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第252話 国一番の剣士に私はなります!

「エエエエェェェェ⁉」


「あらあら、どうしたのですかジョゼフィーヌお姉さま」


「な、なんでもありません……」


 話が違うとばかりに叫び声を上げたジョゼに、エルザがニコリと微笑む。


 堕天使アスタロトとエルザは仲が悪い。


 ジョゼからそう聞いたことにより、シルヴェールはエルザを呼び出したのだが、この調子では実際には二人の仲はそう悪くないのか、それとも仲の悪さなど問題にしない、何か面白いことをエルザが発見したのか。


 あるいはそのどちらともか。


「決まったな。それではムスペルヘイムへの使者はエルザに決定する」


 どちらにしろ、これで遠くない未来に最前線となる可能性が高いムスペルヘイムに、愛娘を送り込まずに済むとシルヴェールが内心で胸をなでおろした時。


「あらシルヴェールお父様、ジョゼフィーヌお姉さまと私の両名をムスペルヘイムに遣わせばよろしいじゃありませんか」


「何イイイイィィィィ⁉」


 エルザが何の気なしに口にした意見に、シルヴェールの顔は蒼白となったのだった。



「い、いやちょっと待っていただきたいエルザ司祭……いやエルザ」


「あらあら、どうしたのですかお父様。今はアルストリア領にヴェイラーグ帝国が攻めてきた緊急時。そのような大事な時に、国家の頂点がおろおろと狼狽えては民が不安に駆られますわ」


「そうですお父様」


「ぐぬぬ……」


 澄ました顔をしたエルザとジョゼの至極もっともな指摘に、シルヴェールは不機嫌で顔を歪めながら黙り込む。


 なにより自分を狼狽えさせたエルザ本人からも警告――転生する前は国はおろか、大陸中でもずば抜けた実力を持つ聖職者――されたのだから、黙るより他に手は無かった。


「調略のために愛娘を二人とも遣わす。その事実があれば、私どもがいかにムスペルヘイムを大事に思っているか、と言うことがすぐに分かっていただけるでしょう。人を動かすには百の言葉より一つの誠実ですわ。ですわよねジョゼフィーヌお姉さま」


「ですわ」


「ぐぬぬぬぬッ!」


 返す言葉も無く黙り込んで下を向いてしまったシルヴェールを見た娘二人は、さすがに高笑いまではしないものの用が済んだとばかりに執務室を出ようとし、その去り際にエルザがふわりと振り返ってお辞儀をする。


「ではお父様、他に用が無いのでしたら部屋に戻らせていただいてもよろしいでしょうか」


 しかしその気配を感じ取ったシルヴェールは、慌てて顔を上げ制止の声をかけた。


「ま、待てエルザ、それにジョゼ。やはり二人ともムスペルヘイムに行くことはまかりならん!」


 その言葉と同時に執務室の外にほぼ出ていたジョゼはびくりと体を震わせ、まるで自分が悲劇のヒロインであるかのような大仰な悲しみを口にする。


「何故ですかお父様! 私のことを調略も任せられない、不出来な娘とでもお思いなのですか!」


「そうではない。そうではない……二人とも出国してしまえば、他の国に使いを出さねばならなくなった時に、遣わす者がいなくなる。それはいかにも不味い」


 それがたった今取って付けた理由であることは、エルザが二人ともムスペルヘイムに遣わせばいいと言った時に、シルヴェールが悲鳴を上げたことからも明白である。


 当然の成り行きとして、エルザはまたまたニタリといやらしい笑みを浮かべ。


「あらあら、正直に仰ればよろしいじゃありませんか。可愛い娘を最前線となる恐れがあるムスペルヘイムには遣わせたくない、どうしてもと言うのであれば、多少は戦いの心得があるエルザを遣わすしかない、と」


「……」


 多少の戦いの心得どころか、下手をすればアルバトールすら子ども扱いしかねないエルザが口にした指摘に、シルヴェールは再び黙り込む。


「エルザの言ったことは本当なのですかお父様」


「ま、待てジョゼ。それはだな」


「やはり本当なのですね……」


 ジョゼの震えが怒りへと転じる。



「お父様の馬鹿! 大っ嫌い!」



 この瞬間にも国のどこかで口にされているであろう、ありふれた言葉。


 しかしそのありふれた言葉がその場にもたらした効果は、絶大なものだった。


「お姉さま! お待ちください!」


 シルヴェールに決別の罵倒を喰らわせたジョゼは、エルザの制止も聞かずに泣いて執務室を後にする。


「だ……だ……だだだ大……きら……い……ウカ……ウカカカカカッ」


 そして後に残されたシルヴェールは、虚ろな目で天井のどことも知れぬ、もしくは天井を突き抜けた先にある天国に吸い込まれていくような顔になっていた。


「あらあら、思わぬところから危急存亡の秋を迎えてしまいましたわね」


 どんよりと曇っていく執務室の空気を見たエルザはそう言い残すと、この問題を解決してくれそうな唯一の人物、ジョゼの母親であり、シルヴェールの妻であるクレメンスを呼びに行ったのだった。



「それで?」


「何とかお母様に取り成していただけましたわクレイお兄様。今回の調略に関しては、ジョゼフィーヌお姉さまはご遠慮いただくという形になりました」


「……もうクレイお兄様でもいいか。何はともあれ仲直りしたみたいで何よりだ」


 テイレシアの大ピンチが過ぎ去った後(実はあの後にクレメンスとシルヴェールの間でもうひと悶着あったのだが)エルザとジョゼはクレイの部屋に報告に来ていた。


「それで何でジョゼまで来てるんだ? 俺への報告ならエルザだけでいいだろ」


「えぇと……それは……ですね」


「クレメンスお母様に啖呵を切ったのですわ。心得が無いのがご不満なら、この国一番の剣の使い手になってみせます、と」


「そ、そうなのです……なのでクレイ兄様に剣を教えていただこうかと……」


「いや無理」


 エルザとジョゼが口にした無理難題を、クレイは即座に否定した。


 なにせこの国テイレシアは、長きにわたる魔族との戦いにより人材こそなかなか育たないものの、人材を育てるノウハウに関しては他国の追随を許さない。


 それだけにジョゼの剣技が飛躍的に伸びる可能性こそ皆無ではないが、それ故にこの過酷な国を生き延びた怪物たちにかなう可能性は皆無なのだ。


 例えジョゼが太陽神ルーの血を引き、稀代の傑物であるテイレシアの王シルヴェールの血を引いているとしても。


「実戦形式ではエンツォさんにかなう者はおらず、試合形式でフェリクス団長の右に出る者はいない。正直に言わせてもらうと、ジョゼがこの国において剣技が一番になることは未来永劫ないだろうな」


「あらあら、そんなことを言ってよろしいのですかクレイ兄様」


「……どう言うことだよエルザ」


「そう遠くない未来に分かりますわ」



 この数年後、剣を覚えたジョゼがシルヴェールに剣技の大会を開かせ、それに出場したエンツォやフェリクスを、非力な女性の弱みを生かした戦法や、国家権力の圧力で下して優勝するのだが、その未来は手を貸す張本人であるエルザ以外の誰にも予見できない。



「さて、私は自室に戻らせてもらいますわ。明日には出立ですし」


「私も戻ります。ご心配をおかけして申し訳ありませんクレイ兄様」


「ああ」


 そして次の日。


「……誰? ガビー……はそこにいるし」


「あらあら、可愛い妹分を見間違えるとはクレイお兄様にも困ったものですわね」


「お前エルザかよ!」


 領主の館のロビーにはガビーと、エルザの代わりになぜか成人した美しい女性が姿を現していた。


「さて」


 長い巻き毛を持つ艶やかな成人女性エルザは、クレイが驚いた表情をするのを見届けると軽く頷き。


「もう子供に戻るのか?」


「以前の力をふるえるのかの確認と、貴方の驚く顔の見物とを兼ねていましたからね。性的興奮を与えておいて、お預けというのは成人男性には酷というものでしょうけど」


「べべべべべ、別に興奮とかしてねーし!?」


 少女の姿に戻ったエルザは、慌てるクレイを見たクスリと笑うと、玄関ホールに集まった面々の顔を一つ一つ見ていく。


「さて、それでは行きますよクレイ、サリム、フィーナ……アルテミスとマルトゥの二人は領境の森にて合流ですわね……ええと後は……」


「ん? なんだそのメモひょっとして随員の名前を覚えきれないのか?」


「ガビー、そして……ティナ」


「ん? なんか随員が多くね?」


「それでは行ってまいりますわシルヴェールお父様、クレメンスお母様、ジョゼフィーヌお姉さま」


 戸惑うクレイをエルザは放置し、愛する両親と姉の頬にキスをする。


「ティナはともかく、ガビーはアスタロトが同行する今回の旅には……おいエルザ待てよ! あ、行ってきます陛下! 王妃! ジョゼ!」


 アルバトールはいない。


 エルザに感情を取り戻すように叱責されたものの、やはり感情の起伏が激しくなる大勢の前に出るのはまだ負担が大きいのだ。


(行ってまいります……アルバ候)


 そしてそのアルバトールに倣うように、自らのある感情を縛り付けているクレイは、必ず自分を見ているであろうアルバトールに向けて一礼をすると、既に厩舎へと歩き出したエルザを追いかけていった。

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