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第254話 待ち続ける少女!

「あらあら、どうしたのですかクレイお兄様。先ほどハーデースと話してから、あまり顔色が優れないように見えますわ」


 村を出てすぐにエルザに話しかけられたクレイは、チラリとその顔を見た後に前を向いて飛行術の制御に戻るも、すぐに思い直したように首を振る。


「いや、前にちょっとした取引を師匠……アポローンさんに持ち掛けられたことを思い出してな」


「取引とは?」


「ちょっとした技術を教えてもらうのと引き換えに、ハーデースさんの話し相手になってくれって頼まれたんだよ。断ったけど」


「あらあら、そうでしたか」


 エルザは相槌を打つと、興味を失ったのかそのまま顔を前に向ける。


 先ほどから飛んでいる最中に何かしているようだが、どうやらそれは聖霊から何かを取り込んでいるようであった。


(……メタトロン、さっきからエルザは何をしてるのか分かるか?)


(おそらく君が先ほどから懸念していることだ)


(そうか)


 聖霊に混入したダークマターの浄化。


 ルルドの泉にガビーがいたのも、おそらくはエルザが取り込んだダークマターの浄化を手伝っていたのであろう。


(聖霊がダークマターに穢されれば、聖霊の流れである龍脈が集うルルドの泉も、当然穢されることになる……)


(君も浄化を手伝うかね)


(出来るのか?)


 意外なメタトロンの返事に、クレイは思わず聞き返す。


(人間より天使に転じた我々なら出来る禊祓みそぎはらえ。だが今はその時ではない)


(他にやるべきことがあるってことか?)


(単に未熟だから純粋なダークマターを祓えないだけだ。それは君だけではなく、我もそうだ)


(マジかよ)


 やはり浄化に必要な能力の壁は高いようである。


 ある程度の予測はしていたが、しかしメタトロンですら及ばないとは。


 クレイが自分の力不足に対して溜息をつくと、メタトロンも同じように溜息をついた後に遠い目をした。


(始原の天使、ルシフェルとミカエル。その力は我々が思うより数段上にある。それ故に彼らへの敬意と感謝を忘れてはならぬのだ)


(敬意は分かるけど……感謝? ミカエルは天使長だからまだ納得できるけど、ルシフェルは魔王になっちゃったんだろ?)


(そうだな。我らは魔王を打倒せねばならん立場だ)


 メタトロンが垣間見せた複雑な感情。


 それを見たクレイは、何か慰めの言葉をかけたほうがいいのかと考えるが、結局彼に出来たのは話題の転換だけだった。


(さっきの話に戻るけど、ヘルメースが姿隠しの兜を使ってまで得たい情報って何なんだろうな)


(気になるなら本人に聞くことだ)


(教えてくれるわけないだろ)


(教えてくれなくとも、その反応を見れば多少の推察は出来よう。何も力を加えなければ何の反応も返ってこない。作用、反作用の原理を応用したまえ)


(作用の力に耐えられなかった場合は……?)


 最近、クレイはヘルメースとの仲にややズレを感じるようになっていた。


 もしそのズレが破断に育ち、致命的なものとなった場合はどうすればいいのか。


(だからこそヘルメースも情報を集めているのではないかね)


(……そうなのかな……そうなのかもな)


 それが希望的観測に過ぎないこと、メタトロンが自分を励まそうとしているだけに過ぎないことを知っていながらも、クレイは同意した。


(あらゆる状況に対応できる、あらゆる手段を確保すべく、日頃よりあらゆる情報を集めておけ、か……)


(炎帝もそのようなことを言っていたな)


(誰だそれ?)


(かつて我に協力してくれていた東方の旧神の一人だ。元々信仰されていた土地では別の名もあったようだが、そちらはついぞ教えてくれなかったな)


(ふーん……)


 東方の大国、ツァーユァン。


 かつてはこのテイレシア付近にまで攻め込んできたとも言われているが、世継ぎ争いの末に衰退し、今は沈黙を守っている。


(だけど、またいつ攻め込んでくるかも分からない、か……メタトロン、その炎帝って旧神から、ツァーユァンに関しての情報を聞けるか?)


(無理だ。我が彼の助力を得たのは随分と昔の話。それに先の天魔大戦の時に我の手を離れている。今頃は自国へと戻っているだろう)


(そっか)


 クレイが残念そうに答えると、メタトロンはやや気の毒そうな表情をした後に、眉根を寄せて指を振る。


(そう言えば一つだけ彼に聞いたことがある。昔、ツァーユァンの皇帝の血縁の一人に、カリストア教の信者がいたと)


(え、ホントに?)


(それ故にこちらへ攻めてきた時も、どちらかに天使が肩入れするようなことも無かった、とアーカイブに残っている)


(そうだったのか、ありがとうメタトロン)


 メタトロンの言葉にクレイは感謝をする。


 それがかの国に対する情報を得たことによるものか、それともクレイ自身の知識欲が満たされることによるものか。


 メタトロンは少し考えた後に首を振り、そしてクレイに助言を与えた。


(ムスペルヘイムは元々は旧神オーディンの支配下にあった。気を付けたまえ)


(分かった)


 メタトロンの訓示にクレイは頷き、アスタロトとの合流地点へと向かった。



[じゃあ行ってくるよ魔王様、ジョーカー、バアル=ゼブル、アナト]


[おう、なんかエルザも来るらしいから気をつけろよアスタロト。ほれ、お前らもなんか言えよ]


 そして魔族もまた、クレイと合流をするべく出発するアスタロトを見送りに、謁見の間に何人かが集まっていた。


 その中の一人、バアル=ゼブルがアスタロトに手を振りながらそう言うと、一人の長い黒髪の女神が一歩進み出で、ひしとアスタロトの両手を握る。


[お姉さま、くれぐれもお気を付けを。きゃつら天使は敵対する者たちを追い落とすためなら、卑怯なことに手を染めることもいといませんゆえ]


[あー、まあクレイたんがいるなら大丈夫じゃないかな。若いからまだそこまで割り切れてないっていうか、青臭い感じだし]


[本当なら私も着いて行きたい所なのですが……]



 チラッ



[お姉さまがその内いなくなる可能性があると言うことで、私も最近では家事を頑張るようになり、そこそこエレオノールにも褒めてもらえるようになりまして……]



 チラッ



[お前は居残りだアナト。褒めてもらって嬉しいで成長を止めてどうする。エレオノールに頼ってもらえるくらいになって初めて望みを言え]


[フン、相変わらず面白みのない奴だ]


 アスタロトに着いて行きたいのか、先ほどからチラチラと横目でルシフェルを見ていたアナトは、呆れた顔のルシフェルに鼻を鳴らすと名残惜しそうにアスタロトの両手を離す。


[そんなに長い間ここを空ける訳じゃないし、お土産を楽しみにしておいで]


[分かりました]


 アナトがそのまま距離を取ったのを見たアスタロトは、やや離れた所で見守っていたジョーカーに微笑んで手を振る。


[それじゃ行ってくるよ]


[首尾よくいくことを祈っている]


[ボクがいない間にあまり悪いことしちゃダメだからね]


 美しい顔にニッコリと笑みを浮かべ、とんでもないことを言うアスタロトに、ジョーカーはうんざりとした声で答える。


[相変わらずふざけたことを言う奴め。堕天使の由来を知らぬわけがあるまい]


[ボクにとって都合が悪いこと、さ。それじゃあ行ってくる]


 ほどなくアスタロトの足元にぬらりとした液体が浮かび上がり、それに飲み込まれるようにして全身が消える。


[あっ! 俺がいない間にアスタロト様をどこにやったんだよ皆!]


 そして消えると同時に謁見の間に一人の吸血鬼が現れ、その場に居並んだ……いや取り残された一人の旧神に詰め寄った。


[バアル=ゼブル様! アスタロト様をどこにやったんだよ!]


[あ? そりゃお前、えーとだな……おいルシフェル!]


 広間に虚しくバアル=ゼブルの声が響く。


[……は当然いねえな。ジョーカーもいねえ。と言うわけで俺じゃあうまく説明ができそうもねえ。分かってくれエレオノール]


 言い訳にすらなっていない説明に、たちまちエレオノールの眉は吊り上がった。


[アスタロト様がいない理由? それともバアル=ゼブル様が、他人の話をまったく聞こうとしなかったり覚えようとしなかったりする理由?]


[お? お、おう、そいつぁな]


[あーもう過ぎた時間は戻ってこないんだからね! とりあえず残った家事をしながら聞くよ。当然手伝ってくれるよね]


[おいそれはアナト……いてててて! 耳を引っ張るんじゃねえエレオノール!]


 バアル=ゼブルとエレオノールが出ていき、無人となったかに見えた広間の片隅で影がうごめく。


[さて、仕事に戻るとするか]


 堕天使ジョーカーはそう言うと、影に溶け込むようにして姿を消した。




[久しぶりだなノエル]


「……」


 謁見の間より姿を消した数分後、ジョーカーはテスタ村に現れていた。


「今日は……なん……のよ……う……」


[ほう、少しは言葉を取り戻したか。だが言霊を操るにはまだ遠い]


「それ……が……」


 ノエルがムッとして足を一歩踏みだすと同時に、ジョーカーは含み笑いをして腕を組む。


[ヴェイラーグ帝国がアルストリア領に攻め込んだ]


[……それ、を教え……て……どう……]



[近い将来、ヴェイラーグにいるテスタ村の生き残りは、援軍としてアルストリア領に攻め込むことになるだろう]



 そしてジョーカーが口にした言葉に、ノエルは絶句した。


≪それはどういうことですかジョーカー。説明次第では、貴方をここから帰すわけにはいきませんよ≫


[ふん、まだ念話に頼るとは、阿呆の極みだな]


 ノエルの目が緑色から漆黒へと転じ、はかなげに見えた全身が鋼の筋からなる屈強なワイヤーじみたものへ転ずる。


[貴様のような未熟者が、このジョーカーにかなうとでも思ったか! 身の程を知れ愚か者!]


 しかしその姿を見ても、ジョーカーは恐れるどころか逆に怒声を浴びせかけ、殺気に怯えたノエルが飛び掛かろうとした瞬間。


「ギ……ィ……」


 虚空より黒の茨が現れ、ノエルの全身を縛り上げた。


[早く言葉を取り戻し、言霊を操れるようになっておけ。そうしなければ……テスタ村の住民たちは皆殺しに遭うだろう]


≪私に言霊を使わせて何をさせようというんですかジョーカー! それにヴェイラーグ帝国の国民ではないテスタ村の皆が、なぜ戦場に向かうんですか!≫


[それがヴェイラーグ帝国のやり方だからだ。良いかノエル、テスタ村の者たちを救えるのは、お前だけということを頭に刻み付けておけ]


 ノエルの拘束を解いた黒の茨が、ジョーカーの元へと戻っていく。


 そしてその黒の茨に溶け込むようにして、ジョーカーは再び姿を消した。


(どうして……私をそっとしておいてくれないの……私は……ここでクレイを待っていたいだけなのに……どうして……)


 答える者はいない。


 少し前まで村に集っていた森の動物たちは、アナトやジョーカーがそれぞれの目的で来るようになった結果、アナトの威やジョーカーの畏によって衰弱していったためにノエルが遠ざけたのだ。


(それとも……もう待っていても……しょうがないってことなのかな……)


 ある日、父が連れ帰ってきて幼馴染になったクレイは死んだ。


 飢えに苦しむテスタ村の皆を救うため、ノエルが全員を吸血鬼にしたことが教会に漏れ、そのために自ら囮となって天使を遠ざけたのだ。


 それでも幾人もの村民が犠牲となり、そしてその苦境から救ってくれたテオドールも、ノエルたちを匿ったばかりにジョーカーに洗脳され、逆賊の汚名をかぶせられて死んでいった。


 両親を失った後、幾度も元気づけてくれた村長も、ノエルが判断を間違えた末に衰弱して死んでしまった。


(私、生きてても……もう……皆に迷惑がかかるだけ……だから……)


 顔を上げる力も消え失せたか。


 ノエルは地面に顔をつけたまま、こみ上げてくる涙をそれでも必死に内に収めようと耐え続けたのだった。

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