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第256話 アスタロトの使い魔!

「貴女はどう思ってらっしゃいますの」


 ティナの何が気になるのか、その正体について聞いてきたアスタロト。


 それに対してエルザがやや顔を傾け、微妙な角度で口角を吊り上げた笑みを浮かべて真意を問うと、アスタロトはうんざりとした表情で両手を上げた。


[それが分からないから聞いてるのさ。慈悲深き天使の長ミカエル]


「大方の予測がついているからこそ、内緒話と言い出したのではありませんか?」


[なるほどねぇ、さすがはミカエルだよ。人を煙に巻いた言動でからめとり、更にはその中に真実を貫く鋭い刃をお隠しのようだ]


 エルザとアスタロトの視線が交わり、合わさった空間を削り取り、そして双方のため息によって補充され、その中にアスタロトは過去の思い出を紛れ込ませた。


[まぁ話しても構わないけどね……ボクは昔、ジョーカーに頼まれて、ある一人の少女に使い魔を授けたことがあるんだ]


「……その少女の名は?」


[残念ながら聞いてないのさ。でもその少女が住んでいた村の名は知ってる]


「テスタ村、ですか」


 アスタロトは無言で頷き、そしてクレイの目の前に浮いているティナを見る。


[使い魔のタイプは汎用粘液。いつもは黒い泥の塊のような形をしているけど、自分の意志で姿形を好きなように変えることが出来る]


「いわば貴女の分身、ですか」


[そうだね]


 軽い態度で肯定するアスタロトに、エルザは小さくため息をつく。


「なぜそこまで手厚い加護を授けたのです? 貴女にとってその少女は、見知らぬ相手ではなかったのですか?」


[確かに見知らぬ相手ではあった。だけどその境遇は、今までに嫌というほど見知ってきたものだったのさ]


 アスタロトはエルザを見つめる、いや睨みつける。


[そう、君たち天使が使い捨ててきた人間たちと同じように]


「……そうする必要に迫られた状況を作り上げてきた者たちの一人に、そんなことを言われるとは思いませんでしたね。堕天使の長アスタロト」


[ボクが堕天する状況を作り上げた天使の長、ミカエルだからこそ言ったのさ]


 一触即発……にはならなかった。


 二人は睨み合っていた視線をすぐに和らげ、その視線は対峙するそれぞれではなく、それぞれが通ってきた苦い過去へと対象を変えていたのだ。


「過ぎ去った時は忘れたい過去を薄める」


[だけど忘れたかった過去を、つらい現実によって思い出させる]


「行きましょうか。そろそろクレイたちも心配しているでしょう」


 心配そうにチラチラと視線を向けてくるクレイを見たエルザがそう言うと、アスタロトもまたクレイを見た後に首を振った。


[そうだね……と言いたいけど、もう一つ聞きたいことがあるんだ。むしろこちらが本命と言っていい]


「何ですかそれは?」


[時間が無い。少しだけボクもそちら側に通じるとするよ]


 虚空に黄金のプレートが産まれ、情報が焼かれ、厳重な封印の元にアスタロトとエルザの間でやりとりがされる。


[……それじゃクレイたんたちの所に戻ろうか、エルザ]


「そうですわね」



 そして五分ほど後。



「お待たせしましたわクレイお兄様」


「ああ、それじゃ出発するか」


 クレイたちは領境の森を通り抜け、アルストリア領へと向かった。



 二日後。


 足場がぐるりと城壁を取り囲み、未だ十年ほど前のヴェイラーグの襲撃による、幾多の傷跡を残しているアルストリア城へとクレイたちは到着していた。



「もうアルストリア城か。さすがに王領の森を抜けると早いな」


 領境の森を抜けた後、アルストリア領に存在する関所の手続きを領主であるジルベールの顔パスによって省略したクレイはそう言うと、背後を振り返って仲間がついて来ているかどうかを確認する。


 サリム、フィーナ、アルテミス、マルトゥ、ガビー、ティナ、バヤール、ジルベール、そしてエルザとアスタロト。


[ボクは色々と苦労したんだけどね]


「そりゃ仕方がないさ、魔族だもの」


[ひどいよクレイたん! 誰の要請でボクがここまで来たと思ってるの! まったくもー、何でボクが天使の真似事なんか……ブツブツ]


 その中で唯一の魔族、アスタロトが口中で道中の愚痴を呟き始めると、すかさずエルザが追い打ちをかける。


「あらあら、聞くところによれば貴女、教皇領で好き放題やったそうじゃありませんか。数ある都市の中でも最高峰の天使の加護をすり抜けているのだから、今回のことなんかお茶の子さいさいでしょう」


[あれはルシフェルにやらされたの! 元天使だからって無理やり引きずられて中に入って、すごく怖かったんだからね!]


「あらあら、相変わらず困った人ですね」


 合流してよりずっとこの調子で、相手の弱みを互いにつつき合う二人。


 最初のうちこそ、いつ爆発するか分からない危険物を、ハラハラしながら監視する心持ちだったメンバーも、次の日には慣れてしまったのか、二人の言い合いを聞き流すようになっていた。


「それじゃアスタロトさん、俺たちはジルベール伯と一緒にアルストリア城の中に入るけど、アスタロトさんはどうする? 一緒に城の中に入る? それとも城下町に宿をとる?」


[ん~どうしようかな……ボクの素性は既に知られてるわけだし、アルストリア伯が身の安全を保障してくれるなら、城の中で大人しくするよ]


「それじゃ決まりだね。よろしいでしょうかアルストリア伯」


「私は一向に構わないよ。むしろ客人をもてなさない方が礼に欠けるしね。ただ、その目立つ格好だけは何とかしていただきますよ、堕天使アスタロト」


[うう、ボクのアイデンティティが……]


 こうして一行は城内へと向かう。



 その道中。



(なるほど……ね。アルテミスを連れてきたのはボクにけしかけるためじゃなく、あの子に対抗するため……か)


 アスタロトは先ほどのエルザとのアーカイブ術のやりとりを思い出していた。


 それは一人の少女が、一人の天使が、一人の堕天使が辿ることになった数奇な運命。


 周囲を不幸に巻き込みながら、永遠に落ち続ける螺旋の渦の中心、螺旋のわざわいとなってしまった存在についてだった。



[ヘキサ・スフラギダ? それがさっきクレイたんの様子がおかしくなった原因なのかい?]


「ええ、あのテューポーンを封じた、封印術でも最高峰のものですわ。対象の封印はもちろんのこと、封じた対象が力を取り戻すきっかけとなるものすら排除する。物質界の安定を象徴する三角形デルタの二重封印ですわ」


[テューポーン……メタトロンが暴走した時の隠語だっけ]


「あらあら、随分とこちらの情報に通じてらっしゃるようですわね。油断も隙もあったもんじゃありませんわ」



 オリュンポス十二神にとって最大最強、最後の強敵であったテューポーン。


 大地の女神ガイアから生まれたその巨体は天の星々にまで届き、左右の腕は世界を抱くことさえできたという。


 太ももから下は巨大な毒蛇が渦を巻き、肩からは百の蛇が生え、火のように輝く目を持ち、灼熱の炎を吐く規格外の巨神はゼウスとの激しい戦いの末に打ち勝ち、ゼウスの腱を切り取って封印する。


 しかし救援に駆け付けた旧神ヘルメースとパーンによってゼウスは復活し、再び激しい戦いの末に今度はゼウスがテューポーンを退け、エトナ火山の下に封じられたのだと伝承には記されている。



[ま、その暴走した原因まではさすがのボクも知らないし興味もない。時期的に言えば、あのサンダルフォンが堕天したのと同じくらい……おっと]


 どうやら余計なことまで口にしたらしい。


 エルザから静かな殺意が漏れ出るのを見たアスタロトは、お手上げというように両手を上げてクレイたちの方へ歩き出す素振りを見せ、同時にエルザへ残った疑問をアーカイブ術で送り込む。


[つまりボクの可愛い弟であるバアル=ゼブルと、何度も激しい戦いを繰り広げたあの少女エルザは、ボクが使い魔を渡した少女に発露していると?]


「ええ、そして少女エルザが宿していた存在もまた、その少女に宿っています」


[……捨て置けないね]


「どちらの意味で?」


 エルザの問いを聞いたアスタロトはキュッと唇を引き締め、そしてすぐに思い直したように首を振る。


[ボクは魔族だよ?]


「それで?」


[……それだけさ]


 明らかに何かを言おうとし、それを胸中に収めたといわんばかりのアスタロトの物言いに、エルザは短いため息をついた。


「貴女を堕天させたのはやはり正解でしたね」


[ボクにとっては大迷惑だったよ、まったく]


 そこで二人の情報交換は終わり、クレイたちの所へ戻っていったのだった。



(少女エルザ、それだけではなくサンダルフォンまでその身に宿す少女、ノエルか。その危険性は、かのエルザをしてアルテミスによる暗殺を決断させるほどのもの……)


 アスタロトは久しぶりに袖を通した、キラキラしていない普通のワンピースを愛でるように撫でつける。


(なるほど、アナトとジョーカーが目を付けたのも無理はない。さて今回のボクの配役は、どんなものになるのかな)


 主も残酷なことをする。


 それがノエルにとってのものか、自分自身に投げかけたものなのか。


 旧神から天使へ、そして堕天使へと変換を遂げたアスタロトは、そんな感想を思い浮かべてクレイたちに着いて行ったのだった。

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