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第267話 エリラクへの勧誘!

 色々とあった翌朝。


 集まった面々は一堂に会し、食事をとりながらそれまでの経緯を説明していた。



「なるほど、な……そういう成り行きになっていたとはな」


 まるで今まで出番を忘れられていたかのように、昨日の夜中になってようやくムスペルヘイムに到着したヘルメースは、感慨深げにアリョーナの顔を見た。


「それでアリョーナ嬢は、このムスペルヘイムまで僕に会いに来たわけか」


 ヘルメースに問いかけられたアリョーナは返答をせず、にっこりと微笑を浮かべるだけに留め、先ほどから話しているエリラクへと視線を戻す。


「それで私は貴方のお父上に申し上げたのです。一度他の者にお預けになって、ご子息の見識を広められては如何ですか、と」


「は、はぁ……」


 だがアリョーナに話しかけられたエリラクは、ただひたすらに困惑していた。


 理由はアリョーナが見知らずの女性と言うだけではない。


 まずアリョーナの話の内容が、自分を両親から引き離そうとしていること。


 そして何よりアリョーナが美しく、大変に肉感的であり、更にはその体を惜しみなくエリラクに近づけ、優しく触れあおうとしていたからであった。


「貴方はどう思っているのです? エリラク様。未だ自分の進むべき道は見えず、その現状にやきもきしているのではありませんか?」


 アリョーナが優しく微笑み、首を傾ける。


 フィーナほどではないが、アリョーナの整った長い金髪が豊かな胸の谷間へさらりと落ち、それを見たエリラクは顔を真っ赤にして無言となる。


 その一連の流れを見ていたヘルメースは、エリラクが黙り込んだ今がアリョーナに話しかける機だと判断し、すかさず物理的にカサカサカサと距離を詰めた。


「フ……可愛い人だ。恥ずかしくてこのヘルメースを見ることも難しいのかな?」


 しかし無視。


 アリョーナは引き続きヘルメースを無視と決め込み、それを見たクレイはそっと溜息をついた。


「アルテミス、ヘルメースを放っておいていいのか?」


 実に見慣れた光景なれど、それ故に見飽きた光景を何とかするべく。


 いやエリラクをアリョーナから救うという崇高な使命のために、クレイは狩猟の女神アルテミスへと話を振る。


 だが頼りにした先のアルテミスはやや不機嫌そうに口を尖らせ、助言どころか苦言を返答とした。


「だからアテーナーお姉さまを連れてくれば良かったんだ。お姉さまがいてくれたら、ヘルメースを力づくで何とかしてくれるのに」


「ああ、そうか……」


 アルテミスの文句を聞いたクレイはエステルとエレーヌの顔を思い浮かべ、右手をギュッと握り。


「とぅ」


 そしてそのまま拳をヘルメースに叩き込み、静寂な朝食のひと時を栄光の右手に取り戻したのだった。



「君は最近、ますますアルバトールに似てきたな」


「そうか? それは大変嬉しく、また喜ばしいことだね」


 クレイが放った一撃により、一同は雄弁の神ヘルメースが一方的に熱をこもらせた朝食の場から解放され、優雅なひと時を過ごしていた。


 エルザとアスタロトも、表面上は穏やかでありながらトゲを潜ませた会話を交わし、ガビーやアルテミスも巨大な狼姿のマルトゥの、ふわっふわの腹部に体を預けていたからである。


 ティナは先ほどからクレイの肩に留まってゆっくりと食事をとっており、バヤールも集落の中に生えた草を食んで……


「あれ、何か忘れてるような?」


「あらあら、若いのにもう記憶があやふやになったのですか?」


[魔神ブエルに紹介してあげようか? 彼の医療の腕はかなりのものだよ]


「いや……あれ? ガッティラ族長の姿が見えないけど、ひょっとして昨日の晩から帰ってないのか? それにベルフェゴールも!」


 エルザとアスタロトの連携を聞いたクレイは、慌てて周りを見渡すと二人の気配を探る。


 するとベルフェゴールはすぐ近くにおり、ガッティラも歩いて二~三分の位置にいることが分かったため、なんとなくクレイはヘルメースを睨みつけた。


「早とちりによる人的ミスの原因を、僕に擦り付けるところまでそっくりだ」


「そりゃすまないね。それにしても美人と言うならアスタロトもかなり綺麗な方だと思うが、あっちはいいのか?」


 クレイが視線をアスタロトに向けると、ただちにアスタロトが片目をつぶって誘惑を仕掛けてくる。


 それを見たクレイは、苦笑して悪戯好きの堕天使から視線を外して魅了を防ぎ、ヘルメースの返答を待つ。


 すると好色なオリュンポス十二神の一人、ヘルメースの口から出たとは到底思えない言葉をクレイは耳にすることとなった。


「手に負えない」


「手に負えない?」


 女性であれば誰でも手を出すと思っていたヘルメースの、思いもかけぬ返答にクレイは戸惑う。


 その戸惑いを見たヘルメースはやや不機嫌な顔となると、直視をしないようにアスタロトを見た。


「彼女は旧神と呼ばれる中でもゼウスやティアちゃんと並ぶ例外の一人。僕やアポローンのような若い世代とは在りようが違う」


「今は堕天使だけどな。それにしても……」


 クレイは以前ゼウスが、アポローンやヘルメースなどの若い神を第二世代と呼んでいたことを思い出す。


 そしてその際、旧神が人の宗教心が集まったことによって生じた特異点である、つまり神は人によって物質界に降臨した、ということもゼウスに聞いたことを思い出したクレイは、誤魔化すためにヘルメースの瞳をじっと覗き込んだ。


「在りようが違うって、どんな風に?」


「簡単に言えば、我らはこの物質界で産まれた神。それに対してゼウスたちは、精神界からこちらの物質界に来ている神だ」


「なるほどね。俺やアルバ候のような人から転じた天使と、エルザやガビーのような純天使との関係みたいなものか」


「そうだな」


 ヘルメースはクレイの態度を少し不審に思うも、先ほどのグーが効いたのか深入りをしようとせずに話題を変える。


「さて、少し真面目な話をするとしよう。ヴェイラーグから来た麗しき娘アリョーナ嬢、そして魔神ベルフェゴール……魔神がいないな」


「向こうでずっとガッティラの奥さんと話してるよ。戻ってきたガッティラが隣にいるってのに」


 クレイの返答に、ヘルメースは天幕の外へと意識を向ける。


 どうやらベルフェゴールは、男性一人に縛られる結婚というものが人生においていかに理不尽であるか、をガッティラの妻に説いている途中のようであり、先ほど戻ってきたガッティラは、それを苦虫を噛み潰したような顔で聞いていた。


 しかしさすがに我慢ならなくなったのか、ジロリとベルフェゴールを睨みつけると怒りを押し殺した声でベルフェゴールに詰め寄る。


「ベルフェゴール、先ほどからワシの妻に何か吹き込んでいるようだが、お前はここに何をしに来ているのだ」


[もちろん我が使命である好色を果たすためニョ。ついでにジョーカーに何か頼まれたらそれを手伝うニョ]


「もはや魔神ではなく暇人と名乗った方がいいのではないか……」


[なななななな、何を言うニョニョニョニョニョ!]


 ガッティラの中傷にさすがに頭にきたのか、ベルフェゴールは両手をぶんぶんと振りかざして怒りを表現してみせるが。


[でも割と語呂はいいニョ。仲間と会った時のネタとしてメモしておくニョ]


 即座に態度を変えてそう言うと、ベルフェゴールはシッポの先端の毛をまさぐると、一枚のプレートを取り出して書き込み、宙へと返す。


 それを見たクレイ――メタトロン――は、呆れたように肩をすくめてベルフェゴールへと近づいた。


「……変なものアーカイブの中に入れないでくれよ」


[ニョ……お前メタトロンかニョ?]


「メタトロンそのものじゃないけど、愚痴とか全部俺が聞かされることになるんだ。ええと、ムダな情報は保管しないでくれってさ」


 ベルフェゴールは当然怒って喚き散らすが、クレイがその抗議を聞き入れることは無く、ベルフェゴールは最上位魔神に見合わない姿――肩をガクリと落として落胆した。


[仕方ないニョ。自分で覚えておくニョ]


「メタトロンもそっちの方がいいって言ってる。君がアーカイブ領域にあげた情報は、放置されたままで使われた形跡が無く期限で抹消されるものばかりだって」


[オー、ニョー]


「……こんな使用状況が続くようだと、退会処分も考えないといけないってさ」


[ニョオオオオオオオオオオ⁉]


「……あまり気を落とさないようにね」


 頭を抱えるベルフェゴールを見て困惑するクレイ。


(はー、魔族なのにエルザやガビーが見逃してるわけだよ)


(魔族らしいと言えば魔族らしいのだがな。彼らは本来気ままで自分勝手。自らの本能に従って動くのが自然なことであり、天魔大戦のように組織立って行動する方がよほどおかしいのだ)


(そうなんだろうけど……なんか納得いかないなぁ)


 メタトロンに慰められたクレイは頭をひねり、真面目な話をするべくヘルメースを呼びよせるのだった。



 その頃。



[オティウスか]


[久しいなジョーカー。わざわざ王都から離れたこんな僻地にこの俺を呼び出すとは、一体何をさせるつもりだ?]


[一人の子供に待ち受ける未来と去り行く過去を教える役目だ]


[詳細を]


 森の上に日が昇り、清浄な空気が森の外には漂う中、太陽の光すら届かぬ闇と化した森の中で、闇すら震えるほどの存在二人はしばらく話し合った後、お互いにうなづきあったのだった。

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