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第260話 その血筋は勇猛か、臆病か!

「何やってんのよクレイあの後私が村長と奥さんが同じ話を延々と続けるのを聞かされたのよあんたリーダーとしての自覚が無いんじゃない⁉」


「うお誰かと思ったらフィーナかよ」


 部屋に戻り、再び長い眠りについたはずのクレイは、あまりの怒りに一息で苦情を言ってのけるフィーナの罵声で叩き起こされていた。


「なんだよ急に。リーダーとしてちゃんと村長には礼を言ったし、自分の体調面を考慮して後のことはお前に任せるって後事も託したぞ。何か問題があるか?」


「厄介ごとを私に押し付けただけじゃないのそれ!」


「確かに物事の表面だけを見ればそうかもしれない。しかしだなフィーナ」


「言い訳はいいの。貴方が村長の話を少しも聞こうとせず、自分の体調だけを重視して部屋に戻ったことが問題なの。分かった?」


「ワカッター」


 フィーナはすこぶる不機嫌であった。


 こういう時に反論するとロクな目に遭わないと言うことは、フィーナをヘプルクロシアから客人として招いた時から……


(あれ、こいつそもそも居候だよな。別に俺が招いたわけじゃないし、陛下が招いたわけでもない。特に気を使う必要も無い……けど実家が金持ちだしなぁ)


 世俗にまみれた実に情けないことを考えると、天使クレイは世の無常にこうべを垂れた。



 世の中金である。



 いつの間にか人間の営みの頂点に位置してしまった、どのような身分の高いものでも逆らえない、絶対的な価値観。


 もはや物質界の頂点に君臨する法則、魔法のような存在になってしまった金銭のことを思い浮かべたクレイは、陰鬱な気持ちになる。


(金、金、金。単なる取引のツールでしかない金に、なんでこんなに悩む必要があるんだか……ん? なんだよメタトロン。貨幣の信用は国の威信に直結する? うるさいな、ってアレ?)


 体調が悪くなっていたクレイは気づかなかったが、今回の旅で一番重要な者の姿が周囲に見えない。


「そういえばマルトゥの姿を見ないな。確かアルテミスの遠乗りには着いて行かなかったはずだろ?」


 かつて獣人ルー・ガルーをまとめていたと言われる、天狼族の血を継ぐ男子。


 獣人の国を作るには必要不可欠、それほどの重要人物であるマルトゥがいないことに気づいたクレイは、慌ててフィーナに行方を聞く。


「なんか用事があるって言ってさっき出て行っちゃったわ。確かサリムとティナが護衛についているはずよ」


「ふーん、いつの間に仲良くなったんだろ」


「二人とも黙ってこっそり着いて行ったから知らないわ」


「なんだよそれ、冷たい奴だな……あ」


 言ってしまった直後、見る見るうちに表情の温度が下がっていくフィーナを見たクレイは、激しく後悔する。


「……クレイさん、ちょっとお話があります」


「はい」


「貴方、さっき村長の部屋で、薄情にも私を見捨てて一人で逃走しましたね?」


「ハイ」


「さらには今私のことをしつこいとか面倒な女とか思いましたね?」


「ハイ……おい誘導尋問は卑怯だぞフィーナ!」


「お黙りなさい、今の貴方はそんな抗弁が出来る立場ですか」


「ハイ、スンマセン」


 その後、十分以上に渡って、くどくど、くどくどと、ねちっこく嫌味を言うフィーナの態度に耐えかね、さすがにクレイが反論しようとした時。



「ああ~ああ~お二人さんとも……えぇと? お楽しみ中じゃったかの?」



 クレイの様子を見に来たのか、現れた村長を見たクレイはこれ幸いとばかりに救援要請を出す。


「あ、村長さん、おかげさまで体調も元に戻りましたありがとうございます。それで良かったらこの村の周りを……」


 だがそれも徒労と終わる。


「お楽しみ中ですので、また後にしていただけますか村長ホホホ」


 フィーナが張り付いた笑顔で村長に遠慮するよう求めたのだ。


「おお~おお~……えぇと? お楽しみとは何のことじゃったかの?」


「村長さんも一緒にお聞きになっていかれますか?」


「おおおお……えぇと? それじゃワシはこれで失礼」


 なぜか急に俊敏になって逃げだす村長。


(あのジジイ! 元気じゃねえか!)


 消えた村長の背後に向けてクレイが胸中で毒づくと、それを見透かしたようなタイミングでフィーナが呟く。


「それじゃゆっくり二人で続きをしましょうかクレイ……ウフフ、虚ろな目で天井を見ている間に終わる訳じゃないから、諦めなさい」


(フィーナの目がヤベエエエエ!)


 寝台の上に半身を起こしているクレイの隣にフィーナは座り、耳元に口を近づけると、ジトジトとした呪詛の言葉を延々とクレイの耳に滑り込ませる。


 意外とコイツ胸があるんだよなぁ、などと現実逃避をすると、クレイの意識は再び闇へと落ちていったのだった。



 その頃。



「久しぶりだな、父上……」


 ルー・ガルーの中でも一、二を争うほど有力だった部族、白銀の天狼族。


 その族長の血を引くマルトゥは、街道より少し入った雑木林の中に無造作に置かれた、両手で抱えられる大きさの石に話しかけていた。


「残念だけど、今回は俺一人での帰郷となりそうだ。もはや故郷と呼べるものなんて、何もないだろうけどな」


 マルトゥは地面に座り込むと、石に生えた苔を払いのける。


 すると下からシリウスと刻み込まれた文字が現れ、それを見たマルトゥはなぜか苦笑した。


「婿入り養子が、誇り高き伝説の銀狼の名を受け継ぐなんてな」


 そう言うと、マルトゥは膝を抱えて黙り込む。


 そのまましばらく石を見つめていた彼は、おもむろに立ち上がると顔を険しくし、石を睨みつけた。


「俺はあんたみたいにはならない。部族をちりぢりにさせてしまうような、弱腰の決定をしたあんたみたいにはな」


 そして決別の言葉を口にした後、帰ろうとして振り返ったマルトゥは、何かに気づいたように鼻をくんくんとさせると、中腰になって警戒心をあらわにする。


「誰かいるな? 出てこい! 出てこないならこちらから行く!」


 数秒ほど待つも変化が無いのを見たマルトゥは、牙をむき出しにすると手の指から鋭い爪を伸ばし、一本の大木に瞬時に近づくと幹に向けて振り下ろす。


[やれやれ、本当にしつけがなっていないみたいだねえ]


「お前は……」


[ちょっと思い詰めてたみたいだからね。そこに一人で出かけるだなんて言い出したから、面白そうだと思って……いや心配になって後をつけてみたんだけど、こんなにあっさり見破られるとは思わなかったな]


 大人二人分の胴体ほどの太さを持つ木が切り倒された後から現れたのは、堕天使アスタロトであった。



「何の用だ」


[あらら、ボクの実力は既に見たはずなのにその態度。健気と言うか何と言うか]


 アルストリア城を出た後、再び元のキラキラした格好に戻ったアスタロトは、うんざりとしたように両手を上げるとニタリと笑みを浮かべる。


「健気だと?」


[勝ち目がないと知りつつも、主人の名誉のために戦いを挑む。これを健気と言わずして何と言うんだい?]


「俺をバカにするな!」


 マルトゥは激昂するも、その場から動こうとしない。


[うん、それがいいよ]


 アスタロトは妖艶な笑みを浮かべると、動こうとしないマルトゥにゆっくりと近づいてその頬に右手を滑りこませる。


[クレイたんの構想によれば、ボクはキミたち獣人の国に奉られる神となる予定なんだからね]


「何ッ⁉」


[だから今のうちに仲良くしておきたいんだよね。どう? 神になる予定のボクに何か言うことない? 何だったら肉体的なお話合いでもいいんだけど]


 アスタロトはマルトゥの横に回り込み、チラリとその豊かな胸元を開けてアピールする。


「ふ、ふざけるなッ! 俺は誇り高き天狼族! 堕天使に……」


[堕天使に? どうしたんだい?]


「堕天使に……欲情したりしない……んだ」


[ふーん……これでも?]


 白く、ゼリーのようにプルプルした吸い付く肌をアスタロトは押し付ける。


「や、やめろぉ~俺にけがらわしいものを押し付けてくるなぁ~」


 アスタロトの母性を目で見、肌で感じたマルトゥは、口には出さずともシッポをパタパタと激しく振ることで、その考えを露わにしてしまっていた。


[ま、いいさ。旅はまだ始まったばかりだし、その間に色々とお互いのことを知る機会もあるだろうからね]


 マルトゥに拒絶されたアスタロトは、スネたようにそう言うとスイっと体をマルトゥから離し、胸元を元に戻してクスリと笑う。


「あ……」


[ん? どうしたんだい物欲しげな顔をして]


[黙れ! 俺はもう帰る! 命が惜しかったら今のことは他言無用だ!]


[はいはい、分かったよ]


 マルトゥは顔を真っ赤にし、捨て台詞を吐くと、ドスドスと足を踏み鳴らしながら遠ざかっていった。


[若い子のほとばしる感情……うぅ~ん、まったく可愛いね……今すぐあの子の全身を舐めまわしたい……あ、キミたちもう出てきてもいいよ]


 そしてマルトゥの姿が見えなくなった瞬間、アスタロトから風上の位置にある茂みから一人の稀人と翅妖精が姿を現した。


「助かりました。まさか途中で風向きが変わってしまうとは思っていなかったもので、アスタロトさんが来てくれなければマルトゥに見つかってしまう所でした」


「あ、ありがとうございます……」


[いいよいいよ、狼ってのは犬と違って気難しいから、ここでヘソを曲げられると後で困るしね]


 体のあちこちに葉や枝を付けたサリムとティナは、庇ってくれたアスタロトに頭を下げて礼を言うと、体を払ってそれらを跳ねのける。


「しかし先ほどのマルトゥの態度から見るに、クレイ様はアスタロトさんを祭神として奉ることを言っていないようですね……」


[時期があるんじゃないかい? 魔族ってだけで忌み嫌うのは、生物として当たり前のことだしね]


「でもウチが以前に見た書物によれば、ルー・ガルーも魔物の一種って書かれてあったんですけど」


[んー……色々とあるのさ。ボクたち魔族と、天使が相いれないようにね]


 アスタロトはそう言うと、ティナに人差し指と中指を差し出して頭を軽く撫でる。


「……あ、あの……?」


[何でもない。さて、マルトゥの安全も確認できたし、ボクたちも村に戻ろうか]


 頭を撫でられた側のティナが、その理由を聞きたげに不思議そうに問いかけると、アスタロトははぐらかすような微笑みを浮かべ、村へと戻っていった。



 翌朝。



「それでは失礼します村長」


「ああ~ああ~……えぇと? どちらさんじゃったかの」


「……名乗るほどのモノではありませんよ。それでは」


 体調を回復したクレイを先頭に、彼らはこのムスペルヘイムに住まう部族の中でも最大の規模を誇る集落へと向かった。


 その名はミンスルト。


 フェストリア王国に伝わる神話の終焉、神々の黄昏と呼ばれる大戦ラグナロクにおいて、旧神オーディンたちが住まうアースガルドに攻め込み、炎の剣によって世界を焼き尽くすと言われた、巨人スルトに由来する名を持つ集落である。

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