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第278話 開かれる記憶!

 安寧の時は過ぎ、事態は急転を迎える。



「ではクレイ兄様、私は先に帰国させていただきますわ」


「頼む、俺はもう少しこっちに残ってリュファス兄たちと情報を集める」


≪飛ばすぞエルザ、しっかり捕まっておれ≫


「頼みましたわよバヤール。私とガビーは偽装の魔術に全力を傾けますから」


「それじゃあね、しっかりやんなさいよクレイ!」


 ヴェイラーグ侵攻の報を、偵察に赴いていたロザリーの口から聞いたクレイたちは、降ってわいたこの緊急事態にそれぞれ対応すべく、行動を開始していた。


 エルザはバヤールとガビーと共に帰還。


 ヘルメースとアルテミスはいざこざに巻き込まれないように別行動とし、微妙な立場にあるアスタロトも王都へ戻ると言って姿を消した。


 残ったのはサリム、フィーナ、ティナ、マルトゥ、そして新しく加わるリュファスとロザリー。


 二人についてきた討伐隊の面々は、軍資金となる財宝を持ってすでに帰国の途についており、バヤールも戻った今、飛行術を使えないフィーナやマルトゥ、リュファスを抱えたクレイの移動範囲は著しく落ちていた。


「で、どうするクレイ。正直に言って俺やお前は目立ちすぎるし、ロザリーもどちらかと言えば目立つタイプだ」


「正直に可愛いって言えばいいのに」


「可愛いと言うには色気が勝りすぎててな。かと言って美しいと言うには落ち着きが無さすぎるグェ」


 エルザたちを見送り、自分たちに割り当てられた天幕に戻る途中、急に黙り込んだリュファスをクレイが見ると、その喉には杖の先端部が引っかけられており、その手元を見ればロザリーがニコリと笑みを浮かべていた。


「さて、リュファスが落ち着きを見せたところでこれからの行動を決めるのですよ」


「あ、そだねロザリー姉」


「リュファスさんは私が運びますクレイ様」


 何らかの魔術を使ったのか、泡を吹いてグッタリしているリュファスをサリムが担ぎ、天幕の中に持ち込んでいく。


 リュファスを脇に寝かせ、いざ話を始めようとした瞬間、天幕の入口から光が差し込み、一人の来訪者の影を落としこんだ。


「天使様、お話があります」


「どうしたんだエリラク、そんな深刻な顔をして」


 入ってきた人物はエリラクだった。


 暗い顔をし、自分から話があると言った割にはなかなか口を開かず、ようやく話したと思えばその内容は驚くものだった。


「まことにぶしつけですが、なるべく早くこのミンスルトから出立していただきたいのです」


「まあそんな所か」


 そしてその唐突な要請も、クレイは予想していたとばかりに受け流す。


「……お分かりになっていたのですか」


「寡兵でも、拠点となる砦や城があれば十分な脅威になる。それがヴェイラーグのような大軍を擁する国であれば尚更だからな」


「申し訳ありません」


「中立の立場のムスペルヘイムであれば当然のことだ。気にしないでもいい。それに君がこんな言いにくいことを伝える役目を引き受けた、その成長を目にしたことの方が俺は嬉しいよ」


「すいません、言い出したのは俺なんです。言い出した俺が当然天使様に伝えるべきことだと、族長である父に無理を言って引き受けさせてもらいました」


「あ、そ……ま、まあ、そこまで成長しなくてもいいと思うけど、やっぱり俺は嬉しいからね?」


「ありがとうございます」


 そしてクレイたちは急いで出立の準備を整え、お互いにちょっぴり気まずい雰囲気になりながらも、気絶して黙ったままのリュファスをマルトゥの背中に乗せ、ミンスルトを後にした。



「良かったのなのです? クレイ」


「何が?」


「黙ってミンスルトを出てきたことなのです。ちょっとくらい文句を言っても良かったと思うのです」


「ああ……」


 ミンスルトを出て間もなく、ロザリーに問いかけられたクレイは返事に迷う。


「俺たちには俺たちの、ムスペルヘイムにはムスペルヘイムの生き方や都合があるってことさ」


 それは考えがまとまっていなかったからではなく、エリラクやガッティラの立場を考えていたからであった。


「クレイがそう言うならいいのです。それじゃそろそろ野営の準備を始めるなのですよ」


 クレイの答えを聞いたロザリーはそう言うと、適当な木の下を見繕って魔術で整地をし、そこら辺に転がっている石を使って簡単な囲炉裏を作る。


「それじゃリュファスは降ろしてもいいのですよマルトゥ」


「分かった、俺は次に何をすればいい」


「ええと、クレイとサリムと一緒に、何か獲物を取ってきて欲しいのです」


「分かった」


「ロザリー様、ウチは……」


「ティナは……私と一緒に料理をお願いするのです」


「はい!」


 火を起こしてくれと頼もうとしたロザリーは、ティナの不安そうな表情を見て即座に作業を変え、狩りを頼まれたマルトゥは背中に乗せていたリュファスを咥えて地面に降ろし、クレイとサリムの二人と共に森の中に消えていく。


「う~ん……母ちゃん勘弁……」


「ふー、リュファスはまだまだ子供なのです」


 そしてリュファスの寝言を聞いたロザリーはクスリと笑うと、手持ちの荷物の中から調理に使う小道具を色々と出していった。



 夕食を終えたその晩。



「で、どうやってヴェイラーグは砦を落としたんだ? ロザリー」


「ええとですね……」


 たき火のはぜる音を友とした一行は、ムスペルヘイムの北に位置するアルストリアの砦が、如何にして陥落したのかについて話をしていた。


「それはまた……ヴェイラーグらしいやり方と言えばヴェイラーグらしいやり方だな……」


「なのです。新月の夜を見計らって、沖に停泊した大型船から小型の船に分乗、夜陰に乗じての上陸作戦……真なる闇夜なら見つかる可能性はないのですけれど、転覆などの事故も防げないのです」


「でもさロザリー姉、例え転覆せずに接岸できたとしても、北岸の断崖絶壁を登るには、武具などを着けてちゃ絶対に無理だ。ヴェイラーグはどうしたんだ?」


「……ほぼ裸で突っ込ませたらしいのです」


「何だって」


 ロザリーの説明にクレイは目を見張る。


「戦場後に撃ち捨てられていた兵を治療して聞くと、装備は敵から奪え、そう言われて突撃していったらしいのです」


「だけどよロザリー、そんなんじゃ士気は絶対に上がらない、それどころか敵前逃亡を始めてもおかしくない状況だ。いかに背後が断崖絶壁で逃げ場がないとは言え、ヴェイラーグの奴らはそれをどうやって克服したんだ」


「政争に負けて獄に繋がれていた貴族たちに、部隊長を任せていたらしいのです。成功すれば元の地位に戻すが、失敗した場合はそのまま刑に処すと」


「……なんてこった」


 確かに夜襲などの隠密行動を取るのなら、武具の立てる音は邪魔である。


 だがほぼ裸のままに敵の砦に攻め込ませるなど、常人の考える策ではない。


「それが……ヴェイラーグのやり方なのか……」


 クレイは常識外れの戦術に驚愕し、同時に人の命を使い捨てにするやり方へ怒りを覚える。


「それにしてもひどいやり方だな。こんなことだとヴェイラーグに連れていかれたアルストリア領の皆は、どんな扱いを受けていることやら」


 そんなクレイを見たリュファスは、とりあえず話題を変えるためにヴェイラーグへ連れていかれた捕虜たちのことを心配する。



 そしてリュファスは後にこう語った。


 あれは俺の人生の中で最大の失敗だったと。



「ああ、そう言えば前回の天魔大戦の時に連れていかれたんだっけ」


 リュファスの思惑を知ってか知らずか、クレイはのんびりした口調で答える。


「いきなり攻め込んできやがってな。その時にテスタ村って所の皆もヴェイラーグに連れていかれたんだ」



「テスタ……村……?」



 しかしある村の名を聞いてからクレイの血相は変わり始め、だがそれに気づかないままリュファスは話を続けた。


「ああ、クレイは知らないんだっけか? なんでも昔、他の村を助けるために食料を供出したのに、教会の手落ちで食料が戻ってこなくてな、それで村に住んでたノエルって子が村民全員を飢餓から救うために吸血鬼にしたらしいんだ」


「ノエル……ノエルッ!」


「お、おう、そのノエルって子な、そんで……」


「リュファス! それ以上はダメなのです!」


 そしてテスタ村の名を聞いた直後から、口をポカンと開けていたロザリーの目に、急激に光が取り戻される。



「今助けに行く!」



 その光を待たずしてクレイは急に力を溢れさせ、一気に飛行術を完成させると西の方へと猛スピードで姿を消した。


「お、おいクレイ!」


「バカ! リュファスのバカバカバカ! どうしてテスタ村のことなんか喋っちゃったのですか!」


「え、ええ……?」


 訳が分からないと言うようにリュファスがロザリーを見る。


「もう私じゃ止められないのです……急いで念話で連絡を取らないと」


 呆然とするリュファス、急いで法術による念話を発動させるロザリー。


 ロザリーと同じように、何かに意識を囚われていたサリムとティナは、クレイの急激な変化を理解できずに顔を見合わせ、マルトゥは遠吠えをしてクレイを留めようとするも、無駄に終わった。




(どうしたのだクレイ! いきなり飛行術を発動させるなど君らしくないぞ!)


(うるさい! 早くノエルを助けないと!)


 飛行術で飛び立ったクレイは、猛スピードでテスタ村へと接近していく。


 我を失ったクレイを見たメタトロンは得も言われぬ不安感に包まれ、クレイに向けて呼びかける。


(とにかく落ち着くのだ! ヴェイラーグとそのノエルと言う少女の間に、なんらかの因果関係は認められんし差し迫った危険も無い! それより単独行動をとっている君の身の安全の方を優先したまえ!)


(黙れメタトロン! お前まで俺がノエルを助けるのを邪魔するのか!)


(何という意思の固さ……やむを得ん! 強制的に君から体の支配権を奪う!)


 だがクレイの勢いは止まらず、仕方なく強硬手段に出たメタトロンによって、テスタ村へと猛進していたクレイの動きが急激に鈍る。



 その時だった。



[ほう、このような場所で再会しようとは……いや、相まみえるのは初めてかな]


「誰だ!」


 水に落とした墨のような黒煙が、クレイの行く手に突如として現れたのは。


[堕天使ジョーカー。初めまして、そしてさようなら]


 人の姿を取ったジョーカーが、クレイに向けて差し出した指をパチンと鳴らす。


「うおあああッ⁉」


 その瞬間にクレイは無数の黒い風船のような球体に包まれ、圧縮され、地上へと落とされていった。


[ふむ……思っていたより呆気ない。だが念のためとどめを刺しに行くか]


 成すすべなく堕ちたクレイにジョーカーがそう呟いた時。


[気づいたかアルバトール、しかしこの距離で気づくとは]


 フォルセールの方角より、巨大な炎を思わせる膨大な気が立ち昇った。


[命拾いしたな天使クレイよ。また会える日を楽しみにしているぞ]


 そしてジョーカーは現れた時と同じように、黒煙と化して姿を消した。

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