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第269話 魔神の宣告!

「はぁ……どうすればいいんだろう」


 クレイたちがエリラクのことを話していた頃、その当人は森の中をシリウスと共にトボトボと歩いていた。


「クーン」


 歩くエリラクに元気は無く、後ろからついてくるシリウスも不安げに主人を見上げながら歩いている。


 だがエリラクはそんなシリウスの姿に気づかず、悩みを誰に相談するでもなく、自分一人で懊悩おうのうを抱えながら、ただぼんやりと森の中を歩き続けた。



 自分一人でヴェイラーグという見知らぬ土地へ向かうのか。


 いや、それでは人質として見え透いていすぎる。


 駆け引きの材料として、最初はヴェイラーグに連れて行くとの条件を提示され、次に落としどころとして、ヴェイラーグと裏で通じていると噂されるフェストリアに連れていかれる。


 そこで教育と言う名目の監禁状態に置かれるかもしれない。


 見知らぬ土地では頼りに出来る者もおらず、そのままそこで朽ちていくことになってしまう可能性も高い。



 エリラクはそんな暗い考えを思いつき、浮かない表情となった。


 別に両親と離れるのは構わない。


 いずれ両親のもとから一人立ちするのは自然なことであり、しかもそれがミンスルトの一族のためになるとあれば、族長の息子であるエリラクにとって当然の選択である。


 自分は特に体力的に優れたわけでもなく、人に比べて気概がある訳でもない。


 少し察しがいい所はあると感じてはいたが、気心の知れた仲である一族の中では、それが何かの役に立つということは無い。



 だが彼にも心残りはあった。



(シリウス……)


 エリラクはそこで初めて後ろを振り向き、やや離れてしまったシリウスを見る。


 もはや満足に歩けないようになった老犬。


 小さい頃からいつも隣におり、何をするにも一緒についてきた、最近では少々存在を重く感じるようになった家族の一員である。


 もしも自分がいなくなっても、父や母が面倒を見てくれるだろう。


 ひょっとすると、他のオルドにいる兄弟(エリラクとはあまり仲が良くない)の誰かが、族長である父に近づくために、面倒を見ると言ってくるかも知れなかった。


 そして――


(いつかは死ぬ……)


 エリラクはシリウスが来るのを待ち、なかなか近づいてこない姿に溜息をついて自分から歩いていった。


 もう、こんなに動けなくなっていたのか。


 それとも、自分が杭に紐で縛り付け、満足に動けないようにしていたため?


「ごめんな、シリウス……」


「くーん?」


 人間の言葉が分かるはずもないのに、まるで分っているかのように小首をかしげるシリウスに、何となくおかしさを感じてエリラクが笑いかけた時。



[ほう、この俺を見て笑うとは豪胆な。聞いていた話とは随分と違うではないか]



 シリウスの背後にいつの間にか現れていた魔神に、エリラクは凍り付いた。



「あ、ああ……」


[どうした、先ほどの余裕しゃくしゃくと言った態度はどこに行った?]


 目の前に突然現れた魔神を見て、エリラクは凍り付く。


 頭部に巨大な三本の角を持ち、口からは鋭くとがった牙が突き出ている。


 もしもこの場に八雲――ルシフェル――がいたとすれば、東方の国に住まう伝説的な存在、鬼に似ていると評したであろう。


 両手には一メートルを超える巨大で鋭い剣をそれぞれに持ち、更には後ろに二人の別の魔神を従えていた。


[この小僧でございますか、オティウス様]


[ああ、ジョーカーからはそう聞いている]


[はて……探った感じでは普通の人間の子供……オティウス様が自らおいでになる必要も無かったのでは……]


 オティウスの影から泥のような魔神が新たに姿を現し、ぬるりとエリラクの眼前に迫ってふうむと自分の顎を撫でる。


 当然エリラクは怯え、先ほどから自分たちへ吠え続けるシリウスとを合わせ見たオティウスは、肩をすくめて苦笑をした。


[仕方あるまい。以前ならいざ知らず、ダークマターがこちら側に引きずり込まれた今では、お前たちだけでは力の加減というものが出来ぬかもしれんからな]


[如何にも]


[恥ずかしながら]


[なにせ人間ときたら……こちらが可愛がろうと撫でただけで絶命してしまうような……か弱い生物ですからな……]


 三体の魔神は含み笑いをした後、先ほどから吠えることをやめないシリウスを同時に見つめる。


[はて……こやつめは……?]


[犬のことは聞いておらぬ。お前たちの好きにせよ]


[それでは]


 オティウスの後ろに従っていた魔神が一歩踏み出で、シリウスに近づく。


「やめて! 吠えないように言うから!」


[はてさて、それは出来ぬ相談かな]


 エリラクの懇願を聞いた魔神はニタリと口の端を吊り上げ、か細く見えながらも硬質な皮膚に覆われた右足をシリウス目掛けて振り抜く。


「ギャン⁉」


 シリウスは成すすべなく吹き飛ばされ、五メートルほど先にある大木に叩きつけられると、全身をビクビクと震わせながら口から血を吐き出す。


「シリウス!」


 シリウスに駆け寄ろうとするエリラクの前を、泥のような姿の魔神が塞いだ。


 胴体に見えた部分はどうやら細長い頭部だったようで、そこが真っ二つに裂けると中からは牙と舌が現れ、エリラクを一飲みに出来そうなほど巨大な口へと変貌していた。


[おやおや、可哀想に……見たところ老いさらばえて先は長くない様子……]


[だが小僧には両親が健在と聞いている]


[この近くに多くの集落もある様子]


[クク、あまり脅すのはやめておけお前たち。先ほど話したように、集落にはメタトロンだけではなく他の天使もいる様子。そんなことをすれば、このオティウスとて無事では済まぬだろう]


 オティウスは三体の魔神をなだめると、楽しそうな表情となって周囲を見渡す。


[どうやら森の中をうろついている奴らがいるようだ。聖霊に混ざりこんだダークマターのおかげで、すぐに見つかることはないであろうが念のためだ。少し陽動してくるとしよう]


[承知]


[御心のままに]


[楽しむあまり……目的をお忘れになることがないよう……]


[クク、心配するな、すぐに戻ってこよう]


 言うや否や、オティウスは大蛇の姿と化してたちまち森の木々の中に姿を消す。


 その場に残されたのは三体の魔神、エリラク、そして――


(シリウス……)


 口から流している血はそれほど多くは無いが、それそのものが内臓に致命的な損傷を受けているという証である。


 エリラクはすくむ足を何とか魔神たちへ向け、恐怖に凍り付いた顔を努力の末に動かすと、魔神たちへ懇願をする。


「シリウスを助けて! 何が目的か知らないけど、僕に出来ることなら何でも協力するから!」


[ほう、これはこれは]


[案外楽に目標は達成できそうだ]


[だが……この犬を助けると……言うことを聞かなくなるのではないか……?]


 泥のような魔神がそう意見を出すと、二人の人型の魔神は互いに顔を合わせ、そしてうなづく。


[契約が必要か]


[血の盟約が]


[我々に……その一部を捧げる……]


 泥の魔神がエリラクに近づき、その頬を口の横から伸びた触手がペチョリと撫でた時。


「ガウウウウウ!」


 動けなかったはずのシリウスが跳ね起き、泥の魔神の触手に激しく噛みついた。


[フハハ、如何に犬や狼の集団の遠吠えに魔を退ける力があるとはいえ単独! たかが犬の牙が魔神に通用するか!]


 だが束の間の反撃も虚しく、シリウスは泥の魔神の触手に、全身をしめ上げられた後に放り投げられ、地面に叩きつけられてしまっていた。


 だがそれでもシリウスは立ち上がり、エリラクを守ろうと唸り声を上げながら魔神へと歩いていく。



 小さい頃からいつも隣におり、何をするにも一緒についてきた、最近では少々存在を重く感じるようになった家族の一員。



 先ほどまで満足に歩けなかった老犬が、それでも主人であるエリラクを守ろうと必死に立ち向かう姿を見たエリラクは、頭の中が火が付いたように真っ赤になるのを感じ取る。


「シリウスに触るな!」


 気が付けば彼は泥の魔神へと体当たりをし、全身を泥まみれにしていた。


[おやおや……私の体に障るとは]


「何が……痛いッ⁉」


 突然体を襲った激痛にエリラクは耐え切れず、地面に倒れこんでしまう。


[私の体は生身の生物にはそこそこの毒でして……あの犬が動いているのが不思議なくらいですよ……]


「そん……な……」


 それでもシリウスは近づいてくる。


 エリラクを助けるために。


 ふらふらと足取りはおぼつかず、それでも歩いてきたシリウスは、エリラクの目の前でとうとう倒れこんでしまっていた。


[さて、どうするだ小僧]


[お前の頼みとする犬は死んだようだぞ]


[次は誰がこうなることやら……フフフフ]


 エリラクの周りを取り囲んだ魔神たちが一斉に笑う。


 だがエリラクの意識は魔神たちには無かった。


(シリウスを……助けて……誰か……何でもしますから……僕の……命……)


 今まで自分は何をしてきたのか。


 本当に大切なものが何なのかを知ろうともせず、大切な何かを守る術を学び取ろうともせず、ただただ怠惰に日常を過ごしてきた。


 目の前で死のうとしているシリウスに何もできず、自らの無気力な命を差し出すことで、自らの無力を帳消しにできるのではないかとエリラクが考えた時。



「ガアアアアアアアアアアッ!」



 巨大な一匹の黒狼が咆哮とともに姿を現し、泥の魔神を四散させたのだった。

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