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第281話 近づくミレニアム!

「なんや急に活気づいてきたのう」


「アリアのお陰ですわね」


 ゼウスとエルザがようやく調子を取り戻すと、呼応するかのように覇気が戻ったシルヴェールが居並ぶ人々の顔を見る。


「指示を伝える!」


 謁見の間に詰めかけていた大勢の人々は、シルヴェールが発した幾つかの指示に基づいて部屋を出ていき、話は終わったと思った旧神の何人かも出ていく。


 活気づいた人々によって熱を帯びていた謁見室の雰囲気は、人がいなくなるに従って必然的に急激に冷めていき、出ていく人々や神々を見送っていたゼウスも、一段落ついたとばかりに力を抜いた。


「ほなワシも帰るとするかの」


「あらあら、名残惜しいですわね」


「なんや気持ち悪い。人の顔を見るたびに嫌そうな圧を発しとるくせに、いざ帰ろうとするとこれや。よう言わんでまったく」


 憎まれ口をたたきながら、ゼウスは謁見室から出ていこうとする。


「まあホンマは相談したいことがある」


 だがやはり気になることがあるようで、ドスドスと歩いていたゼウスは急に歩みを止め、エルザの方へ振り返った。


 するとそれを予想していたかの如く、エルザの冷ややかな微笑みの真ん中に鎮座する口が、象牙のような滑らかで硬質な動きを見せる。


「ヘキサ・スフラギダのことですわね」


「せや。偶然が重なったとは言え、十年という短い期間で二度も破られるのは明らかに異常や」


 ゼウスは不機嫌そうな顔で言うと、エルザの答えを待つ。


 しかしエルザはニコニコと笑うだけで、その態度は明らかにエルザからの情報に対し、ゼウスが何らかの取引条件を出すのを待っているようであった。


「分からんのやったら帰るで」


「予想の範疇を超えない答えを、まるで真実のように大袈裟に扱われるのは心外ですからね」


「いつもは抜けとるように見える癖に、ここぞという時は慎重やな。ええで、ここでの話はワシの胸の中だけに収めたる」


 ゼウスからの約束を取り付けたエルザは、窓一つない謁見室の壁の向こう、つまりは見えぬ外に広がる青空を見るような素振りをした。


「時が近づいている、ということだと私は思いますわ」


「……お前らが言うとるミレニアムの到来とか言う奴かい」


「次の節はどのような運命が待ち受けていることでしょうね」


「クレイと言う埒外の出現により、運命の歯車は噛み合い回り始めた、かい」


 ゼウスの言葉に、エルザはゆっくりと首を振る。


「思考をやめ、耳を塞ぎ、目を伏せ、口を閉ざした聖霊が、知識のセフィラであるダアトを得たことにより……いや、ダアトを求めようと思考を再開したこと自体が、既に運命が回り始めたことを指し示しておりますわ」


「聖霊の脈動の再開……クレイは天主の意を得た救世主っちゅうわけか」


「まさしく。救世主はこの衰退していく世界における転機、活力を得た新しいミレニアムの到来を意味しております」


「なるほどの」


 聞きたいことを聞き終えたのか。


 ゼウスは短く答えると、エルザに背を向けた。


「それがワシらにとっても有益であることを祈っとるで」


「私もそう願っておりますわ」


 エルザの世辞にゼウスは答えず、謁見室を後にした。



――願わくば、魔族にのみ有益にならないことを――



 エルザが口の中で呟いたその言葉は、ゼウスの耳に届くことはなかった。




「ご苦労であった皆の者」



 所は変わり、ここはムスペルヘイムの北部、アルストリア領の拠点だったタリーニア砦の外。


 未だ砦のあちこちに、激しい戦いがあったことを示す流血や焼け跡を残しながらも、砦の外は奇麗なものであった。


 なぜなら戦死者は、戦いが終わって夜が明けた時には、既にその姿を丸ごと消されていたのである。


 ヴェイラーグ、テイレシアの双方ともに、戦死者に何が起こったのかは一人の人間を除いて分からなかったが、何が起こったのかを知ろうとはしなかった。


 ヴェイラーグは援軍で到着した一人の人間を恐れるがゆえ、そしてテイレシアは見慣れた光景だったゆえに。


 魔族と戦う恐ろしさ、天魔大戦を知るテイレシアの人間には。



「こ、これで……我らは復帰できるのか? ニコライ殿」


 顔の半分を始めとし、全身のあちこちを包帯に包まれた甲冑姿の中年の男が、金髪を綺麗に後ろになでつけた細身の青年におずおずと尋ねる。


 まるで蛇のようなぬるりとした印象を持つ青年ニコライは、名誉の負傷をおった包帯姿の男の発言を一瞬だけ酷薄な顔で受け止めると、すぐににこやかな表情に切り替えて包帯を巻いた両肩に手を置いた。


「もちろんですとも、アドリアン殿。我らはともに辺境を治める、治めていた同志ではありませんか。不当な密告により、有能な貴方が獄中で生涯を閉じるなど、国家にとって損失だとは思いませんか」


「あ、ああ……うむ」


 何か思う所があるのか、アドリアンと呼ばれた男は生返事を返すとそのまま黙り込み、顔をやや下向きにして卑屈な目でニコライを見上げる。


 その卑しい目を見たニコライは、アドリアンをその場で斬り捨てたい気に駆られるも、何とか押さえつけて背後にある馬車を指し示した。


「さあ、事後処理のような地道な作業は私に任せ、他の負傷者たちと一緒に国へ凱旋なさってください」


「それはありがたい……だが本当にムスペルヘイムと話はついているのか?」


「アドリアン殿が不安に思うのも当然のこと。ですが心配はいりません。私の妹であるアリョーナをムスペルヘイムに工作に遣わしておりますし、我らがここで無事に顔を合わせているのが何よりの証拠でございましょう」


「おお、さすがニコライ殿。若い頃より知略をもって皇帝陛下にお仕えになっていただけのことはある!」


 よほど疲れているのか、それとも恐れているのか、ニコライの説明に何ら疑うことも無くアドリアンは馬車に歩いていき、御者の力を借りて乗り込む。


「それでは後のことはお任せするぞニコライ殿」


「落ち着いたら連絡をください。なにせ我らは志を一つにする同士ですからな」


 こうしてタリーニア砦を落とした最大の功労者、アドリアンは帰国の途についたのだった。



「ペトロヴィッチ様」


「なんだチエーニ」


 アドリアンが出立し、馬車の姿が岩陰に消えると、それを待っていたかのように覆面を被っていた一人の男がニコライに近づいて膝をつく。


「我らがここに来れたのは、ようやく復活してきたクラーケンの船によってのはず。それをムスペルヘイムと話はついているというのは……?」


「どうせ死ぬ予定だった男だ。ならばムスペルヘイムに襲われて死んだ方が、本国の手を煩わさずに済む。おまけに無力な部隊をムスペルヘイムが襲ったとなれば、奴らの領土に我らが攻め込む理由をつけられる。まさに一石二鳥よ」


「御意」


 覆面の男チエーニが同意すると、ニコライは多くの岩が辺りを囲んでいる砦の周囲を見渡した。


「そんなことよりこれからが本番だ。この砦を落としたのは拠点にするためではなく、ここにテイレシアの連中をおびき寄せるため。手はずを整えておけよ」


「すでにこの辺りの複雑な地形を把握するため、偵察を放っております」


「詳細を概要にまとめたら私の部屋に持ってこい。戦術が決まり次第、詳細を偵察の者から直接に聞く」


「御意」


 チエーニは短く答えるとすぐに走り去り、忙しく人が出入りする天幕の一つに入って行く。


 その後ろ姿を満足げに見送ったニコライは、南西の方角にあるフォルセールの方へニヤリと笑みを浮かべ、マントをひるがえして砦の中へと入って行った。



 その日の夜半。



「敵襲! 敵しゅ……ぎゃあア⁉」


「たす、助けてくれえええええ!」


 ヴェイラーグ帝国へ凱旋する途中の中隊が街道の脇で休んでいた時。


 闇に乗じてどこからか襲ってきた一団に、虐殺の憂き目にあっていた。


 夜中に突如として生じた大騒ぎに、天幕から出てきたアドリアンが痛々しい包帯姿のまま、炎が上がっている周囲を見渡して悲鳴を上げる。


「どこの者たちだ! まさかテイレシアがもうここまで攻めてきたと言うのか!」


「ち、違いますアドリアン様! あれはまさしくムスペル……」


 報告に来た兵士が、途中で倒れこむ。


「どうし……た……」 


 目の前の兵士に何が起こったのかと確かめようとしたアドリアンの目に、兵士の首筋に一本の矢が撃ち込まれているのが見えた瞬間、安否を確かめようとしたアドリアンの声がかすれて消えた。


 兵士の首筋と同時に闇から浮かんで見えたのは、逃走は許さぬとばかりに周囲を取り囲んだ男たち。


「ヴェイラーグの貴族さん、ここから先は、俺たちムスペルヘイムの土地だ。それを知ってて通ろうってのか?」


 その一角から頭に鳥の羽をまばらにつけた男が出てきて、儀礼上といった感じの警告を飛ばすと、アドリアンは予想もしていなかった展開に絶望の呻きをあげた。


「ば、馬鹿な……我らをヴェイラーグの者と知って襲ったと言うのか……」


「ヒヘッ? 俺たちムスペルヘイムの土地に無断で踏み込んできた奴らは、ヴェイラーグだろうがテイレシアだろうが、フェストリアだろうが叩き潰してきただろうがよぉ~?」


 新たに男たちの中から頭髪が寂しい男がそう言うと、アドリアンの周りを取り囲んだ男たちが一斉に笑い声を上げ、それを見たアドリアンはいっそう狼狽えてしどろもどろになりながら、命だけでも助けてもらおうと懸命に口を開く。


「そ、それは確かにそうだが……確かにニコライ殿は、ムスペルヘイムと我らとの間に同盟……」


 釈明をしようとしたアドリアンの頭に、半日ほど前にニコライと交わした会話が閃光のように走り抜ける。



――私の妹であるアリョーナをムスペルヘイムに工作に遣わし――


――我らがここで顔を合わせているのが何よりの証拠――



 ニコライは同盟が成ったとは一言も言っていない。


 そのことを思い出したアドリアンは呆然とし、目と耳から入ってくる現実の情報が遮断される。


「あん? 同盟だ? お前が何を言いたいのかさっぱり分からんが、俺たちの土地を穢した罪は、お前らの命と財産によって償わせてもらうぞ」


「ヒヘヘッ、俺たちが有意義に使ってやるからよぉ~、思い残すことなくヴァルハラに旅立ちなぁ~」


 頭髪が寂しくなった男が、短剣の刃をペロリと舐めた後にアドリアンへ近づいていく。


 命懸けの無謀な作戦を成功させ、本国で再び栄誉を奉戴するはずだったアドリアンは、目の前に迫った死という現実から逃避したままこの世を去ったのだった。

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