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第279話 クレイという少年!

「すべて俺のせいです、フォルセール候、陛下」


 様相を一変させたクレイが飛行術で姿を消した次の日。


 クレイはフォルセール城の中心、領主の館の自室に戻っていた。



 意識を失ったままで。



 治療のために寝かされている寝台の横には、部屋の中に熱気が籠るほどに人や神が詰めかけており、だがその中にあって一人だけが、高熱を和らげる水のような清廉な雰囲気をまとって立っていた。


「お前のせいではないよ、リュファス」


 そう言って寂し気に笑うのは、このフォルセール領を治める侯爵、アルバ=トール=フォルセール。


 ヴェイラーグへの対策をシルヴェールやベルナールと講じていた最中、クレイと同じように突如として姿を消し、一時間もせずに戻ってきた時には、その腕の中にクレイを抱きかかえていた。


「それにしても解せん。聞けばムスペルヘイムの翻意を、クレイはそれほど気にしていなかったという。更にはお前たちが付いていながら、どうしてクレイはいきなり単独行動などをしでかしたのだ?」


 アルバトールの傍にあり、人とは思えぬ威圧をにじませているのは聖テイレシア王国の王、シルヴェール=デスティン=テイレシア。


 鋼色の頭をガシガシと行儀悪く掻いたシルヴェールは、エルザとガビー、そしてリュファスとロザリーをジロリと見つめると事の詳細を尋ねる。


 答えたのはシルヴェールの娘であるエルザだった。


「申し訳ありません陛下。私たちは帰国の途についており、その際に無用な争いを避けるために、強固な偽装の魔術を使用していたのです」


「……陣の中と外を隔絶し、探知しにくくするあの術か」


「はい」


 衆人の中にあって、クレイのすぐ傍にまで近寄っている数少ない者の一人であったエルザは、先ほどから法術でクレイの治療にあたっていたこともあり、やや疲労を見せながらも説明をした。


「それ故にクレイの異常に気づくことが出来ず、このような事態を招いた責任は私にもありますわ」


「分かった。リュファス、ロザリー、お前たちの方には何があったのだ?」


「俺が、テスタ村のことをクレイに喋っちまったんです」


「……何だと」


 リュファスの説明を聞いたシルヴェールの顔がたちまち険しくなり、慌てて横へ視線を向ける。


 人が詰めかけている故にたやすくは向けられなかったが、それでも努力は実って何とかオリュンポス十二神の頂点、最高神ゼウスの顔を視界に入れる。


 するとやはりその顔は、険しいものに変化していた。


「まさかこんなに早うヘキサ・スフラギダが破られるとはのう……今回はワシ自ら取り仕切ったし、水の都ヴィネットゥーリアでほどこしたモンやから、多少のことでは破られんやろうと油断しとったわ」


「ゼウス……」


 落胆の色も濃いゼウスにヘーラーが寄り添い、慰める。


「おまんだけのせいじゃなかぞゼウス。なんせ今回の発動に立ち会ったのは、旧神や天使の中でも最上位に位置する存在ばかりじゃ。これでもダメだったとなれば……」


 珍しく気弱になったゼウスをポセイドーンは慰めようとするが、さすがの彼も結論を口に出すことを迷う。


「打つ手なし、と言うわけかなポセイドーン」


「そういうことじゃヘルメース」


 仕方なくポセイドーンの後を継いでヘルメースはそう言うと、寝台の上でピクリとも動かないクレイを見つめた。


「ガビー、クレイの容体はどうなのだ」


 ヘルメースの言葉に反応した部屋の中の者たちは、一斉に寝台の横に膝をついて治療に当たっている少女を見る。


「……良くないわ。まるでアスタロトにやられたみたいじゃない」


 その少女、フォルセール教会の侍祭であり、真の姿を天使ガブリエルとするガビーは、深刻な顔をクレイに向けた。


「アスタロト本人ではないのか?」


「違うわ。似てはいるけど、あいつなら倒した相手の再利用も考えた術式を残すもの。でもこれは……相手を滅することしか考えていないモノだわ」


「なるほど。と言うことは……?」


「クレイを倒したのは、おそらく堕天使の中でもトップクラスの実力者ね」


 ガビーがヘルメースの疑問に答えると、アルバトールがそれまで柔和だった目を鋭く光らせた。


「ジョーカーだろう。彼がこの前フォルセールに来た時、以前からは考えられないほどに強い力を感じた」


 ここ十年、ほぼ皆無だったと思えるほどに強い口調で、断定に近い判断を下したアルバトールに、エルザとガビーは不安げな目を向ける。


 だがアルバトールがそれ以上のことを口にしなかったことにより、二人は再びクレイの治療へと戻る。


 短い沈黙の後、その静寂を破ったのはベルナールだった。


「しかし疑問は残る。大神ゼウスよ、少しいいだろうか」


「なんやベルナール」


「ヘキサ・スフラギダの封が破られる条件は以前私も聞いたことがある。いや、多少なりとも魔力を持つ者のみが封印を破る可能性があるゆえに、聞かざるを得なかったというのが本当の所だが」


「せやな」



 過去の記憶を因とし、現在の力を果として封じる究極の封印術、ヘキサ・スフラギダ。


 その封印が解かれる条件は、封じた記憶に通じる言葉や物などのカギとなるものが、封印の対象となった者に接触すること。



「だがそのカギとなるものは、封印の対象となるものからは徹底的に排除されるようになっているはず。なぜリュファスだけが例外となったのだ?」


「……リュファスが以前は魔力を持っていなかったこと、そしてそれ以上に、クレイの力が思っていたより成長しとったのが原因や」


「どんな問題が生じるか、聞かせていただいても?」


「ふう、しゃあないの」


 ゼウスはややうつむき加減になり、鼻息を一つ荒く吹き出すとその場に集った人々の顔を見るべく体の向きを変えようとする。


「……さすがに部屋を変えた方がええんちゃうか、シルヴェール王」


「私もそう思っていた所だ。と言うか、なぜお前まで部屋の中にいるエンツォ!」


「若様がお倒れになったと聞き、慌てて駆けつけてきた次第ですわい!」


「もう! アンタたちがいても治療の役に立たないどころか邪魔なんだから、早く部屋から出ていってよ!」


 だが部屋の中にギチギチに詰まった人々ゆえに身動きもままならず、閉口したゼウスは場所替えをシルヴェールに提案し、続けてガビーが放った怒り交じりの苦情に、ガビーを除いた全員が部屋から逃げ出していく。


「なんや廊下にもぎょうさんおるやないかい、どうするんやシルヴェール王」


「クレイの部屋の中だけの者なら執務室で対応しようと思ったが……この人数では仕方あるまい、謁見室に移るぞ」


 こうしてシルヴェールとゼウスは二人で先頭に立ち、ぞろぞろと着いてくる者たちを従えて謁見室に入って行った。




「言霊の干渉?」


 謁見室に入り、そこでゼウスのおおまかな説明を聞いたベルナールは、怪訝な顔をしてゼウスに続きを促す。


「せや。ヘキサ・スフラギダは確かに強力な封印術やが、それは封印対象の力の大きさによって、術が解除される条件を発動させうる者……つまりカギを少数に限定し、監視するからなんや」


「つまりクレイの力が育ちすぎていたゆえに、力を集中させるために解除条件を少数に絞る必要があり、それでもリュファスが禁忌の言葉を発してしまったのは……その少数から除外されていたからと言うことか」


「ロザリーは元々魔術を使っとったから対象にしとったんやけどな。ヴィネットゥーリアでバアル=ゼブルのアホウがクレイの封を解いてしもたんは、魔族とクレイがあんな仲良しこよしになるとは思ってなかったからや。それにしても……」


 ゼウスは感嘆してリュファスを凝視する。


「リュファスがまさかここまで力をつけるとはのう……この目で直接に見るまでは信じられんかったわい」


 ゼウスの視線の先の青年の奥底には、マグマのような灼熱の魔力がたゆたっており、その潜在能力はオリュンポス十二神すらかくやと思われるものだった。


 それを感じ取ったゼウスは険しい顔となり、その緊張感を感じ取ったシルヴェールは傍らにいるエルザに話しかける。


「……エルザ」


「何でしょう陛下」


「そこまでして封じるクレイの記憶とは何があるのだ?」



 シルヴェールの言葉に、謁見室が静まり返る。



「せやな、ワシも詳しいことはまったく聞かされとらん。聞く必要も無いからやったけど、ヘキサ・スフラギダすら通用せん今となっては別や」


 ゼウスは眉間にしわをよせ、エルザを見る。


 世界が滅ぶ可能性を秘めたクレイの記憶に何があるのか。


「……クレイの記憶は……」


 少しの沈黙の後、重く閉ざしたエルザの口が開かれようとした瞬間。


「司祭様、それは私の口から話しましょう」


 そう言って進み出でたのは正体をウリエルとする執事、ベルトラムだった。



「なんやベルトラム、話すと言った割には何も喋らんやないか」


 ゼウスはさほど怒った様子も無くベルトラムを見る。


 なぜならベルトラムの顔は明らかに憔悴しており、無理強いすることを遠慮させるものに十分だったからである。


「……私は昔、教会の元である任務を遂行しておりました」


「もったいぶらずに話さんかい。それとクレイの正体と何の関係が……」


 ゼウスがベルトラムに詰め寄ろうとした瞬間、執務室に悲壮な顔をした一人の少女が悲鳴と共に駆け込んでくる。


「ダメよベルトラム! それ以上話しちゃ!」


「なんやガビー、クレイの治療はどうしたんや」


「今できることは何もないわ! それよりベルトラムよ! 過去を喋ろうとするなんて、アンタ堕天したいの!?」


 ベルトラムを現世に引き留める重しとなるかのようにガビーは腰に抱き着き、直後にベルトラムの脂汗が引いていく。


「大丈夫ですよガビー、それにクレイ様がこうなってしまわれては……話す以外にありますまい」


「ベルトラム……」


 泣きそうな顔のガビーを抱きかかえるとベルトラムは脇に置き、息を一つ接いでから口を開いた。


「教会から依頼される任務の内容とは、異端者や背教者に罰を下すこと。そしてある日私は……吸血鬼の根城と化したテスタ村の村民を、すべて滅しろとの命を受けたのです」


「あー……まぁ、そりゃ嫌な仕事を押し付けられたもんやのう」


 テスタ村の辿っている数奇な運命は、テイレシアに少しでも深く関わったことがあるものなら、誰でも知っている。


 ゼウスもまたその一人であり、テスタ村の住民に対して同情を抱いていた最高神は、目の前にいる知り合いがその犯人だったと聞いて複雑な顔をした。


「そこで滅した者の中に、自ら囮となって私を陽動した少年がおりました。その名はクレイ……今のクレイ様と同じ名と同じ顔、そして同じ魂を持つ少年が」


「な……なんやて⁉」


 ゼウスは驚愕し、ベルトラムやエルザ、そしてガビーの顔を見る。


 いや謁見室に集まったすべての人々の視線がその三人に集まり、部屋の中は先ほどまで感じられた熱気とは違う、異様な熱に包まれたのだった。

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