立ちじっと見ているルシフェルへ助けを求めるように顔を上げる。


[おい、補充のミカンはねえのか?]


[部屋の隅に置いてある木箱の中だ]


[取ってきてくれ]


[自分でやれ]


[なんだよそのくらいいいじゃねぇか]


[自分で蒔いた種くらい自分で刈り取れ。まさかそのくらいも出来ないのか?]


[くっそ……]


 バアル=ゼブルは毒づき、そしてそのまま黙考する。


[どうした、出ないのか?]


[くっ……出たいのは山々なんだが……]


 寒々とした部屋の空気に轟沈したバアル=ゼブルは、ギラリとした目で隣のベルフェゴールを見る。


 そこには遠慮なく頭以外の全身を、Cfo=tyhau=tkhuの中に入れてしまったベルフェゴールがおり、その満足げな表情を見たバアル=ゼブルは、即座に殺意で全身を満たした。


[おい邪魔だベルフェゴール、ちょっとくらい遠慮してミカンを取ってこいよ]


[邪魔だからってミカンを取ってくる義務は無いニョ]


[チッ、しょうがねえな]


 バアル=ゼブルはマイムールを召喚し、風によってミカンが入った木箱を手元に持ってこようとする。


 だが。


[おっひょおおおお⁉]


 現れたマイムールを掴んだバアル=ゼブルは、その冷たさに驚いて放り投げてしまっていた。


[クッソ、召喚したマイムールまで冷たくなってるのはどういう理屈だよヤム=ナハル爺……なんかもう面倒くせえな、ミカンとかもうどうでも……いい……]


 手を布団から出し、マイムールを握った瞬間にバアル=ゼブルは再び手を温かい布団の中へ戻す。


[あー、俺ももう仕事なんかどうでも良くなってきたよバアル=ゼブル様……]


[うむ……ではワシが最後のミカンは貰うぞ。元よりワシへの報酬だったからの]


[おう……好きに食ってくれヤム=ナハル爺……]


 とうとう全員がベルフェゴールにならい、布団の中に潜り込んでしまうと、ルシフェルはフムと満足げにうなづいたのだった。

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