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第268話 魔族は悪だくみをしている!

 夜すら及ばぬ闇で覆われた森の中。


 先ほどから会話をしていた二人はうなづき、そして片方の大柄な人型が補足を求めようと口を開く。


[ふむ、大筋では把握した。それで? その子供を殺せば良いのか?]


[殺してしまっては次に繋がらん。大抵の子供は想像力が豊かだから、その方面を少し刺激してやって、自分からアリョーナと言う娘に着いて行くと言わせるようにしてくれ]


[クク、子供はまだ現実に染まり切っておらんからな。確かにそちらの方で攻めても良かろう。散る儚さを摘み取る楽しみもあれば、枯れゆく無常が地に落ちる姿を眺める愉悦もあるというものだ]


[頼んだぞ。本来なら現地にいる私が手掛ける案件なのだが、急遽ルシフェル様から王都に戻ってくるように指令が出てな]


[分かった。王都でゆっくりと報告を待つがいい]


 腕を組んだ黒い大男がそう告げるとジョーカーはうなづき、消えると見せかけるも何かを思い出してその場にとどまる。


[一つだけ忠告だ。この地には今メタトロンがいる]


[ほう、あのメタトロンが]


[どうやら久方ぶりの本命が降臨しているようだ。前回の天魔大戦で辛酸をなめさせられたアルバトールのように、なかなかにお節介な小僧に間借りしているらしい。邪魔をされないよう気を付けてくれ]


[分かった。俺の配下は何人まで使っていい?]


[お前なら信用できると後任を任せるのだから、差配は任せる。ではな]


 大気にジョーカーの声が吸い込まれ、同時に二人の影はその場から消えた。



 その頃ミンスルトの集落では。



「ふむ、ではガッティラとはセッ――磋琢磨をする仲であると?」


「ええ、セッ――などとんでもない。お互いを磨き上げ、技量を高め合うセッ――磋琢磨をしているだけですわ、旧神ヘルメースよ」


 アリョーナという美女を目の前にしているにも関わらず、ヘルメースが真面目な顔をしたまま清廉な朝に相応しい爽やかな激論を交わしていた。


[と言うわけでやましいことなど何もしていないニョ。セッ――磋琢磨の邪魔だからお前ら早くどっか行ってほしいニョ]


「ふむ、だが残念なことに、その権限は僕には無いのだ」


 魔神ベルフェゴールの苦情にも冷静に対応するヘルメースを見たクレイは、投げやりな態度で口を挟む。


「なんか今日のお前らすごいクドイな。切磋琢磨とか一度言えばいいだけだろ」


「は?」[ニョ?]


「いや近い近い」


 しかし即座にアリョーナとベルフェゴールの二人が発した圧にクレイは押され、二人の頑なな態度を見たヘルメースは腕を組み、横に座るクレイを見た。


「さて困ったな、この二人は卑劣な洗脳をしてガッティラを陥れ、無理やりに言うことを聞かせようとしているわけでは無いようだ。どうするクレイ」


「どうするって、それを聞く必要があるか? ヘルメース」


 ヘルメースの疑問にクレイは両手を持ち上げ、首を振る。


「決めるのはガッティラ族長であり、だがその決断を左右するのは俺たちが出す条件だ。どちらの提案にガッティラ族長が魅力を感じるか……」


 そしてアリョーナとベルフェゴールを睨みつけ、指さした。


「勝負だヴェイラーグのアリョーナ、魔神のベルフェゴールよ」


「嫌ですわ」


「アリョーナ嬢は嫌らしいクレイ」


 だがアリョーナは即座に断り、そしていつの間にかアリョーナの隣に移動したヘルメースが味方する。


「……お前どっちの味方だヘルメース。つか族長をどっちが先に口説き落とすか、その経過そのものが勝負だから。イヤとか関係ないから」


[面倒だからイヤだニョ]


「うるせえええええええええええ! 何もしないんだったらさっさと王都に行け!」


 そして続けて発せられたベルフェゴールの怠惰に満ちた一言にクレイはキレ、怒鳴ってしまった。


「ヒッ……」


「あ、ごめんよエリラク」


 当然クレイの悪評はここムスペルヘイムにも届いているため、その怒声を聞いたエリラクは震えあがり、怯えた表情で頭を抱えてしまう。


[おーよしよし、別にあの天使はキミに天罰を下しに来たんじゃないから、そんなに怯えなくてもいいよエリラク]


「あらあら、こんなに怖がって……でも無理はありませんわね。荒ぶる天使がご降臨とあっては、天罰を下しに来たと思っても仕方がありませんわ。ですが安心するのです。こちらの紙に母音を押した後で私の洗礼を受ければ……」


「おいどさくさに紛れて未成年を勧誘するな! いやしてもいいけどガッティラ族長の許可を得てからにしろよ!」


 すかさずアスタロトとエルザの二人は見事に呼吸を合わせた掛け合いを見せ、自分一人が悪者にされそうな雰囲気を感じ取ったクレイは慌てて誤魔化す。


[仕方ないニョ。王都に行くのも面倒だからここでガッティラを脅迫することにするニョ]


「おう! 魔族の名に恥じぬように頑張れイヤちょっと待てえええええ!」


 そしてトボトボと肩を落としてガッティラの所へ向かうベルフェゴールを、クレイは体を張って止めたのだった。



 その後。



「で、私のことをすっかり忘れてたってわけね」


「だってお前コンラーズに縄を切ってもらってたじゃん。自分で考えて行動したんだろうし、成人した女性の行動を一々監視するほど俺は無粋じゃないぞ?」


「まあこんなに遅れたのは、助けてくれたお礼にコンラーズの食事に付き合ってたからだけどね。でも自分たちだけで先に食事をとるのはいいとしても、私の分くらい残しておくのが普通でしょ」


「それについてはすまなかった。それで、ガッティラの帰りは何でこんなに遅くなったんだ?」


「それがねー……」


 どこからか帰ってきたフィーナとクレイは二人で森の中に入り、密談をしていた。


 いわゆるデートに見えなくも無いが、クレイがフィーナを女性として扱っていない、という問題点を解決することが必須ということ。


 そして少し離れたところにサリムが警備に立っていることもあって、二人にそう言った甘い雰囲気はまるで見られない。


「ごにょごにょごにょの、ごにょなのよ」


 そんなこんなで切り株の上に座ったフィーナが、ぼそぼそと喋った内容を聞いたクレイは、不思議そうに首を傾げた。


「他の集落……オルドで子作り?」


「そう、ムスペルヘイムでは一夫一妻制度じゃなくて、一夫多妻制度らしいのよ。昔ツァーユァン帝国に攻めこまれた時に、そのシステムが導入されたらしいわ」


「それでガッティラは毎晩遅くまであちこち出歩いても、奥さんに怒られないのか……まぁ一度寝たら起きないってエリラクが言ってたけど」



 オルドとは遊牧民などが集まる宿営地のことであり、帝国が巨大になったのちには、皇帝の后妃が住まうそれぞれのオルドが存在するようになった。


 多くの妃を持った皇帝は、妃のそれぞれのオルドを行き来しつつ、行った先々のオルドで政務など色々なことを行って日々を過ごしていたとされている。



「そうね、要は王や皇帝の血筋が絶えないように、東方の大国では複数の奥さんを持つことが許されている……と言うより義務とされているみたい」


「そりゃ大変だ」


 クレイが意味ありげな笑みを浮かべて肩をすくめると、フィーナもまた肩をすくめて微笑んだ。


「奥さんが一人でも多数でも苦労はありそうね。でも国の指導者の血筋を残すという一点にかけては、一夫多妻制度の方に分があるわ」


「そうだな……さて、それじゃガッティラの浮気を、ベルフェゴールが脅迫するというセンは無さそうだな」


「そうね、さっき奥さんに聞いてみたけど、さっさと子供を産ませて働き手を増やしてもらわないと困る、って豪快に笑ってたわ。ま、実際のところは分からないけどね」


「そっか」


 安定している国と不安定な国。


 統治者たちを支える気概に満ちた国民を育てるのに必要なのは、不安定な国家なのだろうか。


(だが不安定な国家は国民を不安にし、統治者への不満を抱かせ、結果的に新しい安定――新国家への衝動へ繋がりかねない、か)


(そういうことだな。結局のところ、統治する者のみならず統治される側にも、人徳というものが必要なのだ)


(徳か……)


 メタトロンの助言を聞いたクレイは、静かに首を縦に振った。



 寛容、慈愛、分別、忠義、節制、純潔、勤勉。


 人としてあるべき姿、持つべき考えを徳として表した七つの言葉。


 国家の統治者や、国家に属する国民があるべき姿としての枢要徳というものもあるが、それが外敵との争いを念頭に入れたものに対し、七つの得は平和へと繋がるものとしてクレイはより重要視していた。



 重要視はしているものの、今抱えている問題とはまったく関係が無いので、徳のことはいったん忘れる。


 そしてフィーナの調査報告を聞いたクレイは内容を吟味すると、フィーナと二人で集落に戻り、意見を求めるために集めた今回のメンバーを見渡した。


「さて、どうやってガッティラを説得するかな」


 ヘルメース、エルザ、アスタロト、フィーナ。


 こんな時に頼りにならないガビーとアルテミス、バヤールは安全確保のために森の索敵に出かけている。


 サリムとティナは、お付きであるということと見識がまだ足りないということで、巨大な黒狼姿のマルトゥと共に、少し離れたところに控えていた。


「何かいい案はないかヘルメース」


「グェ」


 誰も案を出してくれないことに業を煮やしたクレイは、隣でアリョーナの胸をジッと観察しているヘルメースの首を右手で締めあげる。


「……無い」


「そうか」


 知恵袋と頼むヘルメースのそっけない返事を聞いたクレイは、その原因となったのではないかと思われる右手を離し、エルザたちを見る。


「脅迫して言うことを聞かせればいいじゃありませんか、裁きの天使様」


[そーそー、さっきみたいにキミが怒鳴り散らせばすぐに万事解決さ]


「そんなことが出来るかッ! つーか堕天使のアスタロトはともかく、司祭のお前がどうどうと脅迫を勧めるってどういうことだよエルザ!」


「あらあら、早速怒鳴り散らかしてますわね」


[そーゆーところだよ、クレイたん]


 そして返ってきたとんでもない返答にクレイは怒鳴り散らし、直後に慌てて自分の口を押え、周りを見渡した。


「……お前が倫理に反したとんでもないことを言ったことに間違いはないだろ」


 さすがに反省し、コソコソとエルザに苦情を述べると、言われた側の方はまったく気にした様子も無く胸を張る。


「私ほどになると、人の細かい倫理観などには囚われない、大局的なものの見方が出来るのですわ」


「その倫理観を教えたのはお前らだろ」


[倫理観に囚われない行動をしたら堕天しちゃったんだよねえ]


 しかし今度はエルザの方がやり込められ、冷や汗を一つ流して動きを止める。


「こいつ、次は自分たちが決めたルールだから、自分たちが改善するのは当たり前とか言いそうだな」


[あっはっは、まあ権力者が自分に都合のいいようにルールを変えるのは、当たり前の権利だからねえ]


 そしてエルザが動き始める気配を感じ取ったクレイが、機先を制して嫌味を言うと、それにすかさずアスタロトが乗っかる。


 再び動きを止めたエルザを見たクレイはフムとうなづくと、先ほどから黙って遅い朝食をとっているフィーナを見た。


「お前は何か意見が無いのか? フィーナ」


「恋愛に限らず交渉事は外堀から。ヘルメース様からもそう習ってるでしょ」


 集落に戻ると告げた時からなぜか不機嫌そうな顔となり、なぜか恋愛を返答の最初に持ちだしてきたフィーナをクレイは不思議そうに見た後、それでも納得したように手をポンと打ち合わせる。


「それもそうだった」


「クレイって本当に不器用な時は不器用よね。これじゃ苦労するわけだわ」


 フィーナは呆れた顔になると、髪をかき上げつつ再び食事に戻ろうとする。


「そう言えばエリラクの姿が見えないな……フィーナ、お前何か知らない?」


「私と入れ替わるように森に出て行ったわよ。シリウスも一緒だから大丈夫だって言ってたわ」


「そっか、じゃあここで帰りを待つことにするかな。フィーナの同行をやんわり断ったなら、一人になりたいってことだろうし」


 クレイはそう言うと未だに動きを止めてるエルザの目の前で手をヒラヒラと振り、反応が無いことを確認するとサリムと共に魔術の訓練を始める。


 それを見た巨狼姿のマルトゥは、他の誰も動かないのを確認すると、ゆっくりと集落の外へと姿を消したのだった。

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