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第248話 兵は拙速を尊ぶのか!

「そこを退いていただけませんかアルストリア伯」


「それは出来ないな。今言った通り、君に手伝ってもらいたいことがあるんだ。その用事が終われば、君の行く手を遮るものは何もないのだが、如何に?」


 クレイはジルベールの顔をじっと見つめる。


 最近では殆どすることもなくなった、自分より上背のある相手の顔を見るという行為はクレイにやや気後れをさせ、それを見透かしたようにジルベールは一歩を踏み出し、鼻が触れ合うほどに二人の間の距離を詰めた。


「それほどまでに急がねばならないことなのかい? ヴェイラーグ帝国と魔族が裏で手を組んでいる可能性がある、という情報は」


「……ッ⁉」


 眼前まで迫ったジルベールの口から静かに発せられた言葉。


 その内容が図星を突くものだったため、クレイは思わず生唾を飲み込んでしまい、今度はジルベールに内心まで踏み込まれる隙を作ってしまっていた。


「なに、五分もあれば済む用事さ。ちょっとした立ち合いの見届け人を君に頼みたいだけだ」


「……分かりました」


 ジルベールが優しい言葉でその隙に付け込むとクレイはうなづき、歩き始めたジルベールの後ろに着いて行こうとした瞬間、フィーナが叫びを上げる。


「あ! 二人とも出来れば後五分ほどそのままの姿勢で……あ、ちょっと!」


 フィーナの懇願を無視したクレイとジルベールは、振り返りもせずに先ほどまで宴会場と化していた大広場へと向かった。



「ククク、人を呼びつけておいて待たせるとは……アルストリアを治める代々の領主どもは、つくづく人を敬うという気持ちを持ち合わせておらぬらしいな」


「領主の意向を無視し、勝手に領地を出奔しておいてよく言う。神馬バヤールよ、その身勝手な行為、我が掌にて改めさせてもらうぞ」


 ジルベールが向かった先に居たのは神馬バヤール。


  いずれ劣らぬ体格の持ち主たちが発する威圧は相当なもので、立ち会うクレイはもちろんのこと、少し離れた場所で見守っているフィーナすら圧倒されるものだった。


「ね、ねえクレイ……なんでこんなことになってるの?」


「早く領地に戻りたいジルベール伯が、バヤールさんに乗らせてほしいってアルバ候や陛下に申し出たらしい。それで二人は許可を出したんだけど、それを聞いたバヤールさんが、我が背に乗る資格があるのは我より力がある者のみ。って答えたからかな?」


 不安そうなフィーナの質問を、クレイは素っ気ない態度で答える。


 なぜならここに来る途中、ジルベールと交わした会話の方がクレイの興味を引いていたからである。


(今回のヴェイラーグ帝国の侵攻は、俺の誕生日を祝うために領内の重要人物が一箇所に集まるという、こちらの誘い水に乗ってきてくれたから、か)


 先ほどの会話を思い出すクレイの目の前で、ジルベールとバヤールが両こぶしを顔の位置まで上げて戦いの構えをとった。


「はっけよい、のこった!」


 そして両者が動き出すと同時にクレイは勝負開始の合図を告げる。


 程なくして重低音が辺りを震わせ、人間と神馬というあり得ない組み合わせでの突っ張り合いは始まった。


「ほう、ガスパールにはまだまだ遠く及ばぬ小僧と思っておれば、なかなかやるではないか!」


「その思い上がりがそなたの敗因となるのだ!」


 いくさを前に拳を交え、万が一にも手の骨が折れるのは危険と判断したジルベールによって、勝負は拳闘から相撲へと変更されている。


 なんでもアルストリアがまだガスパールによって統治されていた時、現れた一人の傭兵によって伝えられた格闘技らしい。


(でも話を聞けば聞くほど、どうも八雲って人はルシフェルにしか思えないんだよなあ……傲慢、かつちょっと天然なところとか……おっと、それよりもヴェイラーグ帝国だ)


 クレイは目に指を突き入れたりするなどの反則が無いか厳しくにらみを利かせ、また投げられまいと無理な姿勢で踏ん張ったりしていないか、などを見守りながら勝負の行方を見る。


(もしヴェイラーグと魔族が繋がっていたら……確かに今回のヤム=ナハルの派遣を裏切りと見るだろう。そして追い詰められた彼らは、各領地の重要人物がフォルセールに集まり、軍が動けない状況を格好の契機と見るだろう)


「ぬうッ⁉」


「取った!」


 ジルベールの両手がバヤールの大木のような腰へもろ差しの状態となり、そのまま地面に書いた円の外へと押し出そうとする。


 武門の名家ミュール家が代々輩出してきた武勇に優れた当主の中でも、精神魔術にも国内で五本の指に入るほど精通しているという、稀に見る傑物。


 先代のアルストリア伯、ガスパールが亡くなってより目を見張るような研鑽を続け、国中から褒めそやされるジルベール相手では、神馬たるバヤールもさすがに分が悪いのか、そのまま押し切られそうになってしまう。


(さらにはテイレシアの国内の各所に魔族が現れ、人ではなく畑を襲って食料の確保が難しいことも、援軍の派遣の難しさに拍車をかけている……形勢逆転を狙うには持って来いの状況と言えるだろう……あ、ヤバい)


 しかしバヤールが押し切られることは無かった。


「グフフ、甘いわ小僧! この神馬バヤールが、例えミュール家の当主とは言っても人間ごときにやられるとでも思ったか! 散れィ!」


「ぬぐおッ⁉」


 だが土俵際でバヤールはジルベールの両腕をかんぬきの状態に極め、動きを止めるとそのまま片腕のみを離して小手投げをしようとするが。


「ストップ! 怪我をするような技はかけちゃダメって言ったよねバヤールさん!」


「ぬ? ぬう……よく見ておるではないかクレイ」


「そりゃそうだよ。テイレシアの存亡がかかってるんだから」


 アギルス領が魔族の統治下に置かれている今、アルストリア領まで取られるようなことになってはテイレシアはぼろぼろである。


 そんなことになればもはや復興は無理と各国から見限られ、それを契機として一気呵成に魔族の占領下に置かれてしまうかもしれない。


 特に十年程前に王都を占領されてしまってからは、魔族から人間への歩み寄りも見られ、それほど魔族を恐れることはないとの見方も増えてきているのだ。


「さ、それじゃ取り組み直しだよ」


 不満そうに仕切り線につくバヤールを見たクレイは、内心でほくそ笑む。


(案の定、集中が切れちゃったな。格下と思い込んでいたジルベールさんに追い込まれ、逆転できると思ったら俺が勝負を止めたんだから)


 クレイは両者が手を突く瞬間を見計らい、軍配に見立てた掌を上げる。


(やれやれ、どうやって自然な形でジルベールさんを勝たせようかと思ってたけど、これで何とかなりそうだ)


 クレイの予想通り、バヤールは次の一番であっさり負けてしまい、ジルベールを背中に乗せることを承諾した。


「おのれ……このバヤールが何人もの男に背中を許すような、不貞なメスの馬に成り下がってしまうとは……」


「紛らわしい言い方をするなバヤール! やれやれ、これでクレイ君は自由だ。陛下の所へでもどこへでも行かれて構わないよ」


「あ、それなんですがジルベール伯……じゃなかったアルストリア伯。一つ質問してもよろしいですか」


「おや、どうぞ」


 てっきり怒っているのかと思いきや、興味津々といった目つきで見つめてくるクレイを見たジルベールは、意表を突かれたとばかりに生返事を返す。


「さっきアルストリア伯はヴェイラーグと魔族が通じているのではないかと言いましたよね」


「その通り」


「ヤム=ナハルの派遣を魔族の誰かから聞いて侵攻を決定したのだとしても、期間が短すぎはしませんか? 軍勢を率いるには、それなりの綿密な準備が必要となります。特に糧食は確保するにしろ奪うにしろ、速やかに確保しなければ腐る恐れもありますから」


「つまり、今回の侵攻は我々が仕掛けた誘い水に乗って、十分な準備をせずに早仕掛けをしたのではなく、以前から計画されていたものだと?」


「ええ。誘い水を補完するための演技にも、かなり力をお入れになっていたようですが、もしかするとそれに関係なくヴェイラーグは攻めてきたのではないかと。そうすると相手の侵攻を拙速と判断し、防衛に臨むのは命取りになる可能性が」


 じっと見つめてくるクレイに、ジルベールは微笑む。


「フォルセール候は本当にいい後継者を見出された」


「え?」


 予想外のジルベールの返答にクレイは意表を突かれ、思考を止める。


「バヤールの許可を得たことをフォルセール候と陛下に報告に行きます、君も着いてくるようにクレイ=トール=フォルセール」


「承知しましたアルストリア伯」


「はー、やっぱりいいわ~オス同士が発する特有の濃密な空気で窒息しそうになっちゃった……痛っ!? なんで殴るのよクレイ!」


 アーカイブ領域に何らかの画像をアップロードしたフィーナの頭部を殴りつけ、クレイは執務室へと急いだ。



「首尾よくバヤールの了解を取り付けたか。早かったなジルベール」


「クレイ殿が速やかに協力をしてくれたことも大かと」


「ふん、確かにあそこでクレイに止められなければ、このバヤールが勝っていたな」


「君が負け惜しみとは、よほどジルベールのことが気に入ったらしいねバヤール」


 それほど広くないとは言え、それなりの広さはある執務室が、たくましい体格のジルベールやバヤールが入った途端に一気に狭くなる。


 もちろん実際に狭くなったわけではないが、そう感じさせるほどの圧を目立って発する二人は、シルヴェールが無言でカウチを指し示すことによってその圧を半分程度のものにさせられていた。


「ふむ、そうか。ヴィネットゥーリアやヴェラーバの協力取り付け、王都の偵察とアスタロト助力の承認、最近のクレイの活躍は目を見張るものがあるな」


「身に余るお言葉。光栄に存じます」


「さて、後はクレメンスを待つだけか」


「王妃様……ですか?」


 随員が増えるとすれば、てっきりジョゼだと思っていたクレイは意外だとばかりにシルヴェールを見る。


「いや、正確には……」


 シルヴェールが答えようとした瞬間、ノックも無しに執務室のドアがドカンと開け放たれる。


「待たせたな! オリュンポス十二神が一人、狩猟の女神アルテミスがババンと登場だ痛ッ!? なんで殴るクレイ!」


 現れたアルテミスにクレイは拳骨を食らわせ、とてつもなく嫌な顔をシルヴェールに向けたのだった。

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