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第262話 魔族の残り香!

「おい子供、その犬の名前はシリウスと言うのか」


「は、はい……あの、何か問題でも?」


「ああ……いや、確認しただけだ」


 族長の天幕の中に招かれたクレイたちは、そこで一人の子供と老犬に会う。


 ただマルトゥは犬の名に何か引っかかるものがあるようで、即座に子供に名前の確認をとるも、後は部屋の隅に座り込み、それ以上しゃべろうとはしなかった。


「それでエリラク、族長はいつ戻られるか分かるかい?」


「ええと、さっきまで大きいお兄さんと話してたんですけど、客人が来たと言って外に出て行ったきりです」


「大きいお兄さん?」


「リュファスって言う名前の人らしいです」


 エリラクが口にした名前を聞いたクレイは、首を捻って少々考え込む。


「んん? と言うこと……は?」


「待たせてしまったな。客人に出す食材を獲るのに少々手こずってしまった」


 はたして姿を現したのは、先ほど姿を消した門番……ではなく、族長ガッティラであった。



「あ、お父さんお帰りなさい!」


「父上と呼べ。客人の前で恥ずかしい奴だ」


「は、はい、父上」


 父の姿を見たエリラクは、嬉しそうな顔をして黒い肌を持つガッティラに駆け寄るが、当のガッティラは厳粛な顔をしたまま息子を睨みつけ、それ以上の接近を許さなかった。


「母さんはどこだエリラク」


「裏で夕餉の支度をしています父上」


「そうか、ではお前はここで客人の相手をしていろ。失礼のないようにな」


「はい」


「もう少し大きな声を出せ。お前はゆくゆくは、このムスペルヘイムを束ねる男にならねばならんのだぞ」


「は、はい!」


 ガッティラはまだエリラクに何か言いたげな表情をしていたが、客人の前と言うこともあってか、そのまま天幕の外に出ていった。


「……大丈夫かい?」


「は、はい。申し訳ありません」


「いや、こっちこそお父上に余計な気を使わせてしまったみたいですまない」


 クレイとエリラクの間で余所余所しい挨拶が交わされ、それを見たエルザがガッティラが姿を消した入り口に向け、仰々しく溜息をつく。


「ところで、私たちに何かお話があったのではありませんか、エリラクさん」


「はい……」


 エリラクは天幕の外を気にしつつ話し始めた。



 自分は族長の跡取りであるが、とてもその器ではないこと。


 と言うのも、幼いころから隣にいるシリウスがいつも付きっきりで、部族内の対人関係もほぼこの老犬の後ろ盾の元に構築してきたこと。


 最近ではシリウスが満足に歩けなくなってきたこともあり、このままではいけないと、一人で歩き回って同年代の者と話そうとするが、気後れしてなかなか話しかけられない。


 またうまく話しかけたとしても、族長の息子と言うだけで一歩引いた態度を取られたり、反対に敵対心を露わにされたりなどされるため、どうやって人と付き合っていいか分からなくなってしまったのだと言う。



「コイツ、もう歩けなくなってきているのに、それでも時々僕を迎えに出ようとするんです。しょうがないから紐で杭に縛り付けて、天幕から離れられないようにしたんだけど」


「あらあら」


「うーん……動けないように、か……」


 エリラクのとった処置に、エルザとクレイは顔を曇らせる。


「ダメですか? だってコイツもう動けないんですよ。そんな体で外に出て、もし魔物や魔獣に襲われたらどうするんですか」


「ま、まあ落ち着いてくれエリラク」


「貴方は貴方の考えた思いやりというものがあるでしょう。しかしそれは人間の考えた思いやりであって、犬にとっても良いことかどうかは分かりませんわ」


「う……で、でも……」


 同年代のはずのエルザの言葉にすら返す言葉を持たなかったエリラクは、恥じ入ったのか下を向いて黙り込んでしまう。


「動けなくなった野生動物は死ぬ。人に飼われているとはいえ、狼を祖先にもつ犬も、動けなくなれば死んでいくだけだろう」


「そんな……」


 さらには顔を青ざめさせ、泣きそうになったエリラクを見たフィーナが、さすがに見かねて間に入った。


「ちょっと二人とも言いすぎじゃない? もう動けないって分かってるなら、無理に動かそうとするのは良くないわ」


「でもシリウスはエリラクが心配で探しに出ようとするんだろ? それなら止める方が良くないんじゃないか?」


「じゃあクレイはサリムが大怪我をして、それでも誰かのために動こうとしていたらどうするのよ」


「怪我を治す」


「いやだわクレイ……今そういう話をしてるんじゃないわよね……?」


 ぬけぬけと言ったクレイに、フィーナが黄昏のような薄暗い笑みを浮かべて詰め寄ると、今度も仲裁に入ったのはアスタロトであった。


[やれやれ、勝手なことを言いあう前に、犬自身に聞いてみればいいじゃないか]


 この旅で一番大人の見識を持っているのは、どうやら堕天使のアスタロトのようである。


 彼女は呆れた顔で首を振ると、部屋の隅で大人しくしているマルトゥを見た。


[キミならシリウスの意思が分かるんじゃないかい?]


「あー……そういえば……? そうなのか?」


 アスタロトの提案に、クレイは疑問を返す。


[どうなんだいマルトゥ。キミ、このワンちゃんと意思疎通できないかな?]


 それを受けてアスタロトがマルトゥに再度話しかけた時、成り行きを見守っていたエリラクの疑問の表情が驚愕へと変わる。


「ちょ、ちょっと待ってください。犬と話せるなんて、こちらのお兄さん人間じゃないんですか?」


[……え?]


 驚いた顔で質問をしてくるエリラクを見たアスタロトは、ペロリと舌を出した後にコツンと自らの頭を叩く。


[もしかしてやっちゃった? アハハハ]


「あれ? マルトゥの身の上についてはリュファス兄が話したって言ってたはずなんだけど、もしかすると族長にしか話してないのか……? まぁいいや」


 クレイは不思議そうな顔をした後、軽く頭をかいてエリラクを見る。


「エリラク、マルトゥについては後で説明する。それでマルトゥ、この犬と話すことは出来るのか?」


「……」


 クレイの問いに、マルトゥは返答しない。


 黙っている間に、全員がマルトゥに注目するが、彼はそれでもしゃべろうとはしなかった。


 だがついに耐え切れなくなったのか、マルトゥは諦めたように天を仰いで口を開く。


「犬は狼とは違う。人間に尻尾を振って後に着いて行くようになった奴らの気持ちなど、俺に分かろうはずが無い」


「ええッ⁉ じゃあお兄さん、狼なんですか⁉」


「……⁉」


 エリラクの指摘を聞いたマルトゥは、しまったとばかりに口をパカンと開けて舌を出し、服の中にしまってあったシッポも外にだらんとはみ出させると、小刻みに先っぽを振って動揺を露わにしてしまっていた。


「……狼と犬は違うんじゃなかったのか、マルトゥ」


「う、うるさい!」


「あらあら、自分で言ったことも忘れて逆ギレだなんて、ルー・ガルーとは本当に礼儀知らずの種族ですわね」


「なんだと……俺たちの種族をバカにするつもりか!」


 さらにエルザが追い打ちをかけ、それに激しく反応したマルトゥを見たエリラクは、さらに過激な反応を見せていた。


「えええ⁉ ルー・ガルー⁉」


「⁉」


 次々に口を滑らせていく仲間に、クレイは軽い頭痛を覚えて眉間を押さえる。


「話す順番にも手筈ってものがあるだろうに……まあ、そういうわけなんだエリラク。こいつは人間じゃなくルーガルーって種族なんだ。少し気難しい所はあるが、そこまで乱暴者ってわけじゃないから怖がらなくてもいい」


「は、はい……あの、すみませんでしたマルトゥさん」


 そして手間が省けたとばかりにマルトゥの紹介をするが、そのマルトゥの態度は粗暴なものだった。


「気やすく人の名前を呼ぶな。ギャワン⁉」


「相手は子供だ。優しくしろ」


「グルルルルゥ……」


 エリラクを突き放す言い方をしたマルトゥの頭をクレイは殴りつけるが、マルトゥはまるで反省の色を見せずにクレイに唸り声を上げる。


 その脅しを見たクレイは、まるで問題にしないと言うように冷たい視線を送り、すぐに手を出さないように腕を組んだ。


「俺に当たるのはいいけど、エリラクには優しくしろ。それでマルトゥ、シリウスとは話せないってことでいいのか?」


「……そうだ」


 しかしマルトゥのシッポはだらんと垂れ下がったままで、それを見た限りではウソをついているようにしか見えない。


「仕方ない、シリウスのことはこの際無視して考えよう。エリラク、君はこれから何をしたいんだ?」


「シリウスの手を借りずに、部族の者たちと行動したい……です」


「そうか」


 クレイはしばらく考え込み、そして大きく首を傾けた後、やや迷うような表情でサリムの方を見る。


 すると賢い友はそれだけで察し、少し微笑んでからエリラクへ助言をした。


「そうですね、新しい環境に身を置くには、自らが傷つくことを恐れてはいけない場合が殆どです。大人はそれを子供には旅をさせろと呼ぶようですが」


「……やっぱりそうなんですか」


 サリムの助言は、幼い子供に厳しい現実を突きつけるものだった。


「もしくは地道に親交を深めていくことですね。仲という漢字がありますが、最初は分かたれている道も、いずれ中心で交わって一本になる。仲とはそういうものだということを文字でも表しています」


「……はい」


 どうやらサリムの助言は、お気に召さなかったようである。


 困っている子供を見た天使が、魔術を使って強制的に知り合いとの仲を取り持つ、とでもエリラクは考えていたのだろうか。


(それは人の努力を否定し、馬鹿にするものだよなぁ……ふぅ)


 子の成長を願わぬ親はいない。


 子供の成長に興味が無い、まるで子供のような親はいるとしても。


 自分とアルバトールのお互いに気を使いすぎた関係を思い、クレイは溜息をついてから口を開いた。


「男は度胸! 色々と試してみるものさ!」


「はい、頑張ります」


 そう答えるエリラクの目は虚ろであり、失望の色が全く隠れていない。


 どうしようかクレイが再び思案を始めた時、天幕の入口にガッティラの姿が現れていた。


「客人、すまぬが食事は外ですることとしよう」


「分かった」


 輪になって話していたクレイたちは、その言葉を聞いて立ち上がり、満天の星がまたたく外へ次々と出て行った。



「さて、それでは新しい友人との出会いに。乾杯」


「乾杯」


 この辺りはまだカリストア教の教えは行き届いていない。


 よって食事前の感謝の祈りは省略されるが、エルザもガビーもそれに関しては何も言わなかった。


 エルザが口を開いたのは食事も中盤を過ぎた頃。


 ほどよくアルコールも回り、それに応じて口も回りやすくなった頃だった。


「さてガッティラさん、貴方の体から魔族の臭いがするようですが、それについて何らかの説明が私たちに出来ますか?」


「……ぬ」


 一見和やかなように見えていた食事の場は、その爆弾によって一気に火が付いた火薬庫のような様相へと激変したのだった。

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