第25話 子守のお守り!
「と言うわけで、あたしアンタの子守をすることになったから」
「ん? 何言ってんだよガビー。お前が俺の子守だなんて頭でも打ったのか?」
クレイが再び目を覚ました時、彼の体はまだ祭壇の上にあった。
先ほどまでクレイの体を縛り付けていた皮ベルトはすでに消失しており、祭壇に彼を縛り付けるものはなにも無い。
しかし天井にあるシャンデリアを目にしたクレイは、妙に規則正しい揺れをしているそれからしばらく目が離せなくなり、やがて酔ってしまったのか少々目まいを起こしてしまうと、祭壇の上になんとも言えない居心地の悪さを感じて床へと降り立つ。
周りを見れば、彼がメタトロンへと体の支配権をゆずる前にいたアルバトール、ラファエラは見当たらず、忠実な執事であるベルトラムもいない。
しかしクレイが一人きりだったというわけではなく、だが居なかったほうがマシだったと思うような人物が彼の目覚めを待っており、それが先ほどのやりとりに繋がったのである。
(まあ実際に頭を物凄く強く打ち付けたあとはあるんだよなぁ……)
クレイは内心で冷や汗をかきつつガビーの頭を見つめる。
(思わず触ってみたくなるくらい、おっそろしいほど見事なタンコブだな。ここまで来ると冷やさなくていいのかって心配が先に来るよ)
先ほど意識を失う前まで、ガビーの頭は真っ直ぐにすらりと背中まで伸びた美しい金髪で彩られていたはずなのだが、今そこには巨大なたんこぶが出来上がっており、しかもその上には、山の上にできる笠雲のように帽子がかぶさり、くるくると回っていた。
「ガビー、たんこぶ大丈夫なのか?」
「たんこぶ? 主が下さったありがたい帽子に何言ってんのよ」
「へ、へー……」
どうやらガビーは、帽子による何らかの影響を受けているようだ。
そう解釈すると、クレイはガビーを放置したまま礼拝堂の外に出ようと歩き出すが、そこで自分の体を包む服に違和感を覚えて立ち止まる。
「なんか窮屈だな……ガビー、俺が寝ている間に何かしたのか?」
「あー服のこと? こんなこともあろうかと、あんたの新しい服もきちんとセファールから受け取ってきてるから問題ないわよ。ジョゼ―、ちょっとクレイの服を持ってきてくれるー?」
「こんなこともあろうかと、ってなんだよそれ天使の予言じゃあるまいし」
自分の未来があらかじめ定められているようなガビーの台詞。
クレイは少々の薄気味悪さをガビーに感じつつ、白を基調とした服をジョゼから受け取ると、逃げるように部屋から去って行ったジョゼの後姿を見て首を傾げた。
「……何でジョゼの顔あんなに真っ赤だったんだ? それに俺へ一言も嫌味を言わないまますぐに部屋から出ていくなんて珍しいな。今から俺が着替えるにしても、ちょっと前まで一緒に風呂に入ってた仲なのに」
クレイは受け取った服を広げ、身に着けていきながら部屋のドアを見つめる。
顔を真っ赤にするだけならともかく、視線を合わせようともしなかったのは、負けず嫌いのジョゼにしては大変珍しいことだったからだ。
しかし気にしても仕方がないと思ったのか、クレイは見慣れない様式の新しい服に四苦八苦しながら袖を通す。
「ふー、なんか妙にゆったりした服だなこれ。ブリオーってやつだっけ? だぶだぶだから袖がどこにあるか分かりにくいや」
「アルバとラファエラが、クレイはこれから育ち盛りになるから、調整がきく服にするんだって言ってたわね」
「ふーん……」(何それ怖い)
ボタンが何個か弾けてしまったシャツを脱ぎ、背中が大きく開いた短めのワンピースのような服を着たクレイは、背中に手を回して開いた部分を占める紐を締め付けようとするが、慣れていない服のせいか上手くいかない。
「ガビーちょっと紐を締めてくれよ」
「へー、あたしでいいの? さっきあたしがアンタの子守をするって言った時は凄く嫌そうな顔をしてたくせに」
「これは子守じゃなくてお手伝いだからオッケー」
「……アンタ間違いなくアルバの息子だわ。養子ってのが信じられないくらいよ」
ガビーは不満げな顔で不愉快そうに返事をするが、それでも彼女が渋々とクレイの背中へと回り込もうとした、その時。
「あの、よろしければウチが結びましょうか?」
「あれ? その声……ティナか!?」
「はい、クレイ様」
「良かった、もう怪我は治ったんだね!」(……様?)
天井から聞こえてきたティナの声に、クレイは違和感を覚えつつも背中の紐を締めてもらい、体をうまく包んでくれるようになったブリオーを見回してから後ろを向く。
「はい、侍祭であるガビー様のお陰です。本当にありがとうございました」
「あ、そうなんだ。ガビーって本当に法術の凄い使い手だったんだね」
そこには見慣れたティナの半透明の体があり、飛び回った後に光の粒子が散らばる所もそのままである。
だがクレイには、ティナがどうしようもないほどの違和感の塊にしか見えなかった。
「ガビー、ちょっと話があるんだけど……あ、ティナはそこで待っててくれる?」
「はい、クレイ様」
手を腰の前で組み、にっこりと微笑んで頭を下げるティナ。
その可愛い姿を見たクレイは、なぜか泣きそうな顔でガビーと共に礼拝堂の隅へと移動していく。
「何よ話って」
「ティナに何をしたガビー」
隅に着くなりクレイは顔を豹変させ、昏い顔でガビーへ詰め寄って詰問を始める。
「あー、なんかあたしとキャラが被ってたからちょっと洗脳を」
「聖職者が何してるんだよ戻せ今すぐ戻せさぁ戻せ」
そこで聞き捨てならないセリフを聞いたクレイは、真顔でガビーへ近づくとドンと壁際へ追い詰めていた。
「冗談に決まってんでしょ! アンタあたしを何だと思ってんのよ! こう見えてもあたしはね……」
「メタトロンにもう聞いてるから! ガビーがいくら偉くても、冗談が冗談として通じるほど周囲の人に信用が無いんだから紛らわしいことを言うなよ!」
「アンタ本気でぶっ飛ばすわよ!」
言い放つと同時に、お互いのほっぺを持ってつねり合いを始めるクレイとガビー。
ティナはその醜い争いを最初の方こそ離れた所で不安そうに見つめていたが、とうとう意を決したのか恐る恐る二人に向かって口を開く。
「あ、あの……ひょっとして私が原因でお二人は……」
「そのとおモガガ」「りゃいひょうふひゃよティナ! ひゅぐおわうからあっええ!」
その健気なティナの発言にクレイの良心は更なるダメージを受け、そのダメージはそのままガビーの頬へのダメージへと変換されていく。
その痛みに耐えかねたのか、さすがにガビーはクレイへ文句を言い始めたのだが。
≪痛い痛い痛い! アンタか弱い女の子に対して暴力を振るうとか天使にあるまじき行為よ! アンタに良心の呵責は無いの!?≫
≪良心のかしゃくって何だよそんなの知らないよ! でもどうしようもなく救いがたい罪人に天罰を与えることは天使の役目だ! さっさとティナを元に戻せよガビー!≫
≪だからあたしは何もしてないわよ! 重篤だったあの子を法術で回復して、目が覚めたらもうあの性格だったの! アンタなんか勘違いしてんじゃないの!?≫
ほっぺをつねられているのに、なぜかすらすらと普通に喋るガビー。
自分もそうだが、頬をつねられているのに通常通り喋れると言うのは、まずもってあり得ない話である。
≪勘違い……? いやガビーならともかく俺の方が……? うーん≫
その異常事態に気付いたクレイは冷静さを取り戻し、腕を伸ばしてガビーを遠ざけると、首を捻って考え始める。
≪どうしたのよクレイ≫
≪いや、ほっぺをつねられているのに普通に喋れるのはおかしいなって……アレ? 何でガビーの手が届いてないのに、俺の手はガビーのほっぺをつねってるんだ?≫
≪ほんっとアンタ人の話を聞かないわねー。さっき育ち盛りになるってあたしが言ったばかりでしょ。アンタが天使の叙階を受けるのに、ちょっぴり封を解く必要があったから身長が伸びたのよ≫
≪えー? なんでよりによって俺の意識が無い時に叙階を……ん? 口が動いてないのにどうやって喋ってるんだガビー?≫
この時ガビーのほっぺはかなりの変形を遂げているのだが、それにも関わらずガビーは普通に喋っている。
≪ちょっとキモい≫
≪原因のアンタに言われたくないわ。アンタが天使として正式に聖霊に認められたから、アンタも聖霊を介した念話が使えるようになっただけでしょ。そんなことも知らないのかしらまったくこれだから人間から天使になった成り上がりは痛い痛い痛い!≫
≪ごめん念話が使えるようになったからあまりの嬉しさに手に力が入っちゃった≫
≪絶対に嘘でしょアンタいったあああいいいい!?≫
温めたチーズのように良く伸びるガビーの頬を見たクレイが、日頃の怨みとばかりに(以前からガビーが引き起こすトラブルに痛い目に遭わされているのだ)頬をつねり始めると、いきなり彼の頭の中に優しい声がかけられる。
≪クレイ、その辺にしておあげなさい≫
≪あ、はいラファエラ司祭≫
いや、嬉しそうな声と言った方が正しいであろうか。
ようやく頭痛のタネが無くなる、と言ったような晴れ晴れとしたラファエラの声に、クレイは一つの疑念を頭の中に思い浮かべつつ、ラファエラとの念話を続ける。
≪念話は使えるようになったようですね。ええと、後はガビーに任せていますから、貴方は城に戻ってください。法術や精霊魔術、そして聖天術についてなど、天使が学ぶことは沢山ありますから頑張ってくださいね≫
≪あ、はい……え? ガビーに任せているって、ひょっとするとガビーが俺に教えるの?≫
≪そうですよ?≫
≪厄介払いじゃないよね?≫
≪……違いますよ?≫
明らかに動揺した思念がラファエラから伝わってきた瞬間。
≪何よ、何か文句あるの? アンタ≫
≪うわ、何でガビーにバレてるんだよ≫
ラファエラと話していたはずなのに、なぜかガビーからいきなり横槍を入れられて驚くクレイ。
≪聖霊との接続をきちんと調整しないからよ。今日からみっちり教えてあげるから覚悟するのねクレイ≫
≪何か納得できないけど、まぁよろしくガビー≫
≪先生をつけなさい≫
≪えーとガビー先生? 先生……? のガビーさんよろしく≫
≪アンタ……≫
こうして天使になるための叙階はいつの間にか終わり、クレイは納得できない表情をしたままガビーを領主の館へ連れ戻ったのだった。




