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第276話 ムスペルヘイムの未来!

「族長に申し上げたいことがあります」



 夕焼け特有の柔らかく温かい日差し。


 だがそれはその真の姿からはかけ離れた偽りの姿であり、本来の陽光とは激しく周囲を照らし出す、苛烈なものである。


 まるで太陽を彷彿させる立ち居振る舞いを身にまとい、エリラクは場の中央へと堂々とした歩みで進み出でる。


 だがその眼光を真っ向から受け止める者が居た。


「ここは各氏族の長を集めた重要な場所であり、今はこれからの部族の行く末を決める大事な話し合いの時間である。成人もしておらん未熟者でも介入できる遊び場ではない」


 氏族の長たちの視線を一身に受けたエリラクに、そう告げたのはガッティラ。


「分かったら外に出ておれ」


 腕を組み、拒絶の姿勢を見せるガッティラに対し、エリラクはその場に座り込むことでガッティラへの拒否の反応を示し、同時に立っていることにより族長を見下ろす不逞を消す。


「その大事な場と時ゆえに参上いたしました、族長」


 今までのエリラクからは想像もつかない、堂々とした態度にガッティラは鼻白み、それを感じ取った各氏族の長は互いの顔を見合わせた。


「おお~おお~言うようになったのう……えぇと? エリラクの発言を許そうではないか族長」


「長老……」


 ガッティラは白髭をたくわえた老人に恨みがましい視線を送る。


「おお~、丁度ワシらは~……えぇと? 休憩をしておったところなんじゃ。気分転換に若い者の~、意見を聞こうではないか」


 にこやかに、だがその奥に黒い感情を宿した長老の瞳を見たエリラクは、それに気づかぬ振りを装って平然とした態度で頭を下げ、続けて各氏族の長へ感謝の意を述べる。


「族長、よろしいですか」


「長老の勧めを無視するわけにもいくまい、話せエリラク」


「では」


 最後にエリラクは握った両手を織物の上につき、ガッティラに頭を下げてから口を開いた。


「我ら成人しておらぬ幼年組、そして成人したばかりの青年組は、テイレシア及びヴェイラーグの内政干渉問題について、テイレシアに着くことを宣言します」


「……何?」


 ガッティラが片眉をピクリと上げ、怒りを込めた視線をエリラクに向ける。


「申しあげた通りです。大人がどのような決定を下そうと、我らはテイレシアに味方させていただきます」


「もう一度申してみよ! エリラク!」


 ガッティラの顔と言葉は憤怒に染まり、歴戦の証である傷だらけの右拳が固く握りこまれ、エリラクに向かって重い拳が叩きつけられんとした瞬間、制止の声が髭の翁より発せられた。


「おおおお……えぇと? 待つが良いガッティラ」


「これが待てるか長老! よりによって、こやつらは我らが決定を待たずして、勝手にテイレシアに味方すると宣言したのだ! このような重大な裏切り行為、いくら実の息子とは言っても断じて許すことはできん!」


「おお……おお、それよそれ。えぇと? エリラクはこれまで確たる意思を? 自ら発することは無かった」


「……それ故に長老は軽んじていたな」


「そうじゃったっけ?」


「ぬぐ」


 トボける長老を見たガッティラは、先ほどまでエリラクに向けていた怒りを長老へと変えるが、長老は飄々とした態度を変えることなくエリラクの顔を見た。


「それはそれ、これはこれじゃ。エリラク、その頬はどうした」


 長老の言葉を聞いたガッティラは、夕焼けによる逆光によって隠されていたエリラクの顔を見る。


 すると唇の端には青黒い内出血が見られ、顔の所々も赤く腫れており、今までに喧嘩をした所を見たことがない息子の、初めて見る負傷にガッティラは少々驚いてエリラクの顔を見た。


「皆を説得する際に殴られました」


「おお~おお~……えぇと? それで説得できたと言うことは、お前が争いに勝ったと言うことか?」


「当然負けました」


「ほう……ではどうやって意見をまとめた」


 長老は先ほどまでの態度をあらため、長きにわたる戦乱の日々を生きぬいた長老としての威厳を表に出し、エリラクを問いただす。


「父上の威光と、各オルドに影響を持つ母上の慈悲を利用させてもらいました」


「……おお、おお~……それは何ともまぁ~、……えぇと? 手段を選ばぬ説得をしたものじゃな」


 ニタリと笑う長老を見たエリラクは、立ち上がったまま拳を握っているガッティラに向き直って頭を下げた。


「面目ありません父上」


「謝って済むと思うかエリラク! お前の言を信じるならば、お前は各氏族の若者たちを脅迫して回ったのだぞ!」


「はい、どう処遇されるにせよ、謝罪はしておかねばなりませんから」


「……良かろう、お前はまだ子供ゆえに、この場は父の拳の一振りで済まそう。残りの処遇は、各氏族の若者たちの意見を聞いてからにする」


 ガッティラはそう言うと、エリラクに近づいて拳を振り上げる。


 各氏族の長は、止めるかどうかをお互いに見合った上で決めかね、長老はやや渋面となるも、子供相手ならそう乱暴にはするまいといった感じで見過ごす。


 よってガッティラを制止する声は、天幕の外から響き渡った。



「お待ちあれ、ガッティラ族長」


「……どうしたイルナック」


「帷幕の外で様子を伺っていれば、どうやらエリラク殿が事実に反することを報告しているようなので、訂正すべく参上いたしました」



 天幕の入口から現れたのは、やや背の丈は小さ目ながらも堂々とした体格の、成人していると見られる男性であった。


 不要なものはいらぬとばかりに短く髪を切り、質実剛健という言葉が相応しいイルナックを見た長老は、目を凝らしてやや眉間にしわを寄せた。


「おお~おお~……えぇと? イルナック、どういうことか説明してもらおうかの」


「では」


 エリラクが目を逸らすのを見たイルナックは、やや苦笑いを浮かべると胸を張って各氏族の長を見てから口を開いた。


「エリラクが先ほど族長と族長の奥方を利用して我らを説得した、と報告した件ですが、それは間違いであることをここに宣言します」


 イルナックの報告を聞いたガッティラは、振り上げたままの拳を収め、自分の座に戻って座ると不機嫌そうに頬杖をつき、イルナックを睨みつけた。


「それは先ほど聞いた。エリラクはどうやってお前たちを説得したのだ」


「我らを説き伏せようとするエリラクの気迫に負けました」


「……嘘ではあるまいな」


「我らのエリラクとの日頃の付き合いはご存じでしょうに」


 イルナックは悪びれずにそう言うと、目を逸らしたままのエリラクに近づいて肩に手を置き、そのままエリラクに助力するように同じ方向へ眼差しを合わせ、ガッティラを見た。


「幼年、青年が集う若衆の家に、エリラクがシリウスを伴わず、いきなり一人で乗り込んできまして」


「うむ」


「何用かと聞けば、ムスペルヘイムをテイレシアに味方させる手伝いをしてくれと言う。そんなことが出来る訳がないと断ったのですが、それでも我らを説得しようとしつこく迫って来まして」


「それで?」


「思わず手が出ました」


 イルナックの顔や言葉にまったく陰りは無い。


 ガッティラは息子を殴りつけた犯人の顔を見ると、鼻息一つで不問に処した。


「どうせ周囲の者が騒ぎ立てたのであろう。その場を収めるためとはいえ、未熟な子供を殴りつける役目を自分からかって出たか」


「これでも一応若衆のまとめ役ですから」


 イルナックは答えると、仔細の説明へと移った。


「ところが俺が殴りつけても、いつもと違ってエリラクは引かない。とうとう根負けして何がお前をそこまで突き動かすのかと聞けば、シリウスのような犠牲をこれ以上出すわけにはいかない。今ムスペルヘイムの未来は、一歩間違えば闇に包まれてしまう可能性があるという」


「おおおお……えぇと? そりゃどういうことじゃ?」


 長老の驚く(実際には驚いてみせているだけかもしれないが)姿を見たイルナックは、それは自分の預かる領域ではないとばかりに、エリラクの肩に置いてあった手を持ち上げてポンと叩いた。


「元々はお前がやらなければならないことだったな、エリラク」


「分かった」


「シリウスが安心できるように……頑張れよ」


 イルナックの激励を受けたエリラクは両手をギュッと握り締め、背筋を伸ばして凛とした姿勢となると、真っすぐにガッティラの目を見た。


「族長、ヴェイラーグは暴の国であり、テイレシアは信の国。もし信を捨てて暴を取るようなことがあれば、我ら若衆の未来はどのようになるか分かりません」


「分からぬのであれば、ヴェイラーグに味方してもいいということではないか。一度味方になってしまえば、それほど無茶な扱いはすまい」


「本当にそう思っているのですか族長。ヴェイラーグの民はもちろんのこと、政争に破れた貴族や、降伏した国の者たちがどのような扱いを受けているか、知らないはずがないでしょう」


「む……」


 ガッティラは言葉に詰まる。


 ヴェイラーグに連れていかれたテイレシアのアルストリア領の民が、不毛の地に送り込まれて使い捨てのボロ布のように扱われているのを聞いていたからだ。


「我らはそのような未来を享受したくはありません。言っては何ですが、族長や長老は現在をしのげばそれでいいでしょう。ですが我ら若衆は、これからの未来を生きていかねばならぬのです」


「言葉が過ぎるぞエリラク!」


「いいえ!」


 エリラクはガッティラの怒声を断固として弾き返す。


「戦場に行けと言われれば行きましょう。戦って自由を勝ち取る目的が戦場にはありますから。ですが自由を奪われたまま、ジワジワと死ねと言われるのであれば……」


 エリラクは立ち上がり、ガッティラを見下ろす。


「我らとしてはその決定に抗うしかありません!」


「ぬッ……!」


 その気迫に一瞬飲み込まれたガッティラは、落ち着くためにゆっくりと深呼吸をしてエリラクを見つめた。


「抗ってどうする。決定権の無いお前たちが何を言おうと、氏族会議の決定は覆らぬぞ」


「未来に我らの絶望しか残っていないと言うのであれば、我らとしても覚悟があります」


「覚悟だと?」


「年老いた家族の面倒を見るのは、次代を担う我ら若者です」


 ガッティラの目がカッと見開かれる。


「……今度こそ本当の脅迫か」


「不本意ながら」


 エリラクの固い意志を見たガッティラは天井を見上げ、大きく息をついた。


「世間を知らぬ若造どもが、辛酸をなめ続けた年長者に何も相談せず意見を定め、その上恐れ知らずにも脅迫を仕掛けてきた。この礼儀知らずの行為は後ほど厳罰を以って処す。よいなエリラク」


「はい」


「だがお前たちの意見は貴重なものとして受け取らせてもらおう。下がれエリラク、イルナック」


「承知しました族長」


 エリラクとイルナックの二人は頭を下げて退出する。


 そして残った各氏族の長と長老、そして族長ガッティラは、若者たちからの最終通告を聞いて重い雰囲気に包まれた。


「おお……おお……いつまでも泣くばかりで、ちっとも役に立たぬ小僧と思っていたがのう……」


「置け、長老」


 ガッティラはその場に集った者たちの顔を順番に見る。


 ある者は何も見ていないとばかりに目を逸らし、またある者は思わぬ成り行きに口を閉じ、そしてある者は自分の意見は発しないが、若者たちの不届きな行動へと怒りを露わにした。


「長老」


「おお~おお~……まだ迷うことがあるんかの?」


「ワシはまだ壮健。だが老い先短い長老には、何か言うことがあるのではないかと思ってな」


「何じゃ、エリラクの意見を脅迫と受け取り……えぇと? 跳ねのけるつもりか? 元々お前はテイレシアになびいておったじゃろ」


「そうしたい所ではあるが、そうも出来ぬ成り行きとなった。実子だから未熟な子供の意見を取り入れたのであろうと言われたくはない」


 黙り込むガッティラの顔を見た長老は、ニタリと笑みを浮かべる。


「やれやれ、仕方ないのう。えぇと? こういう時の仲立ちに持って来いの御方たちが、今ここにおるじゃろ?」


「やはりそうなるか。分かった、後々禍根を残すことになるだろうが、天使様たちの助言があったとしよう」


「そのくらいの苦労……いや試練は若い者に残してやっても良いじゃろ。何しろ宣託とあれば、こちらとしても逆らわぬわけにはいかんしのう」


 ムスペルヘイムの意思は決定され、ガッティラはクレイたちを天幕の中に呼ぶように伝令を出したのだった。



 その日の夜更け。



「うまくいって良かったなエリラク」


「うん、明日にでも俺の案に乗ってくれた皆にお礼を言いに行くよ」


「そうだな、その前に一つお前に言っておくことがある」


「なに?」


「俺たちはお前の気迫に負けたんだ。年長者である俺たちがだ。そのことを気遣うお前の気持ちは分からないでもないが、お前の説明では俺たちが脅迫に屈してお前に従ったことになる」


「……うん」


「お前が乗り込んできて、このままの俺ではシリウスも安心して旅立てない、そう俺たちに詰め寄って説き伏せた時、次期族長はお前だと皆で決めたんだ」


「うん」


「いいかエリラク、俺たちが自分の意志で決めたんだ。その決定をおとしめるような真似は今度からするな。いいな」


「分かった」


 柵の外で話していた二人のうち、一人の影が離れていく。


「もう大丈夫だシリウス……俺には皆がついてるから……だから……安心して……」


 そして残った一人の影は極北の星空に向かって呟くと、族長に割り当てられた天幕の中へ入って行ったのだった。

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