第283話 新しい封印術!
フォルセールからテイレシア騎士団が出立した日の王都。
[あん? お前ベルフェゴールじゃねえか。何してんだこんな所で行き倒れて]
[衛兵に停められたから面倒になったニョ。明日から本気出すニョ]
「あ、助けてくださいバアル=ゼブル殿! この人こんなことを言ってもう三日も我々に食事をたかってるんです!」
旧神バアル=ゼブルは、テイレシアの城門の一つで面倒に巻き込まれていた。
――ガラガラガラ――
[んで何でこんなに来るのが遅くなったんだよ。アスタロトの奴はとっくにこっちに戻ってきてたぞ]
[仕方ないニョ。歩くのが面倒だから、東方の国から王都まで来たとかいう、タマタマ通りがかった隊商に便乗したニョ]
[ほー]
[それでその馬車の上で寝てたら、帰国する途中だったみたいで反対方向に向かってしまったニョ]
[いや普通は確認するだろ]
[確認する手間を省いたニョ]
[それじゃ仕方ねえな]
あの後、バアル=ゼブルは動こうとしないベルフェゴールを台車に乗せ、王城へと向かっていた。
魔術で飛ばすことも出来るのだが、ベルフェゴールのような強大な存在を飛ばすのはかなり力が必要なので、物理的に動かした方がよほど楽なためである。
ガラガラと音を立てて移動する台車はそれなりに目立ち、周囲を歩く人の目を引きつけ、更にはその運んでいる荷物が魔神であることもあって、たちまち周囲には暇を持て余した子供たちが輪を作ることになっていた。
その輪の中から一人の女の子がテクテクとバアル=ゼブルに近づくと、ベルフェゴールを指さして不思議そうな顔で口を開く。
「バアル=ゼブル様、これなあに?」
[ああ、こいつはベルフェゴールって言ってな、俺たちの新しい仲間だ]
「ふーん……」
子供たちは恐れる様子もなくベルフェゴールを見つめ、そして四方から無垢な視線を受けたベルフェゴールは苦し気に顔を歪める。
[見るのをやめるニョ]
「なんでー?」
[ワイを見たければ、お父さんとお母さんの所に案内するニョ]
「会ってどうするの?」
[幸福な結婚などというものが存在しないことを、じっくり説いてやるニョ]
子供の視線に耐え兼ねたベルフェゴールが、周りの子供に向かってそう言い放つと、途端に子供たちが殺気立つ。
「案内するわけないでしょ!」
「そうだそうだ!」
「なんかくさいよこの魔神!」
[くさくないニョ! ワイの提案に対して悪口で反論するのはやめるニョ!]
次々に抗議……と言うか悪口を言い始めた子供たちにベルフェゴールはうろたえ、顔を真っ赤にしながら言い返すも、集団となった子供たちの理不尽な悪口に対抗できるものはこの世に存在しない。
と言うわけでバアル=ゼブルはやや及び腰になりながら仲裁に入る。
[あー、待て待てお前ら]
「やだ!」
「この魔神、なんか生理的に受け付けない顔してるもん!」
「それにくさいし!」
[容赦ないな……どんな育ち方をしたらこうなるんだ]
無論、集団で勢いに乗った子供たちが言うことを聞くはずもなく、バアル=ゼブルが呆れた口調で呟くと、先ほど輪の中から進み出でた女の子が半眼でバアル=ゼブルを見つめた。
「物心ついた時から、ずっと素行の悪い魔族に囲まれて育つと、こうなるんじゃないかしら」
[そりゃもっともだな……おいお前ら、こっちを見るな]
こうしてバアル=ゼブルの仲裁は見事にはまり、子供たちの悪意は仲裁した当人へと向けられたのだった。
「バアル=ゼブル様~どこ行くの~?」
[とりあえず王城に持って行ってルシフェルの野郎に会わせて、王都へ到着した報告でもさせるかな]
子供たちは相変わらず着いて来ていた。
魔族であるバアル=ゼブルを少しも恐れる様子が無く、また初見であるベルフェゴールすら恐れる様子が無い。
もっとも通りすがりの魔神や魔物などとすれ違う時は、バアル=ゼブルやベルフェゴールの影に隠れるので、まったくの無謀な行動と言うわけでもなかった。
[生存本能、って奴かねぇ]
[うんうん、子供って結構勘が鋭いからね]
[おわ、いつの間に来たんだよアスタロト]
[ジョーカーとまた喧嘩しちゃってさ。顔も見たくないって出てきちゃったんだよ]
[またかよ。お前とジョーカーは堕天使の両輪なんだから、そろそろ仲直りしないと面倒なことになるぞ]
[つーん]
バアル=ゼブルの取り成しを聞いたアスタロトは、たちまち機嫌を損ねる。
クレイと一緒にムスペルヘイムに出張する前、自分の立場が悪くなるようなことをするな、とジョーカーに言い含めておいたのに、それをまったく無視するような行動に出たからである。
しかし魔族全体としてはジョーカーの行動の方が正であり、アスタロトの方が誤なのだ。
よってアスタロト自身も、自分がワガママを言っているだけということは十分に承知の上で、ジョーカーに当たり散らしていた。
もっとも言われている当人は、馬耳東風と言った感じで完全に無視を決め込んでいたが。
[まったくしょうがねぇなぁ……お前の苦情はルシフェルもジョーカーもモートも全部俺に言ってくるんだから、そろそろ機嫌を直せよ]
[何それ自分のことしか考えてないじゃないか! 孤立しているボクを同情してくれないの⁉]
[同情ならアナトがしてるだろ。俺はこう見えても偉いから、魔族全体のことを考慮した行動をしねえといけねえんだよ]
バアル=ゼブルはそう言うと、周りにいる子供たちの方をチラチラと見る。
だがそこにあるのは、キラキラと尊敬を露わにした目ではなく、ほら吹きに対する侮蔑のどんよりした目であった。
「あたしウソは良くないと思うの」
「人を慰めるためのいいウソならともかく、言い逃れとか自分をえらく見せるためのウソをよくつくからなあ、バアル=ゼブル様は」
[昔からこういう奴ニョ。ワイは傲慢で傲岸で強引なセレブ女の次にバアル=ゼブルを軽蔑してるニョ]
[おいナチュラルに子供の味方に加わってるんじゃねえよベルフェゴール!]
ベルフェゴールを怒鳴りつけるバアル=ゼブルを見たアスタロトは、未だに台車にちんまり乗っているベルフェゴールへ視線を移す。
[キミは何をしてるの?]
[ああ、こいつを運搬中だ]
[いや、何でバアル=ゼブルが答えるの……ねえベルフェゴール?]
アスタロトが呆れた口調でベルフェゴールに尋ねると、一輪車の上で頬杖をついていたベルフェゴールがやや視線を逸らす。
[ベルフェゴールは留守ニョ]
[ふーん、どこに行ったの?]
[知らんニョ。傲慢で傲岸で強引なセレブ女に答えてやる義理ニョール⁉]
ベルフェゴールは、アスタロトのマントから出てきた腕にがっちり頭部をホールドされる。
[はいはい、まだお預けだよメリュジーヌ]
[……ギル、グル……ゥプ]
[だーめ。こんな魔神くっさいお肉なんて食べたらお腹壊しちゃうよくっさ]
[くさくないニョ!]
先ほどから臭い臭いと連呼されたベルフェゴールは、さすがにちょっと気にし始めたのか、自分の尻尾を握って先っちょをクンクンと嗅ぐ。
[いい香りニョ。お前たちも嗅いでみるニョ]
[ボクが嗅ぎ終わるまでキミが存在してればいいけどね]
[ワイの大事な尻尾の本体に何をするつもりニョ!]
[あったくめんどくせぇなぁ……]
子供たちだけならともかく、アスタロトまで加わって一層うるさくなったことにバアル=ゼブルは辟易し、アスタロトを遠ざける決定をする。
[おいアスタロト、お前は先に王城に戻って、ルシフェルの野郎にベルフェゴールが戻ってきたって連絡してくれ]
[えー、ボクと一緒に居たくないの?]
[行き先は一緒なんだから居たくないもクソもねえだろ。一応ベルフェゴールは魔神族の中でも最上位なんだから、出迎えの準備とかあるかもしれねえ。いいから早く知らせてこい]
[ぶーぶー]
さすがに理はバアル=ゼブルにあると感じたのか、思ったよりあっさりとアスタロトは王城へと戻っていった。
[さて、そんじゃ俺たちも行くか]
[王城に行くのも面倒だけど台車から降りて移動するのも面倒だニョ……]
葛藤を始めたベルフェゴールから目を逸らし、バアル=ゼブルは黙々と台車をガラガラと王城へ押していった。
[さてと。着いたはいいが、さすがに階段を台車で昇るのは面倒くせえな……お、丁度いいところに丁度いい奴がいるじゃねえか]
王城へ到着したバアル=ゼブルとベルフェゴールは、たまたまロビーを通りかかったルシフェルを呼び止め、到着の報告をしようとする。
だがベルフェゴールを見てもルシフェルは無関心のままであり、そのままバアル=ゼブルへ冷たい目を向けた。
[どこへ行っていた、バアル=ゼブル]
[どこへも何も、アスタロトから聞いてねえのか]
[何をだ]
[ベルフェゴールだよベルフェゴール! 王都争奪戦の前に召喚状を出してた魔神の一人が、今ようやく到着したんだよ!]
[到着したニョ。これでワイの仕事は終了ニョ]
[おいふざけんなベルフェゴール! 働かねえんなら、ここまで運んできた俺の労力を返しやがれ!]
[グニョゴゴゴ……]
自分の今日の労働が帳消しになるような発言を、その原因となったベルフェゴール本人から聞いたバアル=ゼブルは、その首根っこをへし折ってやると言わんばかりに首をキュッとする。
[やれやれ、いつもながら無駄にやかましい奴だ。どうせ暇だろうから二人とも俺の手伝いをしろ]
[なんだよ手伝いって]
暇と決めつけるルシフェルの発言にムカっとするバアル=ゼブルだが、実際に彼が仕事をすることは殆ど無いので、口を尖らせながらも先を促す。
[新しい封印術の開発だ]
[……ほう?]
バアル=ゼブルはルシフェルの持っているモノ、何かに布をかぶせたようなかなり大きめ(両手でようやく抱えられるほど)の器具に、興味深そうに視線を注ぐ。
[もう少し開発に時間がかかると思っていたが、怠惰のベルフェゴールが来たのであれば、試作品を作っても良かろう。二人とも着いてこい]
[ニョ……仕事したくないニョ……]
むずかるベルフェゴールを尻目に、魔族の頂点である魔王ルシフェルは、謁見の間へと歩いて行った。