第265話 闇の中で語られる事実!
ガッティラに残っていた魔族の残り香の正体を突き詰め、戻ったエルザとアスタロトはまだ起きていたクレイに見つかっていた。
「あれ、エルザとアスタロトじゃないか。こんな時間までどこ行ってたんだ?」
「少々お花を摘みに」
[手折られる花の姿に心を痛めつつも、その境遇に身を重ねて訪れる破局に共感する……ああ……]
「おいやめろ。エリラクが起きてたらどうするんだ」
もう子供が寝ている時間とはいえ、とんでもないことを口走り始めたアスタロトを、クレイは口に指を当てると慌てて制止する。
「で、本当の所はどうなんだ? 仲が悪いはずのお前たちが、まさか二人で仲良く連れ立って用を足しに行ったわけでもないだろう」
「鋭いですわね」
そして常識のない性格をしている二人が、常識はずれの何か怪しいことをしていないか確認をするがやはりやっていた。
「一と一を合わせれば二、くらいに当たり前に分かることだろ。ガッティラ族長も姿が見えないことだしな」
存外あっさりと白状したエルザに、クレイは肩をすくめてそう言うと、天幕の中と外の気配を同時に探る。
「サリムが良さげな相談場所を見つけてくれたみたいだ。そこへ行こう」
そしてクレイを先頭にした三人は、エリラクを起こさないようにそっと天幕の外へと出て行った。
昼でもなお暗がりが残る森の中は、夜ともなれば月や星の光も届かぬ濃厚な闇がまとわりついてくる、まるで百鬼夜行でも出てきそうな場所と化していた。
だがそんな中でも幾ばくかの開けた場所はあり、サリムはその一つの中心に星の光に祝福されながら静かに立っていた。
「お待ちしておりましたクレイ様」
「あれ? 連絡をしたのはついさっきだろ?」
「いえ、不審な動きを見せていたフィーナさんを捕まえ、ここに隠しておりましたので、処分をどうするかお聞きしようかと思っていた所に、丁度クレイ様から念話が届いたのです」
「不審な動きって……」
全身を縛り上げられて猿ぐつわを噛まされたフィーナが、世間をはばかるかのようにサリムの後ろに隠され、地面に転がされている姿をクレイは見下ろす。
「何か企んでたの? お前」
「ムグー!」
クレイはフィーナに聞くが、猿ぐつわを噛まされているので当然喋れない。
「どうせロクでもないことだから放置してていいよ、サリム」
「承知しました」
「ムギー!」
どうやら今夜の目的――クレイへの夜這い――が遂行する前にサリムに見つかってしまったようである。
だがそんなことを正義を信条とする淑女フィーナが口にできるはずもなく、どう説明しようか迷っているところを、あえなくサリムに捕縛されてしまったというところであろうか。
周囲に光る球は見られず、どうやらティナは上手く逃げ出せたようである。
「さて、それじゃ二人で何をしていたか聞かせてもらおうか」
フィーナへの興味を無くしたクレイは、エルザとアスタロトへと振り向く。
と言ってもクレイの顔には、どうせ二人でロクでもないことをしてたんだろ、という諦めの色と、二人を軽蔑する様相がありありと浮かんでいた。
だがそんなことは百も承知なのか、エルザは悲し気な表情を作り出すと、ゆっくりと首を振ってか細い声で答える。
「クレイお兄様がそこまで仰るのでしたら、私としても言わざるを得ませんわね」
「いや別にそこまで聞きたいわけじゃ……」
[堕天使の指導的立場にあるボクとしても、天使であるクレイたんに秘密を話すのは魔族としての誇りに関わる問題なんだけど、そこまで頼み込まれてしまっては仕方がないかな]
「お前ら打ち合わせでもしてきたのか」
まるで一卵性の双子のようにピッタリと息の合った、イヤミな上に押しつけがましい発言にクレイは辟易するが、当のエルザとアスタロトはキョトンとすると見事にシンクロした首の捻りを見せる。
「そんな非生産的なことしませんわ」
[クレイたんの意思をいかに尊重しているか、素直にありのまま口にしただけなのに、ひどいよクレイたん]
「あー分かった分かった」
こちらを悪者にする気満々の二人にクレイはうんざりし、投げやりな返事をするがそれはエルザとアスタロトの思うつぼ。
「何ですかクレイ、その態度は。まったくいい年をした成人男性が、淑女の抗議に満足な受け答えもせず生返事で逃げるとは、男として恥ずかしくないのですか」
「天使に男女の性別は無い。よって男らしくだの女らしくだのという苦情は一切聞きませーん」
[あれ、でもクレイたんは純粋な天使じゃなくて人から天使に転じたんだよね? じゃあ性別は分かれてるよね]
「(チッうっせーなー)反省してまーす」
その機を逃さないとばかりに、すかさず連携した小言を発する二人をクレイは睨みつけ、反省の言葉を発したのだが、そんな態度を年長者たるエルザとアスタロトが許すはずもない。
「これは反省してない顔ですわね」
[あーこれバアル=ゼブルがよくする顔だよ。まるで反省していない]
「うるさいな! 俺の母親かよお前ら!」
まじまじと自分の顔を覗き込んでくる二人にクレイは怒鳴りつけるが、そんな脅しが興が乗った女子に通用するはずもない。
「キャークレイお兄様怖いですわー」
[ああ、可愛いクレイたんがそんなに怒ると怖さ倍増だよ]
「お前ら心底殴りたいな! もういいから何をしてきたか話せよ!」
「それもそうですわね」
[そろそろ満足したしボクもそうしようと思ってたんだよね]
しかしそろそろ潮時と感じたのか、存外あっさりと二人は何があったのか話し始めたのだった。
「へぇ、ガッティラ族長が村の外でこっそりと若い娘と会ってて、その上にセッ――までしてたとは。まだまだ若いんだな」
「ええ、とても激しいセッ――で、年齢を重ねた達人の技巧とは、あそこまで極まるものかと感心しましたわ」
[で、そこで一人の顔なじみと会っちゃってさ、ガッティラに残されていた魔族の残り香の正体も判明したし、ボクたちは戻ってきたってワケ]
「顔なじみ? アスタロトの顔なじみって……」
嫌そうな顔をするクレイを見たアスタロトは、その顔に慈愛の笑みを浮かべてベルフェゴールの説明をした。
「えーと? つまりその魔神はセッ――を覗くのが役割と」
[まあ、簡潔に言うとそうなるね。でもベルフェゴールの名誉のために言わせてもらうと、誰のセッ――でもいいわけじゃなくて、夫婦間の営みであるセッ――を覗くのが任務なのさ]
「そいつ魔族の枠に入れる必要あんの? やってることってセッ――の覗きだけじゃん」
クレイは困惑し、判断に迷うと天軍の長であるエルザを見る。
「尊き御方の教えにそぐわぬ七つの大罪。傲慢、憤怒、嫉妬、強欲、暴食、色欲、そして怠惰。彼はそのうちの怠惰を司っているのですから、立派に魔族の一員たる資格を持ちますわ」
「うーん」(それ無理やり当てはめてるんじゃないか……?)
見るからに込み上げる笑いを必死にこらえている、といった感じのエルザの微笑みを、クレイは胡散臭げな顔で見つめた後に長いため息をつく。
「とりあえず様子見かなあ……やることがセッ――の覗きだけなら、藪をつついて蛇を出すことはしたくないし、正直に言うとそんな魔族に関わりたくない」
「あらフラグ」
「おいやめろ」
「冗談ですわ」
明らかにクレイの反応を楽しんでいる顔をするエルザを、クレイは再び睨みつけると地面に転がってるフィーナをそろそろ助けてやろうと近づく。
「あれ、お前いつの間に縄を解いたんだ?」
「コンラーズに切ってもらったのよ。もう少しで新しい世界の扉を開けられそうだったんだけど、身体の上に虫が這い上ってきて気持ち悪かったからつい」
「開けなくていい。それじゃ帰るぞ」
ある程度必要な情報を得たクレイは、今にも暗がりから何か飛び出てきそうなほどに深い闇に包まれた森の中を、歩いて集落へと戻っていく。
そして。
[魔神ベルフェゴールというニョ。よろしく頼むニョ]
「お姉さんはアリョーナよ。短い間だけどお世話になるわね」
「あ、助けてください! この人? たち父上に紹介されたからここに泊まるって言うんです!」
戻ったクレイたちを天幕の中から飛び出るように迎えたのは、魔神と知らない女性に囲まれてあわあわしているエリラクだった。