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第275話 繰り返される思い出!

「シリウス……シリウス……」


 動かなくなったシリウスを抱くエリラクの脳裏に、在りし日のシリウスと共に過ごした毎日が洪水のように押し寄せる。


 その中に同じ思い出がいくつも繰り返されるようになり、それが自分がシリウスを棒に繋いだ時のものばかりとなった時。


「シリウスを……集落に連れ帰ります」


 エリラクはそう宣言すると、シリウスの遺骸を持ち上げようとした。


 だがまだまだ子供であるエリラクに、そんなことが出来るはずもない。


「エリラク、それは無理だ」


 手を抑えて止めるクレイが見たのは、必死に涙をこらえるエリラクだった。


「俺が連れ帰るんです。シリウスを棒に繋いでしまって、自由に動けなくさせてしまって、それでも俺を守るために頑張って……」


 力を込めた瞬間、流れ出てきた涙をぬぐうこともせず、シリウスを冷たい地面から引きはがそうとエリラクは踏ん張る。


「俺のせいで死んでしまったシリウスは、俺の力で連れ帰らなければならないんです」


 クレイは説得の無意味を知り、黙って見守る。


 だがこのまま森の中に留まっていても何の解決にもならず、また森の騒ぎをガッティラたちも聞きつけているであろうことを考えると、大人たちが迎えに来てそのままシリウスを連れ帰ることは間違いなかった。


 しかし泥や草にまみれながらも、必死にシリウスを抱きかかえようとするエリラクに、クレイが何も言えず見守っていると、その前を横切ってエリラクに近づいていく者が居た。


「俺が運ぼう」


 それは激闘の後を生々しく残す、体のあちこちを血で汚したマルトゥだった。


「共に戦った仲だ、俺が集落までシリウスを運ぶ」


「でも……」


 渋るエリラクに、マルトゥはゆっくりと首を振った。


「俺もシリウスに命を助けられた。俺に運ばせてくれエリラク、いいな?」


「……分かりました」


 エリラクの了解を得たマルトゥは、一度人間の姿になってシリウスを背中に背負うと、黒狼の姿へと戻る。


 その背中には目を閉じたままのシリウスが乗っており、遺骸が安定していることを確認したマルトゥが無言のまま一歩を踏み出すと、その後をエリラクが追った。


「……帰ろうシリウス。俺たちの家に」


 前を見据えたままエリラクがそう言った瞬間、マルトゥの背中に乗せられたシリウスの顔が、ほんの少しだけずり落ちる。


「……」


「どうしたのクレイ、ボーっとして」


「いや、何でもないから気にしないでくれフィーナ」


 まるでエリラクに同意するかのように、うなづいたように見えるシリウスの動きを後ろから見ていたクレイは、幼い頃の記憶を思い出し、胸にチクリとした痛みを覚えた。



「シリウスは……俺のことをどう思っていたんだろう」


 集落に帰る途中、エリラクはふとそんなことを言いだし、マルトゥの背中にいるシリウスを見つめる。


「本当は動きたいのに棒に縛り付けられて……やっぱり恨んでいたのかな」


 悪いことが起こった時、人は更に悪いことを考えて自己嫌悪の螺旋に落ちる。


 どんどん顔色が悪くなっていくエリラクを元気づけるため、クレイが軽く手を挙げて声をかけようとするが、やはり先に動いたのはマルトゥだった。


「シリウスはお前を守ることしか考えていなかった」


「え……」


 反応が返ってくることを予想していなかったのか、それとも予想外の人物から反応が返ってきたことに驚いたのか、エリラクは目を丸くしてマルトゥの顔を見た。


「いつでもお前のことを考えていた。棒に繋がれた時も、出かけていくお前を見ていつも心配していた。小さい頃からいつも泣いていたお前が、無事に帰ってくるたびにシリウスは安心し、棒に繋がれ動けなくなった自らを責めていた」


「……棒に縛り付けて動けなくしたのは俺なのに……」


「そんな結論に至るはずがない。お前を守るのは自分しかいないのだとシリウスは考えていた。その守る対象であるお前が棒に縛ったのだから、そこには意味があるのだとシリウスは理解していた」


「シリウス……」


 再び込み上げてくる涙。


 エリラクはそれを抑えようともせず、ただ一筋の涙として区切りをつけると、ある決意を秘めた眼差しと変えて前方を見据える。


 そしてふとある事実に気づいたエリラクは、二、三度まばたきをした後、表情を温和なものに変えた。


「実はシリウスと話せたんですね、マルトゥさん」


「フン、気やすく俺の名を呼ぶな。俺は誇り高き狼で、犬などと……」


 マルトゥはそこで口を閉じ、背中を軽くゆすってシリウスの位置を元に戻す。


「人と共に生き、狼に出来ぬことを人と共になすことを選んだ犬とは違う、孤高で誇り高き狼なのだからな」


 二人の距離が縮む。


 その後ろを歩く者たちは、なぜだかシリウスの嬉しそうな鳴き声を聞いたような気がして、沈んだ心を上向かせたのだった。



「ただいま帰りました母上」


「おや、お帰りエリラク」


 集落の入口にはエプロンをつけたエリラクの母が待っており、エリラクを微笑みで迎えると巨大な黒狼であるマルトゥの姿を恐れげもなく見た。


「シリウスは魔族から俺を庇って死にました」


「そう。シリウスはどうするの?」


「集落の外に埋めてきます」


「分かったわ。終わったらお父さんに報告してちょうだい」


 皆が心配して見守る中、エリラクは平然とした態度で母親にシリウスの死を報告すると、マルトゥへ頭をペコリと下げた。


「申し訳ありません、もう少しシリウスをお願いできますか、マルトゥさん」


「無論だ。どこに埋葬する?」


「シリウスがまだ元気なころ、よく散歩のコースに使っていた獣道があります。その脇に埋めようと思います」


「連れて行ってくれ」


「はい」


 うなづいたエリラクが歩き出し、マルトゥがその後に着いて行く。


「エリラク、俺たちも……」


「天使様たちはゆっくりして下さい。それに魔族が相手とあれば、父から何か話を聞かれるかもしれませんから」


 エリラクからやんわりと拒絶されたクレイたちは、集落の中に入って行く。


「私は遅れたからとりたてて話すことも無いし、あなたに着いて行っていいかしら、エリラク」


「……そうですね、それではお手伝いをお願いしてもいいですかフィーナさん」


 だがフィーナだけはエリラクに着いて行くことを選び、承認されてエリラクとマルトゥの後を歩いて行った。



「ふむ、森が騒がしいと思えば、そのようなことがな」


「すまないガッティラ族長、アスタロトが一緒にいるのに、魔族がこのような騒ぎを起こすとは思っていなかった」


「魔族が手を選ばんのは昔からのことだ。起きた騒ぎは咎めるが、騒ぎの起こりを咎めることはせん」


 エリラクの予想通り、集落の中に入ったクレイたちはガッティラから説明を求められることになっていた。


 簡単な説明を終えたクレイは息をつき、同時にタイミングを見計らったかのようにエルザとアスタロトが入ってくる。


「あらあら、お疲れですわねクレイ」


「ああ、苦境を挽回する時は常に忍耐が必要とされるからな」


[出かける前にジョーカーには釘を刺しておいたんだけどねぇ。ごめんねクレイたん。それにしてもキミがそんなに疲れるなんて、それほどオティウスは強かったのかい]


「いや、オティウスはそれほど脅威じゃなかった。苦境が訪れたのは戦いの後だったんだ」


「あらあら」


 クレイの答えにエルザは微笑み、隣に座ってクレイの顔をのぞきこむ。


「精神体を斬ったそうですわね」


「以前ルーさんのフラガラッハを見せてもらったからな」


「あらあら、でもそれだけでは離れた敵を……」


「千手で何回も殴られたことがあるからイヤでも学ばせてもらった」


 少々ふてくされた口調で説明するクレイを見たエルザは、ふわりと微笑んだ後に頭を撫でた。


「……なんで撫でた?」


「良い子へのご褒美ですわ」


「もう成人したんだけどな……まあいいか」


 その光景を見たガッティラは立ち上がり、外に出ようとする。


 だが天幕の入口に近づいた時、外からの気配を感じた彼は立ち止まり、戻って座ると来訪者の到着を待った。


「ただいま戻りました、父上」


「……怪我は無いか」


「負傷しましたが、天使様の従者であるサリム殿に治していただきました」


「シリウスのことは聞いた。大変だったな」


「いつもの小道に埋葬しました。よければ父上も後で祈ってやってください。シリウスは俺を守るという役目を果たして死んだのです」


「うむ」


 ガッティラはエリラクを凝視する。


「では所用がありますので下がってもよろしいでしょうか」


「下がって良い」


「失礼します」


 そして顔つきが変わった息子にそう言葉をかけると、長いため息をついて誰に言うでもなく口を開いた。


「先ほど各氏族に使いを出した。ムスペルヘイムとしての態度を決めるためにな」


「話し合いに俺たちも出ていいのか?」


「遠慮してもらう。氏族以外の意思を混入させれば、どんな結果が出ようとどちら側にも面白くない結果が待ち受けていよう」


「分かった」


 クレイは答えると、天幕の外へと出ていった。




「では魔族につくと言うのか族長!」


「……そう言うわけではない。中立の立場を保つために、我が息子を人質に出すということだ」


「おお~おお~……まぁ~分かったものでは無いわい。他の国に息子を教育に出す名目で~……えぇと? 自分の血脈だけを敵の手の及ばぬ地域に逃がすのが~、目的かもしれんからのう」


「それは下衆の勘繰りというものだ、長老」


「何じゃと! お前が小さい頃から~面倒を見てやったこのワシに~……えぇと? その口の利き方は何じゃあ~!」


 話し合いは紛糾していた。


 多くの部族が集うことで成立しているこの国では、テイレシア以上に族長の権限は弱く、とりあえずのまとめ役として以上の役割は、まるで与えられていないからである。


「ふぅ、埒が開かんな。少し休憩を入れて頭を休ませるとするか」


 いつもの光景とはいえ、いつもとは違う急を告げる事態はすぐそこまで差し迫っている。


 その急を告げる事態が、怠惰を司るベルフェゴールであることがガッティラの頭痛をよりひどいものとしていたが、妻が持ってきた薬湯を飲むことでそれは少し和らげられていた。


「では再開するとしようか」


 ガッティラの一言で話し合いは再開するも、その殆どはガッティラの不手際を責めるだけのものであり、事態の解決にはまったく寄与しないゴミのような発言である。


 他者を貶めることで自己の保身、あるいは自己の立場を有利なものに確立させる、まるで教会のようなやり口にガッティラがうんざりとした時、天幕の入口が開いてガッティラに夕焼けの訪れを知らせる。



「族長に申し上げたいことがあります」



 そして天幕の入口を開けた人物であるエリラクは、堂々とした口調でガッティラに発言の許可を求めたのだった。

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